軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王宮の余興2

「何もございません、陛下。ただただ陛下の愛する可愛らしい姫様のために設けた場ではございますが、それが結果的に護国の妨害につながってしまった以上、申し開きのしようもございません」

「薔薇の宮殿にて謹慎していろ。私がいいと言うまで一歩たりとも外に出てはならない」

「かしこまりました、陛下」

女性の声は従順に、一切の不満すらなさげな様子で国王の命令に応じた。

カレンたちを罠にかけようとした人間の態度とは思えない。

「陛下、もしお許しいただけるのなら錬金術師カレンとヴァルトリーデ様にお詫びを申し上げたく存じます」

「錬金術師カレン、いかがする? そなたが望まぬのであれば無理強いはしない」

国王直々に声をかけられ、カレンはごくりと息を呑みつつ言う。

「……実は、私も側妃殿下におうかがいしたいことがございます。ですので、お話する機会をいただければ幸いです」

カレンがそう答えると、垂れ布の奥からゆっくりと女性が進み出てきた。

うねる艶やかな黒髪に緑の目をした、肌が少し浅黒いエキゾチックな美しい女性だった。

そのドレスも変わった仕立てで、体のラインが浮き出るようなぴったりとしたデザインで、妖艶な色気がある。

同時にどこかあどけなさを残した表情で申し訳なさげに眉をひそめる彼女からは、清廉さや実直さすら伝わってくる。

清廉さと妖艶さ。

相反するはずの性質を矛盾なく宿した大きな緑色の目の美しい女性は、カレンを見つめながら、まるで今にも泣きそうな様子でその長い睫毛を震わせた。

「錬金術師カレン、この度はそなたにご迷惑をおかけしましたね。申し訳ございませんでした。ただ、悪意あってのことだとは思わないでいただきたいのです。ひとえに義理の娘とも言えるヴァルトリーデ様を想ってのことでございました」

「そうですか」

信じかけた。むしろ、カレンはその言葉をほとんど信じさせられた。

だが、ベネディクタがどんなつもりでこの余興を設けたかは今は関係がなかったから、ベネディクタの謝罪をもってもカレンの問いは止まらなかった。

「おうかがいしたいことがございます」

「何なりと聞きましょう」

「イザーク商会の人間がわたしの錬金工房を襲撃し、うちで働いている二人の子どもたちを殺そうとしましたが、これは側妃殿下の指示でしょうか?」

「まさか」

ベネディクタは緑色の目を丸くし、はっと息を呑んで信じられないとばかりに首を振った。

「そのような恐ろしいこと、するはずがございません」

「では、これはイザーク商会の者の単独行動ということですね」

カレンは言いながら、本当にベネディクタの指示ではなさそうだと思っていた。

ベネディクタと向き合っていると、本当に心からヴァルトリーデを思っているだけの人に見える。カレンに対する悪意なんてものも存在しないかのように見える。

善意でやったことが裏目に出てしまった気の毒な人に見えることが、恐ろしい。

だから、きっとあんな馬鹿げた襲撃はベネディクタの指示ではないのだろう。

ベネディクタなら、もっと上手くやるだろうし、必ずやり遂げるだろう。

「わたしからおうかがいしたいことは以上です」

「ヴァルトリーデ様、あなたにも謝らないといけませんね。申し訳ございませんでした」

「私をご心配いただいてのことだと存じておりますよ、ベネディクタ様」

ヴァルトリーデは作り笑顔で応えた。その表情を見て、カレンは気を引き締める。

これはただの小手調べ。

王都に戻ってきたヴァルトリーデの手札を見るための牽制。

そして、手駒であるカレンを確認しようとしているのだろう。

そのために、イザークの企みを知っていても見過ごしたということは大いにあるだろうと思った。

国王はカレンに訊ねた。

「錬金術師カレン、巻き込まれたそなたはいかような処分を望む?」

ヴァルトリーデが近づいてきて、カレンの耳元に唇を寄せた。

「……陛下はベネディクタ様を寵愛している。これ以上彼女の処分を望めばこちらが不利益を被るだろう」

つまり、ベネディクタに謹慎以上を望むなということだった。

「わたしはいいですが、ヴァルトリーデ様はいいんですか?」

「ああ」

ヴァルトリーデにうなずくと、カレンはイザークのほうを見やった。

「イザーク商会のイザークを相応の罪にて裁いていただきたく存じます」

「では、死罪でよいな」

国王のひと声である。

カレンは無表情でお辞儀をした。

「そのように、どうぞよろしくお願いいたします」

「カレン!? おい! 死罪はやりすぎだろう!! オレはマリアンの兄だぞ!?」

「わ、私はここで手品をしろと金を払って命令されただけだ! 何も知らなかった! 私は悪くない!!」

それまで大人しかったイザークは青天の霹靂とばかりに騒ぎはじめる。

イザークに連れてこられた男もまた喚き散らした。

「どうして、どうしてだ!? 確かに脅そうとしたが、孤児を殺そうとしただけだぞ!?」

暴れるイザークが王宮の騎士たちに囚われる。

本気で意味がわからないという顔をしてカレンを見上げるイザーク。

こちらも、ユルヤナと大体同じ意見なのだろう。

カレンは深い溜め息を吐いた。

「……わたしはね、自分が殺されそうになったって、反省して、今後は決して同じことを繰り返さないと誓うなら許しちゃうよ。だけど、わたし以外のわたしの周りの人が絡むなら、話は変わる」

「はあ!?」

「わたしはわたしの倫理で生きてる。その倫理で、自分が痛い目を見るなら受け入れる。だけど、その倫理に他の人の生死まで巻き込めない」

もしも襲われたのがカレンだったなら、カレンは王都追放ぐらいでイザークを許していただろう。

商人であるイザークにとっては、王都への出入りを禁じられたことはそれだけでも人生の大きなハンデだろうと解釈して。

だが、カレンも理解している。

反省と後悔を理由にイザークを許したとて、その反省と後悔が仮初めのものなら無意味なのだ。

次は本当に誰かの命が奪われるかもしれない。

それがカレン以外になる可能性が高いなら、むしろ可能性は一切残せない。

「わたしをこの世界の倫理に引きずり込んだのはあなただよ、イザーク」

そもそも、殺されそうになったけれど反省したなら許すというのは、この世界のやり方じゃない。

だから最初から、この世界風の、最大限の罰を要求するつもりだった。

死罪はむしろカレンが望んでいた罰に近い。

イザーク側が今日までに犯した罪だけでは、下してはもらえないかもしれないと考えていた罰だ。

結局は取るに足らない子ども二人の命が脅かされかけたぐらいのことだから、と――なあなあに済ませないようにできるなら、カレンはすべてを受け入れるつもりだ。

「あなたには、うちの子たちに手出ししたことを後悔してほしい」

「あ……ああ…………あ、ウワアアアアアアア――――ッ!!」

イザークは喚き散らしながら引きずられていった。

彼からしてみれば孤児 ごとき(・・・) を殺そうとしただけで、実際に殺してもいない。それどころか自分の手駒が殺される結果となった。

納得いかないだろうし、そもそも反省など少しもしていなかっただろうから無理もない。

そんな男が解き放たれたら、カレンに逆恨みをしないとは思えない。

カレンへの逆恨みでカレンの周りの人々に危害を加えられたら、カレンはそれこそ後悔するだろう。

だから、どれほど憂鬱でもカレンは死罪が下ったことを受け入れていた。

「カレンさんが甘いのを知っていたのでしょうね。だから、どうせ大した罰はくだらないと思っていたのでしょう。ですが、カレンさんが許したところでどうしようもないんですけどね」

「え?」

きょとん、と目を丸くするカレンにユルヤナはやれやれと肩を竦めた。

「この人たち、そもそも身分を偽称して王宮に入っているんですよ? 錬金術師ではない者を錬金術師に見せかけるためにブローチを偽造しているか、違法に貸与しているか……どちらにせよ重罪です。しかも、国王陛下の前で錬金術を披露すると見せかけて、手品でごまかしている。陛下に対する詐欺ですよ」

「あー……そうなりますよね」

カレンも、恐らくは死罪を告げられたイザークも、カレンの意思が死罪の決定打となったと思っていたが、確かに違いそうだった。

「こんなことなら最初から錬金術師を連れてくればそこまで重い罪にはならなかったでしょうに、四方に目のある状況で、ただの錬金術師が世界樹の葉をバレないように入れる自信がなかったんですねえ。まあ、私にはバレてしまいましたが」

「そういえば、どうしてわかったんですか? 鑑定鏡ですか?」

「鑑定鏡も袖の中に隠された世界樹の葉は見分けられません。エルフにとって世界樹は特別な存在なので、存在を感知できるんですよっ! こんな風に、葉が丸ごと一枚あれば余裕ですっ」

エルフチートのおかげだったらしい。

ユルヤナは拾った葉っぱを手にヒラヒラさせている。

光に当たってもいないのにエメラルド色に輝く美しい葉っぱである。

「それ以前に、自分たちが作っていたのは石鹸ポーションのまがい物であり、カレンさんへの疑いは誤解だったと認めて賠償をすれば、もっと話は穏便に済んだでしょうに」

「……彼らはどうしても負けを認められなかったんですね」

つまり、イザークが死罪を課されたのは彼ら自身が犯した罪に対する罰。

そこにはカレンの意思は関係なさそうだった。

だが、カレンはカレン自身の意思で彼らの死を望んだ事実を、深く胸に刻み込んだ。

死罪を言い渡されたからといって、即座に死刑になるわけじゃない。

強い後ろ盾を持つ者が死から逃れる方法はたくさんある。

その事実も、犯した罪の重さに対する正当な罰を求めるカレンの意志とは無関係だった。