作品タイトル不明
魔女の協力
「――で、傭兵として神聖連合の南軍に紛れ込むって?」
話を聞いたエリカは、呆れ顔だった。
あの後、俺とセラスはすぐエリカの部屋を訪ねた。
事情を話すと、
「エリカに止める権利はないけど……正気?」
止められはしなかったが、正気は疑われた。
「北方の魔群帯を抜ければ南軍との合流は可能だろ?」
「まあね。それに……南軍に参加する各国の軍はマグナルの王都シナドを目指しているみたいだから、シナドで傭兵を募るのは十分ありうる。今のネーア軍の移動速度とシナドとの距離を考えれば、確かに、ここから北方魔群帯を抜ければ間に合うかもしれない」
セラスの顔に希望の火が灯る。
安堵を浮かべて俺に目配せしてきた。
”間に合わないこともない”
魔群帯に詳しい禁忌の魔女が、こう言っているのだ。
「でもそれは、抜けられればの話よ」
「問題は時間じゃないと?」
暖色系のランプの灯りがエリカの横顔を照らしている。
エリカの表情は難渋を示していた。
彼女の表情が陰って映るのはおそらく、光の角度のせいだけではない。
「北の魔群帯を抜ける、ってのが問題なのよ」
ベッドの上であぐらをかき、エリカが人さし指を立てる。
「キミたちはウルザから来た。つまり、通ってきたのは南の魔群帯ね」
エリカが何を言いたいのか。
おそらく、
「北と南で魔物の強さが違う?」
「正解。北には凶悪なやつらが集まってるわ」
セラスの顔にあった安堵が揺らぎ始める。
「理由は諸説あるけど、エリカは単に根源なる邪悪の発生源に最も近い地域だからじゃないかって考えてる。で、力のある魔物が自分より弱い魔物を縄張りから排除していった……その結果、今みたいな分布になったんじゃないかしら? ま、推論にすぎないけど」
「あの、エリカ殿……東、あるいは西方面から回り道という手は――」
「それだと十中八九キミたちの到着前に主戦力同士がぶつかるわ。つまり、間に合わない」
「……ッ」
俺はエリカに問いの視線を投げる。
「北の魔群帯を抜ける以外で、期日までに南軍と合流する手段は?」
肩を竦めるエリカ。
「残念だけど、思いつかない」
「なら、北を通って南軍と合流するしかないな……」
俺のひと言にセラスが戸惑いを浮かべる。
「ですが、トーカ殿――」
「セラスの気持ちさえ変わらないなら、方針に変更はない。障害が魔物なら――すべて、排除するだけだ」
「トーカの状態異常スキルがあれば、あながち無理な話でもないかもね」
エリカが言う。
「話を聞いた限りトーカは対集団戦もこなせる。あの魂喰いも倒してるわけだし……戦いに慎重さは必要だけど、敵を過大評価しすぎると、それはそれで好機を逃しかねない。北方魔群帯の魔物を怖がりすぎるのも、確かによくないかも」
と、エリカが立ち上がって棚の引き出しを開けた。
中には丸めた筒状の羊皮紙が詰まっていた。
うち一つを手に取ると、エリカが、それをテーブルの上に広げる。
「使い魔の目で集めた情報を元に作った、北方魔群帯の地図よ」
三人で覗き込む。
魔群帯の地図作成は不可能と聞いていた。
が、禁忌の魔女はそれを可能にしたのか。
俺は、地図の一部を指差す。
「この線は?」
「通り道として使えそうなルートよ。大型の魔物が群れで移動した地域の中には、地形が慣らされて、移動しやすくなってるところがあるの」
「エリカ」
俺は、視線を上げた。
「わざわざそんなルートを書き記してるってことは……いずれ、ここから出ることも考えてるのか?」
エリカが視線を返す。
「離れられるとしても、100年近く先の話になるでしょうけどね」
言い方が気になった。
「まるで100年近くはここを離れられないような口ぶりだな」
セラスが何か勘づいた顔をする。
いや、というより……。
ぼんやりとあった予想が、確信に近づいた感じだ。
「エリカ殿は、なんらかの精霊と契約を……?」
「――まあね」
卓に両手をついたまま、エリカは肯定で答えた。
「ここに来る途中、セラスは湖の底に溜まった魔素を見た?」
「え、ええ」
「あの魔素を生み出しているのがこの聖霊樹に宿るルノウレドって精霊なんだけど……場に居つく精霊でね。で、ここを人間や魔物たちの手から守る代わりに、エリカは、ルノウレドの生み出した魔素を研究や実験に使わせてもらってるの」
エルフは魔素を操るのが苦手な種族だと聞いている。
生み出す量も貯蔵量も人間に劣る。
その一方で、魔導具などの実験は多量の魔素を必要とする。
ゆえに禁忌の魔女は”ここ”を選んだわけだ。
「妾もダークエルフにしては魔素関連の資質に恵まれてる方だけど……さすがにこのエリカ・アナオロバエルの設計した魔導具の実験となると、足りなすぎると言わざるをえないわ」
「魔素を生み出す唯一無二の精霊……その伝説は古い文献で読んだことがありますが、実在したとは……」
「とても恥ずかしがり屋だから、ルノウレドはずっと気配を消してるんだけど……さすがはハイエルフね。薄々は、感じてたんでしょ?」
「霊素があまりに希薄でしたので……かつてここにいた精霊の名残りか何かかと」
「エリカ」
会話に割り込み、俺は一つ確認を取る。
「あんたはここを離れるつもりがないだけか? それとも、ここを 離(・) れ(・) ら(・) れ(・) な(・) い(・) の(・) か(・) ?」
一拍置き、エリカが答える。
「後者よ」
なるほど。
セラスが、再確認の調子で続く。
「エリカ殿はこの一帯に”留まり続ける”契約を結んでいる……そしてその代わりに、ルノウレドの力を行使できるのですね?」
ため息をつくエリカ。
「そういうこと。だから悪いけど、キミたちに同行はできないの」
「お気になさらないでください、エリカ殿。行きやすい道を記した地図を見せていただけただけでも、ありがたいことです」
エリカの様子を観察する。
少し気まずそうな表情をしていた。
そうして、俺たちは軽くルートを検討し終えた。
「これは、あげる」
エリカが、俺に地図を差し出してきた。
「いいのか?」
「好きに使ってちょうだい。ただし見ての通りこの地図も完璧じゃない。過信は禁物よ」
エリカは水差しの水を銀杯に注ぐと、それを飲み干した。
口もとを拭い、言う。
「明日の朝までに、こっちで支援できそうなことを考えておくわ。だから詳しい話は明日、改めてしましょう」
▽
あくる日の早朝、俺はエリカの部屋を訪ねた。
が、不在だった。
となると――あの研究室だろうか?
移動し、例の扉から梯子を伝い下へ降りる。
降り切ると、
ガチャッ、カチャッ、ドサッ
何やら物音が聞こえてきた。
音の方へ視線を向ける。
……あの部屋からか。
ドアを開けると、そこは広い部屋だった。
ピギ丸の強化を試したあの部屋よりもでかい。
気温は研究室と違って涼しかった。
ただ、部屋自体は広々としているものの……。
広さを損なうほど、物が多い。
魔群帯の拾得物を詰め込んだガラクタ倉庫だろうか?
肝心のエリカはというと、雑多な物が積まれた山に上半身を突っ込んでいた。
何か探しているようだ。
「おはよ」
こちらに臀部を見せたまま、エリカが朝の挨拶をしてくる。
「朝昼晩と風景や環境が変化するのは、時間感覚を失わないためか?」
「わかってるじゃないのよ――で、何か用?」
「二人で軽く話がしたくてな。セラスは今【スリープ】で眠らせてる」
ずり、ずり、ずり……
後ずさりする猫みたいに後退し、エリカが出てきた。
「話って、何?」
「まず、いやに協力的になった理由について」
「……悪かったわよ」
エリカの口から飛び出したのは、謝罪の言葉だった。
……なんの話かすぐ察しをつけたようだ。
「南軍と合流する話を俺たちから聞いたあとやけに協力的になったのは、罪悪感からか?」
両手を上げ、降参ポーズを取るエリカ。
「……ネーア聖国の姫君の話をしたのは迂闊だったわ。今は幸せそうにキミと旅をしているから、てっきり過去とは決別してるものかと」
姫の話をした時、エリカは無神経だったかもと反省の色を示した。
「セラスの反応が、想像と違かったか」
「だって……あんな顔されたら、誰だってセラスの想いの強さはわかるわ。セラスは隠してるつもりだったみたいだけど、全然、隠し切れてないし」
セラスの演技はエリカにも見破られていた。
「だからエリカも悪かったと思って、こうして寝ずに――」
「わかってる。それに……セラスもすべてが終わってから知るより何倍もマシだったはずだ。要するに……俺は、礼を言いにきたんだよ。あんたがセラスにネーアの姫さまの話をしてくれたのは、結果的にはよかったと思う。俺たちを一切止めようとしなかったのは、少し意外だったが」
「雰囲気で、止めても無駄なのがわかったからね。北方魔群帯を抜ける難しさは一応、義務だと思って説明したけど」
エリカが、上半身のホコリを払う。
「とまあ……そんなわけで昨日の夜言った通り、エリカとしてはできる限りキミたちの支援はするつもりだから」
それからエリカは一息つくと、親指で部屋の奥を示した。
「一つ見せたいものがあるんだけど、いい?」
この部屋にはもう一つ奥へ続く扉がある。
エリカはその両開きの扉を、左右の手で押して開いた。
彼女に続き俺も部屋へ足を踏み入れる。
「これは……」
部屋の中央に鎮座していたのは、
「馬車、か?」
「というより、戦車と呼ぶべきかしら」
戦車といっても、砲身やキャタピラのついているアレではない。
いわゆる 戦車(チャリオット) と呼ばれる戦闘用の馬車みたいな方だ。
が、客車的な部分があるので”馬車”という印象も強い。
一方で、エリカが”戦車”と言ったのも頷ける。
黒い車体が、明らかに外敵の存在を意識した造りになっているためだ。
「これはエリカが魔群帯に来た時に使った” 魔戦車(ませんしゃ) ”……ルノウレドとの契約が切れた後、また使うかもと思って取っておいたんだけど……」
「ひょっとして、これを俺たちに譲ってくれるって?」
「ここで”いいでしょ!? いいでしょ!? ねぇトーカ、この戦車うらやましい!?”って、ただの自己満足で見せびらかしてどうするのよ……」
間に挟まれた小芝居は、必要だったのだろうか。
しかし、
「…………」
そこそこでかい車体だ。
つまり――目立つ。
これだと移動中に魔物から見つかりやすくなる。
目立たぬよう移動するのには向いていない。
が、エリカがそこに気づいていないはずはない。
ということは、
「この戦車には、何か特別な力でも?」
「――認識阻害よ」
「この戦車とその周囲が、認識されなくなるってことか?」
「ええ、解釈としてはそれで間違ってない」
再度、俺は戦車に目を向けた。
「……なるほどな」
効果としては破格だ。
「だけど、この魔戦車に残された力はあと三分の一くらいよ。ここへ来る時に、三分の二は使っちゃったから」
「補充はできない、と」
腰に手をやって、項垂れるエリカ。
「古代の秘術を用いた魔導具は、同一の力が存在しないのが特徴なの。だから、同じ力を持った魔導具を作ることができないのよ。いえ……作り方どころか、補充のやり方すら、このアナオロバエルをもってしても解明できない。悔しいけどね」
いわゆるロストテクノロジー的なものか。
「で、残りのその力はすべて使っちまっていいのか?」
「いいわよ。エリカは、他の脱出方法を考えるから」
戦車に近寄るエリカ。
「問題は……この魔戦車をここまで引いてきた魔法生物が、ここへ辿り着いた時点で使い物にならなくなったってこと。そしてアレをこしらえるには、膨大な年月がかかる」
つまり、
「スレイ次第、か」
「あの不思議な魔獣の第三形態なら、いけると思うんだけど……」
エリカには先日、スレイの第三形態を披露した。
結局、スレイの詳細な情報はわからなかったが。
しかし禁忌の魔女が舌を巻くほどの魔獣なのは、確からしい。
胸を張るエリカ。
「いずれにせよ、北方魔群帯の約半分を魔物から見つからず進めるのは魅力的でしょ?」
「…………」
おおまかな計算ではあるが……。
北方魔群帯の約半分を魔物と遭遇せず通行できる。
これは間違いなく魅力的と言えるだろう。
半分行った時点で乗り捨ててもいいわけだしな……。
ただ、この魔戦車――いやに攻撃的なフォルムをしている。
射出槍のような部位も確認できる。
エリカによると、認識阻害以外にもいくつかの攻撃能力が備わっているそうだ。
なので、乗り捨てるかどうかはその攻撃能力の有用性次第かもしれない。
「この魔戦車以外にも禁忌の魔女お手製の魔導具があるわ。実験用の試作品ばかりだから、耐久度の問題で使い切りみたいなものだけど……一応、その中から使えそうなものを選んで渡すつもり」
「さっきあの山で探してたのは、それか」
あの山はエリカお手製の魔導具の山だったらしい。
……あんな雑に積まれていたから、ガラクタかと思った。
「ほとんどは長期使用を目的としていないから、回数制限があると思ってちょうだい」
「戦力になるならなんでもいいさ。ところでこの戦車、地上まで運べるのか?」
「笑止。エリカ・アナオロバエルよ? そこを考えてないと思う? 運ぶのもゴーレムがやるから、安心なさい」
フン、と鼻を慣らす。
「さすがだ」
「あ、それと……傭兵として潜り込む際、キミたちは”蠅王ノ戦団”を名乗るのよね?」
「? ああ」
「ちょっと、待ってて」
そう言い置いて部屋を出ていくエリカ。
ほどなくして、彼女は一体のゴーレムを引きつれて戻ってきた。
彼女たちの腕には黒い衣類らしきものが抱えられている。
エリカが、うち一つを広げてみせた。
「せっかくなんだし、これで大物感を出していっちゃえば?」
お披露目されたそのローブは、いかにもというか……蠅王やその配下におあつらえ向きな雰囲気を発していた。
俺用とやらのローブは、大賢者のローブと比べて特に悪の親玉みたいな感じがある。
しかし、マスクとの相性は悪くなさそうだ。
あくまで”悪の親玉っぽい”という要素において、だが。
「魔群帯の拾いものか?」
「元々はね。それを、エリカなりに仕立て直してみたの。ほんとは、ここを発つ時に渡そうかと思ってたんだけど……どう? かっこよくない?」
語気がいささか興奮気味だった。
心なしか瞳もキラキラしている。
鼻息も荒めだった。
相変わらず笑みこそないが、嬉しそうに見える。
イヴやリズの服の件といい……。
元々、衣服を仕立てたりとかが好きなのかもしれないな。
「ま、趣味は悪くないな」
エリカが裏地を見せてくる。
なんというか、通販番組さながらのプッシュ感だった。
「見た目だけじゃないわよ? 実用性もバッチリ兼ね備えてるの。 黒獅子(くろじし) グモの糸を編み込んであるから、耐久性や耐火性も優れてるし」
得意げに説明を続けるエリカ。
セラスやイヴ用の外套もひと手間かかってるそうだ。
俺は、痛みのほぼ取れた肩の傷口に触れた。
ああいう防具があれば、こういう負傷も防げるかもしれない。
それに……。
俺は、ローブと他の外套を見比べる。
「…………」
この統一感のある出で立ち。
いよいよこれで”蠅王ノ戦団”らしくなった、とも言えるか。
わかった、と俺は手を差し出す。
「エリカ・アナオロバエル手製の防具……”蠅王ノ戦団”として、ありがたく使わせてもらおう」