軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30話 いざ、カーヴェル公爵邸へ

アマリリスたちが都市グラティムに来てから十日が経った。

この日は潜入捜査でカーヴェル公爵邸を訪問するため、アマリリスとアンネは行動を共にしている。馬車に乗り込み、カーヴェル邸を目指していた。

「アマリリス、準備は抜かりないわね?」

「ええ、もちろんです。行きましょう」

アマリリスはアンネと同じ民族衣装をまとい、顔の下半分をストールで隠している。

また赤髪は特徴的なため、濃いブラウンに染めて、褐色のファンデーションで化粧を施せばまったく別人だ。

(あくまでも私は異国の貴族で、アンネさんの上客。欲しいものは例の毒薬よ)

カーヴェル公爵を担当していたアンネがテオドールに捕まったことは、商会にしか知られていない。そのため特殊配合された毒薬を欲していて、紹介を頼んだいう設定だ。

(証拠隠滅にもなるし、カーヴェル公爵が拒むとは思えないけど……警戒はされるわよね)

ここまで物証を残していないことから、相当用心深い人部だとわかる。だからこそ、アマリリスの振る舞いにミスは許されない。

ほんの少しでも違和感を持たれたら、物証は手に入らないのだ。

しばらくしてカーヴェル公爵邸に到着した馬車は、門番の検問を受ける。

「イルシオ商会のアンネよ。カーヴェル公爵との約束で来たわ」

「そちらのお方は……?」

「私のお得意様でプラジャーク王国のアマーリエ様よ。一緒に来ることは伝えてあるはずだけど?」

「……間違いないな。よし、通れ」

門番のチェックをクリアして馬車は屋敷の前で停車した。使用人に迎え入れられ、応接室へと案内される。

「本当にいつ来ても悪趣味な部屋ね」

「まあ、少し装飾が多いようですけど」

壁には所狭しと有名画家の絵画が並べられ、棚の上には色とりどりの花瓶や置物が飾られていた。さらに壁紙も金を使った柄なのでアマリリスは若干目が痛い。

(部屋の様子から見て、計画性がなく、選民意識と承認欲求が強いタイプね。それなら、設定を少し変えた方がよさそうだわ)

「アンネさん、提案が――」

アマリリスがアンネに相談しようとしたところで、応接室の扉が開かれる。

「待たせたな。それで、今日はどのような話だ?」

この屋敷の主人、カーヴェル公爵が姿を見せた。

* * *

ルシアンとアマリリスがお忍びでカーヴェル領へ向かってから、カッシュには平和な時間が訪れていた。

(ああ、今日も平和だ。無茶振りのない穏やかな日々。ゆっくり食事が取れて、休日は婚約者ともデートができるなんて……)

カッシュは今、婚約者とデートをしながら、ささやかな幸せを噛みしめている。

「カッシュ様? どうかされたのですか?」

「いや、ごめん。君とのデートが幸せでつい」

「まあ、そうでしたの! わたくしもとっても幸せですわ」

カッシュは婚約者であるミーナ・ヘインズ伯爵令嬢と、ゆったりとした甘い時間を過ごしていた。先月オープンしたというカフェは苺のスイーツが豊富で、ずっとミーナが来店したいと言っていたのだ。

「遅くなったけど、やっとこの店にミーナを連れてくることができたよ」

「カッシュ様は政務でお忙しいでしょうから仕方ありませんわ。たまにはわたくしを優先してくださると嬉しいですけど……」

仕事に理解を示しつつもかわいいおねだりをする婚約者に、トストストスッとカッシュのハートが射貫かれる。

(ダメだ……! ミーナかわいすぎてつらい……!! いつも悪魔みたいな王太子を相手にしているせいか、ミーナが天使に見える……!!)

「カッシュ様……大丈夫ですか?」

婚約者の可憐さに悶え、反応しなくなったカッシュを心配してミーナがグッと近づく。途端に顔相を崩したカッシュはギュッとミーナを抱き寄せた。

「ミーナに愛しさが込み上げて動けなかった。もう、今すぐ結婚しない?」

「それならよかったですわ。わたくしも今すぐ結婚したいのですが、ドレスが間に合いませんの。せっかくだからカッシュ様にお見せしたいですし……」

「ミーナならなにを着ても似合うと思うけど、今用意しているドレスも見たいな……じゃあ、花嫁修行と称してタウンハウスで一緒に暮ら――」

「やっと見つけた! カッシュ様ー!!」

カッシュがミーナを屋敷に呼び寄せようとしたところで、部下である王太子付きの文官が駆け寄ってくる。その手には手紙のようなものが握りしめられており、目が血走っていた。

「まさか……」

「あら……」

部下が息を切らしながら、震える手を差し出す。

「はあっ、はあっ、こ、これを……! ルシアン殿下から、カッシュ様宛の……大至急の手紙です!!」

「あー、そう。うん。そうか……大至急ねえ……」

明らかに落ち込んで手紙を受け取るカッシュに、ミーナは優しく微笑んで声をかけた。

「カッシュ様、わたくしのことは気にせずいってらっしゃいませ。わたくしの婚約者は、こんなにもルシアン殿下に必要とされている方だと周りに自慢いたしますわ」

「ミーナ……!! 絶対に今度埋め合わせするから……!!」

カッシュはミーナの頬へ触れるだけのキスをして駆け出す。

(カーヴェル公爵領にいるルシアンからの手紙で大至急ということは……アマリリス嬢がなにか掴んだに違いない)

ルシアンが毒に倒れ、犯人探しをする時、カッシュはアマリリスの手腕を隣で見ていた。

鮮やかで無駄がなく、犯罪者の心まで救うようなその采配にどれほど度肝を抜かれたことか。

カッシュは大急ぎで屋敷に戻り、私室で手紙を開封した。

手紙にはアマリリスが必要としている物と、その他にもう一件頼み事が書いてある。さらに【これは信頼するカッシュにしか頼めない】と締めくくられていた。

「はあ、ルシアンは本当に俺を使うのが上手いな」

最後の一文を読んだカッシュは苦笑いを浮かべる。優秀な王太子から頼られて悪い気はしない。しかも依頼内容からして、これはアマリリスの救いになるものだ。

目的の物を手に入れるのは骨が折れるだろうが、部下たちを巻き込んでも探し出すと決心する。

さらにアンデルス公爵家は国中で商売を展開していることから、流行の転換期や、時世が大きく動くことには聡い。

(それに、おそらくフレデルト王国の――時代が変わる)

カッシュのエメラルドの瞳は、この先に訪れる新たな未来を見つめていた。