軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

まだ、S級勇者です

◇【十河綾香】◇

大魔帝、東に現る。

報を受けた女神は眉を曇らせていた。

小山田が馬車の後部から身を乗り出す。

「おいおいおい女神ちゃーん!? なんかラスボス出てきてんじゃーん!? これピンチなんじゃね!? 終わる!? 東の連中、ここで終わっちゃうんスかぁぁああああ!?」

安は鞍上で腕組みしている。

「ふむ、これは聖と樹が噛ませ犬化する流れと見るべきか。配役的に考えれば、あの双子の役割はこんなものであろう」

綾香は唾をのんだ。

(敵の総大将が、出てきたんだ……)

「この世で最も不幸なことの一つは、本当に力のある人間がその力を出し切れねーことだ。いずれ埋められねー損失になる可能性も、高いかもな……」

女神の隣に馬をつける桐原が当てつけのように言った。

「オレほど不遇な勇者もいない。逆に聖は贔屓レベルで活躍の場が与えられてる。ヴィシス、このオレが何を心配せざるをえねーかわかるか?」

「考えごとをしていますので、少し黙っていていただけますか?」

「それは、大魔帝が予想以上に雑魚で、このまま聖に倒されちまうことだ」

女神の言葉をスルーし、桐原が懸念を口にした。

「十河が脱落した今、トップ争いは実質このオレと聖に絞られた。それはいいが……つまらねー聖優遇でこのまま決着されてもな。興ざめの極みと言わざるをえねーだろ」

舌打ちし、ため息を吐く桐原。

「弱者は恐ろしいほど頭が悪いからな……格の違いを実感させてやるには、わかりやすい結果を突きつけるしかない。だが……強者がその結果を出す場すら与えられねーのは、詐欺に等しすぎる」

女神は馬上で前のめりになって手で口を覆っていた。

黙考が続いたのち、ふむ、と女神が何か決意する。

「でしたら――東へ向かいましょうか、キリハラさん」

髪を撫でつける桐原。

当然だ、と言わんばかりの顔だった。

「時すでに遅しじゃないことを、祈るしかねーな……」

アギトが女神に馬を寄せる。

「キミも行くのかい、ヴィシス?」

「大魔帝に踊らされている感も否めませんが、何も講じないわけにもいきませんからねぇ。タカオ姉妹や白狼騎士団がいるとはいえ、大魔帝となれば話が違ってきます」

「今から行って間に合うと思う?」

「 魔導馬(まどうば) を、使いましょう」

アライオンを発つ前、綾香は魔導馬の説明を受けていた。

女神と魔術師ギルドの英知を結集して作られた特別な馬だそうだ。

魔導馬は通常の早馬よりも格段に早く移動できる。

ただし貴重なので数は少ない。

この戦でも各軍に数頭しか配備されていないらしい。

「東軍に合流するのは、私とキリハラさんだけにしましょう」

「僕らや他の勇者はこの南軍に残すのかい?」

「すでに南東で待機していたウルザ軍も、増援として東へ向かっています」

西、南、東の三軍以外にもマグナル領には二つの軍が展開している。

南東のウルザ軍と、南西のミラ軍である。

この二つの軍は戦況に併せ増援として動く予定となっていた。

「大魔帝自身のこの動きも罠かもしれないと考えてるんだね?」

「西侵軍と南侵軍の動きがどうも不穏に思えてなりませんので、南軍もこのまま戦力を残しておくべきと判断しました。ですが、先ほど述べた通り大魔帝を無視することもできませんから」

余裕を示すためだろうか?

女神が笑みを湛えた。

が、目は笑っていない。

魔導馬を至急用意するよう女神が指示を出した。

次に、アライオン軍の将たちへ指示を飛ばしていく。

さすがというか、的確かつ迅速にこなしている。

そんな中、小山田や安が自分たちも連れて行けと少しごねた。

しかしあっさり女神に説き伏せられてしまった。

その後、四恭聖や竜殺しも一旦女神のもとへ集められた。

各方面への指示が一段落した頃、アギトが女神に問うた。

「アヤカ・ソゴウは連れていかないのかい? 過去の事例通りなら、根源なる邪悪の討伐には最高等級の勇者の力が不可欠だと思うけど」

「幸い今回はS級が三人もいますから大丈夫でしょう。それに……天秤にかけますと、ソゴウさんには果たして貴重な魔導馬を消費する価値があるのか……ここまでレベルが上がっても固有スキルを覚えないのは異例かつ異常です。おそらく、特殊ツリーが固有スキルにあたるものだったのかと」

女神は頬に手をあて、大仰にため息をついた。

「実はこの一戦が落ち着いたら、ソゴウさんは私の独断でB級へ格下げしようと思っています」

切なげに胸に手をやる女神。

「水晶も間違った判定を行うことがあるのですね……まあ、他の二人と差がありすぎると周りも混乱しますから。仕方ありません。認定した私も潔く認めます。ソゴウさんのS級判定は間違いだった、と。判断を任された者は、時にその間違いを認め、謝罪する勇気を持たなくてはなりません。ソゴウさんもそれで何も問題ありませんよね? あるはずはないのですが……」

綾香は、感情を込めずに答えた。

「はい」

「無駄に反論しないその姿勢には敬意を表します。あの……ソゴウさん、今までたくさんの厳しい言葉をかけて本当に申し訳ありませんでした。ですが、それもすべてS級勇者のあなたにとても期待をかけていたからなんです。しかし本性がB級がだったあなたにはもう何も言いません。これからはあなたの成長の機会を奪ったかもしれない薄色の勇者さんたちと、腐らずにがんばって生きてください。親切心から再三警鐘を鳴らしてきましたが……やはり世の中、いくらがんばっても結果が出なくては無意味すぎます。なんと、いいますか――」

女神は哀しげに微笑んだ。

どこか、突き放すように。

「今まで本当に、お疲れさまでした」

兵士が魔導馬の準備ができたと伝えにきた。

女神は馬を返すと、魔導馬が用意された幕舎へ向かった。

桐原も馬首を巡らせて方向変換する。

彼は綾香を一瞥し、吐き捨てるように言った。

「オレの不遇は見過ごせねーが、異世界も悪いことばかりじゃねーらしい。少しずつだが、本物と偽物の違いがはっきりし始めてきた感がある……元の世界じゃその曖昧さにうんざりしてきたが、やはり強者と弱者の線引きはしねーとな」

静かに鋭気をみなぎらせ、東の空を眺める桐原。

「ここで聖なんかに殺されたら正気を疑うしかねーぞ、大魔帝……」

ブツブツ独りごちながら、桐原が刀の柄に手を置く。

「真の キリハラ(王道) を雑魚どもに見せつけるなら、おまえほどの適役はいねーからな……大魔帝を殺すのは、このオレ以外ありえない――ありえては、ならない」

女神と桐原が去ったあと、小山田が両手をバンバン打ち鳴らした。

「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ! てか綾香、マジ!? マジな話!? びびびび、B級に格下げって! 今期最大の転落劇きたぁぁああああ! ぎぇぇええええ、これもうアレだわ! 綾香センパイ色仕掛けとかエロさで勝負するしかねーんじゃね!? ひぇぇええええウケる! ネツい! ネツいよー! これは、ネツすぎるぅぅうううう!」

「……翔吾さ、拓斗のことなんだけど」

「あ?」

小山田に声をかけたのは 室田絵里衣(むろたえりい) 。

桐原グループの女子では一番目立っているギャル風の女子である。

以前、四肢を切断した魔物を桐原が他の魔物を呼び寄せる餌として使ったことがある。

その時に『ちょっと、や、やりすぎじゃね?』と引いていた女子だ。

「拓斗、こっちの世界に来てからなんか変じゃね?」

「はぁ? そーかぁ?」

「つーか、あんなしゃべるやつだっけ? 元の世界にいた時は口数少なくてクールってゆーか……決める時だけさらっと発言するとこが、イケてたってゆーか……」

「かもしんねーけど、ここは違う世界なんだし、生き残るには変化が必要なんじゃね? こうなったらもう封印されてた本性とか出すしかないっしょ!みたいな? 漫画とかも、ピンチになると主人公覚醒すんじゃん」

「いや、かくせーとか知らねーけどさ……安もなんかキモいくらい調子乗ってるし。浅葱もこっち来てから、微妙に不気味っつーか……」

綾香も違和感はあった。

異世界に来てから確かに様子の変わった生徒が何人かいる。

小山田はさっき”本性”と言った。

勇者召喚には、隠された本性を引き出す力でも働いていたのだろうか?

「何か思い詰めてるみたいだけど、大丈夫かい?」

ベインウルフが綾香の横に馬をつけていた。

彼は、女神の去った方角を見やった。

「毎度ながらあの女神さまのお小言はきっついよなぁ。まー、おれは結果がすべてって考え方は好きじゃないがね……」

ベインウルフがドト棒を綾香に勧める。

綾香はやんわり断った。

彼は、差し出したドト棒を自分で咥えた。

「結果はどうあれ、何かを一生懸命やったなら……それは褒められていいと思うぜ」

肩をすくめるベインウルフ。

「ほら、おれは生来の怠け者で通ってるだろ? そんな怠け者から見ると、一生懸命取り組むことの難しさがよーくわかるわけだ。まー……だから一生懸命やってきたソゴウちゃんもそのグループも、褒められていいはずさ」

綾香は 口辺(こうへん) に薄く笑みを浮かべた。

「ベインさんは長い目で見守ってくれるタイプですね」

視線をあさっての方向へやりながら、頭を掻くベインウルフ。

「おれはせかせか結果を求められない方が楽に感じる性分だしな……。しかしまあ、肩を持つわけじゃないが、今の女神さまにゃ長い時間をかけて成長を見守ってる余裕はないんだろーさ」

「気遣ってくれて、ありがとうございます」

馬上で背筋をのばし、綾香は前を向く。

「でも、私は大丈夫です。しんどくないわけじゃないですけど、女神さまのあしらい方も少しわかってきました。私が反論しなければ、そのうちお小言も終わりますから」

ベインウルフが、おっ、という顔をした。

「正直、固有スキルに恵まれなかったのは悔しいです。だけど私だってまったく無力ってわけじゃない。レベルって上がったし、技術も磨いてきました。そう、私はきっと……」

手綱を握ったまま、後ろを振り返る。

少し後ろをついてくる周防カヤ子。

馬車の中で心配そうにこっちを見ている綾香グループの勇者たち。

「誰も守れないほど、無力でもない」

綾香の視線を追うベインウルフ。

「前向きなのは、いいことだ」

「私は女神さまに褒められるためにがんばってきたんじゃありません。みんなと元の世界へ戻るために……みんなを守るために、がんばってきたんです。それに女神さまの言葉通りなら、この一戦が終わるまでは……」

綾香は冗談っぽく続けた。

「私はまだ、S級勇者です」

◇【高雄樹】◇

「――【ウインド】――」

刃物のような鋭い強風が乱れ狂い、無数のカマイタチのごとく暴れ出す。

喉を切り裂かれた魔物が喉をおさえて横転する中、他の魔物たちは混乱の渦に飲み込まれた。

暴虐なる風刃の乱舞が、殺到する大魔帝の軍勢をすさまじい勢いで切り裂いていく。

そこかしこで血しぶきが舞い、かろうじて保たれていた敵の隊列はろくな抵抗すら許されず完全崩壊した。

魔物の断末魔の悲鳴が、耳障りな大合唱となって辺りを覆う。

地獄絵図であった。

魔物とはいえ、無慈悲なまでにその身体を千々と寸断されていく光景は、敵であっても同情を禁じ得ない。

やがて――範囲内にいた魔物は、一匹残らず血の海に沈んだ。

表情一つ変えずその光景を眺めているのは、高雄聖。

彼女の遙か後方には退却中の白狼騎士団、マグナル軍、アライオン軍がいた。

聖は、退却する軍のしんがりを務めていた。

固有スキルで聖の背後まで移動し、樹は姉に命令を伝えた。

「姉貴、団長さんがそろそろ下がれってよ!」

聖は腕を下げた。

「わかったわ」

樹は聖を抱えると、速度上昇の 固有スキル(壱號) で白狼騎士団に追いつく。

聖の馬は、恐怖が極まってか逃げ出してしまった。

なので聖は馬主を失った予備の馬にまたがる。

樹も自分の馬に騎乗し直した。

姉妹の馬が走り出すと、騎士団の最後尾にいた男が下がってきて、聖に併走する。

「無事か、ヒジリ」

「ええ、どうにか」

併走する黒い騎士装の男――ソギュード・シグムスが後方を見やる。

「勇者の固有スキルとやらは恐ろしい力だな……風系統の攻撃魔術と似ているが、威力が桁外れすぎる」

「MPの消耗が激しいので無限に放てるわけではありませんが」

「姉貴の固有スキルってアタシのより名前がむっちゃシンプルだよなー……アタシのはなんか、一々言うのがめんどくせー……」

「名が短いほど発動が早いものね」

「アタシはよく知らねーけど、姉貴の見立てだとゲームとかに出てきそうな名前ばっかなんだっけ?」

「女神の言葉通りなら、ステータス表示やレベルアップの概念は私たちのいた世界の文化……ロールプレイングゲームから引っ張ってきている。なら、スキル名も同じくゲームを参照しているんじゃないかしら」

「ふーん」

その時、ソギュードが険しい顔になった。

「敵の増援だ」

幅広な谷間の道の曲がり角から、腐肉馬の群れが現れた。

群れは仲間の死骸を踏みつけながらぐんぐん突き進んでくる。

馬上にまたがるオーガ兵は大鉈を手にしていた。

こちらよりもスピードがあるので、距離は徐々に縮まっていく。

聖が、馬から飛び降りた。

「ひと息つく間も与えてくれないわけね。まあ、いいけれど」

ソギュードが馬を止め、聖の隣に並ぶ。

「固有スキルで、連中の先頭を崩せるか?」

「ええ」

「では、敵の後続はおれの騎士団が任されよう。この先がどうなるかわからない。撃てる数に限りがあるとなれば、温存も必要だろう」

一拍置いて、聖は答えた。

「わかりました。でしたら、ここは頼みます」

ソギュードが抜刀する。

「ディアリスの隊はそのまま進み、残りは全隊転進! ヒジリ・タカオが固有スキルを放ったのち、突撃をかける! もう承知とは思うが、邪王素の影響分をしっかり考慮して戦えよ!」

白い騎士装の者たちは、

「応っ!」

と気炎を吐く。

彼らはそのまま、ソギュードの左右に整列した。

「……姉貴ばっかに、押しつけらんねーからな」

樹も聖からやや離れた後方に位置取り、怒濤の勢いで迫りくる大魔帝軍に対峙する。

「【 雷撃ここに巡る者(ライトニングシフター) 】――」

雷花が爆ぜ、樹の周囲で、咲き乱れる。

「【 参號、展開(アンロック、スリー) 】」」