作品タイトル不明
完全へと近づく
数メートル歩いてから、狂美帝は再び口を開いた。
「話しやすいついでに一つ相談がある。そちを余の配下に、という話が出ていてな」
「ワタシを?」
「正式に爵位を与え、同胞とした方が安心して戦える――そんな意見が出た。そちは素性が不明ゆえ、そうした方がミラ側の者の信用をより得られるだろう……と」
元アシント、となってはいるが。
出自も不明。
素顔も明かさない。
声も変えている。
信用できないヤツがいても、おかしくはあるまい。
「しかし――配下にするつもりはない、と余は却下した」
狂美帝は視線を前へやったまま、
「ミラと蠅王ノ戦団はあくまで同盟に近い関係。蠅王ノ戦団への支援は惜しまぬし、便宜もはかる。しかし蠅王ノ戦団は、我々とは別に――そう、自由に動く遊撃部隊のような存在として扱う。その方がそちも動きやすかろう。ただ、念のため……そちの意向は、聞いておこうと思ってな」
「陛下のご配慮、感謝いたします……我々としてもその方が動きやすいですし、ワタシも陛下との関係はそのようにあれたらと考えておりました」
しがらみが増えると面倒事も増えそうだしな。
その方がありがたい。
「余も――」
遠くを見るように目を細める狂美帝。
「そちを正式に配下とするのは……あまり、気が乗らぬのだ」
「と、言いますと?」
「皇帝と王……余は、そちと対等な立場で話しているつもりだ。ここでは、そういう相手は余にとってなかなか得がたい」
「――やはり孤独なものですか、皇帝というのは」
「器であることは、当人にとって必ずしも幸福とは言えぬ。王の器を持つそちなら、わかるのではないか?」
「いえ。ワタシは自分を、王の器だとは思っていませんから」
俺は。
復讐者でしかない。
狂美帝が、小さく咳払いする。
「……話を戻そう。そこで、先ほどの相談の件なのだが……明日、最果ての国との同盟締結の調印式を行うことになった。事態が大きく動いてきているため、早めに行っておきたい……ミラの者たちへ”最果ての国は味方である”と明確に示すためにな。今はこんな状況ゆえ、出席者はごく限られた者となるが」
調印式はミラへ来た目的の一つだ。
「そして相談というのは、国の代表であるムニンは当然として……そちとセラス・アシュレインにも、式に参加してもらいたいのだ」
わざわざ頼むってことは、何かある。
「念押しするということは、何か陛下なりの意図が?」
「式のあとにささやかな夜会を開く。そこで選帝三家との顔合わせをな」
「昔からミラを支える三大公爵家、でしたか」
「式にはその三家……ディアス家、オルド家、シート家の当主が出席する」
「そこで彼らの信用を得てほしい、と?」
「余とそちの会話する姿を見せることで”親密な仲にある”と彼らに強く印象づけたい。他の貴族にもだ。それに、直接話す機会があるだけでも受ける印象は変わる」
”伝聞だといけ好かない人間だが、実際会ってみたらいい人だった”
そんな話は、けっこう聞く。
「それと……”余は蠅王の素性と真意を知っている”と周りには説明しようと考えている。それで安心する者もいるのだ。そちには、その方向で話を合わせてもらいたい」
「かしこまりました」
「まあ……選帝三家は、そちたちに悪印象はないように見えるがな。どちらかというと、直接人となりを見極めたいと思っているようだ」
わずかな懸念を払拭したい、って程度か。
「そういうわけだ……式には、出てくれるか?」
「ええ、意図はわかりました。陛下のために、参加いたしましょう」
「――余は、そちの素性などどうでもよいのだがな」
狂美帝は右に垂れる髪を指でゆるく巻きながら、
「今の状況では、そちが目的を共にする仲間であるという事実さえ確かであればよい。余はその者が信頼に値するかを、意思と行動と言葉によって測る。重要なのは目的達成に至れるか否か……素性など、些末なことだ。余はそちの意思と行動と言葉で、信頼に値すると判断した。それで十分だ」
「陛下でよかった」
「?」
「女神に反旗を翻した者が陛下でよかった――心より、そう思います」
「世辞ではないな?」
「もちろんです」
「……よかろう」
そのあとは、話しながら二人でぐるりと棚を巡った。
所蔵品の方でもいくつか収穫はあった。
変わった生き物の干からびた死骸や、植物など。
魔女の家にいた時エリカが、
『あーこのへんの在庫……在庫が、なくなってきてるわ。ここに引きこもってると、この問題がねー……自由に世界を回れたら補充できるのに……あーもう、あの性悪女神さえいなければ……うぐー』
と、ぼやいていた。
その”在庫不足”をメモしてあった。
もし決戦前に手渡せる機会があれば、エリカへの手土産になるだろう。
さて、
「では、この乾いた虫の死骸と宝石をいただきます」
紫甲虫と転移石。
「その甲羅のような生物の死骸は、貴重なものなのか?」
「ええ、紫甲虫といいます。稀少な調合用の素材でして」
「ふむ。皇帝専属の薬師や学者に調べさせ、貴重な生物や植物を可能な限り保存させていたが……正解だったようだな。今では採れぬ材料で作られた毒物――もしそれをヴィシスが用いるなら、対抗できる解毒薬が必要となる。しかし材料が失われている可能性がある。それで、珍しそうなものは保存させていたのだが……知識の方が追いつかなくてな。どれが何に用いるものなのか、わからぬものが多かった」
そこの知識があるのは、さすがエリカってとこか。
「お待たせいたしました」
セラスたちも戻ってきて、合流する。
向こうも、めぼしいものは調合に使う素材くらいだったようだ。
疲労回復用や傷薬用の素材とからしい。
狂美帝が、
「それから、最後に」
と、俺たちを出入り口近くの卓まで連れて行った。
扉の近くの壁沿いにはいくつか作業卓が並んでいる。
その卓の一つに、平ためな黒い箱が置いてあった。
けっこうでかい。
近くで見ると――格式高い感じ、というか。
繊細な銀細工があしらわれている。
宝石なんかも、埋め込まれたりなんかしていて。
そもそも箱自体にけっこうな値がつきそうだ。
狂美帝が懐から鍵を取り出し、解錠。
次いで箱の両側にそっと両手を添え、丁寧に開ける。
「これは、皇帝の一族に代々受け継がれてきたものだ。この中で何か得たいものがあれば渡そうと思ってな。蠅王に対する、先の件での褒美と思ってくれればよい」
遠巻きに見守っていた護衛が驚いた反応をした。
いわば国宝級の品を譲渡しようというのだ。
あの反応も当然か。
俺は箱の中を覗き込む。
大半は宝飾品のようだが……。
儀礼用っぽい宝飾の短剣もある。
だが、特にめぼしいものはなさそうだった。
もちろん売れば相当の額にはなるだろう。
が、金を得るためにこれを売り飛ばしなどしたら――
おそらく、ミラにおける俺の信用はガタ落ちだ。
一応、セラスたちにも聞いてみる。
「どうだ?」
「そうねぇ……綺麗だとは思うけど、今後の戦いで必要になるかというと……さすがに国宝級となると、気軽に欲しがるわけにもいかないでしょうし……」
頬に手をあて、苦笑するムニン。
ま、そうだよな。
……ん?
セラス?
「どうした?」
そういえば。
さっきからジッと一点に視線を固定させている。
何かを見定めるように。
「気になるものがあったか?」
「――え? あ、はい……その、本物かどうか確証はないのですが――いえしかし、こんなところに……? まさか……」
最後の方は、ほとんど独り言めいていた。
唇に手の甲を押しあて、やけに神妙な顔をしているセラス。
視線を追う。
普通の宝石――のように見えるが……。
近い印象のものはダイヤモンドだろうか?
透明な結晶の中に、プリズムめいた光の線が無数に走っている。
ごくり、とセラスが唾をのんだ。
「これがどうかしたのか?」
今この場でセラスが気になっているということは……。
単に美しい宝石に魅入っている、とかではない。
何かある。
「これは……” 起源涙(きげんるい) ”かも、しれません」
「起源涙?」
「恐ろしく稀少なものです。どころか、まだ現存していたなんて……本物だとすれば、ですが」
「どういうものなんだ?」
「あらゆる精霊の根源とされる 起源精霊(きげんせいれい) ……その精霊の流した涙が結晶化したもの……それが、この世にもいくつか存在したと伝わっています。いえ、ですがこれは……私たちにとってはいわば、おとぎ話に登場するようなもので……すでに失われたものだと……」
「その言い方だと……元から存在が不確かなものじゃなくて”遙か昔には実在していたが、今はもうないもの”みたいにも聞こえるが」
「はい。ただでさえ稀少だったものが、 使(・) い(・) 尽(・) く(・) さ(・) れ(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) 、と伝えられています」
何かに”使用される”ものってことか?
張り詰めた顔で、セラスは狂美帝に尋ねた。
「陛下……少し、触れてもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわぬ」
礼を言い、セラスは恐る恐る指先をその宝石に近づけた。
と、反応するように宝石が淡い光を放ち始める。
セラスはそのまま指先で宝石に触れた。
ふに、と。
宝石の表面が凹む。
セラスが指を放すと、光は消えていった。
「おそらく――」
息をのむセラス。
「本物です」
「それは初代皇帝から受け継がれたものと聞いているが……そちたちエルフ族に深い 縁(ゆかり) を持つものだったか。恩義の礼としてさる貴人から譲り受けたもの、と我が一族には伝わっているが」
ふっ、と微笑みをこぼす狂美帝。
「初代皇帝から受け継がれたエルフ由来のそれが、今、再びエルフの騎士と巡り会う……奇妙な巡り合わせだ」
「そ、その……」
セラスは前屈みに覗き込んだまま冷や汗を流し、
「女神との決戦に役に立つものならばお譲りいただける……そう、お聞きしました」
狂美帝は、
「役に立つか?」
「起源涙は、精霊をその”起源”へと近づける力があると言われています」
今度は、俺が聞く。
「つまり……どういうものなんだ?」
「言い伝え通りであれば……私と契約している精霊が成長し、より強力となります。そしてそうなれば――」
セラスは言った。
「精式霊装もおそらく”完全”へと、近づくはずです」
▽
俺たちはそのあと、大宝物庫から館へ戻った。
狂美帝とは城内で別れた。
起源涙の方は、譲り受けることができた。
『この戦いで負ければこれらの国宝も吐き出すことになるかもしれぬのだ。戦いの役に立つなら、遠慮なく受け取るがよい』
しかし、護衛たちにはまだそのことを他言しないよう釘も刺していた。
選帝三家や家臣団にクレームをつけそうなヤツもいるんだろう。
……国宝級となれば、そりゃあな。
館に戻るなり、俺は紫甲虫の”抽出”に取りかかった。
ダシを取るというか、煮込むというか……。
これに少し日数がかかる。
セラスの起源涙も、すぐに強化とはいかないそうだ。
効果が出るのにそれなりの時間が必要になるという。
ピギ丸の最後の強化剤。
起源涙による強化。
要は両方ともしばらく待ちの状態になる。
封印部屋の方も、ルハイト・ミラが戻ってきてからだったか。
今、セラスはスレイのところにいる。
俺もさっき様子を見てきた。
ちなみに大宝物庫に行っている間、スレイにはピギ丸がついていた。
今もピギ丸がついている。
ピギ丸が一緒にいるとスレイも落ち着くみたいだ。
ただ、以前もそうだったがやはりスレイは修復――回復が早い。
魔素をあの首の後ろの水晶に注ぐほど、回復も早まる。
原理は不明だが。
ともかく回復は早まる。
ひとまず、それなりのMPはスレイに注いでおいた。
それからエリカの使い魔だが、今は鳥かごの中に入っている。
狂美帝が餌なども含め手配してくれた。
大宝物庫から戻ると、置き配みたいにそれらが玄関前に置いてあった。
今はエリカも使い魔から意識は剥がしているようだ。
使い魔の操作には負荷がかかる。
エリカも、今は休んでいるのだろう。
気づくと――窓の外は夕暮れ時になっていた。
この館にいると、先日の帝都襲撃が嘘のように近辺は静かだ。
今日の残りは、休息と明日の調印式の準備にあてることにした。
ムニンは少し緊張しているようだが……まあ、大丈夫だろう。
前のミラとの交渉時もきっちり対応できていた。
ああいう時にはしっかり”族長”をやってくれる。
▽
翌日。
昼をすぎた頃、連絡役のイバラがやって来た。
時間ぴったりである。
すでに準備を終えていた俺たちは館を出て、調印式へと向かった。