軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

Sという不確定な要素

棚に視線を散らしつつ、小柄な皇帝の隣を歩く。

「改めまして、先ほどはありがとうございました」

「――セラス・アシュレインのことか。そちも感じているようだが……ホークの件、あの者はすべての責が自分にあると思っている節があるな。実際は違うわけだが……感情の方に引きずられているのだろう。ゆえに、しかるべき者が”許し”を与えることの方が、今は必要と見た」

ムニンにじゃれつかれているセラス。

和やかな光景だった。

狂美帝はそれを見やりつつ、

「 千々(ちぢ) に乱れた感情からきた混乱も、時が経てば完全におさまろう……このあとは、そちたちが支えてやればよい」

もちろん、と言葉を継ぐ狂美帝。

「女神陣営との戦いにおいて、セラス・アシュレインにはこれからもっと働いてもらわねばならん。こんなところで足を止めてもらっては、余も困る」

女神陣営との戦い。

「今後、陛下はどう動くおつもりなのでしょうか?」

「ルハイトが戻ってき次第、封印部屋の秘密を解き明かす。その後、余は東のミラ軍と合流し――アライオンまで攻めのぼるつもりだ」

「ウルザ攻略後にアライオンまで攻めのぼる……となると、進軍の経路的にネーアとバクオスの存在は無視できぬかと。そこはいかがなさるおつもりですか?」

「今のネーアとバクオスは、我が軍と正面からぶつかる分にはやはり取るに足らぬ。アライオン十三騎兵隊を失った今のアライオン軍でも、我が軍は止められぬであろう。そもそも本格的な攻勢は余が合流してからとなっている。しかし、今の抑えた戦いでもすでに我が軍はウルザ軍を圧倒している」

「ただし――」

「ああ」

狂美帝も気づいている。

今後のウルザ~アライオンへの進軍。

三つの大きな不確定要素が、あることを。

「大魔帝の動きが読み切れぬゆえ、万が一にも大魔帝がアライオンと共闘などという事態となれば進軍計画は大きく変更せねばならぬだろう。……まあ、これはないと余は見ているが」

「二つ目の不確定要素は、例の追放帝や白き軍勢のことですね?」

「そうだ。想定外の戦力が出てくる事態は想定せねばなるまい。とはいえ、やれることはその想定を元に、できるだけ下準備を整えておくくらいだが」

「そして残る一つは――異界の勇者」

通りすぎざま、狂美帝が棚の縁を白い指でスーッと撫でた。

彼はホコリの薄らついたその指の腹を眺め、

「先にアライオンの王城で起こった大魔帝の奇襲……それに関する情報が少しずつ入ってきている。今のアライオンはその一件で浮き足立っているため、間諜が動きやすい」

狂美帝はその間諜から得た情報の内容を明かした。

……俺が小山田や高雄妹から得た情報とも一致している。

こちらだけが持っている情報も、あるにはあったが。

「三名のS級勇者のうち一人が、大魔帝側に寝返った。裏切ったのはタクト・キリハラという男らしい。勇者内で仲違いでもあったか……しかし勇者は根源なる邪悪の天敵。おそらく利用され、いずれ始末されるに違いあるまい」

…………。

”桐原が大魔帝の懐に潜り込み、逆に騙し討った”

そんなパターンは、ないだろうか?

実際、今もって桐原拓斗の強さは未知数に近い。

この前の大侵攻……。

東軍で桐原が戦果を挙げた話は伝わってきた。

が、戦場にいた兵たちは高雄姉の方を評価している雰囲気が強い。

高雄姉に比べて兵たちの桐原への心証はあまりよくない、とも聞く。

伝聞の限りでは、だが。

「それよりも余がいささか頭を抱えているのは、ヒジリ・タカオが行方知れずという点だ」

「オヤマダという勇者によれば……女神に反逆し、返り討ちにあったとか」

高雄姉妹がエリカに保護されているという情報。

今、そのことはまだ隠しておく。

姉は狂美帝と通じてたって話だが……。

そのへんのことは一度、姉本人から話を聞いてから判断したい。

もちろんその前に必要だと判断したら、高雄姉妹の件は狂美帝に伝えるが……。

「大魔帝が王城に現れたことで、その邪王素の影響で女神が弱っていた……そこを狙ったのでしょう」

俺が言うと狂美帝は、ふむ、と短く唸った。

「そして女神とヒジリが戦っている最中に、大魔帝が退却し……女神の弱体化が解け、返り討ちにあった――それが、妥当な予想に思えるが」

「追放帝や白き軍勢のように、女神がまだ何か奥の手を隠し持っていた――それも、考慮すべきかと。たとえば、邪王素を一定時間のみ中和する奥の手など」

「……それもありうるな。しかし……奥の手か。ゼーラのような者たちがまだヴィシスの手駒にいるとすれば、我々にとっては喜べぬ話だな」

「ただ、追放帝や白き軍勢が気軽に使えぬ手駒だったのも事実かと。過去の情報を知るセラスに聞く限り、過去にそういったものを持ち出してきた例はないようです。つまり今の女神は――それを使うしかない状況にまで追い込まれている、とも取れます」

「……できれば使いたくない、か」

考え込むように、こぶしを口もとにあてる狂美帝。

「そこも、ヴィシスのいるアライオンがこの大陸を統一しない理由と関係している……そう見てよさそうに思えるな」

「その点は、ワタシも同意にございます」

やはり何かあるのだ。

ヴィシスはこの大陸でやりたい放題とはいかない。

事実――いっていない。

制約か何かがあるのだ。

神族の内部監査みたいなのも、あるのかもしれない。

”目的達成のために自ら動かず、わざわざ回りくどい手を使う”

”強力な手駒や手段があるのに、あまり使いたがらない”

やはりそれでしか、説明がつかない気がする。

「タカオ姉妹の生存は……あまり期待せぬ方がよいかもしれぬな」

「たとえば本当は死んでいる――始末しているのにヴィシスがあえて嘘をついている、と?」

「他の勇者の精神的負荷を緩和するため、すでに始末したものを”行方不明で捜索中”としているのかもしれぬ。もちろん、姉妹が今も余のいる場所を目指していることもありうるから、捜索は行わせるが……今の時点で、あの姉妹頼りは危険であろうな」

「不確定要素にすがるのは危険……おっしゃる通りかと」

「危険な不確定要素といえば、だ」

狂美帝が前髪をいじる。

その瞳は、確かな危惧を宿していた。

「残るS級勇者――当面は、それが最大の”鍵”となろう」

つまり、

「アヤカ・ソゴウ」

「そうだ。アヤカ・ソゴウ本人の自己申告が情報元ゆえ、信憑性は確実でないそうだが……裏切った勇者と大魔帝の両名を向こうに回し、互角に戦ったそうだ」

「彼女は、嘘をつくような勇者ではないと思います」

「面識が? ああ――そちは、あの魔防の白城で共に戦ったのだったな……どうだった、印象は?」

「真っ直ぐで情に溢れた少女です。いささかの危うさは、ありましたが」

「対女神の戦いは我々だけでやれなくもない。しかし、裏切った勇者やタカオ姉妹を頼れない以上――対大魔帝戦の鍵は、そのアヤカ・ソゴウとなろう」

「味方に引き入れたいと考えている、と聞きましたが」

「コバト・カシマという勇者が――」

鹿島?

「自分に説得の機会を与えて欲しいと、そう言っている」

「勝算は……あるからこそ、申し出たのでしょうね」

「アサギ・イクサバも味方に引き入れられる確率は高いと言っている。あの者がそう言うなら……まあ、勝算はあるのだろう」

”女神に頼らず元の世界に戻れる”

これなら十河も説得に応じる可能性は高い――と思う。

何か弱みさえ握られていなければ、だが。

外堀を埋められた上で巧みな口車に乗せられるとか。

誰かの死が引き金となって、おかしくなってしまうとか。

人質を――取られるとか。

そう。

直近の情報がないのは桐原だけではない。

十河もだ。

”かなり強くなった”

それ以外、今の十河を知るすべは乏しい。

一応、今後はエリカが使い魔で女神周辺の動きを探ってくれるそうだ。

そっちから十河の今の状態を知れるのを期待したいところだが……

「…………」

あの時――再会した時、あいつは言った。

『私が守りたいと思った人たちを、傷つけようとする誰かがいたら……その時は私、その”誰か”の前に――全力で、立ちはだかるつもりです』

廃棄されそうになった俺を守ろうとした、クラス委員長。

あの状況で、あのクソに楯突いた女子生徒。

たった一人で。

「確かに――最大の不確定要素かもしれません」

興味深げに狂美帝が小首を傾げ、俺を見上げる。

「ふむ?」

「もし完全に敵として回った場合、勇者の中で最も厄介な相手はアヤカ・ソゴウ……ワタシも、そう思います」