軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

薄暗き中に輝き、光る

玄関のドアが開く。

現れたのは、女性。

待ちわびていたとばかりに、その女性が微笑む。

「聖さんね? はじめまして、灯河の叔母の三森 涼那(すずな) です」

涼しげで芯もあるが、同時に、心地よくも柔らかい声。

「はじめまして、高雄聖です」

今、樹は近場の古民家カフェで時間を潰している。

樹は聖ほど嘘を維持するのが得意ではない。

本人も自覚はあると言い、同席を避けた。

が、念のためと言って近場までついてはきた。

自分で探したそのカフェで、終わるまで待機するそうだ。

「素敵なお嬢さん……ふふ、あの子も隅に置けないわね。その服も、とっても似合ってる」

「――ありがとうございます」

今日、聖は私服である。

いつもより全体的に心持ちシックなトーンに寄せた。

ただしあまり喪服めいては、縁起が悪い。

彼はまだ行方不明扱いなのだから。

その辺りを意識して選んだ……のだが、妹評はこうだった。

『えー? あんましいつもと変わんないと思うけどなー? むしろ姉貴は素材むっちゃいいんだから、もうちょいチャレンジしてもいいと思うんだよなー。姉貴ってほら、毎回100点叩き出してくる感じじゃん? んで、姉貴は100点のつもりでも客観的には150点くらいになるじゃん? でもさー、Sランクとかも狙ってっていいと思うんだよなー』

点数じゃなくてランクになってるじゃないの、と。

聖はその時、ツッコミを入れている。

しかし樹は、

『そうそう、別ジャンルで勝負してほしい! ……えぇ? やだやだ! あーねーきーの違うめのコーデぇ~、たまにじゃなくて~最低でも~週二くらいで~見~た~い~っ』

双子の姉をなんだと思っているのだろうか、あの子は。

それにSランクなんてものは勇者で十分である。

涼那の後ろに控えていた男性が、声をかけてきた。

「いらっしゃい、聖さん」

(この人が……)

「灯河の叔父の、三森 惣介(そうすけ) です。今日はこちらの都合でお呼び立てしてしまって、申し訳ない……」

「ほら惣介さん、玄関での足止めも申し訳ないですよ?」

「ああ――そうだな」

涼那がにこりと笑い、どうぞ、と愛想よく聖を招き入れる。

聖は「お邪魔します」と会釈し、靴を脱いでスリッパに足を通した。

「あ、そこに座って?」

案内されたリビングでソファへ座るのを促される。

あたたかみの醸し出されている部屋。

決して物が多いわけではない。

しかし、安心を覚える確かな生活感がある。

物を極力減らそうというタイプのスッキリさではない。

自然と細かい整頓や掃除に意識が行き届いているゆえの綺麗さだ。

(それにしても……なるほど、三森君はこういう人たちに育てられたのね……)

まだ短い会話を交わしただけだが、一端を理解できた気がした。

「聖さんごめん、ちょっと」

カウンターの向こうのキッチンに立つ涼那が、手招きしている。

「?」

聖は移動し、開いた冷蔵庫の前まで行った。

涼那は縦に置かれたいくつかの飲料入りペットボトルを示し、

「どれがいい?」

「……では、これを」

「はい、了解ですっ」

聖が選んだのはルイボスティー。

珍しいやり方だと思った。

冷蔵庫の前まで招き、自ら選ばせるとは。

「じゃあ聖さんはソファに戻って、ちょっと待っててくださいねっ。惣介さんは、いつものでいい?」

「 涼(すず) 、おれも何か手伝おうか?」

「大丈夫ですっ。その代わり用意できるまで、大事なお客様を放置しちゃだめですよ?」

苦笑する惣介。

「了解」

彼は妻のことを” 涼(すず) ”と呼んでいるようだ。

ソファはローテーブルを挟み、対面式の配置。

また、横手の先には大きめのテレビが台の上に置いてある。

惣介と卓を挟み対面する形で、聖はスカートをおさえながら腰を下ろした。

切り出したのは、惣介からだった。

「大変でしたね」

修学旅行中に起きた件のことだろう。

「そうですね……まさかあんなことに巻き込まれるなんて、思ってもいませんでした」

彼は土砂崩れに巻き込まれたことを言っている。

しかし聖が思い浮かべたのは、異世界召喚のことでもあった。

間があった。

惣介が眉尻を下げ、感心したように言う。

「それにしても驚いたよ。まさか灯河に、こんな可愛らしいガールフレンドがいたなんて」

「言いますよね?」

「え?」

「ボーイフレンドとかガールフレンドって、今でも使いますよね?」

「……え? どうなの、涼?」

涼那が盆からグラスをソーサーの上に置き、

「ど、どうかしら……? そうですね……あんまり最近は、聞かないかも……?」

控えめだが暗に”古いかも?”な言い方だった。

聖は飲み物のお礼を言ったあと思わず惣介と、

”実際のところ、どうなんでしょうか?”

みたいなアイコンタクトを交わした。

「まあいいじゃないの、二人とも」

涼那は焼き菓子の入った木製の深皿を置き、くすり、と無邪気に微笑む。

「意味が合ってるならどんな言葉を使ったって……だって、法律で禁止されてるわけでもないんでしょ?」

「それは、そうだけど……」

隣に座った涼那が、惣介を軽く押す。

「はい惣介さん、もうちょっとあっち」

お茶目に夫をプッシュする姿もなんだか可愛らしい。

仲のいい夫婦ね、と思った。

(それに……)

なんとなく、似ている気がする。

涼那の表情……特に微笑み方は、どこか”彼女”を想起させる。

性格面や話し方ではなく雰囲気――纏う空気感が、近い。

彼女――――セラス・アシュレインに。

涼那が姿勢を整え、聖さん、と言った。

凛とした空気がありながらも、目もとの優しい女性である。

「改めて、今日は来てくれてありがとう」

三森夫婦は二人とも明るい。

暗く、沈んだ雰囲気ではない。

が、

(目は腫れているし、目の下には薄ら隈がある……)

ただ、凉那の方は多分コンシーラーか何かで隈を隠している。

けれど二人の睡眠の不足はこうして見てわかる。

あまり眠れていないらしい。

おそらくは――今も行方のわからぬ”彼”が心配で。

しかし聖を気遣ってなのだろう。

暗い空気にならぬよう、あえて明るく接してくれているようだ。

「こちらこそ急な電話でのお願いにこうして対応してくださり、感謝しています」

聖が頭を下げると、惣介が苦笑する。

「普段は知らない番号には出ないんだけど……入ってた伝言メッセージを聞いて”これは会わないと”と思ってね。それにしても、聖さんと灯河の関係は本当に寝耳に水って感じで……おれたちが知らない灯河も、まだまだいるのかもなぁ……」

「――――」

「……聖さん?」

「いえ――そうですね。逆に私の知らない三森君も、きっとまだいるんだと思います」

(今……)

い(・) た(・) とは、言わなかった。

い(・) る(・) 、と彼は言った。

まだどこかで生きている――そう信じているからこそ。

過去の存在と、思っていない。

そうねぇ、と凉那が記憶を探るように視線を斜め上へやる。

「私も全然、気づかなかったわ……」

「実は……私の家がそういうことに、厳しくて」

「あ、そういうこと……」

察した顔をする凉那。

「はい、ですので私の家族だけではなく学校でも周囲には隠していたんです。二人でそう決めた体ではありましたが、私からの要望という面が強いです。私の双子の妹にだけは三森君も了承の上で明かしましたが……明かしたのもそれなりにあとでした。私たちの関係を知っていたのは、この三人くらいだと思います」

凉那が微笑む。

あの子らしいわね、と。

「灯河は、聖さんとの約束を律儀に守っていたんだと思う。だから、私たちにも隠し通した。そりゃあ話してくれなかった寂しさもないわけじゃないけど――ふふ、あの子って変に義理堅いところがあるじゃない?」

「そう、ですね」

確かに。

凉那が微笑みを湛えたまま、視線を手もとのカップに落とす。

「……変よね。行方不明の生徒については、もう生存は絶望的だなんて言われているけど……なぜかしらね。私なんだか……灯河はどこかで生きていて、今とは違う生活をしているんじゃないか、なんて……」

ふふ、と笑顔を浮かべる凉那。

「でも、おかしいわよね? もしそうだったら、あの子なら連絡の一つくらい入れてくれるはずだしっ……そうね……死んだ気がしない、っていうよりは――生きてる気がする、って感じかしら」

まだ現実を受け入れられていないだけですよ、と。

普通なら周りの者はそう言うし、思うだろう。

けれど――違うのだ。

聖は思う。

どんなにここで真実を二人に伝えられたらいいだろう、と。

いや――伝えるべきではないかとすら。

つい、魔が差しそうになってしまう。

聖はいささかの黙考と逡巡を経て、口を開く。

「三森君は……お二人について色んなことを私に話してくれました。珍しいなとは思っていたんです。彼が誰かについてあんな風に話すことは滅多になかったので……本当に彼にとって特別な人たちなんだな、と。それで……ようやく今日、それがわかった気がします」

「聖さん……」

「もしかしたら、過去にもう彼から伝えられた言葉かもしれませんが……彼が二人のことをどう思っていて、そして、どんなに感謝していたか……お話ししても、よろしいでしょうか?」

ほぼ同時に、惣介と凉那は居住まいを正した。

――お願いします、と。

惣介が言った。

「――と……彼は、そう言っていました」

帰還前、三森灯河から”二人に伝えてほしい”と託されたメッセージ。

聖はそれを余すことなく叔父夫婦に伝えた。

伝え終えた時――涼那がソファから腰を浮かせ、申し訳なさそうに深く苦笑した。

「あの、ごめんなさいっ……飲み物、口にしすぎちゃったかもしれないわっ。すみません――少し、お手洗いに行ってきますね」

ぱたぱたと凉那がリビングを出て行く。

スリッパの音が、遠ざかる。

「…………」

飲み物を口にしすぎたと彼女は言った。

けれど彼女の飲み物はまだ一杯目で、それほど減ってもいない。

見守るように妻を見送った惣介が、聖に向き直る。

「おかわりはいりますか? 長く話してくれたから、喉が渇いたんじゃないかな?」

「いえ……大丈夫です」

そうですか、と惣介は優しく言った。

彼は凉那の出て行った廊下の方を一瞥し、

「……涼のやつが戻ってくるの、ちょっと遅くなるかもしれません」

言って、惣介はカップを口に運んでひと口だけ含んだ。

それから彼は、聖と目を合わせた。

真っ直ぐに。

「ありがとう、聖さん。連絡を取ってくれて……そして、こうして会いに来てくれて」

惣介がソーサーの上にカップを戻し、自分の手もとに視線を落とす。

「それにしても……灯河のやつも、ずるいよなぁ」

「……ずるい、ですか」

うん、と。

あたたかい風でも頬に感じるように、惣介は目を閉じる。

「おれたちの方も灯河にもっと伝えておきたいこと……伝えておかなきゃいけないことが、たくさんあるのにな」

やがて目を赤くした凉那が戻ってきて、軽く雑談をした。

あまり湿っぽくなってもいけないと気を遣ってくれたのだろう。

「楽しい話題も、必要よねっ」

凉那はそう笑い、灯河との楽しい思い出を語った。

聖も異世界でのやりとりを脚色し、灯河との思い出を話した。

もちろん彼ら夫婦の中にいる”灯河”とは違うであろう面は隠した。

また、会話の中でこの夫婦が過去に不妊治療を受けていたことも知った。

「最初はね……自分たちのエゴのために灯河を引き取ったんじゃないか、って葛藤も少しあったの……行方不明になったお義兄さんたちには任せちゃいけない……そんな理屈を、盾にして。だけど結局、私たちは灯河を自分たちの子ども代わりにしたかったんじゃないか……そんな風にも、思って」

俯きがちに凉那が言った。

「ううん、そうだったんだと思う……だけど結果的に――代わりには、ならなかった」

そうだね、と。

隣の惣介が、同意する。

凉那はどこかたおやかな微苦笑を夫に返したあと、自身の膝に視線を落とした。

「灯河は灯河であって、あの子は誰の代わりでもない。ただ大切な……誰にも代えがたい、私たちの大事な”灯河”なんだなって」

「それと灯河に対しては……おれたちも、不満がないわけではなかった」

惣介が卓上で両手を組む。

彼は右の親指の腹で二回、左の親指を擦った。

「灯河はもう少し、おれたちにわがままを言ってくれてよかったと思う。灯河はなんていうか……いい子すぎたんだ。というより、おれたちにとっての”いい子”であろうとしすぎてた……かな。そして、おれたちもそんな灯河に甘えていた部分があったのかもしれない」

「そうね……手のかからない子になろうって……ずっと、そう意識していたんじゃないかしら? 本当に手のかからない……楽しくて、可愛くて――理想的な子だったから。でも……私たちの気遣いが逆に、あの子に負い目みたいなものを感じさせてしまっていたかもしれない……今となっては、そんな風に思うところもあって」

だってあの子、と。

想いを噛み締めるように、凉那が言った。

「とっても、優しい子だから」

内心、聖は舌を巻いた。

(……降参ね。納得だわ……あの三森君が、あれだけ言うのもわかる……)

灯河が望む関係であろうとしすぎたのかもしれない――と。

夫婦はそれを、反省点として述べた。

凉那が惣介の膝上の手に、自分の手を重ねる。

未来をしっかり見据えた目で微笑み、彼女は惣介に言った。

「だから――あの子が帰ってきたら、ちゃんと言ってあげましょ? これからは……もうちょっとわがままな悪い子になってもいいのよ――って」

やがて夕暮れ時になり、聖はそろそろお 暇(いとま) することにした。

夫婦は改めて来訪への感謝を丁寧に述べた。

聖も対応してくれたことを感謝し、話せてよかったと伝えた。

二人は玄関まで見送りに来てくれた。

凉那が微笑み、問いかけるように首をかすかに傾ける。

「聖さん……また、会いに来てくれる?」

「はい、是非」

そう答え、聖は三森家を離れる。

門の外まで出てきて小さく手を振ってくれる凉那。

彼女の横には寄りそうように惣介の姿がある。

曲がり角のところで聖は身体ごと振り返り、一礼した。

そして角を曲がり、樹に”終わったわ”と短いメッセージを送る。

スマートフォンをしまい、息をつく。

(あのね三森君……何が”普通の、いい人たち”よ。あれで普通っていうのは、ちょっと無理があるでしょう……)

街路樹の並ぶ夕暮れの道を歩く。

(彼の実の両親の話はほとんど聞けなかったけど……多分、あそこで私に話す内容ではないと思ったのでしょうね。自分たちが勝手に明かしていい領域の話ではない……話すかどうかは三森君自身に委ねるべき――あの人たちはおそらく、そう思っている……)

得られたのは、惣介が彼の兄、つまり灯河の父と過去に縁を切っていることくらいか。

なので、現在の実の親の手かがりについては収穫ゼロ。

が、そこは問題ない。

あの青志摩蜜流が動くのだ。

こと情報網に限れば、彼女は青志摩いちと呼んでいい。

横断歩道を渡ると、遠目に妹の姿が見えた。

もう古民家カフェの外に出ているようだ。

樹もこちらに気づく。

そしてスマートフォンをしまい、嬉しそうに駆け寄ってくる。

自分の名を呼ぶ樹に小さく手をあげて応える。

というか、

(樹ったら、口の端にケーキか何かのクリームがついてるじゃないの……一体いつからつけてるのかしら、あの子……)

聖は立ち止まり――ふと、 薄暮(はくぼ) へと移りゆく空を眺めた。

日中と夜のまじわる、境界線の時間。

(こうなったら……ロキエラさんとエリカさんには是非とも、こっちの世界と向こうの世界を行き来できる方法を編み出してもらわないといけないわね……)

薄暗くなり始めた空に、 明星(あけぼし) が輝いていた。