軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出会ってから

イヴの肩から、力が抜けたのがわかった。

そして、

「――そなたの言う通りかもしれぬ、な」

先ほどまでの食ってかかる感じも霧散していた。

驚くほど、今はしおらしくなっている。

「確かに我は、あの子の気持ちを考えられていなかったのかもしれん……」

「リズは出来すぎた子だ。自分の望みを俺たちに悟られないよう、普段から色んな気持ちを上手に抑え込んでる――隠してる。鈍感なおまえが気づかないのも、仕方ねぇよ」

ふふ、と。

微笑を漏らすイヴ。

次いで彼女は、掌底で自分のこめかみを一つ叩いた。

まるで、

”しっかりしろ”

自らをそう叱るみたいに。

「そうだ。我は鈍いゆえ……気づかぬのだな。だが……冷静にリズの側に立ってみれば、わかる気もする。ひたすら待つだけの日々というのも……立場を逆にしてみれば、それはそれでなかなか辛いものだな」

「そういうわけだから……今日からは、ここでリズとのんびり過ごすといい」

「だとしてもだ、トーカよ」

「ん?」

「我の力が必要になったらいつでも頼ってほしい。まさか、蠅王ノ戦団の一員であることを捨てろとまでは言わぬのであろう?」

俺は少し目を丸くした。

そして、息をつく。

「まあ――おまえが、そうしたいなら」

満足げに頷くイヴ。

「ならばよい。これで蠅王ノ戦団からも解雇では、なんとも寂しい話だからな」

言って、イヴが手を差し出してきた。

掴みとるみたいに、俺はその手を握り返す。

「月並みな言葉だが、そなたの旅の無事を心から祈らせてもらう」

「ああ。おまえには本当に助けられた。今まで、ありがとな」

「何度も言うが……礼を言うのは我の方だ。そなたと出会っていなければ、我らは今頃どうなっていたかわからぬ」

そして、どちらからともなく手を離――

「待った」

しかけた、ところで。

俺は、離れかけたイヴの手を掴んだ。

引き留めるみたいに。

「ど、どうしたのだトーカ?」

急な引き留めに虚をつかれた顔をするイヴ。

「ここに残るんだから、もう必要ねぇよな」

「うむっ――、……うむ?」

反射的に頷いてみたは、いいものの。

なんの話かいまいち飲み込めていない顔で、イヴは首を傾げた。

ここは金棲魔群帯の奥深くにある魔女の棲み家。

誰も辿りつけぬとされている場所。

ここで正体を偽る必要はない。

ならば”その姿”も――必要ない。

「だから」

イヴの腕輪に触れる。

「元の姿に、戻してやる」

イヴと別れて部屋に戻った俺は、セラスにイヴの件を話した。

「そうですか……イヴとの旅も、ここまでなのですね……」

今、俺たちはベッドの縁に並んで座っている。

湯上がりのセラスの白い肌にはまだ火照りが残っていた。

涼しげな薄着の上に、一枚薄手のカーディガンっぽいものを羽織っている。

「実は私も、すっかり忘れていまして」

苦笑するセラス。

「なんだか、イヴとはいつまでも旅が続くような……そんな感覚でいました。ですが、言われてみれば元々イヴとはそういう約束でしたね……」

セラスは睫毛を伏せ、露わになった白い膝の上に両手を添えた。

「それに、リズにとってはその方がいいのでしょうし」

「イヴがここに残ればエリカを守ることもできる。ま、エリカなら色んな防衛策はすでに練ってるだろうが……イヴの存在が役に立つこともあるかもしれない」

何より。

復讐の旅なんてろくなもんじゃない。

イヴやリズみたいな善人が、これ以上関わるものでもあるまい。

「で――」

視線を前へ向けたまま、尋ねる。

「おまえは、どうする?」

「私、ですか? ええっと、それはつまり……私もここへ残るか否か、ということをお聞きに?」

「ああ」

「わ――私はあなたの騎士です。もちろん、あなたの旅には最後までつきあう所存です」

「そうか」

言って、後ろに倒れ込む。

ボフッ

「…………」

上体を捻り、俺の方を振り向くセラス。

「トーカ殿……?」

「おまえの覚悟は、前にすでに聞いてる」

天井を見つめたまま、続ける。

「だからこの旅についてくることについて今最終確認をした以上、もうどうこう言うつもりはない。ただ……」

セラスが胸元にこぶしをやり、小さく唾を飲み込む。

ややあって、俺は言った。

「絶対、って言葉はあまり好きじゃない……だから”絶対”に守り切るとまでは、断言しない。が、俺は持てる力のすべてを用いてセラスを守る――それは、約束する」

キュッ

セラスがこぶしを握り込む。

「トーカ、殿……」

「セラスのことはもう、最後まで俺が面倒見ようと考えてるよ」

「――――――――」

「そっちがそれでいいなら、だけどな」

ハイエルフの姫騎士の口が”も”の形を作る。

そして、

「もちろん――いいに、決まっていますっ。え――ええ、もちろんですっ……最後までトーカ殿に私の面倒を……面倒を、見ていただけるのなら……それ以上は……もう、何も望みません」

目を閉じ、俺は口もとを緩く綻ばせる。

「わかった」

再び、目を開く。

「おまえにはもうとことんまでつき合ってもらうぞ、セラス・アシュレイン」

セラスの目もとが――綻ぶ。

空色の瞳が潤んで見えた。

ベッドについたその手が、布地をきつく握り込んでいる。

「――はい――」

白磁の頬は、微かに上気していた。

湯上がりのせい――では、ないと思う。

「このセラス・アシュレイン……あなたの騎士として、とことんまでお供いたします。どこで、あっても。そう……」

セラスが距離を、詰めてくる。

「たとえそこが、地の果てであろうとも」

作られた月の光が、窓から差し込んでいる。

光はセラスのその端麗な容貌を、どこか祝福でもするみたいに、淡く――そして、優しく照らし出していた。

…………

翌日。

俺は朝一でリズに告げた。

旅の終わりを。

最初、リズは寂しげな反応を示した。

が、受け入れてくれた。

ここから黙ってそっと立ち去る案もあった。

しかし……リズの気持ちを考えるとそれはよくない気がした。

思い浮かんだのは――少し前のセラスと姫さまの関係。

”ちゃんとお別れを済ませていない”

セラスは以前そのことで”しこり”を残していた。

だが納得いく別れを済ませた今は晴れ晴れとしている。

だから、リズとも別れの時間をしっかり設けるべきだと思った。

ま、これが 今生(こんじょう) の別れとも限らないわけで。

再会の機会も、なくはないだろう。

とまあ――

そんなわけで、今リズは家の外でセラスと過ごしている。

イヴも一緒だ。

服は昨日と同じだが、姿はもう元の豹人である。

それから、

「ピギーッ」

「パキュ〜」

ピギ丸とスレイも、楽しそうにリズと戯れたりしていた。

あいつら、リズにはほんと懐いてるからな……。

と、

「出発を一日延期したのはどういう風の吹き回し? てっきり、今日出発かと思ってたけど」

家の窓から外を眺めていた俺に、エリカが声をかけてきた。

「リズに、ちゃんと別れの時間を作ってやりたくてな」

俺の隣に来て中腰になると、エリカはそのまま窓縁に両肘をついた。

紫紺の瞳が、楽しそうに談笑するリズたちを捉える。

「トーカって、リズには特別甘い気がするわ」

「あの子は俺と境遇が似てるっつーか……昔の俺と似てる。特別扱いしてる自覚はあるさ」

「リズに優しくすることで、遠回しに過去の自分を救ってでもいるつもり?」

「ま、そうだな」

「あら、弁解しないのね」

「事実だからな。それがすべてじゃないにせよ、確かにそういう部分はあるさ」

「――素直なんだか、素直じゃないんだか」

エリカが、屈めていた上体を起こす。

「けど、他にもあるでしょ?」

「ん?」

「延期した理由」

目ざとい魔女である。

「……俺以外の連中の疲れが、まだ抜けてない」

壁に背をもたれさせ、肩越しにセラスたちを見やる。

「がんばってくれるのはいいんだが、どうも蠅王ノ戦団は揃いも揃ってがんばりすぎるきらいがある。となると――まとめ役の俺が、ちゃんと疲れ具合を見計らって調整してやる必要も出てくる」

たとえ疲れていても、

”やれ”

俺がそう言えば、多分やる。

やってくれる。

セラスも。

ピギ丸も。

スレイも。

「特にスレイの疲労がな……せめて、あと丸一日は休ませてやりたい。今回の姫さまの件で一番がんばってくれたのは、スレイなわけだし……」

一番、無理をさせた。

「スレイをここへ置いてくのもちょっと考えた。つーか……正直言うと、今も少しだけ迷ってる」

コツッ

壁に軽く、後頭部をぶつける。

「ただ、今後を考えると……スレイがいるのといないのとじゃ、雲泥の差なんだよな」

「イヴと違って代えがきかない?」

「ああ」

イヴの目と耳は確かに頼りになる能力だ。

が、実は俺で代用できないほどでもない――当然、質は劣るが。

「セラスやピギ丸のように、スレイの能力も代替がきかねぇんだ」

「ま、大丈夫でしょ――よっ、と」

窓縁に 臀部(でんぶ) をのせ、エリカが窓の外を見下ろす。

「スレイは確かにリズに懐いてるけど、妾から見ればそれでもスレイの一番はトーカとセラス。きみたちと引き離される方が、あの子にはよっぽど辛いと思うわ。それに……スレイはやっぱり普通じゃない。エリカの見立てだと、きみが思うほどあの子は疲れていないはず。むしろ――北方魔群帯に行く前より強靭になってる感じすら、ある」

「…………」

スレイはまだ生まれたばかり。

生後半年も経っていない。

つまり……。

まだ――成長過程でしかない、ということか。

あれほどの能力を、持ちながら。

「といっても、なるべくスレイに無茶はさせないよう気をつけるつもりだ。これは俺の復讐の旅だからな……無茶をさせるにしても、何事もまずは俺自身がやってからの話だろ」

肩を竦めるエリカ。

「そんなトーカだから、みんな無茶をしてでも助けたくなるんでしょうけどね……ともあれ、休んでいく分にはいくらでも休んでっていいわよ? ここの家主としてはね」

「ああ、助かる。それに……セラスやピギ丸にしても、やっぱりもう少し休ませてやりたい」

急がば回れ、というか。

何事も疲労を取っておいた方が効率は上がる。

何においても、休息は欠かせない要素なのだ。

「セラスにしても……ここのところ、姫さまと会うまではずっと神経が張り詰めてたみたいだしな」

肉体的な疲労に限らない。

精神にも休息は必要だ。

エリカの視線の先では、セラスが屈んでリズを優しく抱擁していた。

少し間があって、エリカが言った。

「ねぇ、トーカ」

視線を俺へ戻すエリカ。

「昨日の夜、セラスと何かあった?」

「改めて互いの意思を確認し合った、ってとこだ」

「ふーん」

「…………」

「…………」

「ところで、エリカ」

「ん?」

「実は前々から、ずっと聞いてみたかったんだが――いや、これはあくまで興味本位からくる疑問だ。だからもし踏み込み過ぎた質問だったら、気にせずスルーしてくれていい」

「何よ、改まって? きみは特別だから、多少踏み入った質問でも許したげるわよ?」

窓縁に座ったまま脚を組み、エリカが、俺と視線を合わせる。

「で、蠅王殿はこのエリカ・アナオロバエルに何をお聞きになりたいの?」

「何か、理由があるのかと思ってな」

「理由?」

俺は、言った。

「出会ってからあんた、一度も笑ってない」