軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兄からの任務

ダンジョンは魔物に邪魔をされない場合、階層をひとつ踏破するのに一日かかると言われている。

なので、一階層ならカレンでも運が良ければ一日で踏破できるだろう。

運が悪い場合は死ぬので、やったことはないけれども。

階層を降りるごとに魔物は強くなっていくので、この日数は伸びていく。

だがさすがに近衛騎士団、王国騎士団、貴族の精鋭部隊とその他ヴァルトリーデのような個人部隊、Dランク以上の冒険者たちで構成された集団だけあって、カレンたちが七階層の『山麓の森』に辿り着くまでにかかった日数は、十日で済んだ。

魔物は大抵、カレンが目視する間もなく隊列の左右を固める冒険者によって即殺だったそうだ。

問題は魔物よりも、人間同士の諍いである。

カレンはタンポポに伸ばしていた手を引っこめて、隊列を逆流して帰路を辿る廃人のようになった近衛騎士団の青年の姿を見てドン引きしていた。

近衛騎士団の貴族の青年が、見目麗しい女冒険者にコナをかけ、フラれ、逆上して襲いかかったら返り討ちに首を落とされたあとの姿である。

近衛騎士団が備蓄の大回復ポーションを即座に使ったので、一時は物別れになった首はくっついたそうだが、完全に心が折れたらしい。

除隊して家に帰るそうだ。

ちなみにその女冒険者は上級貴族の首を斬り落とそうと、無罪放免である。

何故なら、Bランクの冒険者だから。

襲われた側だから、ではないというところにカレンとしては闇を感じるものの、貴族が平民の女性を無理やり襲ったところで法的な罪にはならない。

ただ、一応、他の貴族からは軽蔑される所業ではある。

それに多分、女神からも嫌われる。

「間違って中回復ポーションを使ってそのまま死ねばよかったのですが。あそこのお家も気の毒なことです。不名誉極まりない男を家に帰されても持て余すでしょう」

採取のために近場を歩き回っていたカレンに同行してくれていたイルムリンデは吐き捨てる。カレンもその意見に異論はない。

だが、若干背筋に薄ら寒いものが走るのは、先日ユリウスと妙に距離の近かった女冒険者の正体もわからないうちに食ってかかったことを思いだしたからだ。

あの女冒険者が高ランクで、虫の居所が悪ければ、カレンの首も物別れになっていたかもしれない。

高ランクの冒険者が他人を傷つけても、大抵は理由にかかわらず無罪放免である。

何故なら女神に認められし、高ランクの冒険者だからだ。

もちろん、冒険者というものは女神に認められたことに強い誇りを持っていて、独特の倫理感を持っているので、そこまでむちゃくちゃをやるわけではないことを、冒険者街で生まれ育ったカレンは知っている。

だが、カレンが交流があるのはほとんどDランクかEランクで、Cランクはめったにいない。

そして、それ以上の人たちのことはほとんどわからない。

居酒屋でくだを巻く中級冒険者たちが、上級冒険者たちのことを憧れと畏怖をもって語るのを聞いたことがあるだけだ。

そこまでわかっていても、ユリウスに抱きつく女を目の当たりにして、黙って引き下がるわけにもいかないのが御しがたい乙女心である。

渋い顔をしたカレンは、摘んだタンポポを手にイルムリンデと共に王女の野営地に戻った。

すると、定例会議から戻ってきたヴァルトリーデがカレンたちを呼んだ。

「イルムリンデ、カレン、私の天幕へ来るように」

「かしこまりました」

カレンがタンポポを置いて天幕に入ると、中にはヴァルトリーデとドロテアの他にユリウスがいた。

カレンがじとっとそちらを見やるも、ユリウスは考え事をしているようでうつむいたまま、視線が合うことはなかった。

ヴァルトリーデはカレンたちを見渡して、切り出した。

「調査隊がダンジョンに入って以降、冒険者と貴族との間にもめ事が頻発していることはそなたたちも知っていよう」

カレンはユリウスから視線を外して先程、顔面蒼白で帰路についた青年の顔を思い出した。

首を斬り落とされたのは彼だけだが、他にも様々な問題が起きているとは噂で聞いている。

「調査の円滑な進行のため、頻発する冒険者との諍いを未然に防ぐために、冒険者たちを管理監督せよ、と兄上から任務を仰せつかった。私もいつまでも天幕に隠れているわけにはいかないゆえ、兄上から任されたこの任務をまっとうするつもりだ」

ヴァルトリーデは朗々と言う。

「イルムリンデ、ドロテア、カレン、私の仕事を手伝ってくれ」

「かしこまりました、王女殿下」

「誠心誠意お仕えいたしますわ、ヴァルトリーデ殿下」

イルムリンデとドロテアが粛々と応える。

カレンは任された仕事の困難さに、考え込む顔つきになる。

「ユリウス様もヴァルトリーデ様を手伝うんですか?」

「ああ。護衛としてな」

ヴァルトリーデが言うと、ユリウスから注釈が入った。

「私が護衛するのは殿下というよりはカレンです。私はカレンと共にあるために部隊を移りましたので」

「うむ。よってカレンは私と常に同行せよ。カレンといればついでに護衛してもらえるらしいのでな」

ヴァルトリーデはさっぱりと割り切った物言いである。

「と、いう口実で、第二王子殿下の目をかいくぐり、ユリウス様がヴァルトリーデ殿下の護衛をしてくださる、ということですわよね?」

「そういうことにしておくのが平和そうですね。そうは思いませんか、カレン様?」

ドロテアの解釈にむっとするカレンの肩をイルムリンデがそっと叩く。

カレンは溜息を吐くと、思考を切り替えた。

「ユリウス様がいてくれるなら、冒険者たちもある程度の敬意は払ってくれそうですね」

カレンの言葉にドロテアが眉をひそめた。

「ヴァルトリーデ殿下に対して冒険者たちが敬意を払わない可能性があるということでしょうか?」

「父がDランクの冒険者だったので、わたしがによくしてくれた冒険者たちもほとんどDランク以下で、今調査隊にいる冒険者の方々の実態をどこまで正確に理解できているかはわからないんですけど……ランクが上の冒険者ほど、身分に敬意を払わない、とは聞いたことがあります」

「王族であるヴァルトリーデ殿下に敬意を払わないなら、その者たちは何に敬意を払うのです?」

ドロテアが目尻を吊り上げるのを横目に、カレンは飲み屋で聞いたことのある、上級冒険者たちの実態を思い返した。

「実力に、あるいは女神のご加護に、ですかね」

「どちらもない場合はどうすればよいのだ?」

不快感を示すドロテアと違い、ヴァルトリーデは素直に訊ねた。

「……わたしにもわかりません」

「もしかして王女殿下は、このダンジョン調査隊においてダンジョンの異変の原因特定の次に困難な任務を押しつけられたのではありませんか?」

イルムリンデの指摘に全員が黙り込んだ。

一足早く黙り込んでいたユリウスが、一番に気を取り直して言った。

「第一王女部隊は我々と護衛数人と下働きたちを連れただけの、元より戦うことには向かない部隊です。戦わないのであれば、他の仕事を担わねばならない中で、重要な任務を任されたことはある意味では喜ぶべきことかもしれません」

「喜ぶべきことであろうか?」

ヴァルトリーデが首を傾げるのに、ユリウスがうなずいた。

「無事に任務を果たすことができれば、このダンジョン遠征は殿下にとっての箔付けとなるでしょう」

「なるほど、そのような考え方もあるか。果たせなければその責任を取らされるだろうがな。兄上は恐らく、後者のつもりだな」

ヴァルトリーデは苦笑した。

カレンたちは目を丸くした。ヴァルトリーデはそれをわかった上でこの任務を引き受けてきたらしい。

「私も私なりに努力はするつもりだが、今後冒険者たちが起こす問題はすべて私の責任ということになるゆえ、私の責に巻き込まれぬようにそなたらは上手く立ち回れ。よいな?」

その苦笑が痛ましく、カレンとドロテアとイルムリンデは目配せしあい、うなずきあった。

この王女様のためにできる限りのことをしてあげよう、と。