軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

この残酷な世界の残火

◇【安智弘】◇

安智弘はリンジら一行とヨナト領内に入っていた。

気になるのは行き会う人たち。

大きな荷物を抱えた人たちが多く目についた。

荷馬車も目立つ。

そのせいだろうか?

大所帯の自分たちもその風景に溶け込んだような感覚がある。

馬車の先頭を行くオウルが馬上から後方を振り返った。

彼の瞳には、先ほどすれ違ったミラ方面へ向かう荷馬車が映っている。

「で、リンジさん……おれたちはどっちに行きます? といっても、こっからまたミラの方に引き返すってのも……」

同じく後ろを見ていた馬上のリンジは前へ向き直り、

「聞けば、ミラ方面よりヨナトの西地方へ向かってる連中の方が多いって話だ。今のミラ北部は、まさにおれたちが経験してきた通り金眼の魔物に襲われる危険もあるしな」

一応ミラへ向かう人たちにも警告はした。

が、彼らはそれでも南下するという。

そもそも彼らはなぜミラ方面へ向け南下するのか?

離れようとするのか?

リンジたちはその理由を尋ねており、すでに知っていた。

ヨナトで大きな戦いが始まるというのだ。

邪悪なる軍勢がこの国の守り神である聖眼を破壊しに来る――と。

今、それを知ったヨナトの人々の多くは西へ避難しているという。

逆に、聖眼を守るべく王都アッジズを目指す人々もいるとか。

ため息まじりに後頭部をガシガシと掻くリンジ。

「ご乱心かなんか知らんが、この大陸に住む人間をアライオンの女神サマが滅ぼそうとしてるのがわかった……か。しかも例の白人間騒ぎも、女神サマが引き起こしたってんだろ? 証拠もあるって話だが――ったく、何がどうなってんのか。もう、さっぱりわかんねぇ……」

空を見上げるリンジ。

「女神サマにとっちゃ、おれたちを滅ぼすのに聖眼が邪魔って話らしいがよ……この前空を横切った聖撃――あれも、関係あんのかねぇ?」

ぼやくリンジ。

オウルが肩を竦める。

「この大陸の人間を根絶やしにしようとしてるなら、どこに逃げたって同じな気もしますけどね」

「まあなぁ……」

オウルが安に問う。

「トモヒロは、どう思う?」

安が異界の勇者なのは彼らに明かしている。

勇者は女神が召喚する存在。

ならば彼らより女神を知っている。

そう思われるのも当然だろう。

と、

「おい、オウル」

「あ――すみません、リンジさん。悪いなトモヒロ……今の質問は忘れてくれ」

リンジが気を遣ってくれたようだ。

しかし、安は答えた。

「……ありえる、と思います」

そう――ありうる。

リンジたちはヴィシスのことを知らない。

けれど自分には、その話を信じるに足る経験が一応ある。

しばらく黙ったのち、リンジは短く「そうか」と目を細めた。

それから彼は、自分の妻子の乗る馬車を見た。

「おれたちの世界の危機……か」

短い話し合いの結果。

当初の予定通り、一行はやはりヨナトの西を目指すことにした。

西地方にいる知人のところを目指す。

引き返すにしても食べ物や物資がどのみち足りない。

さすがに気力、体力ともに疲労の色が濃くなってきた者も多い。

ここで引き返す選択は、気力を大きく削いでしまいかねない。

ヨナトの知人のところの方が、ひと息つける可能性は高いだろう。

一行はそのまま北上し、ヨナト南部の交易都市に立ち寄った。

今、安たちは都市の出入りを管理する大門を出てすぐの街道にいた。

ここは、いくつかの方角へ分かれる起点となっている場所でもあるようだ。

街道というよりは、小さな中継地みたいな印象である。

大きな広場もあった。

平時なら露店なんかが出ているのかもしれない。

広場にはステージのようなものも見える。

リンジが額に手で 庇(ひさし) を作り、短く口笛を吹く。

「すげぇ人だな」

広場は人でごった返していた。

一行は人だかりから少し距離を取り、休息を取ることにした。

ユーリや彼女の母親が馬車から降りてきて、身体をのばす。

どうやらユーリは母親に倣っているらしい。

二人揃っての動作が、なんだか微笑ましかった。

数名は大門の方へ向かい、都市内で物資を調達できそうか確認しに行った。

と、別方向からオウルと数人の傭兵が戻ってきた。

オウルが指差し、

「あっちの道――北西に行くと、ヨナトの西地方へ。あっちの道を行くと聖眼のある王都アッジズに着くみたいです」

アッジズ方面からも続々と避難民がこっちへ押し寄せているという。

一方、北西の方からこっちへ来る人たちもたくさんいるようだ。

つまり――避難する者と、戦いに行く者に分かれている。

その時、広場のステージの上から何者かが呼びかけた。

「聞いて欲しい!」

人々の話し声のトーンが落ちる。

ステージ上から放たれたそのよく通る大声の方に、注目が集まった。

騎士のような格好の者たちが数人、ステージ上にいる。

鎧の紋章から察するに、ヨナトの騎士だと思われる。

しかし――この人の多さ。

自分たちは何も知らずここへ来たけれど。

もしかしたらヨナトの人々がこの中継地に集まるよう、募集でもかけられていたのかもしれない。

「すでに伝え聞いた者もいるかもしれないが、今、まさに我がヨナトの聖眼――いや、この大陸に住まう者すべてが大きな危機を迎えている!」

聴衆に小声のさざ波が広がる。

ヴィシスの”ご乱心”の話を知らぬ者もまだ多くいるのだろう。

朗々と騎士は語って聞かせた。

”ヴィシスが、この大陸に住む者たちを根絶やしにしようとしている”

特にそのあたりで、一気に聴衆のどよめきは跳ね上がった。

前半部分は、安たちが道中で会った者たちから得た情報と同じだった。

が、後半部分には知らぬ情報もまじっていた。

「ミラの狂美帝は、いち早くヴィシスの企みを察知していたらしい! その狂美帝は女神討伐同盟を立ち上げ、ネーア、バクオス、ウルザ、そして女神の本性に気づき目を覚ました一部のアライオン軍と共に、今まさに女神ヴィシスとその軍勢を討つべく、アライオンの王都へ向かっている!」

ざわめきが、どよめきに変わる。

「生死不明となっていたマグナルの白狼王も生きていたことがわかった! 現在はルハイト・ミラ率いるミラ軍と共に、ここヨナトへ向かっている!」

聴衆たちは目を白黒させ、

「え? てことは……すべての国が、反女神様側に回ってるってことか!?」

「し、しっかしよぉ? あの女神様がおらたちを滅ぼそうとしてるなんて……ほ、ほんとなんか? ぁ――で、でもよぅ!? 女神様がおらんくなったら、根源なる邪悪はどうすんだよ!? 女神様を倒しちまって、勇者様が召喚できなくなったら……」

「それは安心していい! 女神ヴィシスの邪悪な企みに気づいた別の神族がこの大陸に降臨し協力を求めてきた! だからこその狂美帝のこたびの動きだとも聞いている! ゆえに、根源なる邪悪のことは心配ない! 勇者召喚の役目は、ちゃんとした別の神族が引き継ぐそうだ!」

「な、なら安心なのか……うん、つまり神様たちん中でもヴィシスは悪いやつだって話なんだな? てことは……おらたちが戦いに参加しても、神族様たちへの反逆にもならんわけか……」

傍観していたリンジが親指で唇を押し、うーん、と唸った。

安は小声で、

「あの……どうかしましたか?」

「ん? あ、いや……質問を投げたやつの要領が、いやにいいと思ってな」

安はリンジの言葉の意味を理解する。

サクラ――つまり、仕込みなのではないか?

リンジはそう言っている。

しかしその彼は、感心顔だった。

「もっともな疑問を一つずつ解消していないと、先の話が頭に入ってこないこともあるからな。有効な手段ではある」

騎士が続ける。

「ルハイト・ミラ率いるミラ軍には、剣虎団も同行している!」

その時、腕組みをして聞いていたリンジの眉がわずかに跳ねた。

彼の目は、いくらかの驚きを示していた。

聴衆の中の一人が、

「剣虎団っていやぁ、例の白人間を率いてミラを襲ったって話じゃなかったか?」

「けど、今は味方なんだろ? 剣虎団も女神様に騙されてたんじゃねーか? で、真実に気づいて寝返った……とか」

「あれ? 処刑されたって話は、あくまで噂だったのか?」

「つーかよ! うちらヨナトの人間にとっちゃ、剣虎団は味方だろ!? この前の大侵攻では、おれたちの殲滅聖勢と共にヨナトを守るべく戦ったんだぜ!?」

「そ、そうだ! ミラの方はどうなってんのか知らねぇが、うちらヨナトは剣虎団になんもされてねぇ! むしろ心強いぜ!」

オウルが隣を見て「リンジさん」と問いかけるように声をかけた。

リンジは壇上の騎士に視線を置いたまま、

「……剣虎団、か」

決して深くはないが、安も剣虎団とは顔見知りの間柄である。

あの頃、彼らは戦場浅葱たちのグループを鍛えていた。

聴衆の中で、安は空を見上げる。

「…………」

(ベインウルフさん……申し訳、なかったな……)

手を、差しのべてくれたのに。

あの人からしっかり学んでおけばよかった。

色んなことを。

けれど自分は。

差し伸べられた手を――振り払ってしまった。

人の厚意を何度、むげにしてきたのだろう。

つまらなくて、なんの役にも立たない――ちっぽけなプライドのために。

(……十河さんの手も)

ふと脳裏に浮かぶのは――あの校舎裏での記憶。

(三森君の、手も……)

嫌なのは。

つまらない自尊心も、臆病さも。

まだ、完全に消え去ってなんかいないということ。

人は簡単には、変われない。

だから、向き合おう。

逃げずに。

(そう決めたんだ……)

伏せかけた顔を上げる。

ちょうど、聴衆が落ち着いたのを見計らい騎士が話し出したところだった。

「他にも、このヴィシスとの戦いには、最果ての国と呼ばれる場所に長らく隠れ住んでいた者たちも加わっている!」

「!」

安の心臓が、跳ねた。

「彼らはヴィシスを討つ力の秘密を知っていたために身を隠すしかなかったそうだ! 私も驚いているが亜人……さらには、正気を保った金眼ではない魔物すら味方についていると聞いている! 今も彼らは、狂美帝と共に戦っているとのことだ!」

最果ての国。

安は、今も包帯を巻いている傷口にそっと触れた。

自分を、救ってくれた人たち……。

騎士は腕を振って訴えかけるようなジェスチャーをしながら、

「それから! 魔防の白城の戦いで側近級を倒したあの蠅王ノ戦団も、今は狂美帝の指揮下にいる!」

「ベルゼギア、さんも……?」

ベルゼギア。

セラス・アシュレイン。

彼らは、

(僕の……)

恩人だ。

と、聴衆の中から手が挙がった。

「あの! ゆ、勇者様はっ!?」

この質問で、聴衆のどよめきが激しく波打った。

互いに顔を近づけ、小声で言葉を交わし始める者も出てくる。

「そうだ……ヴィシスの側には、召喚された異界の勇者がいる……」

「と、特にほら……アヤカ・ソゴウだ。聞けば、たった一人で戦局を左右しちまうほどの勇者なんだろ? そんなのを敵に回すのは、怖ぇよ……」

そうだ。

(十河さんたち……クラスメイトのみんなは……?)

「あたし、大魔帝も勇者アヤカが倒したって聞いたわ……」

「あれ? 倒したのは、もう一人の最上位の勇者だったんじゃないっけ? ほら……前の大侵攻の時、東軍で活躍したっていう――」

「なんとか姉妹の……姉の方、だっけ? 美人だっていう……」

「え? そうだったか? なんか、男の勇者がもう一人いるって聞いたような――」

「と、ともかく!」

さっき手を挙げた男が顔に恐怖を滲ませ、騎士に問いを投げた。

「そんなバケモンがヴィシス側にいて、か、勝てるんですか!?」

「安心してくれ! 戦える勇者たちは全員が真実を知り、今は狂美帝に賛同して女神討伐同盟の側についている!」

波が静まり、ややタイムラグがあったのち、安堵の波紋が広がっていく。

「おぉ……さ、さすがは人たらしとも言われるミラの狂美帝……」

「いやいや、ヴィシスを罰するために来たっていう神族がいるおかげじゃないか? そうじゃなきゃ、女神に逆らうなんて……なぁ?」

安は。

力の入る方の手に、力を込めた。

安堵、だろうか。

それから力強い何かが……背を押している感覚。

やっぱり、十河さんだ――そう思った。

おそらく彼女がみんなをまとめている。

きっと、以前安グループだった二瓶幸孝たちも。

”この大陸に住む者たちを、ヴィシスが根絶やしにしようとしている”

そうだ。

十河綾香は。

そんな話を知って、ヴィシス側に加担するような人間じゃない。

……高雄姉妹は、どうだろう?

なんとなく、ヴィシス側につくような印象はないけれど……。

(そういえば……桐原君も、参加してるんだろうか……?)

案外、彼も今は十河綾香と肩を並べて戦っているのかもしれない。

小山田翔吾はどうだろうか?

彼も精神が回復し、十河綾香に賛同して戦ってくれているのだろうか?

ともあれ――――みんな、戦っている。

最果ての国の人たちも。

ベルゼギアさんも、セラスさんも。

十河さんも。

おそらくはアライオンで。

2-Cの自分たちが召喚されたあの王都エノーで。

あの人たちは多分、ヴィシスとそこで戦うのだろう。

エノー側の彼らを 攻(こう) とするなら、こちら側は 守(しゅ) 。

詳しくは知らないけれど。

ヴィシスにとって聖眼の存在はとにかく不都合らしい。

もしかしたらこの戦いの勝敗を左右するのかもしれない。

ヨナトの聖眼を守ることが、もし彼らの助けになるのなら……。

それに…………

「…………」

ついさっき、ユーリが安に近づいてきた。

彼女は安の服の裾を、小さな指で摘まんできた。

不安そうな顔でこちらを見上げている。

「この、怖いの……女神さまのせいなの? 女神さま、わたしたちのこと……嫌いになっちゃったの? さっきみんなが……みんな、死んじゃうかもって……ユーリも、おかーさんも、おにーちゃんも、リンジさんも……みんな……死んじゃう? 死んじゃうの? さよなら――な、の?」

ユーリは、泣きそうになっていた。

「怖いよぉぉ……」

安は屈んで視線の高さを下げ、ユーリに向き合う。

「大丈夫」

「おにー、ちゃん――」

小刻みに震えるユーリの手。

力の入る方の手で、それを緩く包む。

「僕は……知ってる。この大陸には、強い人たちがたくさんいる……色んな国の強い人たち……蠅王ノ戦団の人たち……そして、勇者って人たちがいる。知ってるよね?」

「……う゛ん。勇者さんは、おにーちゃんも」

「うん。でも……僕なんかよりずっと強い勇者の人たちが今、力を合わせて、この怖いのをやってる女神様を倒そうとしてくれてる」

「おにーちゃんと、他の……勇者さんたち」

元々は。

「僕たちは――ユーリちゃんたちが生きてるこの世界を守るために、この世界に来た」

”勇者”

一般的には世界を救う者を示す言葉だ。

最近はメタ的に揶揄っぽく扱われることも、多いけれど。

本当は、とても強くて――

そして、とても優しい人を示す言葉。

たとえばそう、十河さんのような。

いや。

最果ての国の人たちだって。

ベルゼギアさんだって。

セラスさんだって。

それこそ、リンジさんたちだって。

その定義で言うなら、きっと勇者なのだ。

ユーリの目を見て、努めて優しく微笑みかける。

……最近、人の目を真っ直ぐに見られるようになった。

「だから僕は、勇者として……戦ってみようと、思う。ユーリちゃんが――」

上手く”勇者みたいな笑み”を作れたかは、わからなかった。

「こんな風に怖くならなくていい世界を、取り戻すために」

そう、

(今の僕には)

確(・) か(・) な(・) 戦(・) う(・) 理(・) 由(・) が(・) 、 あ(・) る(・) 。

誰かのために、戦う理由が。

「おにー、ちゃん」

「いや……取り戻すって、約束する。だから……そんなに怖くならなくても、大丈夫。あとは……僕たち勇者に、任せてくれる?」

ユーリが――勢いよく、抱きついてきた。

彼女の小さな手に、精一杯の力がこもったのがわかった。

短く、ユーリは言った。

「――――うん」

彼女の手の震えは、止まっていた。

(……え? あれは……)

騎士が場違い感のある”それ”を手に、壇上から降りてきた。

古代魔導具だと説明しているが……

(スマート、フォン?)

ヴィシスが邪悪である証拠を今から提示するという。

前列の何人かがその”証拠”を見て、仰天した。

「こ、こりゃあ……確かに女神様だぜ!」

「私、女神様のお声を聞いたことある! これ、あの女神様の声よ!」

「女神様が――ヴィシスが私たちを滅ぼそうとしてるのは、やっぱり本当だったんだ!」

安は理解した。

勇者の誰かがスマートフォンで録音や録画をしたのだろう。

したのは誰だろう?

高雄聖あたりだろうか?

頭が切れそうと言えば、彼女のイメージがある。

充電問題は、スキルでどうにかしたのかもしれない。

と、リンジが聖眼防衛の参加者を募る騎士の方を一瞥して、

「任意だが、聖眼防衛に参加するやつはあっちで記帳するみたいだ。できれば自分だと証明できる何かを預けてほしいとさ。戦死した場合、ミラが中心となって、残された妻子や肉親に当面食いつなげるだけの支援をしてくれるらしい。可能な範囲で、らしいがな」

リンジはそのまま視線を記帳台の方へやり、

「おれたちも、アッジズへ行く」

「リンジさん……」

「原理はよくわからねぇが、とりあえず聖眼を守る戦いがこの世界を守ることに繋がるなら――あいつらを守ることにもなるからな」

リンジの視線の先には、彼の妻子の姿。

「それに、剣虎団とはちょっとした因縁もあってよ。剣虎団の団長は、まあその……あいつの身内みたいなもんなんだ」

リンジが指で示したのは、彼の妻。

「こんな状況になっちまうと、さすがに黙って死なせるわけにもいかねぇからな。ったく、変な話だぜ……剣虎団から逃げるように北上したってのに、今じゃ剣虎団の助けになるべく合流しようとしてんだからな」

言って、皮肉っぽく口端を歪めるリンジ。

そこに荷物をまとめたオウルがやって来て、軽い調子で言った。

「ま、このことがきっかけでグアバンさんが許してくれるかもしれませんしね?」

グアバンという人物は剣虎団のリリの父親だと聞いた。

詳細は語られなかったが……。

彼らと剣虎団の間に、何か複雑な事情があるのはわかる。

リンジはユーリたちのいる馬車の方を視線とあごで示し、

「おれと元剣虎団の面々は兄ちゃんと一緒にアッジズへ行く。それ以外は予定通り、こっちの知人を訪ねて西の方へ行くことになった。向こうにも元剣虎団じゃない戦えるやつらをつけてある。何があるかわからんからな」

安はホッとする。

「そう、ですか」

そのあと、彼らはそれぞれに別れを済ませた。

安も改めて別れを済ませる。

ユーリと彼女の母親とも。

正直。

これほど自分が別れを惜しんでもらえるとは思わなかった。

少し、名残惜しくもある。

また――生きて会えたら、と思う。

別れを済ませたアッジズ組は、つないでおいた馬の方へ向かった。

リンジの気遣いか。

一旦、安が異界の勇者だという情報は周りに伏せることにした。

と、肩に手が置かれた。

リンジの手。

肩に置かれた手は重かった――重く、思えた。

リンジが言った。

「頼りにしてる」

極めて真剣な声。

まるで”命を預けるぞ”とでも、言わんばかりの。

安は前を向いたまま、

「僕も、リンジさんを――皆さんを、頼りにさせてもらいます」

リンジが、少し驚いたような反応をした。

(独りだったら――)

きっと、ここまで来られなかった。

こんな気持ちにはきっと、なれていなかったから。

数秒の間のあとリンジは軽快な彼に戻り、ふん、と鼻を鳴らした。

そして言った。

「おう」

そう……まだ火は、 潰(つい) えていない。

今もまだ、ここにある。