軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

バイアス

◇【女神ヴィシス】◇

ヴィシスは決心した。

ごちゃごちゃ考えるのは――やめだ。

時間稼ぎが向こうを有利にしているかもしれない。

分身が 一足(いっそく) ――ひと跳ねで、セラスへと迫る。

(薄い確率だが、ここで【 女神の解呪(ディスペルバブル) 】の有無を確認すべく状態異常スキルを使ってくるなら、御の字……でなくとも――)

後期蠅王装を切り裂ければ中身が分かる。

セラスが、前へ出てきた。

分身の変形した 腕刃(わんじん) とセラスの光の刃が、互いに弾き合う。

「!」

(あのブスエルフ――私の分身と互角……だとッ!?)

分身は自分より性能が高い。

つまり今のヴィシス本体とセラスがやり合えば――

(……私も加わるべきか?)

ヴィシスは考える。

今のところ状態異常スキルを使う気配はない。

(馬鹿丸出しで使ってくれば中身をミモリで確定できたが……)

さすがにそこまで考えなしではないらしい。

(それよりどうする? やはり本体である私も加勢すべきか? いや……できればこの位置から、あまり大きく動きたくない……)

現在地は”安全域”とも言える位置。

遮蔽物なしで禁呪の射程距離分を見渡せる。

防御に向いた場所。

ヴィシスは鼻の下に指二本を添え、

(……それに)

時間を稼ぐ意味は、こちらにもある。

もう一つ。

まったく予想しなかったことが 分(・) 身(・) に起こっていた。

最初は、気のせいと思った。

けれど時間が経過していくにつれそれは確信に変わった。

ジワジワとした緩慢な速度ではあるが――

時間経過と共に分身の能力が、 上(・) が(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) の(・) だ(・) 。

逆に……。

セラス・アシュレインの今の状態にはおそらく時間制限がある。

時間制限がないなら最初からあの姿でいればいいのだ。

ヲールムガンドと戦っていたあの姿のままで。

しかし自分と遭遇するまで、あの姿にはなっていなかったようだ。

そう、ゆえにあの今の姿には時間制限があるとみていい。

逆にこちらは、時間が経つほど強くなる。

(つまり長引けば、おのずとこちらが有利になる……そんな構図だが……)

懸念もある。

黒紫玉の過剰摂取による分身の未知の状態。

このまま……青天井で性能が上がってゆくものだろうか?

(天井があるとしたら……)

その天井に到達した時、分身が”弾ける”かもしれない。

たとえば、膨らみすぎた泡が弾けるみたいに。

「……せめて」

あの後期蠅王装の中身さえ確定できれば。

中身がもしミモリでない場合……。

本命は別のどこかに潜んでいる――そう考えるのが妥当。

あの禁字族の姿も、まだ確認できていない。

(確実に何か狙っている、はずだが……)

ヴィシスはトーカ・ミモリを過剰に警戒していた。

なまじ神徒の目を通しその戦いぶりを見たのがあだとなった。

見てわかった。

感じた。

あいつは計算尽くで”刺し”にくる。

(中身の有無を不確定にし……)

自分の存在を過度に意識させることで”空隙”を作るつもりか。

狙いは読める。

”トーカ・ミモリを意識しすぎた結果、その意識の死角から禁呪を撃ち込んでくる”

しかし――といって、意識しないわけにもいくまい。

(それにしても……)

分身と互角に斬り合う、エルフの姫騎士。

しかも後ろの後期蠅王装に攻撃が届かぬよう気を配っている。

つまり、気を配る余裕があるのだ。

加えて刃を交えた直後、セラスは数手で分身に小傷をつけた。

血の色を確認するためだろう。

白い血を確認することで、あれが分身だと確定させたのだ。

まさに――小賢しさの極み。

(ただ……防御こそ巧いが、いまいち攻め切れていない……? これはヲールムガンド戦でも思ったことだが――防御が、あのブスエルフの強み?)

防ぐなら危なげないが、攻めに転じる力はない。

ヴィシスの頭をよぎる思考。

であれば、私が加勢にいけば一気に決められるのでは――

(この戦い……)

トーカ・ミモリを 殺(と) れば――――勝ち。

この迷宮戦を分析したアサギ・イクサバの読みは的確だった。

と、ヴィシスはみている。

裏切りはしたがあれは賢い女だった――そう認識している。

不本意ではあるが、素直に納得できてしまったからだ。

(ならば――)

分身と共にこのまま攻め切って、あの中身とセラスを殺せばいい。

単純だ。

それで、終わりではないか。

私はきっと考えすぎている。

これこそ向こうの策略に違いない。

中身は普通にトーカ・ミモリで、セラス・アシュレインもあれが全力。

単純に考えればいいだけだ。

思考を迷わせ本体の動きを封じるのが、敵の目的なのだ。

あぁ、答えは実に簡単だった。

正解は――余計なことを考えず、力押しで殺す。

(舐めくさりやがって――ガキどもがッ!)

ヴィシスは駆け出しかけ――――

(ぐっ……)

本(・) 当(・) に(・) 、 い(・) い(・) の(・) か(・) ?

少し待てば、いずれ分身がセラスの戦闘能力を上回るはず。

向こうの狙いが時間稼ぎだとしても……。

こちらだって時間が経てば、分身単体でセラスを仕留められる。

加勢せずとも倒せるのだ。

他の連中が合流しても戦闘能力でセラスを上回る者がいるか?

狂美帝もあの黒い豹人も、格は落ちる上に深手を負っている。

イツキは負傷に加えMP切れであり、ヒジリもボロボロの状態。

何より、どいつもセラス・アシュレイン以下の戦闘能力しかない。

唯一競えそうなのはアヤカだが――

(セラスとヲールムガンドの戦いに乱入してこなかった……ならば狙い通り、合成体のアギトに殺されたとみていい……)

あるいは今も殺し切れず、泣き喚いているかもしれない。

(あのお花畑のカスアマに、哀れな合成体を殺す度胸はない……あぁ、ソゴウさんのことですから救おうとしたかもしれませんねぇ……でもあの合成体には罠を仕掛けておきましたから♪ はぁーあのカスアマの絶望顔、見たかった~♪)

ともあれ。

実質アヤカも退場した今――もうそれ以上の戦力は、いない。

残りカスどもなら十分、本体の私で処理できる。

それに、

(あの絆の固そうなブスエルフがこのまま劣勢になれば……)

にぃ、と。

ヴィシスは笑む。

ミモリ……貴様も、動かざるをえまい。

――うん。

こ(・) こ(・) は(・) 、 待(・) ち(・) だ(・) 。

私はただ、この安全領域で分身の自然強化を待てばいい。

この位置にいる以上、どこから来ても私自身で対処できるのだから。

この状態を維持する。

今、私は自分の身を守ることに全力を注げばいい。

(……危なかった)

ヴィシスは安堵した。

加勢せず済んだため、再び、敵の狙いをより深く考察する。

(やはり私自身をこの場から動かすことに、何か意味があるのではないか?)

もし気が 逸(はや) ってあのまま突撃していたら……。

向こうの策に嵌められていたのではないか?

(ふぅ、一時の感情の昂ぶりで勝ちを捨てるところでした……危ない危ない……)

「……ふふ」

蠅王がセラスに加勢する様子はいまだにない。

(うふふふ……まさかあの中身……意表を突いて、禁字族だったり……?)

そして――セラスも気づいたようだ。

相手をしている分身の戦闘能力が少しずつ、上がっていることに。

「最高、です」

まずはおまえが最初に、 終(・) わ(・) り(・) だ(・) ブ(・) ス(・) エ(・) ル(・) フ(・) 。

その時、

「……?」

ヴィシスの中に、とぐろのような違和感が走る。

(なんだ……? 周囲の侵蝕箇所……迷宮の、白壁が……、――――ッ!)

「これは……ッ!? ま……まさか――ッ!? くっ……」

そうか。

「 狙(・) い(・) は(・) ――――これか……ッ!? しかしこれは……賭けに出たとでもッ!? ガキどもがッ! 舐めやがっ――

◇【ニャンタン・キキーパット】◇

王城突入前、ニャンタン・キキーパットは尋ねた。

蠅王の言葉をそのまま、質問に変換する形で。

「おそらくヴィシスは自ら王の間から出てくる、ですか?」

迷宮を進み、蠅王らと王城前にて合流したニャンタン。

王城突入前、蠅王――トーカ・ミモリはしばらく他の味方の合流を待った。

この時、彼は今後の動きについて話した。

トーカはニャンタンの問いに、

「ああ――アクションバイアス、なんて言葉もあるくらいでな」

「あくしょんばいあす……?」

「結果としては何もしないのが最善だったとしても、つい動いて何かしようとしちまう……っていう、人の心理傾向のことだ。こいつは、先が読めないとか不安だったりする時ほどなりやすいらしい。ジッとしてるより動いてる方が不安がまぎれる、ってわけだ」

もちろん動くのが正解って場合もあるだろうがな、と彼は言い足した。

ニャンタンは、

「キミの読みでは、ヴィシスもそうだと?」

「廃棄直前のあの振る舞いでもわかる気はするが……聖の分析を聞く限り、神族といってもヴィシスの心の動きはかなり人間に近い――俺は、そういう印象を受ける」

確かに、とニャンタンも思う。

「それに……異様な年月を生きているからといって、人を超越した心の動きを獲得している感じもしない。まあ俺のいた世界でも、長寿だからといって決して人格的に優れてるわけじゃない――むしろ若い頃より感情の抑制がきかなくなってたり、短絡的になったりする傾向すらある」

「ならばヴィシスも人間と同じ心の動きをする前提で考えられる、と」

「そうだ。で、ロキエラの読みが正しければ――ヴィシスは 神(・) 徒(・) と(・) 視(・) 界(・) を(・) 共(・) 有(・) し(・) て(・) い(・) る(・) 可能性が高い。これは、迷宮突入前にも話した通りだ」

ニャンタンもすでにその話は聞いていた。

これは、すでに迷宮突入前に指摘されていた。

「振り返ってみると、この王都に到達するまでの俺たちは――意図したものもそうでないものも含め――かなりヴィシスの思惑を叩き潰してきている。ヴィシスからすれば、やることなすこと潰されてるわけだ」

トーカは一拍置き、

「そこに加えて、神徒と視界を共有したヴィシスにこの迷宮で”俺たちの戦い”を狙い通り見せた上で、勝利することができれば……」

ニャンタン以外にも。

ロキエラや他の者も今この場で黙って話を聞いている。

トーカは続けた。

「”敵はなんらかの策を用意した上でこの戦いに臨んでいる”……そのヴィシスの認識を、さらに強化できるかもしれない――これも、迷宮突入前に話した通りだ」

ロキエラが一つ頷き、

「ヴィシスに”絶対こいつらは何か仕掛けてくる”と思わせたい……考えなしに戦うようなやつらじゃない――迷宮突入前にトーカは、あいつにそう思わせたいって話してたね」

あぁ、とトーカ。

「だから、俺が状態異常スキルで”戦える”ようになる仲間と早めに合流できて、かつ、完封に近い形で神徒どもを潰す――それが理想形だった。もしくは聖が戦闘能力の高いヤツらを舵取りしてくれれば、同じように完封に近い形で勝てるパターンはあったかもしれない。というか、鹿島の話だとヨミビトって神徒はやられたらしいから……ヨミビトは、聖がなんとかしてくれたのかもな。当然、十河の可能性もあるが」

ロキエラが答えを問う目つきで、

「このくらいばっちし対策済みだよ――このくらいは想定の範囲内だよって、神徒の視界を通してキミはヴィシスに伝えたかった。で……ある程度その狙いは達成できたはず、と」

こく、とトーカが頷く。

「俺は、それを期待してる。アルスもヲールムガンドもあっさり勝てたわけじゃないが……少なくとも”その状況に合わせて最善策を打ってくるし、事前準備も抜かりなくやっている”くらいの認識は、持たせられたと思う」

さらにトーカは、

「それに……ヴィシスはオリジナルの本体ではなく、王城外の迷宮へ分身を放っていた」

迷宮突入前、トーカはこう分析していた。

”おそらく終盤までヴィシスは迷宮のゴール近く――王の間から動かないと思う”

ニャンタンは、迷宮突入前のトーカの言葉を思い出す。

『俺たちはこれまでヴィシスの思惑をことごとく踏み潰した形になってる。これはヴィシスを”過剰に慎重”にさせる要素となるんじゃないかと思う。この迷宮からもそれはうかがえる気がする……とにかくヴィシスは、蠅王ノ戦団との直接対決を避けたがってる――そんな印象がある』

この時のロキエラも納得顔で、

『だから本人は容易に出てこないだろう、か。確かにヴィシスの性格なら、そんな気はするなぁ……』

『そしてヴィシスは仲間――配下に情を持つタイプじゃない。これは今まで得た情報から明らかにわかる。こういうタイプはまず配下に無茶をやらせる。自分は安全域にいて”様子見”をしたがる』

しかし本来、それは最善手とはいえない。

貴重な戦力を無闇に失いかねないからだ。

自分の安全や安心を優先した結果、さらなる窮地に陥りかねない。

肝心な時、戦力不足になりかねないのだ。

ロキエラは、

『逆に言えばそれだけ神徒に信頼を置いてる、ってことでもあるんだけどね。神徒だけで勝てると思ってなければ、さすがにそうはしないよ』

これにはトーカも同意を示した。

そして、

『以上のことから……突入後、しばらくヴィシスの参戦は勘定に入れなくていい――と俺は思う』

回想を終えたニャンタンの前では、ロキエラが話を先へ進めている。

「――カシマちゃんが遭遇したっていう分身から考えれば、やっぱり本体が出てくる確率が低いって読みは正しかったと見てよさそうだね。でも、今この状況となると……」

そうだ、とトーカは相づちを打つ。

「ひたすら”待ち”に徹したヴィシスの状況が―― 逆(・) 転(・) す(・) る(・) 」

これがさっきの”あくしょんばいあす”の話に繋がるらしい。

今度は逆に不安が膨れ上がり、たまらずジッとしていられなくなる。

蠅王装から……何か、禍々しいものが立ちのぼっている気がした。

トーカは、

「神徒との視界共有を逆手に取り、生々しく 重圧(プレッシャー) をかけ続ける……ヴィシスは神徒が倒れるにつれ、逆に、その場にとどまるのが”悪手”のように思えてくる……」

だ(・) か(・) ら(・) こ(・) の(・) 局(・) 面(・) に(・) な(・) れ(・) ば(・) 出(・) て(・) く(・) る(・) 、と。

トーカがニャンタンの方に顔を向け、

「あんたみたいな側近でもいれば、あれこれ相談して少し落ち着きを取り戻せるかもしれない。しかし聞く限り、今のヴィシスのそばにもうそんなヤツは残ってないはずだ。となると、こういう状況で独りぼっちになった人間の心理なんてもんは……それなりに、想像がつく」

そりゃあ想像もつくさ、とトーカは鼻を鳴らした。

「命が危機に晒されるような状況で独りぼっちになった時の心理――こちとら あ(・) の(・) 遺(・) 跡(・) で、嫌というほど味わったからな」