軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

間章.魔女の家にて

◇【イヴ・スピード】◇

「命に別状は?」

イヴ・スピードが尋ねた。

エリカ・アナオロバエルが天井を見上げ、答える。

「どうにか、間に合ったみたい」

イヴはエリカと魔女の家の地下階にいた。

ここはエリカがいないと勝手に入れない場所である。

この場にはリズベット――リズも来ていた。

今、リズは倉庫部屋の方にいる。

そして上の階の一室……かつて、イヴの恩人たちが使っていた部屋。

そこに今、ヒジリ・タカオが眠っている。

妹のイツキ・タカオはずっと姉に付き添っている。

ただ、様態が安定してからはホッとしたのか一度眠りについた。

眠ったのを見て、イヴたちは地下に場所を移したのである。

ここなら話の内容を聞かれる心配はない。

そう、一応”彼”のことを知られないようにとの配慮である。

「快復には時間がかかると思うけど、落命だけは避けられたと思う」

「イツキの言っていた視力の方は?」

「今の時点では、なんとも。戻るかもしれないし、戻らないかもしれない」

「しかし――毒か」

うぅむ、と唸るイヴ。

エリカは不満げに脚を組み直し、

「長い間、毒物は各国で厳しく取り締まられてきたわ。同時に時代を経て解毒の知識も失われていった……学ぶことすら禁忌とされていった背景まである。けどまあ……それもあの性悪女神が、毒物の知識や研究を独占し利用するために敷いた”決まりごと”なんでしょーけどね」

イヴは、以前セラスから聞いた話を思い出す。

過去に戦った呪術師集団アシント。

アシントには”呪士”という特別な部隊があった。

彼らはかつて存在した暗殺者ギルドの意思を継いでいたそうだ。

彼らの使う”呪い”の正体は、暗殺者ギルドから伝わった毒物だったという。

「アシントのムアジという男 曰(いわ) く、暗殺者ギルドは異界の勇者によって根絶やしにされたらしい。当時の勇者たちは大陸中のギルドを潰して回り、その後も徹底してギルドの関係者は消されたそうだ。そうして暗殺者ギルドの存在は忘却されていった……ムアジはその時、それがまるで”敵”を失った勇者たちの暴走のように語っていたそうだが――」

「ヴィシスの意思で行われた、とイヴは見てるわけね?」

「うむ……毒物の知識を独占したいなら、極まった毒物やその知識を持つ暗殺者ギルドは邪魔でしかあるまい」

「……となると”薄暗い場所”の子たちも、源流はその暗殺者ギルドの生き残りにつきあたるのかもしれないわね」

裏の情報を取り扱う秘匿集団。

通称”薄暗い場所”。

セラスは彼らから情報を得る作法を心得ていた。

モンロイに来た時も彼らから裏の情報を得たそうだ。

(ふむ……その者たちが自らの存在を過剰に隠そうとするのは、存外、そういう背景があるのかもしれぬな……)

色々なことが、繋がっている気がした。

「それにしても……ヴィシスもふっるい毒を使ったものねぇ」

エリカが頬杖をつく。

「当時でさえ解毒剤の材料が稀少だったんだから、今の時代じゃあの毒の解毒方法ってほとんどないんじゃないかしら? 血清、ってわけにもいかない代物だし……」

「だがここには、その解毒剤があった」

「まあね。毒物の研究はエリカけっこう入念にやってるの。一応エリカもそれなりの人物扱いだったから、鬱陶しく思った人間に毒殺される危険もあったし……宮廷闘争をしたがる人たちに、こっそり毒殺について相談された時代もあったわ」

やれやれ、と肩を竦めるエリカ。

毒物を用いた暗殺。

ある意味、武器や暴力を用いるより恐ろしい手段かもしれない。

「そんなわけで、ここには色んな毒物に対応した解毒剤の材料が保管してあるわけ。幸いだったのは新種の毒じゃなかったことね。そうなると、すぐには用意できなかったでしょうから」

ヒジリが担ぎ込まれた時、エリカは実に迅速に動いた。

すぐさまゴーレムたちに指示を出し、彼女は毒の種類を調べた。

普通に調べられるものなのだろうか、とイヴは疑問に思った。

しかしエリカはあっさり毒の種類を見抜き、解毒剤をすぐに用意した。

「それでも あ(・) や(・) つ(・) の毒だけは、そなたでもどうしようもないのだな?」

「そうね、あれはお手上げ」

降参するみたいに軽く両手を挙げるエリカ。

「トーカのあの”毒”は、そもそも毒とは名ばかりの別モノだもの。麻痺や眠りも状態異常系列の術式や詠唱呪文の派生なんだろうけど……あの系統にしては、過去にまったく例のない付与率なわけで――だから異常なの、あの状態異常スキルは。本人が言うように、既存の枠から外れてる」

トーカ・ミモリの持つ能力―――曰く”ハズレ枠の状態異常スキル”。

あの強力な力にはイヴも相当助けられた。

同時に改めて”スキル”の恐ろしさを思い知った。

過去を含め、異界の勇者が重宝される理由もよくわかる。

「そして――」

イヴは腕組みをしたまま、上階の方を見上げる。

「あの姉妹もトーカと似た特別な能力を持っている」

イヴもイツキの能力を目の当たりにしている。

ちなみにイヴは昨日姉妹に出会う前、ある探し物をしていた。

昔、エリカが結界の外に”落とし物”をしてきたのだという。

ここに逃げ込む途中で落としたのだそうだ。

落とし物は魔導具とのことである。

イヴはその話を聞き、

『わかった。我が探してこよう』

自らそう願い出た。

当初エリカは断ったが、安全を十分確保した上で探すと言い伏せた。

イヴとしては、このまま戦場的な勘が鈍るのが怖いのもあった。

ここでの生活に慣れすぎるとそういう勘が鈍る気がするのだ。

いざという時ここを守る役目は自分が負うつもりでいる。

リズとの平和な暮らしは手に入れた。

しかしそれを守る力は、維持しなくてはなるまい。

安穏な日々を過ごしていても、牙は研いでおく。

トーカと共に過ごし、学んだことの一つ。

ともかく――そういう理由で、イヴは探し物がてら身を潜めつつ地上に出ていたのだった。

最初は、違和感だった。

そして、その違和感は危機感へと変化していった。

大量の 屍(し) 臭。

金眼の魔物が大量に死んでいるのがわかった。

どちらなのか?

イヴは、判断がつかなかった。

一瞬トーカたちが戻ってきたのかとも思った。

けれど違うかもしれない。

仲間ではなく、脅威かもしれない。

脅威ならば――確認し、戻って対応を話し合わねばならない。

そう、禁忌の魔女を狙ってきた者たちならば。

イヴは偵察のため、注意深く”そこ”へ近づいていった。

こうして遭遇したのが、あの姉妹だったのである。

「あの姉妹……」

イヴは再び口を開く。

「エリカのもとを目指していたそうだが……我が持つような地図もないだろうに、自力でかなり近くまで来ていたのだな。見つけた時には、ボロボロだったが」

エリカも天井――上階を見やる。

「けど、少なくともここらの金眼をはねのける程度には強いってことね」

「姉の方は勇者としては最上等級にあたるそうだ。人物としての侮れなさはトーカも買っていたようだしな。そなたはあの姉妹、どう思う?」

「姉の方が全快してこの家を制圧しようと思えば……ま、できるのかもね。案外エリカの懐に潜り込ませるべくヴィシスの送り込んだ刺客だったりして――いや、さすがにそれはないと思うけど」

仮に策ならお粗末すぎる、とエリカは付け足した。

解毒剤でも持たされているなら別だ。

が、発見される前にそのまま死ぬ確率の方が圧倒的に高い。

イヴが見つけたのだって、本当にたまたまだと言えるのだ。

「女神に弓を引き返り討ちにあった、か。それについてはどう思う、エリカ?」

「嘘を言っているようには、見えないけど」

深く息をつくイヴ。

「こういう時、セラスがいればよいのだが」

「そうねぇ。嘘か真かを判別できる能力って本当に便利……エリカも空いてるシルフィグゼアがいたら、契約したいくらい」

イヴは精霊関連には疎い。

が、あれはまったく便利な能力だと思う。

まっ、とエリカが結論を出す。

「ひとまずは味方側として接しましょう。過去にイヴと面識がなかったら、ここへ運び入れる時点でエリカはかなり難色を示したと思うけど」

そうなのだ。

イヴはこの魔群帯で過去にタカオ姉妹と遭遇している。

あの時は姉妹の他に、コバト・カシマという少女もいたか。

警戒しすぎなかったのは、やはり面識があったのと――

「あの姉妹のトーカの人物評を聞いていたのでな。トーカが悪い風に言っていなかったのが決め手になったのかもしれぬ」

「となると……ある意味、あの姉妹はトーカに救われた形になるのかもね……」

と、

「あの、エリカ様――で、できましたっ」

リズが盆を抱え、別の部屋から出てきた。

エリカが腰を浮かす。

「あら? ありがと、リズ」

卓の前まで来て、卓上に盆を置くリズ。

盆には色々なものが載っていた。

小分けにされた粉末。

細い小瓶に入った液体、などなど。

「あの……確認をしてもらって、いいですか?」

「もちろん」

エリカが腰を上げたまま、前屈みに盆上のあれこれを検める。

液体の透明度や色などを確認しているようだ。

やがてエリカは前屈み姿勢のまま顔を上げると、

「リズ」

「は、はいっ」

「ほぼ、完璧」

パァァ、とリズの表情が輝く。

「――あ、ありがとうございます! 嬉しいです!」

最近リズは薬の調合をエリカから教わっている。

今日もそれならばとリズは自ら調合役を名乗り出た。

見ていて本当に楽しんでいるのも伝わってくる。

なのでイヴも、最近はもうしたいようにさせている。

ちなみに今回の調合品は、上で寝ているヒジリのためのものらしい。

「それにしても……」

小瓶を手に取り、目を細めるエリカ。

「リズってば、普通に才能あるわね……」

「そ、そうでしょうか……っ?」

「細かい調整が絶妙、っていうか……下手したらその点は、ちょっとずぼらなエリカより優れてるかも」

「その、お料理の分量とか調味料を量るのと似ているからかもしれません……わたし、お料理好きですし……」

みょーん、と糸目になるエリカ。

「エリカはお料理あんましだから……今度エリカ、リズにお料理習おうかしら……かしら……」

イヴは、なぜか自分が誇らしい気持ちで喉を鳴らす。

「ふふ、リズの料理はトーカやセラスも好んでいたからな……我も、リズの料理は飽きることがない」

ここの食材は限られている。

が、リズの工夫のおかげで豊かな食事体験ができている。

「トーカ様、セラス様……ピギ丸ちゃんに、スレイちゃん……また、会いたいな……」

懐かしむ顔をしてから、リズは小さな両手のこぶしを握る。

「その時のために、お料理の腕はずっと磨いておきたいですっ」

「――――もうほんといい子すぎて、エリカちょっと泣きそう」

と、そこでリズの表情が変わった。

彼女が何か言い出そうとする。

ちょっと言いにくそうな雰囲気を纏っていた。

リズがそのまま口を噤みかけたので、イヴは優しく促す。

「いつも言っているが……何か聞きたいことがあるなら遠慮せず聞いていいのだぞ? この家でリズの好奇心や懸念を頭ごなしに否定する者など、いないのだ」

「そーよ? もう家族みたいなものなんだし、遠慮しちゃだめよ? おんなじダークエルフ同士でもあるんだしね」

「あ、あの……それじゃあ……先日いらっしゃったタカオさんたちは、その、トーカ様の……」

リズもやはり、気になっているらしい。

「うむ。トーカと同じ、異界の勇者とのことだ」

地下室へ降りる前、

『イツキさんは、悪い人ではなさそうな気がします』

そう言っていたので、怖がってはいないようだ。

「異界の勇者――異世界、か」

呟いたのは、エリカ。

「妾たちの住むこの世界とは違った文明や文化を持った別の世界……きっと植物や鉱物にしても、ここにはないものがいっぱいあるんでしょうね。トーカの時もそうだったけど、あの姉妹から彼女たちの世界のことをあれこれ聞きたいのは山々だけど……」

肩を竦めるエリカ。

「やっぱり”災い”のことが、あるからね」

この世界には暗黙に近い決まりごとが存在する。

”異界の勇者のいた世界のことを知ろうとしてはならない”

”知りすぎた者には必ずや災いが訪れる”

昔からの言い伝えである。

過去に”向こう側の世界”のことを過剰に知ろうとした者はいた。

なんせこことは違う別の世界が存在するというのだ。

好奇心を揺さぶられぬ方がおかしい。

が、ことごとく彼らは悲惨な末路を迎えた。

まるで――それが宿命、とでも言わんばかりに。

さすがに”偶然”では済まない数がそうなった。

イヴは銀盆に映る己の顔を見つめながら、

「教訓か、警告か……過去”向こう側の世界”について知りすぎた者の末路は、入念に記録が残されているからな」

「エリカが”あ、この災いの件って本気のやつだわ”って確信したのは”向こう側の世界”について、あのヴィシスですら極力知るのを避けてるのを知った時ね。”向こう側の世界”の知識を独占して利用したいから、ヴィシスが”災いがふりかかる”と吹聴しているかと思いきや……あの強欲腐乱な女神すら、避ける行為となると――」

「逆に信憑性が格段に高まった、というわけか」

「ま、それを信じていない人もいるし……”知りすぎる”ことが危険なだけで、昔の異界の勇者が由来になってる姓、名前、固有名と思しき単語、文化、料理なんかは普通に余裕で残ってるみたいだからね。なんていうか……知ってもいいことと知っちゃいけないことが分かれてる、って感じ」

「食べ物や飲み物の知識などは、やはり知っても安全なのだろうな」

イヴも実際に異界の食べ物を口にしている。

異界の勇者が残したとされる向こうの世界の調理法なども、やはり残ったままである。

「ところで、エリカよ」

「なぁに?」

「あの姉妹のこと……トーカには、伝えるのだな?」

「隠しておく理由もないしね。と、いっても……」

近場にそれを伝える使い魔がいないのが問題ね、とエリカは言い添えた。

イヴはその辺りの事情をまだ詳しく知らない。

エリカがため息をつく。

「前にね……トーカたちを待つために、使い魔を最果ての国の扉近くで待機させていたのよ。でもその使い魔、野生動物に食い殺されちゃって。で、予備として比較的近くに置いていた使い魔を向かわせたの。予備を用意してたのは、やっぱり正解だったわけ」

しかしなんと、その予備の使い魔が 射殺(いころ) されてしまったという。

忌々しそうに鼻頭にシワを寄せるエリカ。

「あの紋章はアライオンの騎兵隊ね……意識が断絶する直前に聞いた言葉の感じだと、面白半分に射殺したみたい。もちろん、禁忌の魔女の使い魔だなんてことは知らずにね」

それで、あの一帯の近くにいる使い魔がいなくなってしまった。

エリカは”一応もう次を向かわせてるわ”と付け加えるも、

「距離を考えると到着にかなり日数がかかる。とすると、もしかするとトーカたちはもう目的を果たして移動しているかもしれない」

腕を組み直すイヴ。

「最果ての国に使い魔が到着する頃には、もういない可能性もあるわけか。さらに到着した時、もし扉が閉まっていれば……最果ての国の者と接触してトーカたちの行き先を聞くこともできない、か」

つまり現状、トーカたちの動きを掴めない状態にある。

と、エリカがそこで表情の険を強くした。

「ただ、トーカたちに接触できるできない以前に気になるのは――」

うむ、とイヴは同意する。

「最果ての国方面へ向かっていたと思しきアライオンの騎兵隊だな?」

「ええ。ついに女神が、いるかいないかわからなかった神獣を手に入れたんだとすれば――多分、攻め入るつもりよ」

「トーカたちが最果ての国入りを果たしていれば、そこからトーカと最果ての国の者たちが組んで全面戦争もありうる……か」

「おねえちゃん……」

隣に座るリズが不安げにイヴを見上げた。

「トーカ様たち……大丈夫、だよね?」

この問いにイヴは不敵な笑みで返す。

「フフ、しかし……これが不思議なものでな。確かにそうなっていれば、最果ての国にとっては危機的状況なのかもしれぬ。だがあのトーカならば……その危機的状況に陥っても、最善の結果を出して跳ね返してくれるような――我は、そんな気がするのだ」

「そ――そうだよねっ?」

これには、エリカも同意を示した。

「まーねぇ……確かにトーカなら、どんな局面でもなんとかしちゃいそうな気がするわ。頼りがいがあるというか、信頼感があるっていうかね。でもその分、絶対あんなの敵には回したくないわ……考えただけで、ヤんなっちゃう」

先ほどの返答はリズを安心させたい意味もあった。

しかしイヴにとっては、決して強がり寄りの願望でもない。

”トーカならば悪くない結果へと導くはず”

短くはあったが濃密な時を共に過ごした人間の戦友。

しかも、気高く優秀なハイエルフの姫騎士も共にいる。

さらには器用なスライムや勇猛な黒馬の魔獣だっている。

イヴはどこか懐かしさを胸に、改めて思った。

そうだ―― 蠅王ノ戦団(我ら) は、強い。

イヴは、確信まじりに言う。

「あの姉妹のことも……トーカに相談すれば、確かな指針を示してくれるであろう」

どへぇ、と卓上に上半身を投げ出すエリカ。

「トーカにおうかがいを立てるしかできないなんて、エリカ役に立たないわ~」

「ふふ……そう卑下することはあるまい。あの姉妹の件に関しては、トーカの指示を仰ぐのが最善であろう」

「ま、同じ世界の異界の勇者案件となると……こっちで判断しづらいのは確かだしねぇ。まずは、次の使い魔が巡り会えることを祈りましょ……と、いうわけで――使い魔動かすのは妾ほんと疲れるんだけど――エリカは使い魔の方に集中するから……あの姉妹の方、基本はイヴとリズに任せていい?」

「はい! がんばりますっ」

「うむ、任されよう」

よっし、とエリカが身を起こしつつ気合いを入れる。

「トーカたちとは離れてるけど……」

ふんす、と捻った細い腰に手をやるエリカ。

「エリカたちはエリカたちで、やれることをしましょ」