軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

逢魔が刻

◇【勇の剣】◇

ルインは仲間が向かった方角を見やった。

「……遅いな」

「思ったより遠くに逃げてんのかもな」

斧についた血を拭きながら、ユーグングが言う。

続き、ミアナが反省を口にした。

「こんなことなら、もっと痛めつけておくべきだったわね……」

「然り」

サツキが同意する。

「おれは忠告したはずだ。刃で目を潰しておくべきではないか、と」

咎めの言がルインへ浴びせかけられる。

悄然とするルイン。

「結局はサツキが正しかったんだな……あれだけ親切にしてやってたのに、まさか逃げ出すなんて。ここで裏切るなんて……あまりにも、ひどすぎる」

悔しげに柳眉を逆立てるミアナ。

「ほんっとあいつ、信じらんない……ッ! ルインが、せっかく親切心で荷物持ちの仕事を与えてあげてたのに! あれで一体なんの不満があったわけ!? 恩を仇で返すとか……最っ低のクズよ、ニャキは!」

「まあまあ、ミアナ」

アレーヌがなだめる。

「あれはほら、人じゃないもの……あんなの、覚えの悪い獣に芸を仕込むようなものでしょ? 期待する方が、その……間違ってるんじゃないかな?」

腰に手をやって、唇を尖らせるミアナ。

「そりゃ、そうかもだけど……」

カロが、ミアナの背を叩く。

「ダイジョブだってミアナっ。ちょいと時間はかかるかもだけど、トアドとバドが必ずあの人モドキを捕獲してくるさ。戻ってきたら、今度こそしっかり目を潰そう。ほら、荷物ならオイラが持つし」

くすっ、と微笑みをこぼすアレーヌ。

「カロが持ってくれるなら、わたしの調理器具もきっと安心ね」

「ま、オイラは軟弱な人モドキみてーにへばったりしねーからな!」

「その……正直言っちゃうとね? ニャキにわたしの調理器具を運ばせるの、本当は嫌だったの。できれば触れてすらほしくなかった、っていうか……」

「ま、当然の感覚じゃな」

うむうむ、とナンナトットが首を縦に振る。

場の雰囲気は次第に和やかさを取り戻しつつあった。

が、サツキが再びその雰囲気を元に戻す。

「皆、気を遣ってうやむやにしてくれてるが……これは己の甘さが招いた事態だぞ、ルイン」

「……わかってる。ニャキは人モドキだが、ヴィシス様からの預かり物でもある。だから僕は必死に歯を食いしばって、懸命に殺意を胸にしまい込んだ。そして……人モドキなりに人間の役に立つ道具に育ててやろうと、僕なりに熱意を持って教育に取り組んだ。けど……結果はこれだ。ニャキは僕を裏切った。結局、あの頭のおかしいスピード族と同じ人モドキでしかなかった……ちくしょう――ちく、しょう……っ! ちくしょう!」

横殴りに木を叩きつけるルイン。

太い幹が揺れ、葉が舞った。

ルインのその目には、悔し涙が浮かんでいる。

「ルイン、自分を責めるのはもうやめて!」

ミアナが駆け寄り、ルインの腕を取った。

「ミア、ナ……僕、は……僕は……ッ!」

「大丈夫だから」

ミアナがそっと、ルインを抱き締める。

「みんな、あんたが大好き……サツキだって、あんたを心配してああ言ってるのよ。知ってるでしょ? 本音じゃ、サツキはあんたが大好き……多分、あたしたち以上に」

ふん、とサツキが鼻を鳴らした。

「けど、僕は……僕はっ――」

「まずはこの目で最果ての国の存在を確かめましょ? で、合流するアライオンの精鋭たちと力を合わせて――人モドキを、あたしたちで一掃する」

ミアナが抱擁を解く。

次いで正面に立つと、ルインの両肩に手を置いた。

そして、満面の笑顔でミアナは言う。

「あんたは勇の剣の象徴でしょ?」

「ミア、ナ……」

「将来的に人間を害する危険な種族たちから、世界を救うんでしょ?」

力強い笑みを浮かべ、続けるミアナ。

「あんたならやれる――このあたしが、保証する」

「――――ッ」

ルインは、袖で涙を拭った。

泣き腫らした目に再び強い輝きが戻る。

「悪いミアナ……ちょっと、弱気になってた」

見守っていたアレーヌが、ちょっと自嘲っぽく微笑んだ。

そして、小さく呟く。

「……敵わないなぁ、ほんっと」

ポンッ、とユーグングがアレーヌの肩に手を置く。

「諦めんのか?」

「……ううん。まだもう少しだけ、がんばってみる」

「そうか……応援してるぜ」

「……ありがと、ユーグング」

「がはははっ、なんせバドと賭けてるからな! おめーさんが負けちまったら、このユーグング様が損しちまうのさ!」

「も――もぅ! ユーグングったらぁ……っ!」

そんなやり取りをする二人を見て――

皆、笑った。

「……どうしたの、ルイン?」

「いや、その……異物のいない僕たちの空間ってこんなに楽しかったんだなって、ようやく思い出せた気がしてさ……嬉しい、っていうか」

「このままニャキが戻って来ない方がいい?」

「悔しいけど、最果ての国に続く扉を開けるまでそいつは無理さ。神獣はもう一匹いるけど、ヴィシス様はそっちは温存したいみたいだし……今は、ニャキで我慢するしかない」

「あんたって、我慢強いっていうか……ほんと立派よね。人間ができてる、っていうか」

ルインは、視線を伏せた。

「結局……ニャキも、スピード族と同じだった」

「……ええ、そうね」

「人間を勘違いしてる。教育でどうにかできる相手じゃない……やっぱり、滅ぼさないと」

ツンッ

ミアナが指先で、ルインの額をつついた。

戸惑うルイン。

「?」

「また眉間に皺、寄ってるわよ?」

「あ……」

「スピード族を始末した時……あんた、なんて言ったか覚えてる?」

微笑みかけるミアナ。

ルインは理解した。

そうだ――そうだった。

「……憎しみだけでニャキを殺しちゃ、だめだよな」

「そーゆーことっ。最果ての国のやつらも、ね?」

「ありがとう、ミアナ。君の言う通りだ」

皆、黙って二人の会話を聞いていた。

ルインは、みんなを見渡す。

ニヤッと笑み、頷くユーグング。

同じく微笑み、こくりと首を縦に振るアレーヌ。

鼻を鳴らし、小さく首肯するサツキ。

笑って片目を瞑り、立てた親指を突き出してくるカロ。

あごを撫で、うむ、と理解を示すナンナトット。

ルインの目が、完全なる輝きを取り戻す。

「ああ、そうだな……うん……ニャキを殺すのも、最果ての国のやつらを殺すのも……憎しみを胸に実行するだけじゃ、やっぱり悲しすぎる……だから……」

”勇の剣”ルイン・シールは、使命感を胸に、晴れやかな笑みを浮かべた。

「みんなで楽しめるやり方を考えよう! 死んだストライフのためにも!」

しかし、である。

ニャキを殺すのも。

最果ての国の場所を確認するのも。

すべて、ニャキを連れ戻してからの話。

ルインたちは待った。

が、トアドもバードウィッチャーも一向に戻ってくる様子がない。

仲間内で特に追跡能力に優れた二人だ。

ニャキ程度を、彼らが追えないはずはない。

「…………」

夕闇が、迫ってきていた。

ナンナトットが唸る。

「あやつは空腹で大した力も出んはずじゃ。いざという時を思って、眠りが浅くなるようワシが深夜にわざと起こしたりもしてたんじゃが……」

「オイラたちがストライフとのお別れをしてる間、ニャキはおそらくずっと移動してた……けど今のあいつの状態じゃ、もうトアドたちに捕まっててもおかしくねぇはずだが……」

分析や計算が得意なカロがそう言っている。

しかし現実にはまだ戻ってきていない。

これは、おかしい。

ナンナトットが後悔を顔に出し、膝を打つ。

「やはり目を潰しておくべきじゃった」

「耳もだよ、トット。聴力も奪っておくべきだったんだ。オイラたちが……甘すぎた」

「だとしても、あの二人がまだ戻ってこないのはやっぱり変だわ……」

アレーヌが言った。

黙りこくって口もとに手をやっていたルインが、続く。

「まさか……人面種に遭遇した?」

「――ありうるな」

意見を同じくするサツキ。

うぅむ、とユーグングが唇を曲げる。

「おれらが通過してきた一帯は、もう安全だと思ってたがなぁ……」

チャキッ

サツキが少しだけ、カタナの刃を鞘から覗かせた。

「おれが行こう」

「ワシも行く」

腰を上げたナンナトットに、カロも続いた。

「オイラも」

ナンナトットとカロの二人。

彼らは思った以上に腹に据えかねているようだった。

もちろん、ニャキのことでだ。

カロが、ルインに聞く。

「捕まえたら、あいつの鼓膜は潰しちゃっていいよな?」

「そうだな……仕方ない」

「おれはこのカタナであやつの耳を削ぎ落す。鼓膜を潰すだけではどうにも腹の虫がおさまらん……止めてくれるなよ、ルイン?」

いや。

サツキもだ。

みんな、気持ちは一つ。

本当は、すぐにでも殺したいほどに――

逃げ出したニャキに対し、全員が腹を立てている。

それも致し方のない話だろう。

なんとなくルインにはわかっていた。

皆、口には出さないがこう思っている。

”ストライフの死も、元を辿ればすべてニャキのせいなのではないか?”

と。

「……君の気持ちはわかる。けど、勢い余って殺すなよ?」

「おれはこう見えても決して一線は越えん。それは、己がよく知っているはずだが?」

準備を終えたナンナトットが、 臀部(でんぶ) の土を払いながら了承を求める。

「見つけた時点で両の目ん玉も潰すぞ? よいな?」

「……泣き喚くだろうが、堪えてくれ」

「ふふ、おぬしはやはり優しいのぅ。安心せい、それくらいでカッとなって殺しはせんよ」

「我慢を強いてばかりですまないな、トット」

「ふふふ。おぬしほどではないわい」

カロがつけ足す。

「どうする? 足も折るか?」

「いや……それだと、誰かが背負う必要が出てくる。けど、進んでニャキに触りたがるやつはいない。だろ?」

視線で皆に問うルイン。

皆、即座に肯定した。

確認する必要はなかったな、とルインは自嘲の笑みを浮かべる。

「じゃあ、ニャキは縛り上げて……縄で引きずるなりして自分で歩いてもらおう。もたつくなら、引き続き”教育”が必要だが……最果ての国の扉の位置はわかった。あと、少しだ。いつも神経を逆撫でする人モドキとの我慢の旅も――もう、あとひと踏ん張りだ」

応っ、と。

新たに捜索へと向かう三人が、力強く応えた。

サツキたちが林の中へ消えた後、残されたルインたちは彼らを待った。

「……サツキたち、無事合流できただろうか」

「大丈夫よ、ルイン。サツキがいるんだから」

「がはは! 昔っから心配性だよなぁ、ルインは!」

彼らが今いるのは林の中ではない。

それなりに開けた場所である。

周囲には石造りの建物がぽつぽつと建っている。

が、ほぼ建築物の体をなしていないものばかりだ。

石垣などもあるが、こちらも崩れていて背の低いものばかりである。

そのため、視界を遮るものはないに等しい。

聴こえてくるのは虫の大合唱。

まれに鳥類や、魔物のものらしき声が遠くから聴こえてくる。

サツキたちはまだ、戻って来ない。

「……もう、日が落ちるわね」

アレーヌが見上げた空は、濃い紫色に染まっている。

” 逢魔(おうま) が 刻(とき) ”

ルインの頭にふと、そんな言葉が浮かんだ。

遥か昔、異界の勇者が伝えた言葉だと聞く。

この時間帯は、妖魔が姿を現す時間帯であり――

また、人々に災禍がもたらされる時間帯でもあるのだとか。

ぽつり、とアレーヌが言った。

「なんだか、不吉な空」

――――――――――――ドクンッ

激しく、一つ。

ルインの心臓が、跳ねた。

(これ、は――)

直感が――勘が、告げている。

迫っている。

何かが。

危(・) 機(・) が(・) 。

「……なんか変だぜ、ルイン」

ユーグングが言った。

「虫が一斉に、鳴き止んだ」