軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

それは、信じて頼ると書く

◇【高雄聖】◇

ヨヨが困惑と共にもたらした情報。

「ヴィシスではない別の神族、だと……?」

普段はあまり動じぬ印象の狂美帝も、これには戸惑いを見せていた。

”ヴィシスを罰しに来た神族が、ニャンタンに同行している”

神族の名はロキエラ。

ロキエラはヴィシスと戦い、敗れた。

敗れても生存はしている。

が、ひどく弱っているという。

その神族を連れ、ニャンタンは王都エノーを脱出した。

ロキエラはヴィシスと戦う上での有益な情報を持っている――とのこと。

「この伝書は余が送り込んだ間者のもので、間違いなさそうだ。信用してよいと思う」

改めて伝書に目を通した狂美帝はそう言って、

「しかし、ヴィシス以外の神族がいたことにも驚いたが……ヴィシスの真の目的が、天界への反逆とはな」

「人間を自由に苦しめて遊びたいから、というのも……あの女神らしいと言えば、そうですが」

聖も、他の神族の存在には驚きを覚えた。

ただここで幸いだったのは、ヴィシスの味方ではなさそうなことだ。

いずれにせよ、と狂美帝。

「ヴィシスは我々人間にとっては害悪でしかない存在、というわけか」

”証拠は手はず通りスマホに録音してあります”

伝書にはそう書いてあった。

ニャンタンはその点も見事にやり通してくれたようだ。

ただし、対ヴィシス用の情報については――

「このロキエラという神族は力を使い果たした状態にあり、今は意識を失っている……彼女の持つ対ヴィシス用の情報を伝書に記す余裕までは、なかったようです」

「ならば、こちらからも人を送るべきであろう。追っ手が放たれているやもしれぬ……その肝心の情報を得られぬまま追っ手に始末されたでは、たまらぬからな」

狂美帝は懐から地図を取り出した。

卓上に地図を広げる狂美帝。

ちなみに卓は、先ほど二人の会話中にヨヨが用意してくれた。

狂美帝が指で地図の一部を示し、

「アライオンの王都へ向かう場合……我々が今進んでいるこの大街道をゆく経路が、最も使われている。大軍であるほどこの経路を使うこととなろう。一方で……」

狂美帝が指を、大街道から下へ滑らせる。

「ここから南へ行くと、バクオス領内を経由してアライオンへ向かう経路も存在する。こちらは大軍を用いた行軍には向かぬが、一応、戦略には組み込める経路だ。まあバクオスの立ち位置が曖昧なため、今回は使用しない方針だが」

「ニャンタンたちが予定進路として伝えてきたのは、こちらの――南にある経路の一つですね」

ニャンタンは、あえて辿る予定のルートを伝えてきていた。

おそらくこちらの判断で助けを送れるようにだ。

追っ手が放たれている場合――

彼女たちの戦力だけでは、対応できないかもしれない。

聖は考える。

(やはり、こちらから戦力を……)

「では早速、我が軍から迎えとして戦力を送り込もう」

「…………」

「どうした?」

ふと頭に浮かんだ懸念。

聖は、それを口にした。

「もし、そのロキエラという神族がニャンタンに同行している事実をヴィシスが掴んでいる場合――なんらかの方法で、強力な追っ手を差し向けると考えられます。これは私の憶測にはなりますが、敵対しているらしい以上、ヴィシスにとってこの同行している神族はかなり鬱陶しい存在なのではないでしょうか」

「……それなりの強さの保証された者が行かねばならぬ、ということか」

「はい。できれば、私が行きたいところですが――」

ムニンのいる馬車を見やる聖。

事情を察し、罪悪感にでも駆られているのか。

ムニンは後部の幌に半身が隠れた状態で、申し訳なさげにこちらを見ている。

「私は彼女を守り、その安全を確保する役目があります。彼にそれを任されましたし、他にもここでの役目があります。ですが……」

どうすべきか。

聖は、迷う。

くだんの神族はこの戦いの鍵になる気がする。

当然、ニャンタンのスマホの録音記録も。

クラスメイトたちにしてもだ。

綾香のため、無事辿り着かせねばなるまい。

これは――とても大きな好機といえる。

(ただ……)

自分は三森灯河の代理としてここにいる。

この本軍を離れてよいものか。

そして、と聖は視線を滑らせる。

十河綾香を一人、ここへ置いていってもよいものか。

戦場浅葱のこともある。

「…………」

時間が惜しい。

ニャンタンたちを迎えに行くのなら。

出立は、早ければ早いほどいい。

ゆえに、一刻も早く判断を下さねばならない。

「あーねきっ」

馬車から姿を現したのは蠅騎士装を身につけた――妹。

「……聞こえていたのね」

「迎えにいくのはアタシに任せとけよ。ニャンタンは、アタシらの師匠でもあるしな」

馬車の外と内を隔てる縁に足をかけ、

「よっ」

地面に降り立つ樹。

馬車から出て行く樹を、ムニンがちょっと驚いて見ている。

聖は緩く腕を組み、

「……悪いわね。頼める?」

「何言ってんだよ、そのための双子だろ?」

マスクの中で快活に笑う樹が、容易に想像できた。

「姉貴ができねー時は片割れのアタシが受け持つ。けど、ある時期からアタシ……姉貴に頼りっぱなしだったからさ。なんつーか……」

ピースサインする樹。

「こういう時に頼ってもらえるのは、やっぱ双子の妹としちゃ嬉しーぜ」

聖は樹の頭をそっと引き寄せ――抱いた。

ぎゅっ、と。

頭を抱く腕に、力を入れる。

「頼っていいかしら」

ふかふかの布団に包まれているみたいに。

目を、心地よさそうに閉じる樹。

「……うん。へへ……あ、てか――」

聖が腕を離し、樹が顔を上げる。

「移動ん時、アタシのスキルを使った方がいーかな? 馬も一応、乗れるようにはなったけど……」

消耗は激しい。

が、固有スキルを用いた高速移動もできなくはない。

そう、魔群帯を通ってきた時のように……。

話を聞いていた狂美帝が、ヨヨに馬の手配を指示している。

聖は地図に視線を巡らせながら、

(彼らは三台の馬車と一緒に移動している。人数の重量を考えても、移動速度はどうしても落ちる。追っ手が放たれているとすれば――おそらく、どこかの時点で追いつかれる。追いつかれてしまった時、対処できるだけの戦力があればいいのだけれど。いえ……)

その以前の問題としてだ。

追いつかれた際、こちらが間に合っているだろうか?

スキルを使った樹の高速移動。

確かにそういった移動はできる。

しかし魔群帯を抜ける際、常時使っていたわけでもない。

元来、あれは長距離マラソン的な用途で使うものではない。

聖の【ウインド】との合わせ技で移動速度を”盛った”部分もあった。

二人だったからこその、あの速度だったのだ。

(それでも……樹一人でも、間に合うことを祈るしかないわね……)

「その迎えに行く話――――私に、行かせてもらえないかしら」

皆が、一斉にその声の方を向いた。

ムニンと樹がいたのではない方の、もう一つの馬車。

その馬車の後部から地面に降り立ったのは――

こちらも、蠅騎士のマスクを被った少女。

(……十河さん)

眠っていると思っていたが。

起きて話を聞いていたようだ。

綾香は自分の左胸に手をあて、

「私の 固有銀馬(こゆうぎんば) なら、ここの誰よりも早く目的地に到着できると思う」

小鳩が綾香の説得に失敗したあと。

綾香は、灯河と桐原のいる場所を目指した。

彼女は固有銀馬に乗って西へと駆けた。

これについて以前、聖は灯河から地図を使った説明を受けていた。

『鹿島の説得が失敗したあと、あいつはずっと固有スキルで生成した馬を走らせて……この辺りから、この地点まで移動してるんだよ。で、俺と桐原の戦いが決着した直後に到達してることを考えると――正直、長距離における移動速度が尋常じゃない』

移動速度が常識のそれではないのだ。

長距離移動という点で見れば……。

確かに、彼女の固有銀馬以上はあるまい。

しかも固有銀馬で到達したあとも、彼女は灯河たちを追い詰めている。

『聖が来てなかったら、俺たちは十河に制圧されてたかもしれない』

あの三森灯河がそれほど評価する戦闘能力の持ち主。

もはやそちらも常人の域にはないと言える。

この局面に最も適した――最も強い手札。

やはり十河綾香は、規格外のカード。

単騎で盤面の流れすら変えうる。

その彼女が出てくれるなら、それは願ってもない。

けれども、

「大丈夫、なの?」

「ええ。大丈夫、だと思う……個人的には、だけれど」

一応周りを気にしてか。

聖の名前は呼ばないようにしているようだ。

つまり……。

頭はしっかり、働いている。

声にも確かな生気がうかがえた。

「きっとベインさんと……そして何より、あなたのおかげ。ごめんなさい……私、みんなにもあなたにも……迷惑ばかり、かけてしまって」

「そんなこと――」

「だからお返しを――償いを、させて欲しいの」

芯の通った声。

ぶれていた芯が、戻っている。

どころか。

以前よりも太い芯が通っている気すらして。

しかし、

「まだ万全ではない……そうね?」

「……ええ」

マスクの中で綾香が苦笑したのが、わかった。

「だけど、ここは私がやるべきという気がしたの。でも……最終的にはあなたの判断に従う。あなたが無理だと思ったら……私は待機に戻って、回復に専念する」

大切なクラスメイトが助けを待っているかもしれない。

少し前までの綾香なら。

絶対に行くと言ってきかなかっただろう。

いや。

今すぐにでも行きたい気持ちはあるはずだ。

だが今の綾香は、

”聖が止めるのなら我慢する”

そう言っている。

彼女が冷静な証拠と見て――よさそうに、思える。

あるいはこれも。

自分を信用させるための演技なのか。

否、と聖は即座に判断する。

そして自戒を込め、マスクの下で薄く微笑んだ。

彼女は――十河綾香は”彼”ほど器用な人間ではない。

だからこそ信用できる、とも言える。

しかし。

それでも真偽判定を一応使用する辺りが、自分の卑しさであろう。

(やはり私ではなく、十河さんのような人間こそを善人というのよ……三森君)

綾香は、

「もし、あなたの言うことを聞かず私一人でアライオンの王都を目指していたら……私は、大街道の方のルートを突き進んでいたかもしれない。ニャンタンさんたちと入れ違いになって……今頃、私は独りでみんなのいない王都に辿り着いていたかもしれない。焦る気持ちに任せて飛び出さず……言われた通り、ミラの間者の人を……ニャンタンさんを――みんなを、信じてよかった。だから私はあなたにお礼を言いたい。ありがとう、って」

(十河さん……)

ここはもう。

このカードを切る以上の手は、あるまい。

聖は決断を下した。

そして綾香の正面に立ち、

「いいかしら? あなたも……頼らせてもらって」

綾香は脇を締め、逆手で、力強く拳を握りしめた。

「任せて」

聖は両手で綾香の手を取り、

きゅっ

緩く、握り込む。

「彼らのことを、お願い」

さらに綾香との距離を詰め……

聖は、そっと顔を寄せた。

そうして。

囁くように、耳元で言った。

「私の方こそ――ありがとう、十河さん」