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お茶会の度に具合が悪くなる婚約者の憐れな義妹に忠告を

作者: 高瀬あずみ

本文

「そもそも、あなたの戦略はお粗末としか言いようのないものでしてよ?」

私が対峙しているのは婚約者の 義妹(いもうと) 。病弱と知られる妖精のように儚げな美少女であった。

十七歳で私の婚約が決められた。お相手は伯爵家の嫡子であるザカリアス様。伯爵家の娘である私とは身分も釣り合い、年齢も同じ。両家で共に進める事業が控えている、立派な政略である。何事もなければ二年の婚約期間の後、婚姻に至るだろう。

少し垂れた目を細めながら話すザカリアス様は、金髪碧眼の貴族らしい容姿の持ち主で、多くの女性に好まれるに違いない。印象通り、少し話しただけでも性格は穏やか。争いを好まない性向が見えた。おそらく私が選ばれたのは、そんな彼の足りないところを補う意味もあるのだろう。弟が生まれるまでは跡取りとしての教育を受けていたせいか、私の性格は人によっては苛烈とまで言われるからだ。

「ザカリアス様は、私でよろしいのですか?」

彼とて、私の噂を知らないはずもないのに。

「ああ。私はどうにも色々甘くてね。君が側で支えてくれるならばありがたい」

春の日だまりのような笑顔を浮かべる彼の雰囲気はどこまでも柔らかく、私の攻撃的になりがちな気性すら包んでしまいそうだ。これは良い。人は厳しいだけの相手に好んで従いはしないから、彼を通すことで私の意見も丸く受け取られるようになるだろう。

「こちらこそ、この上もなく良いご縁を頂きました。どうぞよろしくお願いいたしますわね」

それから、私たちの交流は順調だった。お互いに補い合える相手だと確信を抱くには十分。

「カメーリアが婚約者で良かった」

優しいと評判の彼であるが、優柔不断とも取れる言動が多く、それは彼を侮らせる原因にもなっていた。次期伯爵として、それではいけない。私が彼の側で目を光らせることで、明白に周囲との関係も変わりつつある。

ザカリアスだけではなく、彼の父であるロンゴリア伯爵も、この様子を歓迎してくれた。

「頼りないザカリアスには、カメーリア嬢ほどしっかりした令嬢でないとな」

ただし。それを面白く感じない人間も当然のようにいたのだが。

婚約が決まって一月ほどして、私はロンゴリア伯爵家に招かれ、他の家族にも紹介された。もちろんこれまでに伯爵本人と彼の妻である伯爵夫人には会ったことがある。だがまだ会ったことがない人物がいた。ダフネというザカリアスの義妹である。

ダフネ嬢はロンゴリア伯爵の後妻の連れ子だ。幼いころからずっと病弱ということで、これまで会えずにいた。だが家族になるのであれば、彼女にも挨拶をせねばならない。

通常であれば客人を寝台で迎えるなど非礼にあたるが、起き上がれない相手に無理をさせるつもりは私にもなかった。伯爵夫妻も見守る中で手早く済まして、負担のないように長居もしない予定で挑んだ。

十五歳という年齢よりも幼く感じられるダフネ嬢は、透き通った若葉の瞳が印象的な娘で、その手足は細く、日に当たることのない肌は青く見えるほどに白い。

寝台の上から伸ばした手でザカリアス様の上着の端を握って、怯えたような視線で彼だけを見上げている。

名前の通り、妖精のように華奢で庇護欲をそそるダフネ嬢の様子は、ふてぶてしいとまで言われる私とは正反対。きっと多くの人間が彼女を守らねばと思うのだろう。私を見て小刻みに震えているのは、威圧でも与えてしまったのか、それとも単に寒いのか。

「ザカリアス様の婚約者となりましたオテロ伯爵家のカメーリアと申します。以後、よろしくお願いしますわね?」

「ダフネ、です……」

聞き取るのもようやくなほどのか細い小さな声でそう言ったきり、彼女は瞳を伏せた。睫毛が長い。途端に涙の雫が転がるように伝わって、流れる。

「ザックお 義兄(にい) さま、わたし、もう……」

上着を掴んでいた手が寝台の上に落ち、崩れるように横たわる義妹に、ザカリアス様は慌ててシーツを掛けてやる。

「ああ、無理をさせたようだね。もう休んでおいで」

「カメーリアさま、もうしわけ……」

ようよう絞り出したような声に、私は頷く。

「かまいません。そのままお休みください」

その初回の出会いで、彼女が私に向かって視線を合わせることはついぞなかった。

そうしてザカリアス様との関係は、二年後の結婚に向けて深まっていたのだが。

「すまない、カメーリア。ダフネの具合が悪いらしくて」

婚約者としての交流のため繰り返されるお茶会に、そう言ってザカリアス様から断りを入れることが増えるようになった。

ザカリアス様は優しすぎるほど優しい。縁あって義妹となったダフネに対しても、その優しさは惜しげもなく注がれている。だからこそ、彼女が体調を崩して、不安から彼にそばにいて欲しいと望み、それを彼が受け入れるのを、私もまた鷹揚に許してはいた。

だがそれが二度三度どころか、お茶会当日毎回ともなると、さすがに笑って済ませることはできない。

「そろそろ引導を渡してさしあげるべきね」

そうして私は、ダフネ嬢のお見舞いに出かけることを決めたのだ。

その日、私は珍しい果物などを手配してロンゴリア伯爵家を訪れた。目的は先方に知らせているようにダフネへの見舞いだ。

心配するザカリアス様も「女同士の内緒話をするから」と追い出し、部屋付きの侍女も声の届かない壁際へと追いやって、今日も寝台にいるダフネ嬢と向かい合う。

「ごきげんよう、ダフネ様」

「……ごきげんよう、カメーリアさま」

上半身を起こした彼女の背には、先日ザカリアスが 強請(ねだ) られたという彼の上着が掛けられている。それがあれば彼の不在中も安心できるからと。

寝台前に置かれた椅子に腰を下ろして、私はさっさと本題に入った。

「そもそも、あなたの戦略はお粗末としか言いようのないものでしてよ?」

ダフネ嬢の視線が、はじめて私を捉える。見開かれた瞳が雄弁にどういうことか尋ねていた。

「病弱で可憐な義妹。それはまあ、そういう方もいらっしゃるでしょう。そして家族がそういう方に優しくするというのも、またよくあること。私ですら、たまに風邪など召して熱のある時には、ひどく心細くもなったりいたしますし、そんな時には家族に甘えて、そばにいて欲しいと思いますもの。

ですが、あなたの場合はいけません。

あなたのお母様が再婚されてこの伯爵家に来られてからは、呼ばれるのはザカリアス様ばかりと伺っています。伯爵夫人となられたお母様でも、義理の父となられた伯爵でもなく」

「それは、ザックお義兄さまを一番頼りにしているからで……」

貴族令嬢らしく結ってもいない淡い金の髪が垂らされたまま揺れて、それがまた、彼女をいっそう幼く見せている。

初対面の時にはもう、察してしまっていた。彼女は義兄としてではなく、ザカリアス様を慕っていると。そして自分の可憐な容姿を武器に、彼を自分のものにしようとしていることを。

そのためには私を排除しなければならない。彼女は私が怖いと訴えただろう。けれど伯爵家の自室から出ない彼女に、私が会うことはなかったから、いじめられているなどと言うこともできなかったはず。世間知らずな箱入り妖精の企みなぞ、一周回って幼稚過ぎて可愛くすら感じられる。これで彼女の狙いが別の人物であったならば、大笑いして味方になっても良いとまで思ったかもしれない。

けれど、ザカリアス様を狙ったのはいけない。

今はまだ、共通の目的に向かう同志のような間柄であって、恋愛感情はないが、情は確実に育っている。何より彼は私の、正式な国にも認められた婚約者。彼は私のもの。彼女のものではない。

「ザカリアス様はお優しいですからね。ですが、あの方はそれでも伯爵家の継嗣としての教育を受けておいでですから、決してあなたの望む通りにはなりませんわよ?」

「わたし、わたしは、ただ、ずっとお義兄さまと……」

私は憐れな少女を見下ろしてため息をつく。これまで彼女は病床にあってろくな教育も受けず、また令嬢たちと話をする機会すらなく閉じこもって、己の間違いを知ることもなく来たのだ。自分で自分の首を絞めているとも気付かずに。

「ねえ、ダフネ様。あなたには婚約者がおりませんでしょう? どうしてだと思います?」

「それ、は、わたしが身体が弱くて……」

「ええ、それが最大の理由です。よろしいですか? 貴族の結婚というのは、第一に家のため。そして後継を得るためです。つまり、身体が十分に出産に耐えないと見做されれば、どこの家からも妻として受け入れられるはずがないのですよ。

当然、ロンゴリア伯爵家が、あなたをザカリアス様の妻にするなどありえません。貴族の夫人にどうしても子が生まれない時に限って、愛人が認められることはありますが、そういう女性であっても子供を産める健康な身体が求められるもの。それすらないあなたは、愛人にすらなれない身の上なのです。

ましてやあなたの場合、低位の貴族令嬢程度の教育もマナーすら身に付けておられない。社交を熟し、邸を切り盛りし、時には夫に代わって領地の経営をするどころか、家の利益にすらならない。情だけで妻を選び受け入れるほど貴族は、特に高位貴族は甘くはございません」

私はサイドテーブルの上に用意された紅茶で唇を湿らせると、改めて彼女に向き合った。ダフネ嬢のこれまでは調べて知っている。

「最初は、本当に身体が弱かったのでしょう。けれど、その状態ならば甘やかされると知ったあなたは、健康になるための努力を怠った。そのせいで望み通り、本物の病弱になってしまわれた。

ずっと寝台の上で過ごして、自分の足で歩くことすらほとんどない。人というのは、自力で歩けないと足から衰えるだけなのです。さらには小食で偏食でいらっしゃるとか。それでは十分な栄養を得られません。つまり、病に抵抗する体力もないということが明らかです。

伯爵家の主治医とあなたの侍女から聞き取りも致しましたが、どうやら月のものもまだ来ていらっしゃらないご様子。十五歳になってもそれでは、年齢を重ねても子供を産むのは難しいでしょう。

ご存知かどうかは知りませんが、あなたの貴族籍は夫人の実家の男爵家のまま。伯爵家の籍に入ってはいないのです。最初から伯爵に、政略に使えないと判断されたために。けれど憐れな子を慈しんでくださった。あなたが受け入れられたと誤解するほどに。

ザカリアス様と私が結婚すると同時に、伯爵は当主の座も降りられ、そうしてあなたとあなたのお母様と共に領地に下がられることが決まっております。あなたの療養を兼ねて。主治医の見立てでも、あなたはそう長くないということですし。よろしかったですわね。最期までご両親が一緒にいてくださるわ」

私の言葉に圧倒されていたダフネ嬢も、だんだんとその意味が分かったのか、すっかり顔色が悪くなっていった。

「お、お義兄さまは、お優しいもの! わたしを、見捨てたりは、なさらないわ!」

「もちろんですわ。『可哀想な義妹のために』と言って、領地に立派な療養所を作られましたもの」

「だって、ずっとそばにいて、ってお願いしたら優しく――」

「微笑まれただけでしょう? あの方、言いにくいことはそうやって言葉にはされない悪癖をお持ちなのよね」

「じゃ、じゃあ、わたし……!」

思い当たったらしい彼女は震え出す。ザカリアス様はそういう方だから。彼女だって知っているはず。

そんな彼女の行動に、意味がないと伝えてあげなければ。

「そうそう。お茶会の度に具合が悪いと、ザカリアス様を引き留めて中止されてきましたけれどね? 私たちは別に困りはしなかったのです。何故なら、お茶会以外でも頻繁にお会いしておりますから。それこそ、結婚の打ち合わせや、領地の運営や引継ぎで、ほぼ毎日。お茶会はそういった未来の伯爵夫妻となる準備を抜きに、純粋に交流するためだけに設けられたもの。あなたには知らされてはいなかったでしょうけれど。

ですからね? どれほどお茶会を潰しても無駄ですよ、と、本日は忠告に参りましたの。

後ですね、少しでも長く生きようと思われるのでしたら、今からでも床を上げて自力で動かれた方がよろしい、とね?」

きっともう、今更彼女が健康を取り戻そうとしても、これまでの積み重ねを受けて、周囲は善意でもって彼女を寝台に戻してしまうに違いない。それが、彼女が望み、選んだ結果なのだから。

私は寝台の中に囚われた妖精のような娘を最後に一瞥して、部屋を辞した。呆然としたままの彼女は、私がいなくなったことにも気づいていない様子だったから、控えていた侍女にだけ目配せして。私たちの会話は侍女には聞こえていないはず。もっとも、私は聞かれていたところで問題はない。

ダフネ嬢は“病弱なふり”をしているだけのつもりだったのだろう。ザカリアス様と結ばれれば回復したとみせるつもりで。まさか“先がない”と医者に診断される本物になるつもりもないままに。いわば、余命を宣告されたようなものだから、さぞかし衝撃も大きいことだろう。

誰もが腫れ物を扱うがごとく、真綿でくるんで、邸奥にて 隔離(療養) されていたのだから。私とて、ザカリアス様を狙わなければ多少は優しくしてあげたものを。

ザカリアス様には、一刻も早く彼女を療養させた方が良いと伝えようか。

そうしたらきっと。

「そうだね。可哀想なダフネのためにはその方が良いだろう」

私の婚約者は優しい。彼にとっての義妹は、同情を施してあげるだけの存在だから。彼は特に、下の者に慈悲深い。対等ではないからこそ憐れむのだ。同じ人間ではないとばかりに。その価値観を共有するからこそ、私たちは結婚してからも上手くいくに違いない。そんな確信のまま、私は彼の待つ客間へと急ぐ。最早、翅をもがれた妖精に振り向くことさえないままに。