作品タイトル不明
逆転の糸口
……序列二位の神族でも状態異常スキルの解除はできない、か。
何人かが固唾をのんで見守る中、俺は広場の中央へ歩を進めた。
肩にはロキエラが座っている。
俺は――【スリープ】を、解除した。
「――、……?」
意識が戻ったようだ。
うつ伏せの状態で、目を覚ますヴィシス。
俺は数歩下がる――【パラライズ】の射程距離は、確保している。
「!」
ヴィシスは自分の状況を認識したらしい。
テーゼを見上げ、何かもごもご言っている。
すると、テーゼが杖の先をヴィシスへ向けた。
次の瞬間――
音を立て、拘束具が砕け散った。
「……ッ! 助かりました、テーゼさ――」
「勝手に動かないように。もしわたくしの許可なく妙な動きをすれば、 そ(・) こ(・) ま(・) で(・) で(・) す(・) 」
ぴしゃり、と。
テーゼが命じた。
ヴィシスは俺を見て「ぐっ…」と呻く。
今の、
”そこまでです”
が何を示しているのか、理解したのだろう。
今のテーゼのひと言には――
相手を圧する確かな重みと、鋭さがあった。
「た――」
ヴィシスが口を開き、
「立ち上がるくらいは……いいの、ですよね……?」
歪んだぎこちない微笑みを浮かべ、テーゼに確認する。
「……許可しましょう」
ヴィシスは、膝を地面についた状態から立ち上がろうとした。
が、バランスを失い再び崩れ落ちる。
「――はぁ?」
自分でその状態に驚いているようだ。
ぐっ、と歯噛みして再び立ち上がろうと試みるヴィシス。
手を地面につき、身体を支えながらゆっくりと立ち上がる。
震える足は頼りない――が。
ヴィシスは、どうにか立ち上がった。
――弱っている。
それも、相当。
今もヴィシスは【ポイズン】状態にある。
俺は視線を前へ向けたまま左肩のロキエラに顔を寄せ、
「ロキエラ……【パラライズ】をした方がいいか? 喋れるように、頭部だけ解除して……」
「……いや、テーゼ様なら大丈夫だと思う。ヴィシスはあれだけ弱ってるみたいだし――他の神族ならともかく、テーゼ様だしね」
「弱ってるとはいえ、黒紫玉による強化に対神族強化もまだ効いてるんだろ? 大丈夫なのか? 口の拘束具も砕けたから、神級魔法も使えるんじゃないか?」
大丈夫、とロキエラは言った。
揺らがぬ確信をもって。
「理由は、簡単――」
ロキエラは言った。
「テーゼ様だから」
ヴィシスは、俺とロキエラの方をまた睨みつけた。
許されるなら今すぐ殺してやる、と――
そう言わんばかりの目で。
「…………」
やっぱりな、と思う。
心からの反省なんてものは、あいつには無縁なのだ。
しかし……どうするつもりだ?
まだ、この場を乗り切れるとでも思っているのか……?
行方を見守るロキエラを、俺は一瞥する。
……準備だけは、しておくか。
「ヴィシ――」
「テーゼ様!」
名を呼びかけたテーゼの言葉に割り込み、ヴィシスが言った。
そして自分の胸に片手を当て、続ける。
「も、申し開きを……! どうか事情を――事情を、説明させてください!」
「……わかりました。では……そなたの目的を、直接そなたの口から聞かせてください。わたくしには……これほどのことをそなたが実行に移した理由が、どうにも想像できないのです」
「すべて――ロキエラの計画だったのです!」
一瞬、場の空気が静まりかえった。
あまりの突飛な言葉に、ほとんどの者の理解が追いついていない。
そんな、感じだった。
ロキエラも、
「…………はぁ?」
と、信じられないものを前にした顔をしている。
テーゼは「?」とほんのわずか顔を傾け、
「ロキエラ、の?」
「はい! 天界への侵攻計画はロキエラが発案したものなのです! 私はロキエラに脅され、この世界で侵攻の準備をさせられていただけなのです!」
「な――」
さすがに、黙っていられなくなったか。
「何をわけわかんないこと言ってんだよヴィシスッ!? ふ、ふざけるのも大概にっ――」
「ほらご覧なさい!」
バッ、と。
腕を振り、ロキエラを示すヴィシス。
「あの動揺ぶり! 私にすべてをなすりつけて自分だけのうのうと逃げ切ろうとしていたからこそ、あのような反応をしているのです! あの反応こそが、紛れもなくロキエラが真の反逆者である証拠! 賢明なテーゼ様なら……わかってくださいますよね!?」
涙を目尻に滲ませ、切々と訴えるヴィシス。
ロキエラはブチギレ顔で、
「あんのぉ、クソ女神ぃぃ……こ、この期に及んで……ッ!」
「これ以上ロキエラが弁解してくるのであれば、それは――認めているようなものではありませんか!? 私は……私は、あなたが来るのをずっと待っていたのですテーゼ様! ロキエラからは天界からずっと特殊な神器で監視されていて――その神器は証拠になるからもう抹消済みだと思いますが――もし私が裏切るような真似をすれば、私に首謀者の役を押しつけてやると脅されていたのです! あることないこと主神やテーゼ様に吹き込んで、天界に裁かせてやると!」
ロキエラは天を仰ぎ……げっそりしていた。
勘弁してくれ、とでも言いたげな顔で。
「……冗談でしょ? いくらなんでも……往生際が、悪すぎる……ていうか――テーゼ様……まさか信じたり、しないよね……?」
ヴィシスはさらに熱っぽく、
「そして……今回! いよいよ我が主神やテーゼ様に露見しそうになったために――他の神族を引き連れ、この世界にやって来たのです! 私を消滅させ、口封じするために! さらにこの世界の者や勇者をたぶらかし――味方につけてまで! ですが私は、なんとかテーゼ様に真実を伝えなければと……抵抗、したのですが……う、うぅ……私の奮闘もむなしく……このような、ことに……」
テーゼは、ふむ、と唸った。
「それは――おかしいですね? ロキエラは、そなたがなんだか怪しいと我々に進言していました。計画の発覚を隠したいのであれば、わざわざ自分からそれを我々に言う必要はないのでは?」
「いいえ、それはいざという時の予防線です! もし計画が失敗しても”自分はヴィシスが怪しいと進言していた”――そのような事実を作っておけば、自分が疑われることはないだろう……と、そう考えたに違いありません! ええ、ロキエラは真にイカれているのです! この計画もきっと遊戯感覚なのでしょう! このまま頓挫しても”遊びの一つが上手くいかなかった”くらいの感想しか持たないはずです……うぅぅ……本当に、恐ろしい神族なのです……誰よりも……」
「よ――」
ロキエラはぷるぷる震え、
「よくもまあ……あれほど、でたらめを重ねて……イ……イカれてるのは、どっちだよ……むしろ怖いよ、あそこまでいくと……」
その時、
「う――嘘です! ヴィシスは、嘘をついています!」
声を上げたのは――セラス。
皆の注目がセラスに集まる。
そうか。
聖の嘘を見破る能力をヴィシスが知っているかは、わからない。
が、セラスの真偽判定の力は――おそらく知らない。
セラスは誓うように自分の胸に片手を添え、
「風精霊の力により私は嘘を見破ることができます! この広場で申し開きを始めてからのヴィシスの言葉は、ほぼすべてと言ってよいくら――」
「あのように、自分は嘘を見破れるなどと平然と嘘をつくのです!」
セラスの言葉を鋭い大声で遮り、ヴィシスがテーゼに訴える。
ある種ヒステリックとも言える――切実すぎる声で。
セラスは不意をつかれた様子で呆気に取られ、
「なっ……」
「勇者の中にもいました! そんな力、実在しないのに――私を貶めるために、私が嘘をついているなどと言うのです! しかしそんな身勝手な精神的暴力が果たして許されるでしょうか!? 真実を口にする者をそのようなやり方で封殺しようとするなど……あまりに、ひどすぎます! テーゼ様! これこそが人間や亜人――ヒトの卑しさであり、恐ろしさなのです! 自分に都合のよいように真実すらも捻じ曲げ、自分の気に入らない相手を貶めようとする! しかもです! 時に、その捻じ曲げた真実を、いつの間にか心から”真実”だと思い込んでしまうのです! 異常です! 完全なる、異常者です! 異常者の可能性を宿した、そんな危険な生き物なのです! これほど恐ろしい存在が、他にいますか!?」
「…………」
「いえ、恐ろしいのはそんなヒトへ過剰に肩入れする一部の神族もです! つまり、ロキエラのような!」
「…………」
「もしかしたらロキエラは、私の研究室を漁って自分が不利になる証拠をすでに隠滅したかもしれません! いえ、どころか……私に不利になるような証拠をねつ造し、テーゼ様に提出したかもしれません! どうか――どうか、ロキエラを信じないでください! ……あ、いえ――も、申し訳ありません……もちろん賢明であられるテーゼ様が……ロキエラ程度の目論見を、看破できないはずはないのですが……」
ヴィシスは自分を責めるみたいに、震える唇を噛む。
それから、自分の胸に片手を添えた。
再び――そして、さっきセラスがそうしたように。
「私――本当はこんなこと、したくなかった! 大好きな天界へ侵攻するための準備なんて、したくなかった……天界が、大好きだから。しかも……私、たくさんの罪なき者を犠牲にしてきました――、……して、しまいました。ロキエラの命令……脅迫に、屈して。私、恐ろしくて……本当に、怖くて……そ、その点では……私にも罪があります。認めます。ロキエラに、逆らえなかったとはいえ……数多の、あまりに許しがたい惨いことを……うぅ……私……ぎ、犠牲になった者たちに……申し訳、なくて……」
うっうっ、と嗚咽を漏らすヴィシス。
そして、
「お――お願いします、テーゼ様! どうかロキエラをはじめ、この者たちを――反逆者たちを……この場で消し去ってください! ロキエラの手駒は、対神族特化の聖体だけではありません! 神殺しの力を持つ勇者まで、手駒としているのです! あのトーカ・ミモリの状態異常スキルは、本当に危険です! 私はその危険性をわかっていたからこそ――【 女神の解呪(ディスペルバブル) 】を破壊する呪文を”禁呪”と名づけ、駆逐しようとしたのに……! そうです、ロキエラは――おそらく反逆のために、もっと前から禁字族に手を貸していたに違いありません! 禁呪を駆逐しきれなかったのは、きっとロキエラが暗躍し妨害していたからです! テーゼ様! あの状態異常スキルこそ私たち神族にとっての、看過できぬ脅威! そう、あまりに脅威です! ですが……テーゼ様! あなたなら――あなた様なら、あの邪悪を打ち破れる! ですから――どうか! どうか、彼らの虚飾に塗れた 佞言(ねいげん) に耳など貸さず……天界を……正しき神族の未来を、お救いください!」
ややあって――――なるほど、と。
テーゼが、頷いた。
「わかりました」
「!」
「正しき神族の未来を、救うとしましょう」
「あぁ、テーゼ様……!」
テーゼが薄らと目を開きながら、長い睫毛を伏せた。
彼女の視線は、自らの足もとの先を静かに捉えている。
瞳は――金眼。
それはまるで。
陽光を反射する夕暮れ 時(どき) の湖の水面のように。
キラキラと……ゆらゆらと。
濃淡様々な光がその瞳の中で、無限に蠢いていた。
どうやらヴィシスも、テーゼの瞳は初めて見たらしい。
そんな反応を、していた。
テーゼが――ゆっくりと、唇を開く。
「ヴィシス」
「は、はい!」
「わたくしを――――このテーゼを、 愚弄して(舐めて) いるのか?」
「はっ――、…………………… は(・) ?」