軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出発の空

すでにカレンたちの周りには貴族しかいない。

ハラルドがせめて、カレンとハラルドの関係を知るエーレルト伯爵家の間を割って近づいてきたことに、カレンはひやりとしつつも安堵した。

「最後に一つだけ、お伝えしたいことが――!」

ハラルドは調査隊の補佐をする冒険者たちに取り押さえられた。

平民が貴族を押し退けて、立ち入る権利のない場所まで足を踏み入れたのだから仕方のないことだった。

「あの、離してあげてください。わたしが雇っている子です」

「調査隊に無関係の人間を広場に入れないでいただきたいですね。貴族が大勢集まっているのですから、混乱を避けるためにも監督を徹底していただきたい」

「申し訳ありません。でも」

ハラルドが何を言おうとしているのか、カレンは聞きたかった。

だが、冒険者に睨まれて言葉を続けられなかったカレンは、やがて視線をユリウスに向けた。

「ユリウス様、わたし、ハラルドの話が聞きたいです」

カレンが頼ると、ユリウスは微笑みを浮かべてうなずいた。

「君たち、その少年を離してあげてほしい」

「ですが」

「私は二十階層の攻略者で、彼女はCランクの錬金術師だ。そして彼はCランク錬金術師が雇っている小者だ。もしかしたら彼女の師匠であるSランク錬金術師の言伝を預かっている可能性もある。もしそうだとして、ここで発言を制限したことの責任を君たちに取ることができるかい?」

「――部外者の立ち入りは厳に慎んでいただいておりますので、手短にお願いいたします」

ユリウスの機転で解放されたハラルドは、まず「ユルヤナ様からの言伝ではなく申し訳ありません」と呟くような声音で言った。

「カレン様、僕、誓います――今後は欲をかかず、恩を忘れず、カレン様の恩に報いていくと、ただそれだけのために生きていくと誓います!」

それはちょっと重すぎない? と軽いツッコミを入れられるような雰囲気ではなく、カレンは苦笑しつつもその誓いを受け入れることにしてうなずいた。

無魔力素材のポーションを一瞬作れるようになって、けれどまた作れなくなってしまったハラルドが、再び前を向いて歩いていくために必要な禊ぎなのだろう。

少し前までDランクだったカレンとて、いつでも小回復ポーションを五十個作れるわけではなかった。体調によって個数は左右される。

ハラルドは魔力が少なすぎるから、振れ幅によってはまったく作れなくなることもあるだろう。

カレンとしては今のところそれぐらいの認識なのだが、もしもそれが違っていたら――この少年を、カレンは一体どうすれば助けてあげることができるのだろう。

「ありがとう、ハラルド。その言葉だけで十分だよ。これからも、ハラルドの記憶力やその勤勉さや真面目さで、わたしの仕事を助けてほしい」

何にせよ、カレンがハラルドを見捨てることはない。

カレンがハラルドを正式に雇い入れたのは、ハラルドが無魔力素材のポーションを作れるからではないのだから。

そう示してあげることだけが今のカレンにできることだった。

ハラルドはぐっと奥歯を噛みしめる。

何かを堪えるように、顔をくしゃくしゃにして言いつのる。

「今後はどれほどの機会に恵まれても、見向きもしません! どれほど偉大な方よりも、カレン様に従います。Sランク錬金術師のお言葉よりも、カレン様のお言葉を信じます! すべてにおいてカレン様を誰よりも、何よりも信じると――」

ハラルドの言葉が不意に途切れた。

何かに気づいたかのようにハッとした顔をしていた。

緑色の目を丸く見開いて、ハラルドは空を見上げた。

その瞳には白い雲がかかる青い空が映っていた。まるで、たわんだ空が妙に低く、ハラルドに近づいているかのように。

ハラルドはそこにありながら、その本質は空に近づいてでもいるかのようだった。

ハラルドは驚愕の表情を浮かべたまま、視線をカレンに移した。

「――女神に、誓います」

はじめ、カレンを見てもまだハラルドの瞳に映り続けていた空が虹色にゆらめいた。

その次の瞬間、空から降りそそぐ光が虹色の粒に変化し、ハラルドに降りそそいだ。

次の瞬間、ハラルドはボロボロと涙を零した。

ハラルドは降りそそぐ虹色の粒を見上げ、涙を零しながら呟いた。

「そうだったんだ……カレン様が、正しかったんだ」

今にもハラルドを排除しようと構えていた冒険者たちも、構えを解いた。

ハラルドが階梯を昇り終えるまで、誰一人邪魔しようとはしなかった。

光の粒は次第に薄くなっていき、空気にまぎれていく。

やがてすべての粒が消え失せると、ハラルドは言った。

「カレン様――僕、また無魔力素材のポーションを作れるようになったと思います」

「ホントに?」

固唾を呑んで見守っていたカレンは、目を丸くした。

「はい。それに、小回復ポーションも作れるんじゃないかと思います」

今、ハラルドは体に満ちる魔力による酩酊のような全能感で、なんでもできそうな気分になっているはずだ。

その言葉を頭から信じるわけにはいかないと承知しつつも、カレンは胸を高鳴らせつつ、逸る気持ちのままに口を開いた。

「ナタリア!」

「なあに、カレン!」

「わたしが行ったあと、ハラルドがもし小回復ポーションを作れるようになっていたら、Fランクの錬金術師として登録してあげて」

「わかったわ」

「Fランクの錬金術師になれたら、ハラルドをわたしの弟子にして!」

カレンはCランクの上級錬金術師だ。

上級錬金術師からは、弟子を取ることができる。

「――カレン、良いの? 弟子にするってことは、責任を取らなくてはならないということよ?」

「もう、とっくに身内だったから構わないよ」

「確かに、あなたにとってはそうだったわね。任せておきなさい」

ナタリアは肩を竦めると請け合った。

「サラ!」

「はい、カレン様」

「わたしの弟子なら、さすがにエーレルトも一緒に守ってくれるよね?」

「カレン様の教えを受け継ぐ、現状唯一無二の弟子なのですから、当主様もそのように手配をしてくださるでしょう」

カレンは最後にハラルドに向き直った。

ハラルドはまだボロボロと泣き続けていた。

酔うと泣く、泣き上戸というやつなのかもしれない。

「ハラルド、勝手に決めて悪いけど、もし小回復ポーションを作ってFランク錬金術師になれたなら、わたしの弟子になってくれない? そうすればわたしを通じてエーレルトの保護も得られるし、師匠の孫弟子にもなれる」

「僕が、本当にカレン様の弟子になっていいのですか……?」

「お願いしているのはわたしの方だよ、ハラルド」

「僕は……っ、ユルヤナ様からの教えを受けて、カレン様からの教えとの違いがあった時には、カレン様の方が間違っていると思っていたんです。だから、無魔力素材のポーションが作れなくなってしまったんです!」

そう思う方が普通だろう。カレンはCランクになりたての錬金術師で、ユルヤナはSランクの錬金術師で、何百年もの時を生きてきたエルフだ。

どうして二者の知識を引き比べて、カレンの方が正しいと思えるだろう。

「でも違いました。カレン様を信じると決めた瞬間、女神様が教えてくださいました! ――!」

ハラルドは何かを言おうとして言えずに、口をパクパクとさせた。

目を白黒させるハラルドに、カレンは笑って師としてのはじめての教えを授けた。

「女神様が教えてくれたことって、口外しちゃだめだよって制限されるんだって。無理やり言おうと頑張れば言えるらしいけど、よくないことだからやらない方がいいんだって。だから言わなくていいよ、それは」

「――ともかく、カレン様が正しかったんです。それに気づいたから、いや、気づいていなくとも信じると決めたから、女神様が僕を上の階梯に押し上げてくださったんです」

「そっかぁ……階梯昇段おめでとう、ハラルド」

カレンが寿ぐと、ハラルドはますます目に涙を浮かべた。

「ありがとうございます、カレン様……!」

「とはいえ、わたしがいつも正しいわけじゃないからね。それは理解していてね」

「間違っていても構いません」

ハラルドは涙を拭うと微笑んだ。

「その間違いも含めて、カレン様のお言葉として信じます」

「いやいやいや、それはやめた方がいいと思うな!?」

「これが原因でどんな不利益を被ることがあっても構いません」

ハラルドはまだ目に涙しつつ、透きとおった微笑みを浮かべて言う。

「あなたが僕の女神です、カレン様」

ハラルドがそう言った瞬間、カレンはまた背後から羽交い締めにされた。

「人の恋人を女神呼ばわりしないでいただきたいな、ハラルド」

「女神を独占することはできませんよ、ユリウス様」

人垣のどこかから「そーだそーだ」というユルヤナの声が聞こえてきた気がしたものの、カレンもハラルドも黙殺した。

「とはいえ、僕のカレン様への気持ちはそういうものではありませんので」

「だとしても、言葉には気をつけてもらいたい。普通、女神とは恋人の女性への呼びかけだろう」

「……それより、カレン様がのぼせ上がる前に離して差し上げてくれませんか? これからダンジョン遠征なのに、その状態ではお気の毒です」

「私が守るから問題ない」

「問題ありますぅ!」

カレンは命からがら叫ぶとユリウスの腕の中から抜け出した。

「まずユリウス様! ところかまわず抱きしめるのはやめていただけますか!? ハラルドの言う通り、これからダンジョン遠征なので! 危ないでしょう!!」

「わかった。これからは時と場所を選んで心置きなく君を抱きしめよう」

ユリウスのにっこりとした笑みに、カレンは自身の失言を悟りつつも振り切ってハラルドを見やった。

「そしてハラルド! その呼び方はやめよう! 背中がかゆくなってきたから!」

「では少し気が早いですが――師匠」

まだ小回復ポーションを作れたわけでもFランクの錬金術師になれたわけでもないのに、ハラルドにはできるという確信があるらしい。

自信に裏打ちされた晴れやかな笑みを浮かべて、ハラルドは言った。

「いってらっしゃいませ、カレン師匠!」

「いってきます!」

笑顔のハラルドに、後をついてきたらしいティムがはしゃいで肩を抱く。

そんなティムにいつものように苛立つわけでも撥ねのけるでもなく、ハラルドは破顔した。

カレンはそんなハラルドたちを見て満面の笑みを浮かべると、血筋の祝福に病む子たちとその親の貴族たちを見やってにやりと笑った。

「わたしのいない間、わたしの弟子をよろしくお願いいたします」

「――カレン殿がそうおっしゃるのでしたら、お任せくださいませ」

頭の上にはてなを浮かべつつも、貴族の親たちはうなずいてくれた。子どもたちもだ。

まだ未確定だから、ぬか喜びはさせられない。

けれど、もしもハラルドの自信が実を結ぶなら、彼らにとっても祝福となるだろう。

憂いは晴れた。カレンは前を見て、空を仰いだ。

晴れ渡る空と同じ色の目をして、カレンは意気揚々とダンジョンの調査に出発した。