軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔力の欠乏

集落の周囲には黒い砂が撒かれていた。どうも、集落のある高台の周りをぐるりと一周囲っているようだった。

黒砂がいかにも怪しかったので、切れ目がないかと身を潜めつつ集落を周り混んだものの、どこまでも続く黒砂の囲いに四分の一もいかないうちにカレンは切れ目を探すのを諦めた。

カレンは黒砂に触れないように、大股で跨いで中に入った。特に体に異常はなかった。

集落の中からは人の気配がまったく感じられなかった。

だが、カレンは身を屈め、周辺の岩を遮蔽物にして身を隠しつつ、慎重に集落に近づいていった。きっと何か、罠があるに違いないから。

しかし、どれほど進んでも人と遭遇することもなかった。集落の中に入ってもだ。

掘っ立て小屋が建ち並ぶ集落の奥に、一際大きな屋敷があった。

もしも一連の事件に主犯がいて、何らかの陰謀の秘密が眠っているのだとしたら、そこにあるに違いないという怪しさ爆発の建物である。

だが、カレンはそちらには向かわなかった。

「あっちだ……」

カレンは建物とはまったく別の方角を見てつい呟いたあと、ハッとして口を手で覆った。

人の気配はしないが、潜んでいるだけかもしれないのだから。

改めて気を引き締めると、カレンは向かうべき方角に向かった。

魔力を使い切った体と、異様に魔力の圧迫感のないこの空間の中にいると、魔力の気配がとてつもなく際だって感じられた。

だから、カレンはただ魔力の圧力を感じる方へ、息苦しくなる方角へ向かえばよかった。

向かうべき方角は集落の端だった。

先程カレンが黒い砂の切れ目を探して諦めて黒い砂を跨いだ箇所の、ちょうど正反対側だった。

そびえ立つ岩が倒れ、洞穴のようになった黒々とした岩と岩の隙間の奥から、魔力の圧が感じられた。

カレンはごくりと息を呑んで岩の中に入った。

中に入って目が慣れてくると、外から見た時ほど暗くはなかった。

日光が遮られ、途端に気温が低くなって感じられた。それでも岩の隙間から漏れいる光で足元が照らされ、歩くのには不自由しなさそうだった。

ただ、空気がしけって苔が生えていて、走ると滑りそうだった。

進んでいくと、岩の隙間を牢獄として使うための鉄格子が嵌められた区画が現れた。

この先には間違いなく魔力を持った者がいる。

その人物を閉じ込めているとしたら、間違いなく見張りがいるだろう。

カレンは今、その見張りに対抗するすべを何も持っていなかった。

魔力を使い切ってこの地にやってきてからだいぶ経つのに、一向に魔力が回復しない。

魔力が尽きた状態のカレンは、ただの細腕の女だった。

見張りが男なら、たとえ魔力を持たない者相手でも、今のカレンでは敵わない――。

カレンはポーチから薬草を一枚取り出すと、口の中に入れ口蓋に貼り付けた。

戦闘になり敗北して、持ち物をすべて奪われた時のための、回復手段の仕込みだ。

魔力さえ回復すれば、いつぞやティムが言っていたように、口の中でポーションを錬成できるかもしれない。

だが、見張りと戦闘になることはなかった。

ユリウスがいる檻の前には椅子はあったが、そこには人の姿はなく無人だった。

檻の中に倒れこんでいるユリウスを見つけたカレンは、息苦しさの発信源であるにもかかわらず檻に飛びついた。

「ユリウス様っ!」

鉄の檻がガシャガシャと音を立て、岩の牢の中で反響した。

もしも近くに誰かが潜んでいたなら必ずや聞こえていただろう。

だが、誰も現れない。誰もいないのか、様子を見ているのか。

ユリウスにも聞こえているはずなのに、返事がない。

右足は、よく見ずともあらぬ方向に曲がっているように見えて、カレンは目を背けたくなった。

よく耳を澄ませばユリウスからは荒い呼吸音が聞こえてきくる。

カレンは壁にかかっていた鍵を取ると、祈るような気持ちで鉄格子の鍵を開けた。

「ユリウス様――」

ユリウスを助け起こそうとして、その体の重さにカレンが愕然とした瞬間、カレンの天地がひっくり返った。

「いっだァ……!!」

思いきり頭を岩の床に打ちつけて、カレンは身もだえようとしたが、それもできなかった。

「ユリウス、さま……?」

気づくとカレンは岩の地面に引き倒されて、その上にユリウスが馬乗りになっていた。

カレンがユリウスに体を起こせる程度の余力が残っていることに安堵したのはつかの間だった。

両腕が地面に縫い付けられて、身動きが取れない。

カレンを見下ろすユリウスは何らかの苦痛に顔を歪め、荒い呼吸を繰り返しながら焦点の合わない目でカレンを見下ろしていた。

「カレ、ン……?」

ユリウスは目がかすんでいるのか、目を眇めるようにしてカレンを見すえる。

押し倒された状態でカレンはそんなユリウスを見上げ、うなずいた。

うなずいた拍子に打った頭が痛んだが、痛みを無視してカレンは言った。

「はい、ユリウス様。助けに来ました」

「私を押し退けて、逃げてくれ……ッ! 私は、今、魔力が欲しくて、欲しくて、たまらないのだ……!!」

ユリウスがぜいぜいと苦しげに言う。

魔力がないこの環境は、魔力を持つ者ほどきっと苦しく辛いのだろうと予想がついた。

体は魔力を必要としているのに、この場にいるだけで魔力が常に奪われ続けているのだろう。だからカレンの魔力も回復しない。

魔力がないから、カレンの細腕では何の力も入れていないユリウスの体を撥ねのけることさえできないだろう。

まして、自分の意志ではもうカレンを手放すことができないらしいユリウスを押し退けることなどできるはずがない。

だが、カレンはそんなことは言わずに微笑んだ。

「逃げませんよ、ユリウス様。わたしにできることがあれば協力させてください」

逃げられないから逃げないわけじゃない。

カレンが逃げないと決めてここにいるとわかるように、カレンはユリウスの目を見て言った。

ユリウスは端正に整った顔を歪めた。

「君を、傷つけてしまう……ッ」

「傷つけてもいいですよ。わたし、ユリウス様のことが好きなんです」

告白してはみたものの、ユリウスの表情が変わらない。

まったく手応えを感じなくてカレンは苦笑した。

出会った時からカレンはユリウスとの結婚を望んでいたわけで、ユリウス的には何を今更という感覚でしかないだろう。

「ユリウス様の名声に惹かれて結婚を達成報酬に望んだ時とは、違う気持ちであなたのことが好きです。わたしの人生を良くするためにあなたとの結婚を望んでいた時とは違って――今わたしは、あなたのためにできることは何でもしたい」

「何でも、などと……! 私が何をしようとしているかもわからぬだろうに、軽々しく言うな!!」

ユリウスに怒られ、カレンは確かに、と考えた。

その結果、ユリウスが何をしようとしているにしても悔いを残さないよう、カレンは地面に縫い付けられる体勢からなんとか頭を持ち上げて、えいやっとユリウスの唇に唇を押しつけた。

唇を奪われたユリウスは目尻から張り裂けんばかりに目を瞠ると、即座に覆いかぶさってカレンの唇を奪い返した。

カレンの口蓋に貼りついていた薬草は、あっという間にユリウスの舌に攫われていった。