軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国境線

◇【女神ヴィシス】◇

アライオンを発った魔帝討伐軍は、マグナルとの国境へと近づいていた。

移動を強行して決戦前に疲弊しすぎては意味がない。

現在、魔帝討伐軍は休息のため野営していた。

西のヨナトにいた白狼騎士団は東――つまり、こちらへ向かっている。

このまま東西から大魔帝軍を挟み撃ちにするか。

合流してから攻勢に出るか。

向こうにはニャンタン・キキーパットも同行している。

「ニャンタンの事務処理能力が、恋しいですねぇ」

女神用の幕舎で一人、ヴィシスはぼやきをこぼした。

ヴィシスは細かな雑務をここまで持ち込んでいた。

下々の短命種に任せられないものも多い。

自分でやった方が速く処理できるし、安心感がある。

処理が遅いと腹が立つ。

苛立たせない側近が必要である。

その点、ニャンタンは合格であった。

今後あれは手もとに置き、雑務を押しつけるに値する。

たっぷり使ってやろう。

「しかし……ここまで物事が想定通りに運ばず、しかも人材が不足するとは。こんなのは想像していませんでしたねぇ……はー、困った困ったです」

今回の根源なる邪悪との戦い。

その戦いに関係する一連の流れ。

常に思惑が頓挫している――気がする。

何が狂いを生じさせたのか?

どこから狂いが生じたのか?

直近の狂美帝の暗殺失敗?

タクト・キリハラの裏切り?

タカオ姉妹の裏切り?

最果ての国での惨敗?

第六騎兵隊を失ったこと?

狂美帝の裏切り?

勇の剣から連絡が途絶えた辺りから?

過去最大の規模となった大魔帝軍の大侵攻。

西、南、東。

蓋を開けてみればどの方面でも勝利となった。

反面、大侵攻の中で失ったものもある。

四恭聖。

竜殺し。

白狼王。

ヨナトの聖女。

優秀な手駒が何人か戦線から消えた。

否――それは大した 躓(・) き(・) ではない。

ならばそこまでは順調に進んでいた?

想定が崩れていったのは、そのあとのどこかなのか?

あるいは……過去?

ヴィシスは逆に、過去を掘り返してみることにする。

もっと過去に何か……。

致命的な見落としでも?

では――何があった?

記憶を並べ、思考を重ねていく…。

はっきりと想定外だったのは黒竜騎士団――五竜士の死。

とりわけ”人類最強”を失ったのは大きい。

殺したのはアシントだという。

あの時。

魔防の白城――集狼の間。

各国代表が集まった時のことだった。

シビト・ガートランドの死が話題となった。

話し合っている最中、アシントが五竜士を呪い殺したと報告が入った。

「…………」

そういえば、と思い出す。

狂美帝。

神殺しの伝承がどうとかほざいていた。

あれは――何か探りを入れていた?

「あの時は、いつものクソ小生意気なクソ軽口と切って捨てましたが……ふふ、今思えば私の反応でも探っていたのかもしれませんねぇ?」

何かの確証を得るための材料として。

――違う、と。

思考を引き戻し、再び順に並べ直す。

集狼の間でシビト・ガートランドの死の話題が出た。

シビトを含む五竜士を殺したと名乗る者たちが現れた、との報が入る。

その集団は自分たちの呪術によって五竜士を殺した、と触れ回っている。

集団の名は――アシント。

あの”人類最強”までをもその呪術で殺してみせた。

そのアシントだが――現、蠅王ノ戦団のベルゼギアが所属していたという。

当時、アシントは二つの派閥に分かれていた。

この情報はカトレア・シュトラミウスからの報告によるものである。

蠅王自身が語った情報とのこと。

派閥は、少数派と多数派に分かれていた。

少数派の筆頭が蠅王――呪術使いベルゼギア。

多数派の筆頭が、ムアジという呪術使い。

ムアジら多数派は少数派を殺そうとしたそうだ。

が、逆に返り討ちにあった。

ちなみにムアジら多数派の死体は今も発見されていない。

ヴィシスは気にかかった。

では、アシントが二つの派閥に分かれた理由は?

今、蠅王ノ戦団にはセラス・アシュレインがいる。

あれはどうも聖王絡みで五竜士に付け狙われていたらしい。

そして、彼女は五竜士殺害の現場に居合わせたとみられている。

つまり――アシントとはおそらくそこで出会った。

セラスはアシントによって、五竜士から救われたのだろう。

その後、彼女は元アシントの蠅王に同行している。

恩義を感じている――少なくとも、好意的な感情を寄せているとみられる。

ヴィシスは、思考を広げる。

セラス・アシュレインの扱いを巡り、アシントは二つの派閥に分かれた?

ありうる。

あのエルフの姫騎士は人をおかしくさせる魔性を持つ。

特に――男を狂わせる部類の魔性。

案外、とヴィシスは思う。

アシントはセラスを我が物とすべく五竜士を排除したのではないか?

しかしその後、セラスを巡って諍いが起きた。

たとえば……。

少数派がセラスを連れ、こっそり離脱した。

多数派はそれを追ったものの、返り討ちにあった。

さて。

少数派なのだから、数の差で言えば不利なはずである。

これは、呪術使いとして蠅王がムアジを上回っていることを示し――

ガンッ!

ヴィシスは、傍に設置された机を雑に蹴った。

「何か……しっくりきませんねぇ?」

否――

どのみち”終わり”は見えている。

過去のあれこれなど、どうでもよいのではないか?

ヴィシスは、自らにそう言って聞かせてみる。

そう。

終わりへの道筋は見えている。

アヤカ・ソゴウが大魔帝を倒す。

その後、不快なアヤカを殺す。

忌々しいヒジリは死んだ。

姉を失ったイツキなど取るに足らない。

ヤスも死んだと考えていい。

オヤマダも。

タクト・キリハラも問題ではない。

邪魔なら殺せばいい――あるいはもう、大魔帝に殺されている。

大魔帝さえ死ねば終わりが見える。

大魔帝の持つ根源の邪王素―― 根源素(こんげんそ) さえ手に入ればすべてが 始(・) ま(・) る(・) 。

些末なことだ。

すべては。

……トン、トン、トン……

机の上を指で叩く。

何か釈然としない違和感が、ヴィシスを苛立たせていた。

視線を移す。

先ほど蹴った机。

衝撃で机上の書類束が少し崩れている。

地面に落ちなかったのは幸いだった。

短命種を呼んで一々拾わせる手間が省ける。

んー、とヴィシスは唇を尖らせた。

「禁呪だけでも面倒ですのに、いきなり呪術とか言われましてもねぇ……古代魔導具は神にとっても未知のものが多く意外と忌々しいのです。……ん? あるいは古代魔導具ではなく……毒、とか? ああ……毒を呪いと喧伝していたなら、なるほど……しかし、それであのシビトを殺せますかね? ジョンドゥにしても、ルイン・シールにしても……、――?」

崩れた書類の束。

報告書の一つに、視線がとまる。

目にとまったその一枚を引き抜く。

手で持ち、目を通す。

ちらと視界に入った一文が気になった。

視線を走らせる。

眉根を寄せるヴィシス。

「ウルザの……」

思い出す。

この前、アライオンの執務室で……

『あ……それからヴィシス様、先日ウルザの――』

あの時報告し損ねた内容を書面にしたためた、と記してある。

気になった。

文の中の”闇色の森の地下墓地”――つまり廃棄遺跡。

ヴィシスは定期的に廃棄遺跡の出入り口を調査させている。

記されているのは、その調査隊からの報告書の件だった。

確認用の水晶の反応がいつもと違ったのだという。

水晶の寿命だろう、と隊長は判断した。

それを”異変”とは考えなかったようだ。

”緊急性はないと判断したため、交換の要望は次の定期報告時の半年後とする”

隊長はそう言ったそうだ。

特に異変がなければ、報告はまとめて定期報告時になされる。

異変があった際の手続きはいささか面倒な手順をとる。

通常とは異なる経路でヴィシスへと届くようになっているためだ。

水晶の交換の要望もその”異変”の報告にあたる。

それを面倒と感じたのだろう。

短命種、とヴィシスは呟いた。

しかし一人の隊の者が、

”この異変をアライオンに報告しないのはまずいのではないか”

そう思い始め、報告してきたようだ。

責任逃れを考えた小心ゆえの行動かもしれない。

しかしこれは、褒めてやっていい。

手続きを自分ですべて行うのを条件に、その者は報告書を作成した。

そして異変の報告はかなり遅れ――アライオンへと、到着した。

「…………水晶の寿命?」

反応が、なかった。

誰(・) か(・) が(・) 廃(・) 棄(・) 遺(・) 跡(・) を(・) 脱(・) 出(・) し(・) て(・) い(・) な(・) け(・) れ(・) ば(・) あ(・) り(・) え(・) な(・) い(・) 状(・) 態(・) 。

突然変異的な最高傑作――魂喰い。

あれが倒された?

まさか。

誰に?

どうやって?

「…………………………………………呪術?」

正体は古代魔導具ではなく……毒。

毒。

毒(・) ?

…………。

「呪術……毒……、――――状態、異常」

紙面から視線を外し、顔を上げるヴィシス。

まるで天啓でも、受けたかのように。

「――――――――あ」

蠅王の仮面をつけた正体不明の呪術師。

『私が蠅王に恨まれる心当たりはないので』

そう、恨まれる心当たりなど――

『もし生きて戻ったら、覚悟しておけ』

「―― あ(・) る(・) ――」

そう、

廃棄遺跡に叩き落とした。

虫けら同然に、当然、そこで死んだと思っていた。

どころか、もはやヴィシスの中では完全に、その存在感が無となっていた、

最(・) 下(・) 級(・) 勇(・) 者(・) 。

「―――――――― トーカ・ミモリ ――――――――」

繋がった。

すべて。

「失礼いたします、ヴィシス様ッ!」

息せき切って、伝令が飛び込んできた。

ああいう血相の時はいつもロクな報告ではない。

ヴィシスはうんざりする。

「ふふふ、あのぅ……今、一人でじっくり考えたいことがありまして……あとでお願いできます? あとで」

「あ――で、ですが……っ」

様子がおかしい。

「はぁ……まったくなんだというのです? それほどの大ごとなのですか? どうせ悪い知らせなのでしょう? ああ、嫌です。もううんざりですねー」

「マグナルの民がこの野営地を訪れ、アライオンの女神にお伝えしたい大事な話があると……」

民草風情が女神に一体なんだというのか。

「わかりましたので早く要件を。要件」

「その者は……タ、タクト・キリハラの使いだと名乗っているそうでして……」

急速に興味が跳ねた。

ヴィシスは報告書を置き、

「キリハラさんの?」

「タクト・キリハラが――」

動揺した顔で、伝令は続ける。

「 大(・) 魔(・) 帝(・) を(・) 討(・) ち(・) 取(・) っ(・) た(・) と(・) 」

ガタ――ッ!

ヴィシスは、反射的に立ち上がっていた。

「そして――タ、タクト・キリハラは……アライオンとマグナルの国境線にて、ヴィシス様との会談を求めているとのことですッ!」