軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

メッセージ

最果ての国のヤツらと入れ替わりでやって来たのは、カトレア。

先ほどまでセラスと一緒にいたが、カトレアだけがこちらへ来たようだ。

セラスはニャキたちと合流し、最果ての国の面々に別れの挨拶をしている。

イヴもそちらへ行った。

エリカもようやく観念し、その輪の中にまじっている。

だから今、俺のそばにはカトレアだけ。

そよぐ風。

足もとの草花が心地よさそうに、風の揺り籠にその身をあずけている。

初春に似た、風の匂いがした。

それから――いつの間に、こんなに晴れ渡ったのだろう?

気づけば空は青々とし、今は快晴と呼んで差し支えないくらいだった。

カトレアがセラスたちの方へ顔を向けたまま、

「貴方とは今回の決戦やセラスのことは、もうそれなりに話しましたし……こちらの世界に残るのであれば、なおさら今ここで話すことはもうあまりございませんわね」

「だな」

彼女たちネーア勢もこのあと自国へ向けて発つ。

今、セラスはネーアの聖騎士団員たちとの挨拶を始めている。

体格のよい騎士と抱き合い、次に、現団長のマキアと抱擁し合う。

誰もがセラスとの別れを惜しむ一方、祝福している様子でもある。

「これで、 一時(いっとき) でも平和な時代が訪れるとよいのですけれど」

ヴィシスはこの世界から消えた。

だが、根源なる邪悪の問題が解決したわけじゃない。

「国同士の戦争ってのは、少なくとも今の国の代表がいる世代じゃ考えにくそうだがな」

「バクオスがまた妙な領土拡大欲さえ出さなければ、貴族同士の小競り合いが起こるくらいでしょうか」

……ネーアの元姫的にはバクオスに思うところがあるのは、仕方あるまい。

カトレアが風に流されかけた髪をおさえ、最果ての国のヤツらを見る。

「まあ、最果ての国が新たに得た領土が揉め事の種になる可能性もなくはないですが……ふふ……しかしあの蠅王が背後にいるとなれば、手を出そうと思う者などそうはいないでしょう」

少なくともわたくしは貴方を敵に回したくはありませんわ、と。

カトレアはこちらへ視線を流し、言った。

俺は――世界そのものを見るような気分で、空を仰ぐ。

この空は、どこまでも続いているのではないか――

元いた世界にまで繋がっていると錯覚するほどに、果てしない。

「……平和か。ただ、国同士の大きな戦いはしばらくなくても……たとえあのクソ女神が消えても――人間の持つ邪悪さが、消えるわけじゃない」

俺がこの世界で踏み潰してきた数々のクズども。

中にはヴィシスの影響が特にあったとも思えない連中もいる。

元の世界だって同じだ。

不快なクズは――そこかしこに、蔓延っている。

と、カトレアが視線を自らの影に落とした。

彼女は達観した微笑を浮かべると、

「大切なのは……その邪悪から目を逸らさぬように注意深く生きることだと、わたくしは思いますわ。そしてその邪悪に巻き込まれた時、どう行動するかをその時その時で決める……そのために、備えておく。個人にできるのは、きっとそのくらいがせいぜいですわ」

「……その辺が、落としどころって感じだろうな」

するとカトレアがその微笑みを、国の指導者のものへと変えた。

「その上で――わたくしは国や法を、善く生きる民を守れるものにしていきたいと思っています。だって……おかしいでしょう?」

カトレアは手で 庇(ひさし) を作り、目を細めた。

視線の先には、この女神討伐戦を共に戦った者たちの姿がある。

「あんな風に生きている彼らが、誰かの悪意で泣いたり苦しんだりするのは――絶対、おかしいですもの」

言って、カトレアはこちらに苦笑を向けた。

「理想論なのは、承知の上ですけれどね」

「……いや」

ネーアの女王の、その答えは。

俺にとってはいくらか、胸のすく答えでもあった。

それは確かに、そうなのだ。

そう……それはそれで、価値のある考え方だろう。

あるいは――俺は誰かから。

カトレア・シュトラミウスのような人間から。

そういう回答を、聞きたかったのかもしれない。

「そいつが実現可能かどうかは別としても――」

俺は口の片端を上げ、再び、 蒼穹(そうきゅう) を見上げる。

「あんたが言う分には……そう悪くない 志(こころざし) に、聞こえる」

それは、どこまでも蒼く――――どこまでも、広がっている。

各国の代表者とその一団は、すでにエノーを発った。

そして午後――今度は、勇者たちの送還の儀が執り行われる。

俺は城内の一室を借り、そこへ何人かの勇者を呼んでいた。

高雄姉妹、十河綾香、鹿島小鳩。

俺がこちらの世界に残ることを伝え、帰還後も記憶を残す四人だ。

四人とも今は荻十学園の制服を着ている。

こうして全員制服姿だと、いよいよ帰還するって実感が強くなるな……。

俺は聖に聞いた。

「他の連中との挨拶は済ませたのか?」

「ええ、思いつく限りは」

聖が言うと、他の三人も”同じく”という反応を示した。

樹がにこやかに、

「てか、エリカさんもこっち来たのはサプライズだったよな~。へへ、でもイヴさんやリズっちともう少しだけ一緒に過ごせたのもよかったぜ」

そう言ってしゃがみ、俺の横に控えるスレイに抱きつく。

「スレイと離れるのも、寂しいぜ~! ぱきゅーん!」

「パキューン!」

「ピギ丸も、元気でなっ」

「ピニ~!」

ピギ丸は、スレイの頭の上に乗っている。

なんか風変わりな帽子みたいだ……。

それと今ここに、セラスはいない。

昼前頃、セラスを交えた別れの挨拶はもう済ませてある。

というかこの四人とは俺も、今日までにそれなりに言葉を交わした。

だから今ここでの挨拶は、本当に最後の挨拶って感じだ。

例えるなら、そう――駅のプラットフォームでの見送りみたいなものか。

「三森君」

一番槍とばかりに前へ出たのは、十河綾香。

「たくさん迷惑もかけちゃったけど……本当に、ありがとう。こうして戻れるのは、やっぱり三森君の力が大きかったと思う」

まだ幾分、十河は気まずそうである。

そう、こいつはまだ道半ば。

迷いながら――進んでいくのだろう。

これからも。

「元の世界に戻ったら、私……色んなことを学んでいきたいと思う。その中で私にできること――すべきことを、探していきたい。そして……」

十河は言った。

「私がしてしまったことの償いには、ならないかもしれないけど……助けるべきだと思う人がいたら、できるだけその人たちの力になってあげられたらと……そう思う。それが直接じゃなくて、何か、遠回しな形であっても」

くすっ、と。

眉を八の字にし、十河は苦笑する。

薄い膜のような自嘲をその笑みに、貼り付けて。

十河が聖に、ちらと視線を飛ばす。

「もちろん借りるべき時は……信頼できる人の力を、借りながらね」

「……もうおまえに言うべきことは、そんなにねぇが」

月並みだが――

答えなんてもんは本来、どっかに転がってるもんじゃない。

たとえば初めから、自分の中に卵のように眠っていて。

そして気づけば自分の中で育まれ、いずれ”生まれる”ものなのだろう。

心の答えとはきっと、そういうものだ。

「いつかちゃんと見つかるといいな――おまえなりの、納得のいく答えが」

十河はその目もとをほぐし、和らげた。

温かな気持ちで感謝を示す目。

彼女は微笑み、言った。

「――はい」

……悪くない笑顔だ。

これなら、大丈夫そうだな。

「定型句だが……がんばれよ」

「うん……ありがとう」

「――元気でな」

俺が手を差し出すと、十河は、両手でそれを包み込んだ。

「ええ――三森君も」

このあと自分が邪魔になるとでも思ったのか。

感謝の残滓を含んだ笑みを残し、部屋から出て行く十河。

その閉じられたドアを見つめたあと、しばらくして聖が口を開く。

「三森君はつくづく言葉選びってものを、心得ているわよね。怖いくらいに」

同じく十河を見送った俺は、高雄聖の方へと向き直る。

「押しつけちまったみたいで悪いが、叔父さんと叔母さんのこと……頼んだ」

「ええ、任せて。ただ……あなたとの恋人設定の詳細部分なのだけれど、それってこっちで創作してもかまわない?」

「……叔父さんたちが、矛盾に思わないラインなら」

まあ高雄聖ならその辺は任せても大丈夫だろう。

聖が、スマートフォンを取り出す。

「場所が異世界だとわからない撮り方で、このスマートフォンでツーショットでも撮っておく?」

「いや……そこまではしなくていいだろう」

「冗談よ。そんな画像を見せたら、逆に怪しまれるかもしれないし」

「演技ならそれなりに得意な方だぜ?」

「――なら、撮る? 撮るなら私も、努力するけど?」

「やめとく」

ふっ、と微笑する聖。

「あっそ」

写真撮影なんて、努力してまでやるもんでもないだろ。

すると樹が流れるように会話に入ってきて、

「姉貴、昔っから写真とか苦手だもんなー。でもアタシはそこがいいと思うんだよな、うん」

唐突に、真相を明かした。

「ちょっと、樹」

「えへへ、いいじゃんかー。アタシは姉貴のそういうとこも、好きだし」

なるほど。

演技に自信がなかったのは――聖の方か。

意外といえば意外かもしれない。

駆け引き時のポーカーフェイスとかは得意はずだが……。

改まっての写真撮影みたいなのは、苦手なんだな。

「つーかロキエラによると、向こうに戻ったらこっちの世界の映像とか画像は消えるだろうって予想っぽいがな」

「それも戻って観測してみないことには、だけれどね」

そう、戻ってみないとわからないことはたくさんある。

と、聖が鹿島の方を一瞥した。

そして視線を移し、室内の時計を確認する。

「そろそろ、時間も迫ってきたかしら」

鹿島の分の時間を考慮しての発言だろう。

聖はさらっと居住まいを正し、

「それじゃあ三森君……あなたたちの未来がよきものであることを、願ってるわ」

あなたたち、か。

言葉選びを心得てるのはおまえもだろ――高雄聖。

スレイと戯れていた樹も立ち上がり、俺に向き合った。

「こいつらも三森が残るなら嬉しいだろうしな! んで、アタシからも――セラスさんと末永く、お幸せにな!」

「ああ。おまえらもずっと、仲よくしろよ」

樹が、ビシッと親指を立てる。

「当然っ!」

ちなみに高雄樹が俺の”本質”を明確に自覚させた件。

本人にはその影響を話さないよう、聖と十河には口止めしてある。

樹はこれで繊細なとこもありそうで、気にするかもだしな。

聖が、踵を返す。

ごく自然に――当然のように、姉の隣に並ぶ樹。

ドアの前で聖が一度、振り向く。

「あなたがこの世界に残る決断をしたことは、私も賛同してるわ。その上で――少しだけ、考えてしまうの」

「ん?」

「もし今のあなたが私の通う荻十学園にいたら、残りの学園生活はなかなか面白いものになったのかもしれない――なんて、ね」

聖はそう言って顔を正面へ戻し、ドアノブを握った。

隣の樹が前屈みっぽく姉の顔を覗き込み、

「おっ? 姉貴、それって――」

ぽんっ、と。

聖は退室を急かすように、ほら、と妹の背を軽く叩いた。

「行くわよ、樹」