作品タイトル不明
ignition、閉ざされる道
俺は、何人かの豹兵たちと左翼方面を目指した。
そして伝令が”それ”を目撃したという場所へ、向かう途中――
「あ……」
伝令が、足を止める。
「!」
俺の傍にいた女豹兵が、息を呑んだ。
両手で自分の口を塞ぎ、停止している。
吸った息を――吐き出せていない。
「ぁ……や――ぇ、ぁ……何、あれ……」
「う、嘘……あれって、まさか……」
「豹王、殿……あれは、あれは――なんなの、ですか……」
蠅の、
……ブゥン、ブゥゥン……
羽音が、
……ブゥゥン、ブゥン……
していて。
「――――……――――」
効果的。
効果的では、ある。
そう、効果的。
実に。
…………。
恐怖か。
怒りか。
恐怖で戦意を削げればよし。
怒りで冷静さを失わせられれば、それも――よし。
どちらでもいいのだ。
まあ、そうか。
そうだ。
やれる。
やれるさ。
やろうとさえ、思えるなら。
実行、するのなら。
その効果を、狙いたいなら。
で、やったのか。
そ(・) こ(・) ま(・) で(・) や(・) っ(・) た(・) か(・) 。
や(・) り(・) や(・) が(・) っ(・) た(・) 。
「ニコ様ぁぁぁあああぁぁぁぁあああ゛あ゛――――――――ッ!」
「……急げ」
「!」
斜め後ろの応急処置の担当兵。
俺は、手を差し出す。
「ハサミを」
「は、はい……」
「全員ッ!」
喝を入れるように、号令をかける。
「急いで 切(・) り(・) 離(・) せ(・) !」
彼らは十数人の集団で歩いていた。
竜煌兵団である。
先頭のニコは、首から紐で一枚の板をぶら下げていた。
まるでそれは――メッセージボードのような。
両手を縛られ、足には、重りを着けられている。
彼らは、それを引きずって歩いていたのだ。
矢の刺さっている者もいた。
短刀が刺さったままの者もいる。
が、それ以上に――惨かったのは。
縫い付けられていた。
手が、
腕が、
尻尾が――
おそらく。
おそらく、は、
竜兵の死体。
その死体から部位を切り離したのだ。
そしてそれらを、生き残った者の――
腕に、
足に、
口に、
身体の、どこかに。
太い糸――あるいは紐で。
固(・) く(・) 、 縫(・) い(・) 付(・) け(・) た(・) 。
眼球を抉り取られている者もいれば……
まぶたを縫い付けられている者まで、いて。
おそらく彼らはあの状態で目指していた。
ジオたちのいた、中央方面を。
パチンッ!
傷に障らぬよう、ハサミで紐を切り離していく。
切り離しながら、確認する。
「ピギ丸、周囲の気配は?」
「ピギギッ!」
ピギ丸が感知していない。
なら、おそらく敵は近くにいない。
”ニコたちで気を引いておき、隙をついて襲う”
今のところその心配はない――はず。
「ピ……ピ、ギィィィィィ……ッ」
ピギ丸が、怒りに打ち震えていた。
豹兵の中には、紐を切り離しながら嗚咽を漏らす者もいた。
嘔吐している者もいる。
パチンッ!
「――ベル、ゼギ、アッ」
ニコは仲間の尻尾の一部を”噛まされ”ていた。
猿ぐつわのように。
今、その尻尾を切り離したところだった。
俺の偽名云々は、今に限ってはどうでもいい。
「何があった」
「追ったのだ」
パチンッ!
「神獣をか?」
「竜煌兵団の一部の者が『あれさえ捕まえれば、この戦いを終わらせられる』と……某の制止を無視し、神獣を追ってしまったのだ。某の性分ではあやつらを放っておくことはできん。それに、この結果は……貴様の忠告を事前に他へ徹底できていなかった、某の怠慢……追わぬ理由が、なかった」
パチンッ!
見捨てることができなかった、か。
ニコは震えていた。
恐怖が身体と意識を支配しているのだ。
が、彼女は気丈に情報を伝えようとしていた。
「蠅王よ……あやつらを、責めないでやってくれぬか? あやつらは、もう……同胞の死者を出したくなかったのだ。あやつらは、ここで、終わらせられればと……ッ! だから、某も――、それ、がし、も――、……だって、だって――」
曇りのない澄んだ竜眼から。
涙が、こぼれ出した。
四戦煌ココロニコ・ドラン。
話しぶりはいわば、武人のそれである。
気質は無骨。
身の丈ほどもある長大剣を振り回す剛力の女。
が、それでも――
パチ、ンッ!
優しく傷つきやすい、一人の若者でもあって。
今それを、強く認識させられた気がした。
「某の決断が、左翼の仲間全体を……危険に、さらした……ふぐ……ぅ……魔物部隊は先に退避させてあったが、竜煌兵団は……ぐすっ……バラバラに、なって……ぅ、ぐぅ……」
パチンッ!
「やったのは第六――第六、騎兵隊か」
「ぐす……ああ。第五と名乗っていたが……実際は違ったようだ。隊番は確認できぬようになっていて……しかし”これ”をされている時、第六だと言っていた……某、たちは……気づけば、わけもわからぬうちに……取り囲まれていて……わけのわからぬうちに……蹂躙、されていた……わけの、わからぬうちに……」
「ニコ」
パチンッ!
「今回、あんたに起きたことは最悪だ」
「…………」
「最悪、だが――」
バチンッ!
最後の紐を、切断。
「あんたが生きててくれたのはよかった。俺は今、心からそう思ってる」
…………
………
……
…
―
――、……
―――
――――、――――――――
…………第六、騎兵隊。
▽
縫い付けられていた部位は、すべて切除した。
手の拘束を解き、足の重しも外す。
次いで、可能な限り応急処置を施した。
が、もっと後方で処置すべきだろう。
負傷した竜兵を運ぶ人数も足りない。
伝令を出し、応援を呼びにやらせる。
竜兵たちはというと、今は簡易的な処置を受けていた。
豹兵たちは豹兵たちでショックを受けているようだ。
中には戦意を喪失している者もいた。
多分、最果ての国のヤツらには刺激が強すぎた。
「…………」
俺は一人、ボードを確認していた。
誰も俺に話しかけてこない。
近づいてくる気配もない。
ニコが首から下げていたこの板……。
書かれていたものの一つは、他の騎兵隊への伝言。
要するに、
”こいつらは敵への見せしめなので、手を出さないこと”
と書いてある。
ここへ向かう途中、仮に他の騎兵隊が見つけても……。
あの状態のニコらが殺されることはなかった、と。
伝言の他に書いてあったのは、降伏勧告。
最果ての国側に降伏を勧める文言。
それが、綺麗な字で書かれていた。
オフィシャル感、というか。
公式文章っぽいお硬い文章。
が、途中でその字が露骨に乱雑になっていく。
文章から硬さが消え、正反対に、乱暴な文字が踊る。
硬い文章を綴るのに……途中で、飽いたみたいに。
”どこまでも追い詰めてやるぞ! どうか殺してくださいと懇願するその時まで! どこまでも! どこまでも! 残された道は、大切な人との殺し合いか自殺しかないぞー! よろしくお願いいたしまぁぁああああす!”
とてもまともな人間の書いた文章とは思えない。
いや――少し、違うか。
読んだ人間が嫌悪感を抱くように。
恐怖、するように。
怒りを、覚えるように。
これは、そんな心理効果を狙った、実に考え抜かれた文章とも言えるのかもしれない。
「…………」
理解し 難(がた) い。
ニコたちを生け捕りにしたのなら。
それを利用し、俺たちをおびき寄せればいい。
人質の命が惜しくば云々……な手が、使える。
が、そうしなかった。
実利的な戦術として利用していない。
これは果たして、何を意味しているのか。
単に、やりたかったのだ。
こ(・) れ(・) を(・) 、 し(・) た(・) か(・) っ(・) た(・) の(・) だ(・) 。
優先、した。
人質として利用した方が効果は高い。
が、第六は”心理的効果”の方を選んだ。
煽りにきた。
自分たちの嗜虐心を満足させる方を、真っ先に選んだ。
そうとしか、受け取れない。
加えて……。
感じ取れるのは、絶対的な自信。
慢心――とは、違う気がする。
いわば、公然たる事実。
小賢しい人質を利用した策など取らずとも、
第六騎兵隊はどうあっても、勝利しかない。
だからこういう実利を捨てた悪趣味を、通す。
通した。
そして。
成功しちゃ、いる。
心理的効果。
感情を煽り、怒りで冷静さを失わせる。
ああ――成功してる。
大成功だ。
事実、俺は隠しきれぬ怒気を発している。
それを豹兵たちも感じ取っている。
俺は怒気で味方を緊張させ、不安がらせている。
場をまとめて指示を出す人間としては、失格。
人として――失格している。
が、
だがな、
俺(・) は(・) 、
これでハラワタが煮えくり返らねぇほど、 人(・) 間(・) 、 で(・) き(・) ち(・) ゃ(・) い(・) ね(・) ぇ(・) 。
正しいとか間違ってるとかは――横へ、置いておいて。
気に食わない。
単純に。
やり方が。
極めて”俺”を不快にさせた。
単に、それだけ。
ああ、どうしようもなく……
気(・) に(・) 、 食(・) わ(・) ね(・) ぇ(・) 。
「…………」
そうかよ。
第六騎兵隊。
なら、
追(・) い(・) つ(・) め(・) て(・) や(・) る(・) よ(・) ――
―― ど(・) う(・) か(・) 殺(・) し(・) て(・) く(・) だ(・) さ(・) い(・) と(・) 懇(・) 願(・) す(・) る(・) 、 そ(・) の(・) 時(・) ま(・) で(・) 。
ひと呼吸、して。
指の動きで豹兵を呼ぶ。
「あ――ハッ! お、お呼びでしょうか!?」
「俺の副長を呼べ」
テメェらにはもはや―― 残(・) さ(・) れ(・) た(・) 道(・) す(・) ら(・) 、 な(・) い(・) 。
「第六騎兵隊を潰す」