軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

かつて蛇神なる堕神と、失われた楽園

ガィィインッ!

ヲールムガンドが、綾香の薙ぎ払いを右腕で受けた。

(硬いッ!?)

「ゲラゲラ――このオラァが避け切れねぇだと!? 対神族用に多く力を割り振ってるとはいえよお!? これが人間とかよぉ――」

身体ごと刈り取りそうな白き豪腕が、振るわれる。

「冗談、きっついぜぇえ!」

綾香は身体を捻りつつ固有剣の密度を高め、防御を試みる。

衝突――先ほどと同じ硬音が、空間内に響く。

保険として回避のため腰に捻りを加えていたが、

(最大まで固有剣の密度を高めれば破壊されない――剣で、防げる。硬度は、ほぼ同等……サイズ差も固有スキルの特性で問題ない……打ち合いには、もっていけるッ!)

ヲールムガンドの背後に浮遊武器を生成。

敵の背面へ浮遊武器による攻撃を開始。

綾香自身も、固有剣で次の攻撃に移る。

キィン!

浮遊武器が、敵の硬い肌に弾かれた。

ヲールムガンドは後ろを見もしなかった。

繰り出された固有剣に対し、敵はこぶしをぶつけてくる。

(……くっ!)

敵の攻撃は防げても、そのこぶしを剣で切り裂くには至らない。

(だったら――)

綾香は、一瞬にして固有剣を大槌状へと変形させた。

剣と大槌では力の使い方が違う。

綾香は腰を落とし、力を込めやすくした。

インパクトの瞬間、ヲールムガンドが目を見開く。

「おぉっ!?」

こぶしと衝突する大槌。

同時に、鈍く重い金属音。

互いに衝突した際、ブワッ、と風圧が巻き起こった。

風圧に髪を靡かせる綾香はそのまま――

大槌を、振り抜く。

ゴルフのフルスイングをアレンジしたようなひと振り。

ヲールムガンドが吹き飛んでいく。

そのまま白き神徒は、二階建ての煉瓦造りの家屋に突っ込んだ。

煉瓦が砕け、粉塵が宙に舞う。

破砕した柱が悪かったのか、二階部分が崩れ落ちた。

綾香は、呼吸を整える。

「はぁ……はぁ――、……ふぅ」

(この相手だと……武器の有無のリーチ差で得られる有利が、ほとんど意味をなさない……形状を瞬間的に変化させての攻撃も、今のでもう覚えられただろうし……)

今のは初見を活かした不意打ちみたいなものだ。

以後は、むしろ形状変化の瞬間が隙となる可能性が出てくる。

ガララッ――と。

粉塵の向こうで、瓦礫を押しのけ立ち上がる巨躯のシルエット。

パンパンッ、と。

腕の砂を手で払い、霧散し始めた粉塵の中からヲールムガンドが姿を現す。

「……微妙に動きが つ(・) い(・) て(・) こ(・) ね(・) ぇ(・) のは、やっぱさっきの耳鳴りのアレの影響か。器官も閉じちまってるから神級魔法も使えねぇ……ゲラゲラ、ヴィシスもさぞや不機嫌になってんだろなぁ」

砂を払った腕から、その視線を綾香へ移すヲールムガンド。

「おめぇさんのその強さ……加護によるもんだけじゃねぇな?」

加護とはおそらくステータス補正のことだろう。

綾香は呼吸を整えつつ、あごに伝ってきた冷や汗を拭う。

(攻め手を、考えないと……)

「何か、そう……生まれ持った才能によるもんだ。今まで出会ってきた人間の中でもかなり上等な部類だぜ。ゲラゲラ……ヴィシスよぉ? こんな才覚に満ちた勇者を召喚しときながら、結末がこのザマかよ? ったく、邪気のねぇ目をしてやがる……まっとうな、澄んだ目だ。狂気の沼に溺れる危うさはあるが、クク……そうならねぇのようにすんのが、女神の役目だろーがよ。女神として、もっと上手い付き合い方ってのがあったんじゃねぇのか?」

ヲールムガンドはずっと口が開いている――笑みの形に。

それから、一度もまばたきをしていない。

ならば、まばたきの瞬間を隙として狙うのも難しいか。

いや、どころか自分の方が逆にそこを狙われかねない。

そう、

(このレベルの相手となると――)

下手をすれば、まばたきの瞬間ですら隙になりかねないのだ。

(あの口の中に槍でも突き込めれば、硬質化で防がれない? いえ――口を開いているのは逆に誘い込むための撒き餌かも……それに、内部なら攻撃が通るという保証もない。もし内部も硬質化できたら……なら、やっぱり……)

「いるんだよな、ヒトの中にゃたまにこういう”アタリ”が……だが、総体としてのヒトが形成する社会はそのアタリを損なうようにできてる……宿命的にな。ヴィシスよぉ? オラァはおめぇさんと違って、ヒトのすべてをゴミとは思っちゃいねぇ。割合的にゴミが多いってだけだ。そして誰かがそのゴミを――ハズレを取り除かねぇから、純粋なアタリまで腐っていく……損なわれていく。総体としてのヒトは自浄作用を持たねぇからな。一見逆説的にも聞こえるが、ヒトの大半は総体ではなく個の欲望を優先 し(・) す(・) ぎ(・) る(・) 。特に、文明が発達するほどそいつは顕著になる……だから総体を楽園へ導くには神が浄化し、管理しなくちゃならねぇ。オラァはな……楽園が見たかったのさ。アタリだけを選別して集めた、可能性の最大化された社会ってもんをな」

あれは……独り言、なのだろうか?

あるいは、自らに語りかけている……?

自分の肩に手をやり、首をぐるりと回すヲールムガンド。

ゴキリ、と音が鳴った。

「ゲラゲラ――ま、ヴィシスは聞く耳なんざ持たねぇわな。ありゃあ、根っからヒトを憎悪してる。愛してるとか言ってるのは知性あるオモチャだからにすぎねぇ」

「……あなたは」

「あぁ?」

「ヴィシスと考え方が違うのなら――ヴィシスを倒そうと、考えることはないの?」

「クク……ヒトの概念で言えばオラァはもう”死んでる”からな。死者がブザマに今も動いてるだけだ。ヴィシスが死にゃあその因子を持つオラァも消滅する。そして、因子を与えたヴィシスの命令にオラァたち神徒は逆らえねぇ。せいぜい、こうして愚痴をこぼすくれぇさ」

「……楽園なんかじゃ、ない」

「ん?」

「人は……人の意思――自分たちの意思で社会を……世界を、形作っていく。そう……自分たちで、掴み取っていく。自分たちで答えを出して掴み取った時こそ……それこそが、本当の意味での人の”あるべき世界”なんだと、私は思う。だから――神の介入なんて、必要ない。それに……」

十河綾香は、信じている。

「人はあなたが思うほど、悪い生き物じゃない」

そう。

生まれた瞬間から邪悪な人間なんて存在しない。

きっと、何かのせいでボタンを掛け違ってしまっただけなのだ。

だから。

社会を――世界をよくしていけば、掛け違えてしまう人を減らせるはず。

力を正しく、使いさえすれば。

それに、

「あなたが”ハズレ”と呼ぶ人たちだって、一生そのままとは限らない」

私だって変われた。

道を 外れ(ハズレ) てしまった自分でも。

正(・) し(・) く(・) ――救われたから。

そう。

人は、人を救える。

「どんな人間でも正しく変われるかもしれない――それこそが、あなたの言う”可能性”ではないの?」

クク、とヲールムガンドは笑った。

そして――

「全否定まではしねぇがよ――、――そりゃあ、理想論ってもんだ」

一足にて、肉薄してきた。

「!」

なんて――ソフトな踏み込み。

こんなことができるのか。

踏み込んだ後の地面には凹み一つできていない。

まるで瞬間移動――だがしかし、テレポーテーションでもない。

(本当に、柔らかながらも……ただ速い――踏み込み……ッ!)

「ゲラゲラ! どのみち死者であるオラァの望みはもう叶わねぇ! オラァとしちゃあ、あとはヴィシスについていって……結果として天界の連中に復讐できりゃあ、それでよしとするさっ!」

繰り出される連弾の殴撃。

綾香は、それを懸命に捌く。

基本は力を受け流す。

しかし受け流しだけでは単調になる。

時には真っ向からの打ち合いも織り交ぜつつ、隙をうかがう。

意識を分散させられないかと銀騎士を使ってみた。

が、さして効果はなかった。

浮遊武器の攻撃も同様。

何より、それらを行うと固有剣の密度がほんのわずか落ちる。

そう――今の綾香は固有スキルの銀球の配分を、すべて固有剣に集約していた。

(おかげであの硬いこぶしを受け止めて、どうにか打ち合えるけどッ……私の――反応、速度が……ッ!)

「くっ……ッ!」

(浅葱さんの能力強化スキルがかかっている状態で、これなの……ッ!?)

ジリジリとだが。

押し負けている。

このまま長期戦になって、浅葱のバフが切れたら――

「…………」

二本。

また上手くいく保証は、ない。

あのあと、試してみてわかった。

二本の場合。

失敗すれば逆に、巨大な負荷が反動としてのしかかる。

そうなればこの局面では致命的となりかねない。

しかし――他に手段がない。

いくしか、ない。

――極弦の、弐――

連撃を繰り出し合う中、紡がれていく。

二本目の弦が。

そして――

成った。

(成功、した……ッ)

紡ぎ、終える。

そして、綾香は固有剣を振った。

――ヒュッ――

「お?」

鮮血。

紅い鮮血の線が、ヲールムガンドの腕から宙に引かれる。

(……通、った)

「ゲラゲラ! 本気かよ!? このオラァが、出血させられただと!? 人間にッ!?」

綾香は確信を得る。

(……やっぱり)

最初の違和感は、 音(・) だった。

初めて固有剣が防がれた時。

背後からの浮遊武器が弾かれた時。

音が、違った。

固有剣は硬く、そして重く甲高い音。

逆に浮遊武器で攻撃した時は、軽かった。

腕と背中で硬さが違う?

最初は、そう思った。

しかし戦いの中で綾香は、もう一つの違和感を覚えていた。

ヲールムガンドの身体の色が一部、微妙に違うのだ。

あるいは、濃さが。

白い肌がグレーに近い色になっている時があった。

というか――

色の違う部分が、 移(・) 動(・) している。

綾香は推測した。

ヲールムガンドはおそらく――

攻(・) 撃(・) を(・) 受(・) け(・) る(・) 部(・) 分(・) を(・) 極(・) 度(・) に(・) 硬(・) 質(・) 化(・) さ(・) せ(・) て(・) い(・) る(・) 。

(多分……)

硬質化の”成分”のようなものを、意識した箇所に集めている。

ヲールムガンドはその”成分”を己の意思で移動させられる。

全身どこでも――好きなように。

奇しくもそれは、綾香の固有スキルと似た原理とも言える。

密度を高めることで攻撃力を。

または防御力を、強化しているのだから。

では、どう戦えばよいのか?

気を逸らすなどして隙を生み出し、硬質化前に一撃を入れるしかない。

理論が正しいか確認するためにも――

攻撃が本当に通るか確認するためにも、まず一撃を入れたい。

薄皮一枚でもいい。

(でも――)

今までは、その隙をまるで作れなかった。

作らせてもらえなかった。

敵は背後からの浮遊武器すら”見ず”に防いだのだ。

さっき何やら語っている間も綾香は隙を見つけようとした。

無理だった。

自分が話せば意識を逸らせるかとも思ったが、それも無理だった。

カラクリを予想しても、実証できなければ絵に描いた餅。

で、あるならば……

(気を逸らすのが無理なら、これはもう――)

硬質化が間に合わない速度で、攻撃を浴びせかけるしかない。

これを”成す”ために二本目が――極弦の弐が必要だった。

一撃を加えたあと、綾香は間を置かない。

予測は確定し、理論は証明された。

結果を――確かな解の式を得た。

あとは、通すだけ。

攻撃を。

五月雨式に超速の剣閃を放ち、さらに間合いを詰める。

ヲールムガンドも腕で剣撃を弾き、捌いていく。

しかし――今までと違う。

こちらの斬撃が当たるようになってきている。

刃傷を、与えられている。

一方、攻撃を受けたヲールムガンドは――

笑った。

「クク……いつ以来だよ、人間に血を流させられたのは。そうさ! これこそがヒトの秘めし可能性ってやつよ、ヴィシス! だが摘むんだろ!? おめぇさんはこの可能性の芽を! ゲラゲラ……いいぜ。不本意だが、見事に摘んでやろうじゃあねぇか! ご命令通りなぁ! ゲラゲラゲラゲラゲラゲラッ!」