軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間章.動き出す女神

◇【女神ヴィシス】◇

ヴィシスは自室の椅子に腰掛けていた。

手もとには数枚綴りになった報告書。

が、視線は紙面の文字を追っていない。

考えているのは今後のことであった。

まず――ミラである。

狂美帝さえ消せばミラは崩せる。

皇帝が死ねばウルザ方面に出張っているミラ軍も撤退するだろう。

あちらは追放帝がいれば問題ない。

模造聖体の存在は狂美帝にとって想定外に違いない。

自らの立てた策なら、高確率で狂美帝の喉もとへ刃が届く。

ミラの現戦力を考えれば狂美帝抹殺は遂行可能。

抹殺後は最果ての国との接触度合いを明らかにしていく。

そこを突き詰めていけば禁字族も見つかり、念願の根絶も達成できるであろう。

「…………」

ミラは問題ない。

問題は――大魔帝の側。

望む通りヒジリ・タカオが最後まで動いてさえいれば。

ふん、とヴィシスは報告書の表面を爪で弾く。

あれに任せればすべて予定通り進むと考えていた。

アヤカ・ソゴウも。

タクト・キリハラも。

ヒジリ・タカオなら、操れる。

ヴィシスはそう確信していたし、実際そうなりつつあった。

ヒジリの嘘を見抜く能力。

あれは本来なら自分にこそ備わっているべき力である。

かつて勇者の力を得ようと試みたことはあった。

しかし勇者のスキルは、どうやっても自分に移植できなかった。

ヴィシスは頬杖をつく。

嘘を見抜く能力のせいで元の世界に戻れないと悟られた。

口は災いのもと。

よく言ったものだ。

「…………」

大して重要な情報もない報告書を、気のない顔で一枚めくる。

S級勇者の三人中二人が裏切るというまさかの事態。

今頃ヒジリは毒で野垂れ死んでいる。

キリハラは大魔帝に始末されたと見ていい。

対大魔帝の方針をどうするか。

追放帝は邪王素の関係で使えない。

剣虎団も対大魔帝の戦力としては不足がすぎる。

ショウゴ・オヤマダは戦力にはなるかもしれない。

が、やはり単体では力不足。

遺跡潜りを行い、貴重な捕獲人面種を餌にして成長させた。

しかしS級に届くかというと……。

「…………」

洗脳も、もう少し時間が欲しかった。

地下で女神を罵倒したカイジン・ファフニエル。

オヤマダがあれに激昂した際、洗脳が完全でないのがわかった。

あの時の言葉……

『急ごしらえなのもあって、まだ教育が”完全”ではないかもしれません』

あれは確かだった。

精神が弱っていた時は洗脳も完全に思われた。

けれど回復するにつれオヤマダの自我の強さがちらつき始めた。

あのあと詰め込み的に再洗脳は施した。

それでも、やはりもう少し時間が欲しかったと言える。

戻ってきたらより洗脳は強化すべきであろう。

ただ、アヤカ・ソゴウらに同行は難しいとヴィシスは考える。

あんな状態のアレを今の時点でソゴウに会わせるのは望ましくない。

ソゴウに知られてはならないといえば、トモヒロ・ヤスもである。

あれは第六騎兵隊が始末しただろう。

もしくは、第六騎兵隊と共に殺されたか。

他は……。

ミラ付近で足止めを食らっているというアサギ・イクサバたち。

ソゴウの支援には使えそうだ。

が、あれらは最悪いなくともどうにかなる。

コバト・カシマあたりは、ソゴウとの交渉材料には使えそうだが。

他に戦力として挙げるならば、ヴィシスの徒か。

とはいえ、あれらは間諜としての能力に特化しているだけ。

戦闘では一線級についていけない。

戦闘能力はせいぜいニャンタン・キキーパットが突出しているくらい。

となるとやはり、大魔帝討伐の頼りは――

アヤカ・ソゴウ。

あれは一人であの大魔帝を追い詰めた。

しかもキリハラとその大魔帝に一人で相対し、互角の戦いを行った。

どころか、キリハラに対し手心を加えていた節すらあるのだ。

癪ではあるし短命種のクソガキではある。

しかし今、対大魔帝戦力として最強と呼ぶにふさわしいのも事実。

できれば洗脳して使いたい。

が、洗脳のため心を壊すのは博打がすぎる。

心が壊れてそのまま使いものにならなくなった勇者は数知れない。

洗脳の失敗は勇者を一人失うに等しい。

あれは、最悪失ってもいい相手にしか使用できない……。

と、ドアが叩かれた。

気配は察していた。

取り決めてある叩き方で訪問者が誰かはわかった。

間諜の一人である。

しかも今のは――緊急時の叩き方。

「どうぞ」

「し、失礼いたします」

入室し、間諜は後ろ手にドアを閉めた。

「朗報を、期待したいところですねぇ♪」

「その、ミラの領内で確認されていた多数の聖体群なのですが……すべて、 消(・) 滅(・) し(・) た(・) ようでして――」

――――ダァアンッ!――――

ヴィシスは反射的に、机の上をこぶしで叩きつけていた。

間諜は青ざめた顔をしている。

ややあって、

「んー……消滅、ですか。そうですか」

「……は、はい」

模造聖体がすべて消滅した。

これが示すものは一つ――追放帝の死。

「……それともう一つ、さ、先にお耳に入れておいた方がよいと思われる情報が」

態度と声の調子が物語っている。

こちらも朗報ではない。

「ミラ側に、その……蠅王ノ戦団がついているらしいと……」

「……確定ですか?」

「いえ、確実な裏は取れておりません……帝都内部へ放った密偵の方からはまだ連絡がなく……しかしその情報については、信憑性が高いとのことでして……」

「……あー、なるほど」

最果ての国への侵攻。

報告書の中に蠅王ノ戦団の名はなかったが――

「おそらくその時点から、すでにこちらと対立する側へ回っていた……? で、あれば……」

トン、トン、トン

ヴィシスは机を指で叩き、視線を落とした。

「勇の剣に、第六騎兵隊――ジョンドゥも、あるいは蠅王ノ戦団にやられてしまったのかもしれませんねぇ……」

なぜかヴィシスには、それがしっくりくるように思えた。

狂美帝。

前線で暴れ回っていたという黒き豹人。

彼らはヴィシスの想定以上に強いのかもしれない。

けれども――

両者とも蠅王にやられたという真実が、ヴィシスの中では 腑(・) に(・) 落(・) ち(・) て(・) な(・) ら(・) な(・) い(・) 。

しかし。

蠅王ノ戦団がミラ側についたとは一体どういう了見なのか。

動機に心当たりがない。

「その……蠅王ノ戦団が味方にいることをミラは隠し立てする様子もなく、喧伝しているようなのです……ですので帝都の外にまで、噂が……」

「あー……あれですかね。狂美帝に、ほだされましたかね。ありえますねぇ……あれは、かなりの人たらしですから」

あれには人をおかしくさせる魔性がある。

魅入られるのは、異性とは限らない。

「頭も切れるし、弁も立つ……さらにはあの美貌ですからねぇ。私が蠅王に恨まれる心当たりはないので、これは狂美帝に籠絡されたと考えるべきでしょう。魔防の白城戦における蠅王の活躍は広く知られていますから、狂美帝は士気を上げるため、あえてその話を喧伝しているのでしょうね。まー……理由はどうでもいいです。蠅王さんが敵側に回ったのなら、どんな理由であれ潰すだけですし? 潰しましょう、そうしましょう♪」

であるならば。

セラス・アシュレインもか。

完全に敵に回ったと、見てやろう。

「あーあ」

ヴィシスはどこか投げやりに、背もたれに寄りかかった。

天井を見上げ、

「手駒として使って差し上げるのも、やぶさかではありませんでしたのに。あーあ、あーあ……あーあ。蠅王さんたちはつく陣営を間違えましたねー、これは。とてもかわいそう」

と、ヴィシスは気づく。

配下がこちらの様子を黙ってうかがっていることに。

独り言が始まったので、報告を止めていたようだ。

「ああ、まだ何か? ふふ、すみません。続きをどうぞ?」

にっこり笑い、先を促す。

「あ、はい……他、剣虎団とショウゴ・オヤマダ……共に、消息不明とのことです。剣虎団はヨーゴリで消息が途絶え、ショウゴ・オヤマダはそこからさらに北のリウまでしか、消息が確認できておりません」

ショウゴ・オヤマダは指示通り帝都入りしたと考えられる。

追放帝と聖体軍が引っかき回している間に禁字族を探す。

しかしこうなると――オヤマダもやられたのかもしれない。

剣虎団も全滅した可能性がある。

「んー……しかしオヤマダさんや剣虎団は百歩譲って、やられることもあるでしょう……ただ、追放帝が敗北したというのが……んー……」

ヴィシスにとって追放帝の敗北は想定外であった。

相手は強力な邪王素を放つ大魔帝ではなく、人なのである。

神聖剣を持つとはいえ狂美帝が倒せるとはどうも思えない。

となればやはり――追放帝を下したのも蠅王か。

魔帝第一誓を下したあの”呪術”とやらによって。

「おそらく呪術の正体は未知の古代魔導具の力……未知の詠唱呪文……でしょうかねぇ……」

こうなるとオヤマダ以外の勇者の安否もわからなくなってきた。

案外トモヒロ・ヤスも第六ではなく蠅王に殺されたのかもしれない。

身動きの取れないアサギ・イクサバたちもである。

手紙や彼女らに関する情報も途絶えている。

こちらもすでに殺されている可能性がある。

ならば――ダシに使えばいい。

ソゴウは絶対に許すまい。

彼女にとって何よりも”大事”な彼らを殺されたと知れば。

アヤカ・ソゴウは蠅王を穿つ槍となる。

そのまま間諜から報告の残りを聞きながら、ヴィシスは、ふと双眸を細めた。

「…………」

蠅王ベルゼギア。

ここに来て、いやに気になってきた。

そもそも――

何(・) 者(・) だ(・) ?

と、ひと通り報告を終えた間諜が、何か思い出した顔をした。

「あ……それからヴィシス様、先日ウルザの――」

間諜のその言葉を遮る形で、勢いよく部屋のドアが開け放たれた。

「ヴィシス様、ご、ご報告いたします!」

家臣が一人、部屋へ飛び込んでくる。

「あらあら、今日は騒がしいですねー? なんでしょうか? 」

「ウルザの魔戦王より、緊急の要請とのことです……ッ! 増援の要請と、いざという時の備えとして、家臣団と共に一時アライオンまで避難したいと……ッ」

「はー?」

「それが、その……ゾルド砦陥落後に輝煌戦団の追撃を受けた魔戦騎士団が半壊っ……その際に騎士団長、さらには副団長も討たれたとっ……魔戦王は、それでかなり弱気になっているようでして……」

「今、戦上手で名高いルハイト・ミラはウルザ方面にはいないはずですよね? それでもだめですか。弱すぎませんか、魔戦騎士団……」

「そ、それは……実戦経験が少なく、昨今は竜殺し頼りの空気も蔓延しており……そのためかと……」

「はぁ……つまり、戦況はひどく悪いと」

「あ、いえ……実は、魔戦王は王都モンロイを一時的に明け渡しかねないほど弱気なのですが……思った以上に、ポラリー公率いる我がアライオン軍が奮戦しておりまして……ジリジリと後退してはいるものの、かなりの善戦と言える戦いぶりを……」

あら、と眉を上げるヴィシス。

「魔防の白城で戦った兵たち……それを中心とした軍ですね?」

「はっ……ルハイト・ミラの不在で敵の勢いが落ちたのもありましょうが、ポラリー公は、指揮官を失った魔戦騎士団、敗走したウルザ兵の一部も上手いこと取り込んでいるようで……つ、つまり――予想以上に、ポラリー公の軍が踏みとどまっております……ッ」

「ふふ、ようやくよい報告が聞けましたね。まあ元々、指揮官としては悪くない人材でしたから」

大魔帝だけではない。

もし狂美帝が禁呪を得ているなら、ミラの戦力も消耗させておきたい。

何より、ウルザが完全にミラの手に落ちるのは避けたい事態である。

「んー……こうなっては仕方ありませんか。ネーアとバクオスにもご出陣願いましょう。先の 大戦(おおいくさ) で疲弊しているなんて言い訳は通用させませんからねー。がんばってもらわなくては。はぁぁ……対ミラは追放帝で十分だったはずなのに、ずいぶん予定が狂ってしまいました。狂美帝さえ始末できていれば……」

抹殺が失敗したのなら。

狂美帝が東の戦場へ出張ってくるかもしれない。

ひょっとすると、蠅王ノ戦団を引き連れて。

そうなればポラリー公では防ぎきれまい。

蠅王ノ戦団に対しては、ネーアのカトレアをどこまで盾とできるか――か。

「…………」

ヴィシスは”追って指示を出します”と言い、間諜と家臣を下がらせた。

二人が去ったあと、ヴィシスは机のひきだしを見つめる。

スーッ、と。

ひきだしを開ける。

中には――四つの黒紫玉。

ヴィシスはその玉をしばらく眺めた。

やがて黒紫玉を一つずつ摘まみ、手のひらに置いていく。

「狂う、狂う……計画が、狂う。癪……実に、癪。これはまだ使いたくない、使いたくない……使う時期じゃあ、ないでしょうに。やれやれ、やれやれ――さて」

狂美帝抹殺が失敗したため、今後の流れも不透明となってきた。

ゆえに、大魔帝の討伐は急ぐべきであろう。

あらゆる意味において。

「現時点では”彼女”をどう動かすかが鍵ですねぇ。まさかこうなるとは夢にも思いませんでしたが、ここからの戦いの鍵は――アヤカ・ソゴウ」

再び、ヴィシスは人を呼んだ。

「明朝、私はアヤカ・ソゴウと勇者たちを連れ、マグナルへ発ちます。マグナルに入ったあとは白狼騎士団及びマグナル軍と合流……大魔帝討伐のため、そのまま根源なる邪悪の地へと向かい――決着をつけます」

「た、対ミラはよろしいのですか……?」

「ネーアとバクオスだけでなくアライオンからも援軍を出します。必要なのは勝利ではなく時間稼ぎです。それを徹底させれば、すぐさまの決着とはならないでしょう。まあ、それでも難しいとなれば――」

ヴィシスはひきだしの中へ視線を落とす。

四つの黒紫玉。

ひきだしを、閉める。

「次の手は、打ちますので」

明朝。

出陣の準備は整っていた。

朝焼けを彩る蒼と橙。

いわし雲の白を加えたそれらの濃淡が、美しい層をなしている。

白い鳥たちが鳴きながら北へ飛び去って行くのが見えた。

少し肌に寒い清冽な早朝の空気。

そんな澄み渡った空気に包まれた、なだらかな平原。

朝露に濡れた下生えを整列された足が踏みしめている。

軍馬や馬車が、今か今かと、出立の合図を待っていた。

勇者たちの他にも、アライオンからは少しばかり戦力が出ている。

アライオン兵が1000ほど。

そこに、女神の手足となって動く急造の新生アライオン騎兵隊が加わっている。

ヴィシスは、すでに出立の準備を終えたアヤカ・ソゴウと対面した。

「おはようございます、ソゴウさん」

「おはようございます」

「ふふ、それでは行きましょうか。大魔帝へ、引導を渡しに」

「はい」

「そして――キリハラさんを救いに」

大魔帝を倒すと話した時以上にその目に強い光を宿して。

手もとの槍を握り締め、アヤカ・ソゴウは、力強く頷いた。

「はい」

”まあ、もう始末されている確率の方が高いですけど”

そのひと言は、もちろん心の中にしまっておく。

「……さて」

ヴィシスは騎乗し、他の勇者や兵たちの方を向いた。

「同胞であるはずの狂美帝の乱心により当初の想定通りとはいきませんでしたがっ……これより、我が神聖連合は大魔帝との戦いを終わらせるべく、魔帝討伐戦に入ります! 我々は邪悪になど決して屈さず、そして負けぬのだと知らしめましょう! 何度でも……そう、何度でも!」

大音声(だいおんじょう) を発し、女神は、目的地の方角へ馬首を巡らせた。

「いざ、北へ!」