軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ここは少し、

安智弘の出立から数日後――今度は、蠅王ノ戦団が出立の時を迎えた。

「ニャ、ニャキは……また皆さんと無事に再会できるのを心待ちにしておりますのニャ……ッ! あとあと、主さんたちの旅が終わった時は……ッ」

ニャキは最果ての国に残る。

俺は片膝をつき、

「ああ。その時は、リズのところに連れて行く」

「はいですニャ!」

「ねぇニャとその妹たちにも、ニャキが無事に過ごしてるのを伝えに行かないとな」

「はい、ですニャ!」

ニャンタン・キキーパット。

ミラ側にニャンタンの特徴は伝えてある。

彼女は仲間の身内。

ゆえに彼女と戦う機会があっても決して殺すな、と。

が――”決して”などと、言ったものの。

完全な徹底はやはり難しいだろう。

先の戦いで蠅王の存在を隠し切れなかったように。

絶対は、ない。

が、できることはしたつもりだ。

事情があるとはいえ、ニャンタンがヴィシスの徒である以上――幸福な結末となる保証はない。

「もちろん旅の途中で会ったりしたら、しっかり俺から伝えておく」

「ありがとうございますニャ! でもでも……」

「ん?」

ニャキは、笑顔ではあったが。

ぎゅっと瞑ったその目の端には、涙の珠が浮かんでいた。

「ニャキは、わかってますのニャ。ねぇニャが女神さまの味方をしている以上、絶対無事に会える保証なんてないはずなのですニャ。ニャキは、もちろん元気なねぇニャにまた会いたいですニャ……でもそのことで主さんたちに何か迷惑をおかけしてしまうのも、申し訳ないのですニャぁ……」

内心、息をつく。

こういうことを言うから。

客観視できて、しまうから。

自分のことより他者を優先できて、しまうから。

ニャキの望み通りの結果にしてやりたい――余計、そう思わされてしまう。

「……そうだな。絶対ってのは保証できない。が、最善は尽くす――もうおまえは、他人じゃないんだからな」

「主さん……ニャキなんかのためにそんな風に言ってくれて……ニャキは、ニャキは……」

リズも。

ニャキも。

十分、辛い思いをしてきた。

二人は――昔の”俺”。

きっちり救われなくちゃ、 俺(・) が(・) 納(・) 得(・) い(・) か(・) な(・) い(・) 。

二人が救われて誰が得をする?

俺だ。

二人が笑顔になれる未来を手に入れられれば。

俺の溜飲も、いくらか下がる。

二人が明るい未来を手に入れられるなら。

少しだけ――ざまぁみろ、と。

実の親どもに対し、思える気もする。

「ま、気にすんな。ニャキのためになるなら、結果としちゃ俺のためにもなる」

「ほニャ?」

傍で見守っていたセラスが前屈みになって、ニャキに微笑みかける。

「我が主はニャキ殿に幸せになってほしいのです。ここまでの言葉がすべて本心なのは、嘘を見抜ける私が保証いたします」

「セラスさん……」

「それとニャキ、勘違いしてるようだが……旅の目的を果たすまで一度も会えない、ってわけでもないぞ」

「ふニャ?」

ヴィシスの本拠は東のアライオン。

西のミラからアライオンを目指す時、最果ての国は途中で立ち寄れる位置にある。

「ミラで禁呪の件を片づけたあと、一回ここに立ち寄るかもしれない」

「そ、そうなのですかニャ?」

「ま、確約はできねぇけどな。状況次第だ」

「わ――わかりましたのですニャ!」

「こいつらも……ニャキと離れるのを、寂しがってるしな」

「ピニュ~! ポヨーン!」

「パキュ~!」

ローブからピギ丸が飛び出し、スレイがニャキに駆け寄る。

そのまま、ピギ丸とスレイはニャキにくっついた。

「ピユリ~……」

「パキュ~……」

俺は立ち上がってその光景を眺める。

最果ての国についてからこいつらは、特に仲よくなった。

……決戦前にもう一度くらい、会わせてやってもいいのかもしれない。

「ピギ丸さんも、スレイさんも……また会えるのをニャキは楽しみにしてますのニャ! そにょ……お、お友だちとして!」

「ピギッッ♪」

「パキュ♪」

ススッ、とセラスが身を寄せてきて耳もとで囁く。

「彼らが再びああして無事に会えるよう、私たちも全力を尽くしましょう」

フン、と鼻を鳴らす。

「当然だ」

「――それじゃあ、頼んだわ」

最前列のリィゼが言った。

最果ての国の出入り口である扉の前――

昨日は、俺たちが送り出す側だった。

今日は送り出される側となる。

思ったより見送りが多い。

七煌も全員揃っていた。

ケルベロスのロアもいる。

さらに各兵団の兵たち……。

魔物の姿も多い。

初遭遇時は警戒的だったコボルト。

巨狼。

この前の戦いを共に戦った数々の魔物たち。

こうして見ると、顔見知りも増えた。

ゼクト王が、俺の両手を取る。

「ヨの力不足ゆえ、そちたちには迷惑をかける……すまぬ。そして、心から感謝している」

「わたくしからも、感謝を」

一歩引いた王の代わりに、グラトラが出てきて一礼した。

「今ではもう、あなたのことは信頼しています。王が信頼しているからわたくしも信頼しているのではなく、わたくし自身が信頼しています……どうか、ご無事で」

俺が頷いて応えると、次は四戦煌が前へ出てきた。

「 其(それがし) は貴様の手腕を信じている……頼んだぞ、蠅王。其は……今後を見据えて賢く、より強くあるべく、努力に励みたく思う」

「ああ、がんばれよ」

「うむ! ニコはがんばるぞ! ――ぁ、いや……おっほん! 無事に戻られるのを、祈っている」

ニコの次に出てきたのは、キィル。

「キィル様、軍師みたいな立ち位置になっちゃったから……もっと戦略や戦術を学ばないといけないわねぇ。セラスくんからもっとたくさん、学びたかったわぁ」

「申し訳ございません、キィル殿」

と、苦笑するセラス。

キィルは微笑み、肩を竦めた。

「も~やっぱり真面目くんねぇ。でも、また戻ってきて暇があったらいっぱい教えてね?」

「はい」

「ふふ、その代わり……おねーさんが別のイイコト、いっぱい教えてあげちゃうわよ♪ 蠅王くんの喜ばせ方、とかね」

「ははは……」

「もう! セラスくんはやっぱりそーゆー顔するぅ! 予想通りすぎるわよ!」

キィルのその言葉で周りにどっと笑いが起き、空気が弛緩する。

と、アーミアが内緒話の距離まで近づいてきた。

「あの二人はあれで相性がいいみたいだな、うん」

「俺とあんたも、相性は悪くないと思うけどな」

「うん、否定はせんよ」

意外とこのラミア騎士は客観的な観察力に優れている。

謙遜しきりのセラスを囲むキィルたちを、アーミアは見据えた。

「今回キミがムニン殿に同行してくれる件については、私も感謝している。ただまあ……私たちは私たちでしっかりせんとな。今回の役回りを押しつけておいてなんだが、いつまでもキミたちに頼り切りではいかん。自分たちの国のことはちゃんと自分たちで決断し、自分たちで運営していかねばならない。今回の件、キミの旅にとっては予定外の負担が増えたわけだろう?」

セラスやムニン、スレイが、次々と別れの挨拶を交わしている。

俺はその光景を遠巻きに見ながら、

「個人的な目的のついでで引き受けたが、本音を言っちまえば……まーな。つくづく俺は優しくて、お人好しな善人だと思う」

「ふふふふ……人がいいのか悪いのかよくわからんところが、キミの魅力なのかもしれんな」

「ま、外交関係は当面あんたやジオがリィゼを支えてくって形がいいかもな。あんたとジオは比較的、そっち方面でも目端がきく」

「私はともかく……ジオ殿は頭に血がのぼりやすいからなぁ、うん」

「それぞれの強みを活かせばいいさ。数が多いってことは”そういう戦い方”ができるってことだ」

「聞こえてんぞ、アーミア」

ずい、とアーミアの隣に出てきたのはジオ・シャドウブレード。

彼の後ろには、伴侶のイエルマが控えている。

「おおっ、これはジオ殿! はて? 聞こえていたとは、なんのことですかな!?」

「……わざとらしいんだよ、蛇女が」

「もうジオったら! アーミアさんの指摘の通り、早速頭に血がのぼってるじゃないのっ」

イエルマが、めっ、する。

舌打ちしたジオはやれやれと頭をかき、俺へ視線を転じた。

「悪ぃな。こないだの戦いに力を貸してもらえただけでも、十分だってのに……今回に至っては、実質的にミラとの外交役を押しつけたようなもんだ」

「外交役はムニンだけどな」

「あのやたら顔の整った顔の皇帝は、そうは思っちゃいねぇだろ」

やはりこの黒き豹人は、洞察眼が鋭い。

「言ったはずだ。俺は、死ぬほどお人好しなんだよ」

「……オレたちはオレたちでしっかり牙は研いでおく。今後もしオレたちの力が必要になったら、その時は遠慮なく言ってくれ」

「ああ、いざという時は素直に頼らせてもらう」

実際ジオと豹煌兵団の戦力はあてにできる。

そんなやり取りをしつつ――いよいよ、出立の時が近づいてきた。

挨拶関係が一段落したムニンに声をかける。

「他のクロサガとの別れは、もういいのか?」

「ええ。そもそも出立まで期間をもらえていたから、わたしの出立後のこととか、当面の別れを惜しんだりとかは済ませてあるの」

「そうか」

「ムニン」

「あら、フギ」

ちょい、と。

ムニンの服の袖をつまんで声をかけたのは、銀髪の少女。

細身。

髪はショートヘア。

目つきがちょっと猫っぽい。

美人、と言っていいだろう。

ただ、表情に乏しい子ではある。

ムニンを見上げるフギ。

「気をつけて」

淡々と言うフギを、ムニンが抱きしめる。

「大丈夫よ。とっても強い蠅王さんたちも、一緒にいるんだから」

「待ってる」

フギが俺を見る。

「ムニンを、お願い」

「ああ」

フギとは先日クロサガの集落を訪ねた際、顔合わせしていた。

禁呪を使えるもう一人の紋様持ち。

ムニンがフギの頬に、そっと手を添える。

「あなたこそ、わたしがいなくてもしっかりね?」

「がんばる」

「ふふ、フギはわたしにとって自慢の子です」

「ボクも、ムニンが自慢」

傍目(はため) には親子に見える。

が、血のつながりはないという。

ムニンはいわゆる育ての親。

フギは早くに両親を病気で亡くした。

で、ムニンが甲斐甲斐しく幼いフギの世話をしてきたそうだ。

俺は二人を”親子”だと認識している。

血のつながりだけが”家族”のすべてじゃない。

この身をもって――それは、よく知ってる。

「…………」

少し。

ほんの、少しだけ。

叔父さんと叔母さんに会いたいなと。

一瞬、思わされてしまった。

と、

「……ベルゼギア」

おずおずと声をかけてきたのは、リィゼ。

「ミラとの交渉を完全にまとめるために、最善は尽くすつもりだ」

「あと、大宝物庫の――」

「わかってる」

ミラの大宝物庫。

リィゼたちも、ほしいものがあるらしい。

「えっと……ごめんね? ほんとは、宰相のアタシが行かなくちゃいけないのに……」

そう言うリィゼも当初は”自分も行く”と前のめりだった。

しかし同盟を結ぶ方針が決まり、交渉が先へと進んだ今――

国内で進めておくべきことも、山積みとなっている。

今後を見据えれば、最果ての国もできるだけ下地を作っておかねばなるまい。

「あんたはあんたで、残ってやることが死ぬほどある。サボるってわけじゃない。役割を適切に振り分けただけだ」

「そ、そうだけど……」

「話した通り、俺たちはどのみち別の目的があってミラへ行かなきゃならねぇからな。そのついでで済ませられるなら、そっちの方がいいだろ」

「……そうね。その通りだわ」

脱力した微笑を浮かべ、ふぅ、とリィゼは肩を竦める。

「こういう時はアタシの感情より、合理性を優先しないとね?」

「狂美帝も、ちょっとめんどくさそうなヤツだしな」

眉を八の字にし、負けを認めるみたいな苦笑を浮かべるリィゼ。

「そうね……悔しいけど、今のアタシじゃアンタみたいな感じじゃ渡り合えなかったと思う」

「……なんつーか、ほんと素直になったな」

「う゛っ!? わ、悪い!?」

「逆」

「ありがと! ……もぉ、なんなのよ! ほんと、アンタってねぇ――」

耳を赤くしきゃいきゃい喚くリィゼを眺めつつ、

「リィゼとの旅も、楽しそうだけどな」

「――だけど、まあ!? そういうとこもアタシは!? み、認めてあげてるとこがあって――、……ん? 今、何か言った?」

とはいえ、

「いや、大したことじゃない」

復讐が目的で蠅王ノ戦団に加わったムニンは、ともかく。

ニャキと同じく、リィゼに復讐の旅は――似合わない。

「さて」

俺は、扉の方を見た。

扉の側には鍵役のニャキがすでに待機している。

まあ、なんつーか……

「そろそろ、出発といくか」

復讐者(俺) にとって――――ここは少し、温かすぎる。