軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

明後日の袋小路

「ヴァルトリーデ様、お呼びですか?」

「何やらカレンが困っているようだったので呼んだだけだぞ」

「ありがとうございます。確かに、困っていました」

「今後、あの者のパーティーが私の護衛についてくれるらしいな。あの者と何かあったのか? そなたともめ事を抱えているのであれば、ボロミアス兄上に言って代えてもらうがどうする?」

テレーゼは冒険者で、エーレルト出身の貴族だ。

元々エーレルトはヴァルトリーデ寄りの派閥だし、ボロミアスに牽制されているヴァルトリーデにとっては数少ない味方と言えるだろう。

冒険者なら派閥争いから一線を置くことができるし、ボロミアスを警戒させずに済む。

貴族なら王女との接し方も心得ているはずだし、しかも女性だ。

ヴァルトリーデの側に置くのに、これ以上最適な存在はいない。

カレンは首を横に振った。

「もめ事はありません」

「ふむ、そうなのか? ……外に誰が立っているな」

ヴァルトリーデは天幕の外をそっと覗いて戻ってきて言った。

「ユリウスが立っておる。そなたを待っているようだな」

「わたし、しばらくここにいてもいいですか?」

「ああ、座って構わんぞ。喧嘩したのか?」

「いえ……わたしが勝手にイライラしているだけです」

「イライラ、か」

天幕の中に設えたソファに座って頭を抱えるカレンを見下ろし、ヴァルトリーデは首を傾げて魔道具のコンロで湯を沸かした。

茶葉の瓶を空け、ポットに二杯、お湯を注いで蓋をする。

十分に蒸らしてから二つのカップにお茶を注ぐと、ヴァルトリーデはカップをうつむいたカレンの鼻先に突き出した。

「茶でも飲むといい」

「え? は!? ヴァルトリーデ様がいれたんですか!? 言ってくださったらわたしが入れたのに!!」

「私がいれたいと思っていれただけだ。よいから飲むがいい。自分で自分の身の回りのことができるというのは幸せなことだぞ」

そう言ってヴァルトリーデは湯気をあげるお茶をすすり「あちっ」と舌を出していた。

以前のヴァルトリーデは、あふれる余分な魔力で体が膨らみ、ほとんど身動きが取れなかった。

そういうヴァルトリーデだから、本人が言うようにやりたくてやっているのかもしれない。

だとしたらそれを邪魔するのも無粋だろうと、カレンはありがたくお茶を受け取った。

「……ちょっと味が薄いですね」

「うむ。中々イルムリンデやドロテアのようにはいれられぬな。ははは」

王女相手に味の批評をするカレンに、ヴァルトリーデは屈託なく笑うとカレンの隣に腰かけた。

「それで、どうしてイライラしているのだ?」

「……自分でもよく、わからなくて」

カレンはぽつりぽつりと話し出した。

「ユリウス様のすることに、怒りが湧くことがあるんです。あちらは貴族で、わたしは平民なのに……何をされたって怒れるような立場でもないのに。これまでなら、そもそも怒りなんて湧きようもなかったのに」

「そなたがCランクの錬金術師になったからでは? 貴族としても尊重してしかるべき立場であろう。王族の私も、Cランク以上には敬意を払うべきだと教わった。女神の版図に足を踏み入れた者たちゆえな。その払うべき敬意をユリウスから感じないのであれば、怒りを抱いて当然だと思うぞ」

「……いえ、そういう話じゃないかもしれないです」

ピンとこなくて、カレンは首を傾げた。

「ユリウス様は、最初から親切でした。ユリウス様だけではなく、エーレルト伯爵家の人全員が親切でしたし、敬意を払ってくれてます。最初からずっと」

「つまり、ユリウスに落ち度はないということか?」

「落ち度……ないと思います。ユリウス様はこれまでと変わってません。ユリウス様は変わらないのに、これまではただ嬉しかっただけのことが、最近、嬉しいと思えなくて……」

カレンはピアスに触れた。助けを呼ぶための魔道具。

まだ、一度も使ったことがない。

使ったところで、ユリウスが本当に来てくれるのかもわからない。

前は来てくれたとしても、これからは来てくれないかもしれない。

その可能性が恐くて、使いたくない。

「ユリウス様に、顔さえ見せればなんでも言うことを聞くだろうと思われていることとか……前まではそうでしたけど、最近はなんだか嫌で、素直に言うことを聞くのが悔しくて、言うことをきかなかったりして。ユリウス様が他の女といるのがムカついたからって、同じ思いをさせてやろうとしたりもして。わたしのために、今後因縁をつけられるかもしれない危険を顧みずに近衛騎士と決闘をしてくれたのに、当のわたしは口を開けば側にいた女のことを何度も聞いてしまって、きっと鬱陶しいはずです。わたし、最近、すごく嫌なやつなんです。ユリウス様を困らせてばっかりで……」

「ユリウスは変わらず、変わったのはそなたなのだな? カレン」

「――はい」

ヴァルトリーデの指摘に、カレンは息を呑んでうなずいた。

そう、変わったのはカレンだった。

いつからだったろう。考えてみて、真っ先に思い浮かぶのは階梯を昇った直後の口づけだった。

単純に、口づけされたから変わったわけじゃない。

口づけは、魔力酔いのせいでほとばしる、本音のカレンをユリウスが受け入れてくれた証だった。

あの時から、カレンの中で何かが変わった。

ヴァルトリーデは深くうなずいた。

「もしやそなた、八階層にいるかもしれぬ魔物とやらに、心が操られているのでは? ……このようなところまで影響があるのか!?」

ヴァルトリーデは自分で言っておいて恐くなったらしく、しょぼしょぼとした顔になり首を竦めた。

カレンは憮然として言った。

「なんか違う気がします」

「違うのか。そうか。よかった」

ほっと安堵の息を吐くヴァルトリーデにカレンは唇を尖らせた。

ヴァルトリーデがそれはないだろうという案ばかり出してカレンの逃げ道を塞ぐから、恐らくは正解であろう袋小路に追い詰められてしまった。

「それで、何が原因なのだ?」

「……ユリウス様のことが、好きだからですよっ」

「それは前々からのことではないか。本当の理由はなんなのだ? カレン、本当に魔物のせいではないのだな!?」

色恋沙汰にこれまでまるで縁のなかったヴァルトリーデが魔物恐さで必死に言いつのる。何かを察する気配は微塵もない。

やがてカレンは根負けして、ヴァルトリーデに今更ユリウスに本当の意味で恋に落ちた心の機微を微に入り細に入り説明させられることとなった。