軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇帝の目

狂美帝が視線を横へ流し、微笑む。

「移動中の馬車内は聞き耳を立てられにくい。内密な話をしたい時にはなかなか重宝する――余が乗っていることで、そちらがどう反応するかを見てみたかったのもあるが」

外見だけでなく、馬車は内装も上質な感じだった。

俺は、正面の席に座る秀麗な若い男を見据える。

……当然か。

何せ、皇帝が乗る馬車なのだから。

窓にはやはり上質そうな厚い絹のカーテンが引いてあった。

これも当然で、皇帝がお忍びで乗っていては引くしかあるまい。

車内の座席は広い。

俺の座る側の両脇に、セラスとムニンが座れるほどには。

ホークは狂美帝に命じられ、皇帝の左手側に姿勢よく座している。

乗り込んだ直後は、とてつもない緊張感が漂っていた。

特に完全に虚をつかれたらしいセラスとムニン。

二人は強く動揺していた。

迎えの馬車内にまさか皇帝がいるとは、夢にも思ってなかったのだろう。

ただ、俺は乗り込む前にかすかな違和感を覚えていた。

まず、抑えてはいたもののホークは妙にせかせかしていた。

早く馬車に戻らねば、みたいな感じがあったのだ。

また、詰め所を出てからもしきりと視線で馬車を確認していた。

”馬車の中で待つ皇帝陛下をあまり待たせてはいけない”

そんな心情だったのだろう。

「さて、蠅王……道中はどうであった?」

「特級証の力はすごいものですね。おかげで滞りなく帝都に辿り着けました。関所はもちろん、立ち寄った都市でも”特級証をお持ちの方ならば”と、何かと便宜をはかってくださいましたし……」

「素直に関所を通ってくれたようで、何よりだ」

……何より、か。

俺が帝都へ続く街道の関所を通ったのは”あえて”の部分もあった。

向こうが特級証を渡したのは親切心だけじゃない。

そんな深読みもしていた。

特級証が与えられるのは稀だという。

なら、提示する者自体かなり数が限られることになる。

で、提示した者の情報はすぐさま帝都へ送られるわけだ。

多分、軍魔鳩あたりで。

向こうは領内での俺たちの動きを把握しておきたかった。

もちろん関所を避けての移動も、今の俺たちならできただろう。

が、関所を避けての移動は、それはそれで不信感を抱かせかねない。

”こちらはミラ側を信用している”

これを示すために俺は”あえて”関所を通った。

つまらない駆け引きかもしれない。

しかしこういう地道な積み重ねが活きることもある。

俺は素直に特級証の力を賞賛、また、感謝する姿勢を見せつつ話題を転じた。

「ところで――ウルザとの戦いの情勢は、いかがですか?」

道中、東の戦いの話はいくらか入ってきた。

しかし今目の前にいるのは戦争を起こした皇帝本人。

比べものにならない情報を持っているに違いない。

今は以前と比べて、各国の情勢がまったく無関係ともいかなくなってきたからな……。

「そちは、ウルザのゾルド砦の陥落のことは?」

「聞き及んでおります」

セラスからも説明を受けている。

ウルザにとっては重要な砦の一つらしい。

「ゾルド砦を落としたあとも、我が軍はじわじわと前線を押し広げている。ポラリー公爵率いるアライオンの援軍が到着してからは、やや進軍速度が落ちてはいるが」

ポラリー公爵。

あの魔防の白城の戦いにいたアライオンの貴族か。

「正直、ポラリー公があれほどの采配を振るう人物とは想定していなかった。とはいえ、我が軍が打ち破るのも時間の問題であろう。これは、そちたちと最果ての国があのアライオンの十三騎兵隊を壊滅状態に追い込んでくれたのも大きい。となると……やはり警戒すべきは、異界の勇者が出てくることであろうな」

狂美帝はそこでこちらの反応をうかがうように、

「ところで……一時的とはいえ、ポラリー公は先の戦いでそちたちとも共闘した仲だ。思うところがあっても仕方ない。ただ、アライオンと敵対する側についた以上はぐっと飲み込んでもらう感情も出てくる。今後もし、かつてそちたちと戦場を共にしたバクオス帝国、ひいては――」

ゆったりと、しかし鋭く、セラスへ視線を転ずる狂美帝。

「敵としてネーア聖国が出てくることも、考えられる」

要するに――こちらの覚悟を確認したいわけか。

揃えた膝の上に手を重ね、細い睫毛を伏せるセラス。

「それは、覚悟の上にございます。ですが――」

「案ずるな。そちたち蠅王ノ戦団にその戦いへ参加せよとまで頼むつもりはない。戦場での一切は我がミラ軍と、最果ての国の軍勢で押さえ込むつもりでいる」

「…………」

セラスは黙り込んだまま、動かない。

もう未練はない、と言ってはいたものの。

複雑な感情が渦巻いているのは手に取るようにわかる。

間接的にとはいえ、ネーアの姫さまと敵対するかもしれないのだ。

ムニンの視線が俺を通り越しセラスへ置かれている。

気遣わしげな目つきだった。

俺はやや前へ身を乗り出し、狂美帝に言う。

「ワタシは、ネーアは貴国と組むに値する相手と考えますが」

弾かれたようにセラスが顔を上げた。

狂美帝が足を組み、ふっ、と女狐のような笑みを浮かべる。

「それだ」

想定していた答えだったのだろう。

カーテンをちょっとずらしたホークが窓の外を見ながら、

「いかがいたしましょう、陛下」

「しばしこの者たちとの会話に興じる。いつもの経路を、しばらく流せ」

ホークは背後の壁の小さな蓋を開くと、三回、鈴を鳴らした。

馬車が進行方向を変えたのがわかった。

ルートを変更したのだろう。

狂美帝が再び、口を開く。

「余は、ネーアの姫将軍カトレア・シュトラミウスを買っている。セラス殿に対し無礼を覚悟で言うが、あの姫君はとてもあのオルトラ王から生まれたとは思えぬ才覚の持ち主。対女神側についた方が得だと思わせられれば……あの賢明な姫君ならこちらの陣営になびくはず、と余は考えている」

「しかし……国の地理の観点からも、今の時点でネーアが表立って反女神の立場を表明するのは難しいかと」

「で、あろうな。だが――」

「水面下で話を通しておけば、潮目が変わった際、すぐさま反女神の旗を立ててもらえるはず――と?」

俺が言うと、狂美帝は満足げに目もと緩めた。

「そちは地理が問題と言ったが……逆に言えば、ネーアはウルザの背後をつける位置にある。戦略的な価値がある」

何より、と再度セラスを見やる狂美帝。

「セラス殿も、かつて仕えた姫君や、率いていた聖騎士団との敵対は本意ではあるまい。余も蠅王ノ戦団の右腕にそのような気兼ねがあるのは、今後を考えてもよくないと考えている」

「…………」

今のは気遣いに溢れた言葉に聞こえる。

が、視点によっては少し意味合いが変わってくる。

だ(・) か(・) ら(・) ネ(・) ー(・) ア(・) の(・) 姫(・) さ(・) ま(・) を(・) 引(・) き(・) 込(・) む(・) の(・) に(・) 協(・) 力(・) し(・) て(・) ほ(・) し(・) い(・) 。

そうとも取れるわけで。

……使えるもんはとことん使ってやろうってタイプだな、こいつ。

ネーアの話題を出した時点で、この流れを作る予定だったに違いない。

「まあ、その件はまだ仮定の話として頭の隅に置いていてくれればよい。ネーア参戦の気配ありという報も、まだ上がってきてはいないのでな」

では、と俺は話題を転じる。

「ネーアの南東に位置するバクオスについては、陛下はいかがお考えですか?」

「ふむ……あの皇帝の動きはいまいち読めぬな。ただ、領土を拡大したがっているのは確かだ。こちらに味方し勝利したあかつきには、ウルザ東部やアライオンの土地をいくらか譲る――そう約束すれば、戦況によってはなびくやもしれぬ。ただ、主力の黒竜騎士団を失ったに等しい今のバクオスは、今のところ大きな脅威にはなりえぬ。余は、そう考えている」

「マグナルはどうです?」

「あそこは、白狼騎士団次第であろうな」

「現在、王が行方不明なのでしたね?」

「世間では死んだとも言われているようだな。余は、あの白狼王はそう簡単に死ぬ男ではないと思っているが――しかし、仮に死んでいると考えた場合、次の王座は実弟である白狼騎士団長”黒狼”ソギュード・シグムスが継ぐこととなろう」

「そのマグナルは、アライオン寄りの国なのでしょうか?」

セラスからは、そう聞いてる。

「ソギュードは、ヴィシスとはそれなりに懇意にしているようだ。マグナルは地理的に根源なる邪悪との戦いではいつも最前線を受け持つ。それゆえかアライオンの支援は手厚い。そういう意味で、アライオンとの結びつきの強い国と言える」

「では――」

「次はヨナトか?」

「ええ」

「ヨナトもアライオン寄りであろうな。決してアライオンに好意的とは言い難い国だが、それ以上にヨナトは我が国との関係が良好ではない。敵対すると考えておいた方がよいだろう。ただし、先の大魔帝軍との戦いでの戦力の消耗が尋常でないのは周知の通り。主力の殲滅聖勢の立て直しには時間がかかるだろう」

狂美帝は、前髪を指で巻きつつ続ける。

「さらに……秘蔵の戦闘兵器であった聖騎兵は破損し、さらに唯一の乗り手である聖女も重傷とのこと。ゆえに当面、やはり大した脅威とはなるまい。同じ意味で、ヨナトの四恭聖やウルザの竜殺しが脱落したのは、我が国にとっては幸運であった。ただ……」

狂美帝の顔に惜しみの色が差す。

「本音を言えば四恭聖と竜殺しは、余の陣営にほしかった。水面下で誘いはかけていたのだが……あれらは実力、人格ともに申し分なかったからな。特に竜殺しベインウルフなどは、ウルザの魔戦王にはすぎたる男であろう」

そういや、十河もその男にはかなり感謝していたな。

魔防の白城における竜殺しの活躍は俺も聞いている。

いつもそうだ、と俺は思った。

そういうまともなヤツほど――身を粉にし、脱落していく。

「ともかく、異界の勇者を除けば……残る名ありの警戒戦力は白狼騎士団と、ヴィシスの徒といったところか」

ヴィシスの徒。

そこにはニャキの”ねぇニャ”――ニャンタン・キキーパットがいる。

と、

「――いや、もう一つ」

思い出したように、あごへ手をやる狂美帝。

「剣虎団がいたか」

「…………」

「あれらも一応、実力的には申し分ない者たちであろう」

のちにそこそこ有名な連中だと知ったが……。

ここで狂美帝から名が出るほどのヤツらか。

剣虎団と初めて会ったのはミルズ遺跡の探索中。

その時、俺のことを気遣ってくれた連中でもある。

常識的というか。

大分まともそうな集まりに見えた。

ただ、言うほど戦士としての凄みは感じなかった。

今まで出会ってきた強敵と比べれば明白である。

シビトどころか、勇の剣やジョンドゥを凌ぐ脅威とは思えない。

もちろん、あの頃より強くなっているケースはありうるわけだが……。

「剣虎団は自前の拠点を持つ傭兵団でな。特に集団戦闘に秀でている。あれらもヴィシスとは懇意にしていたはずだ。参戦するなら、敵側であろう」

敵側、か。

今までの敵は大抵、気兼ねなく叩き潰せた。

クズ揃いだったから。

……しかし、今後はそうもいかない”敵”も出てくるのかもしれない。

「ともあれ、陛下のおかげで各国の状況や名の知られた戦力がどちらにつきそうかの傾向は把握できました」

各国の動向は、これまでもちょくちょく更新してきた。

が、国のトップから直接話を聞ける機会は滅多にあるまい。

視点や洞察も違ってくる。

ここで、更新しておく価値はあった。

「それで……失礼ながら陛下の――ミラの戦力は、敵側に対抗するだけの力がおありなのでしょうか?」

狂美帝は特に気分を害した様子はなく、

「我が軍は輝煌戦団にとどまらず、練度面でもかなりの兵が他国を凌いでいる……そのように自負している。ただ、敵側も愚王揃いとはいかぬのでな。その点は、油断は禁物であろう」

まあ、と彼はセラスへ視線を転じた。

「ネーアの姫将軍がこちら側について指揮でも執ってくれれば、余もいささか安心できるが」

俺は即座に、

「その件はのちほど、ワタシがセラスと話し合ってみるとしましょう。ただし今の彼女は”ネーアの姫騎士”ではありません。ですので、今もセラスがカトレア姫に対し陛下の期待するような影響力を持つかは……微妙なところかと。それからこの話……セラスの心情的に見てもいささか難しい話である、という点もできればご理解いただきたく存じます」

「ふふ……今はまるでそちの方が”騎士”のようだな。無論だ。余もその件について無理強いするつもりはない。二人でじっくり話し合い、いずれ結論を出してくれればよい」

「…………、――対神聖連合戦、勝てますか?」

唐突に、俺の口から出たその問い。

狂美帝は、

「勝算はある」

と、即答した。

「不安要素をあえて挙げるなら……再三言うように、異界の勇者であろうな」

「大魔帝は、不安要素とはなりませんか?」

「それを打ち倒すであろう者が異界の勇者であるゆえな」

「すべては異界の勇者の動向次第、と。それを除けば統率力、保有戦力……共に、ミラ優位と考えておられるのですね?」

「たとえマグナルの”黒狼”やカトレア・シュトラミウスを敵に回しても、我が国の優位は揺らがぬであろう。なぜならその両者が率いることの可能な精鋭戦力が、我がミラと比べるとあまりに少ないからだ」

「こちらは精鋭戦力を逐次補充できるが、向こうは限られている……と」

「白狼騎士団とネーア聖騎士団は、数で見ると遥かに我が輝煌戦団より数が少ない。いくら将が有能であろうと、それを支える精鋭戦力を補充できねば、いずれは敗走せざるをえぬ」

つまり、と俺は上体をやや前へ倒す。

「異界の勇者以外の不安要素は、今や取り除かれているに等しい」

五竜士。

四恭聖。

竜殺し。

大魔帝軍の側近級トップ3。

聖女。

ヨナトの聖騎兵。

勇の剣。

アライオン十三騎兵隊。

第六騎兵隊、ジョンドゥ。

なるほど――すでにかなりの役者が、脱落している。

「…………」

案外、ミラはアライオンまで攻めのぼるかもしれない。

でなくとも戦いの激化は十分ありうる。

ヴィシスは嫌でもミラの動きに意識を取られるに違いない。

特にこの前の最果ての国との一件がある。

禁呪が絡んでくるとなれば、ヴィシスは絶対にミラをスルーできない。

そこへ大魔帝軍でも躍り出てくれば、事態はさらに混沌さを増すだろう。

ミラとの戦いが激しくなればなるほど。

女神サイドの勢力が、追い詰められれば、追い詰められるほど。

それは、俺が女神へ近づくための目くらましとなる。

隠れ蓑として、利用できる。

先ほどのカトレア姫を抱き込む件なんかはわかりやすい。

狂美帝は、こちらを利用しようとしている。

ならば、こちらも遠慮なく利用させてもらおう。

狂美帝には――ミラには。

大いに。

ド派手に。

存分に、暴れ回ってもらって――

あのクソ女神の気を、引いてもらうとしようか。