軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そうして、目覚めたあとに

俺たちは行軍を続け、ついに国境近くにいたミラ本軍と合流した。

そして――

国境を挟む形で睨み合っていた混成軍は今、後退を始めている。

先日、カトレア・シュトラミウスに送った使者が軍魔鳩で返事を寄越した。

内容は降伏の意思はないとを示す宣言文。

が、

『これは私とカトレア様だけがわかる暗号を用いて書かれています。私も、まったく同じ手法を用いて真意を伝えました。念を入れて、あちらもこの手法を使ったのでしょう』

結果から言えば、カトレアの説得は成功。

混成軍の後退は彼女の指示によるものとのことだ。

このまま俺たちは東へ進んでウルザとネーアを抜け、アライオンを目指す。

「嬉しそうだな……女王さまが説得に応じてくれて、ホッとしたか?」

横で白馬に乗るセラスに俺が言うと、

「はい……、――いえ、カトレア様ならば応じてくださると信じておりました。ですがやはり、信じてくださったことは嬉しく思います」

「女王さまもこっちに賭けてくれたんだ。この戦い、意地でも勝たないとな」

馬上で手綱を握り、微笑んで小さく頷くセラス。

「はい」

「こっちとしても俺の復讐に巻き込んじまって悪い気もするが――戦力が増えるのは、やっぱり助かるからな」

味方が増え、同時に敵が減った。

と、セラスが振り返って後方の馬車を気遣わしげに見る。

「…………」

「起きたら起きたで、気になるか」

「あ、すみません……そう、ですね……」

三日前、十河綾香が意識を取り戻した。

目を覚ました時は傍に聖がいた。

さて、十河だが――精神状態はあまりよくないみたいだ。

目覚めて以降は、ほぼ聖がつきっきりで”治療”にあたっている。

意識が戻った瞬間、十河は錯乱気味だったらしい。

自分を責める言葉を、自分に叩きつけていたという。

追い詰められていた自分。

自分を追い込み、壊れてしまった自分。

暴走していた自分。

対ミラ戦争に参加した自分。

大切なクラスメイトの言葉が、届かなくなっていた自分。

時おり、馬車の外まで十河の感情的な声が聞こえてきていた。

聖に縋りついて泣いているのだろう、と思われるような時もあった。

鹿島にも目覚めたのは伝えた。

しかし、やはり会うのはもう少し待って欲しい――そう言っておいた。

アライオンに残してきたクラスメイトたち。

十河はやはり、そいつらをひどく心配しているようだ。

周防カヤ子にみんなを頼むと言い残しては来たものの。

女神のもとにいては、何をされるかわからない。

十河は、

”今すぐ自分だけでもアライオンの王都に行かせて欲しい”

そう言ったそうだ。

どうにかそこは、聖がなだめてくれた。

まず、十河綾香は表向き行方不明扱いになっている。

ならば今、クラスメイトに人質としての価値はない。

もちろん不要になって始末される危険もなくはないが……。

逆に、あえて始末する意味もなく思える。

何よりも――

そいつらをアライオンの王都から脱出させるべく、ミラの間者が動いている。

しかし、下手に十河が動くと失敗してしまうかもしれない。

こう言われてしまっては、十河も堪えるしかない様子だったそうだ。

「あ――」

セラスが声を漏らした。

馬車から、聖が出てきたのだ。

近くでミラ兵が引いていた自分の馬に跨がる聖。

そうして、こっちへ近づいてくる。

聖は俺の隣に馬をつけ、

「身体を拭いてあげたあと、さっき寝ついたわ」

「悪いな、任せきりで」

「気にしないで。私にとっては、これは贖罪みたいなものだもの」

聖は長い間、十河と二人で会話している様子だった。

精神が不安定な相手との長時間の会話。

が、疲れた様子は見えない。

……見せてないだけかもしれないが。

「状態は?」

「意識が戻った日と比べれば大分マシになってきていると思う。起きた直後は様々な感情や情報が洪水のようにいっぺんに押し寄せてきて、混乱してしまったんでしょうね」

「……そうか。鹿島辺りとは、もう会わせても大丈夫そうか?」

「どうかしら……鹿島さんや浅葱さんたちには合わせる顔がない、みたいな調子だったから」

「今も?」

聖は少し考え込む仕草をしてから、

「鹿島さんくらいなら、むしろ会った方がよい影響を及ぼすかもしれないけれど……まだ判断には悩むところね」

十河のいる馬車の方を聖は振り向き、

「昨日の夜くらいにはそれなりに冷静に話ができるようになったから、気は配りつつ、十河さんから話を聞いていたのだけれど――」

ふぅ、と聖はため息をついた。

「女神はのやり口は、典型的なマインドコントロールの手法と似ているわ。たとえば大魔帝討伐のため向かった北から引き返してきたあと、ほとんど他の勇者と接触をさせてもらえなかったそうよ。身近な第三者との接触を断たせて孤立させる――これも、典型的なやり口の一つ」

それは俺も、どこかで聞いたことがある。

「他にも、十河さんの感情を激しく揺さぶる情報を連続で浴びせかける……とかね。これはゆっくり考えさせる余裕を与えず思考力を奪うやり口。セールスや詐欺でも使われる手法ね。それと……不安状態に突き落として不眠を誘い、睡眠不足によって判断力を鈍化させるやり口。それから、ヴィシスが実は誘導しているにも関わらず、すべての行動を十河さん自身が決断し、選択したように思わせる……こうすると十河さんは”自分の決断なのだから”と、自分を精神的に追い詰めていく……そこに救いや目標を与えれば――洗脳は完了。与えなければ、壊れてしまう……挙げればきりがないけれど、そういう手法が使われていた片鱗は見えたわ」

「なんつーか……詳しいんだな」

「あそこまで自分を追い詰め暴走してしまったのは、十河さん自身の性質も原因の一つだったかもしれないけれどね。あと、多少詳しいのは個人的な興味もあるけれど、母方の家系がそういう方面に精通しているから」

「…………」

その母方の家系ってのが、案外、高雄姉妹の人間形成に大きく影響を与えてるんだろうか。

「あと、あなたにも謝りたいと言っていたわよ」

「謝ることで気持ちの整理をつけられるなら、もちろん受け入れる。けど、あいつが俺を信用できなかったのも当然だしな……」

廃棄される直前、三森灯河を守ろうとしてくれた十河綾香に。

俺は、生きてることを隠し続けていたのだから。

魔防の白城の時に一度、再会しているにもかかわらず。

「信用される資格の有無で言えば、今の私だって微妙なところよ。見ようによっては、私だって十河さんを再洗脳しようとしてる風にも見えかねない」

「おまえは十河を大事に思ってるだろ。一方、ヴィシスはそうじゃなかった――どう考えても。高雄聖とヴィシスじゃ、全然違う」

そうかしら、と聖。

「まあ一応、ヴィシスよりは十河さんを大事に思っているつもりだけれど」

「だろ」

「ともあれ、十河さんが少しずつ快方に向かっているのは事実よ。ただ……彼女を本当の意味で元気づけられる人間となると、私だと少し厳しいのかもしれない。私はほら――あまり感情表現が、得意ではないから」

「十分だと思うがな。ま、そこんところは――狂美帝にちょっと、確認してみるか」

「?」

近衛騎士を通し、俺は狂美帝にとある件について尋ねてみた。

そろそろ到着してもよさそうなものだが、と答えが返ってきた。

どうやら手配の方は進んでいるようだ。

そうしてその日の夕刻――

「到着したらしい」

狂美帝が自ら報告に来てくれた。

一度、周囲の移動が停止する。

次に狂美帝が人払いをした。

さらに念のため幕で周りを囲み、人目から隠してもらう。

俺は樹を呼び、十河のいる馬車に向かってもらった。

”蠅騎士面はつけなくていい”

そう言い添えて。

ほどなく、十河が馬車から顔を出した。

付き添う聖に身体を支えられている。

十河は顔色が優れず、いささか痩せた印象があった。

浅葱グループはいない。

セラスやムニンは、この場にいる。

俺の姿を認め、あっ、と罪悪感を覚えたように面を伏せる十河。

「…………」

と――小型の馬車が一台、幕の中に入ってきた。

馬車が、停止。

「よっ、と」

馬車からゆっくりと降り立った人物を認めた十河の目が、

「…………、――――ぁ」

見開き――そして、その目に涙が滲んだ。

十河は必死に声を振り絞るように、

「ベイ、ン――さん……ッ」

「おうソゴウちゃん、久しぶりだな。なんだい、あん時と比べてまったく元気がねぇじゃねーか……ったく、それじゃあせっかくの美人が台無しだぜ?」