軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

錬金術師の夢

「討伐完了いたしましたわ!」

テレーゼの言葉に特にドロテアが大きな歓声をあげた。

イルムリンデやヴァルトリーデも嬉しそうだし、カレンもこっそりとだがガッツポーズを取ってしまった。

「これで、出入口に見張りを立てておけば温泉を楽しむことができますわ」

岩の迷宮のあちこちに温泉が湧いているらしい。

袋小路にある温泉にいる魔物をすべて討伐したあとにその出入口に見張りを立てて誰も入れないようにしておけば、魔物も人も岩を越えることはできないので、温泉に入ることができるのだ。

いくつかの袋小路はこの性質を利用して、貴族や戦えない商人たちでも温泉に入れるように常に護衛を置いて管理しているという。

カレンたちが今いる袋小路はそうやって管理されていない、みんなで使う天然温泉のひとつで、冒険者――特に女冒険者たちが利用することの多い場所だそうだ。

「私たちが見張りをしていますので、皆様どうぞおくつろぎくださいませ」

「そなたたちはどうするのだ?」

テレーゼの言葉にヴァルトリーデが小首を傾げた。

「私たちはあとで入浴させていただきますわ。パーティーを半分に分け、皆様の護衛は怠らないようにしますので、お許しいただければ幸いです」

「もちろん許すとも。共に入ってもよいぐらいだが」

「殿方に王女殿下のご入浴の見張りをさせるわけには参りませんわ」

道理で、先程からユリウスの姿が見えないわけである。

このあたりに立ち入ることさえはばかっているらしい。

「なるほど。では、後は頼んだ」

ヴァルトリーデはうなずくと、ウキウキで岩場の温泉に入っていった。

ドロテアとイルムリンデが用意していた入浴用の荷物を抱えてそのあとを追っていく。

「カレン様はともに入られないのですか?」

「王女殿下と貴族のご令嬢たちと一緒にお風呂に入れるような身分ではありませんので」

正直、ヴァルトリーデだけであれば気兼ねなく入れるカレンだったが、ドロテアやイルムリンデとはそこまで気安くはなれない。

何かが間違っている……とカレン自身も思うところである。

カレンは翡翠の雫の冒険者たちが袋小路の魔物を一掃している間に準備していたものを鞄から取り出した。

「これをどうぞ。石鹸です。差し上げますので使ってください」

「え? いいんですか?」

「カレン様、うちのリーダーのこと嫌いなんじゃないの?」

テレーゼの仲間たちが不思議そうにカレンから石鹸を受け取った。

色とりどりの石鹸を、なんとなくその色が似合う人に渡していく。

「お風呂に入れるように、冒険者が使う温泉まで案内していただいたので、個人的なお礼です」

「私までいただいて本当によろしいのですか? カレン様。こちら、魔力を感じますし石鹸のポーションですわよね?」

「テレーゼ様にだけ石鹸をお渡ししなかったら、いじめみたいじゃないですか」

カレンは仏頂面で言った。テレーゼは手のひらの上の青色の石鹸をためつすがめつして言った。

「とても美しい色ですわね。けれど、あまり香りはしませんのね」

「冒険者の方々には無香料の方がよいかと思いまして」

「仰る通り、香りの強い化粧品はダンジョンでは魔物をおびき寄せてしまうことがありますので、貴族向けの化粧品は成分はよくても中々使うことができないのです。ありがたい配慮ですわ」

海のような水色をした青い石鹸。

カレンは、本当はもっと空に近い水色に作りたかった。

けれど色の調節がうまくいかなかった失敗作だ。

海の水色の髪を持つテレーゼによく似合っていて、一体誰のために作ろうとした石鹸なのやらとカレンはこっそり苦笑した。

ヴァルトリーデたちと入れ違いにカレンは温泉に立ち入った。

ダンジョン内で服を脱いで無防備になることには若干抵抗があったものの、新たに魔物が湧くにしても時間はあるし、そもそも魔物の出現数が明らかに以前より少ないということでも注目されている八階層なので、モタモタしつつ服を脱ぎ、濡れないように少し離れた場所に服と靴、荷物を置く。

服を脱ぐと肌寒かった。一階層よりも気温が下がって感じられる。

お湯に腕を突っ込むと少し熱いくらいで、カレンはお湯を体にひっかけると、急いで石鹸で全身を急いで丸洗いして、温泉に浸かった。

「ふわぁ……」

蕩けた声を出してカレンは温泉に肩まで沈んだ。

お湯は乳白色に濁っているが、汚れているわけじゃない。ダンジョンはいくら冒険者や魔物たちに破壊されてもその血で汚れても、もとの形に戻ろうとする。

だからここの温泉はいつでも綺麗な状態らしい。

前世有名な温泉地で嗅いだこともある匂いもすることだし、この濁りは硫黄の色だろう。

「硫黄かぁ……」

カレンはお湯を手のひらにすくって呟いた。

前世の錬金術では、賢者の石の素材が「水銀」と「硫黄」だなんて言われていた時代がある。

かつての世界の錬金術師たちは、この世界にはただの水銀と硫黄ではなく、特別な「水銀」と「硫黄」が存在していると考えていた。

この世のすべての物質はこの特別な二つの素材からできていると考え、錬金術師たちはあらゆる物質を研究し、そこから理想的な「水銀」と「硫黄」を抽出することで、その抽出した二つの素材から賢者の石を作ろうとした。

特別な水銀と硫黄を抽出するためにもっとも理想的な素材は銀と金とされていて、銀からは特別な水銀を、金からは特別な硫黄を抽出しやすいと思われていたという。

こうして賢者の石を作り出す作業のことを、彼らは 大いなる作業(マグヌス・オプス) と呼んでいた。

それは、すべての錬金術師の夢。

「賢者の石って作れるのかなぁ……」

この世界にも幻のアイテムとして、『賢者の石』は存在する。

錬金術師が作れるものとしてではなく、ダンジョンを踏破したり階梯を昇ることで女神から与えられる女神の贈り物として、おとぎ話に出て来るのだ。

賢者の石はありとあらゆる願いを叶えてくれる魔法の石として、おとぎ話の中に登場していた。

たとえば不老不死にしてくれたり、ただの金属から黄金を作り出したり、階梯を昇って女神に会えるようにしてくれる。

この世界は剣と魔法のファンタジーな世界だ。

賢者の石も、本当に存在する可能性が高い。

ならば、とカレンは温泉の濁りを見つめながらごくりと生唾を飲んだ。

「……作ってみたいな」

「何をですの?」

「ヒェッ!?」

背後から声をかけられて悲鳴をあげたカレンを見下ろし、テレーゼはくすくすと笑いながら言った。

「驚かせてしまって申し訳ありません、カレン様」

カレンががばりと振り返ると、そこには素っ裸のテレーゼがにっこりと微笑んで立っていた。