軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

対峙

◇【セラス・アシュレイン】◇

先頭の男が足を止めて振り返った。

「ムアジ様? いかがされましたか?」

問いを投げられた後ろの男。

彼がムアジのようだ。

ローブを着用している。

他の者より上等なローブだとひと目でわかる。

紋の入った紫のローブを着た集団。

アシントで間違いないだろう。

ムアジが言った。

「灯りを消していただけますか?」

「え? あ、はい! おい、消せ!」

灯りが消える。

雲間から微かに漏れ出る淡い月明かりだけが残る。

ムアジが聞いた。

「灯りを消す前に気づきましたか?」

「な、何をでしょうか……?」

「あそこです」

「いえ……な、何も気づきませんでしたが」

「あの辺りだけ枝が何本か折れていました。普通に考えれば、何者かが慌てて逃げ込んだと考えられます」

「で、ではっ!?」

「逃亡者はまだこの辺りに潜んでいるのでしょう。第一陣は、囮に引っかかったようですね」

「よし! おまえたち、林の中へ入って豹人と小娘を捜せ!」

「必要ありません。あれは、罠でしょうから」

「罠、ですか!?」

「あの枝は意図的に折られたのです」

「意図的に……?」

「はい。囮を使って先頭の私兵部隊と我々を分断した者がこんな失敗をするとは思えません。あのような露骨な痕跡を残すわけがないのです」

「な、なるほど」

「賢い相手のようです。我々なら枝が折れているのを見逃さない……そこまで読んだのでしょう。そしてまんまと林へ踏み入れば、まさに相手の思うツボ……つまり、罠が張ってあるのです」

「さすがはムアジ様……しかしまさかあの豹人に、そこまでの知恵があったとは……」

「多分、罠を張ったのは豹人ではありません」

「え?」

「直接見た感じ、イヴ・スピードは緻密な策を練る人物には見えませんでした。過去の話を聞く限りでも」

「ほ、他に仲間がいると?」

「はい。ですので、敵は豹人と少女だけと思わぬ方がよいでしょう」

「くっ、危ないところでした……ムアジ様がいなかったら、どうなっていたことか……」

「さて、あなたの策は見破りましたよ?」

ムアジが手を上げた。

「そろそろ観念して、出てきてはどうですか?」

アシントたちが弓を引き絞る。

「そこに隠れているのはわかっています。我々が有しているのは弓矢だけではありません。距離を詰めずとも遠距離から仕留める方法や、炙り出す方法はあります。たとえ、木の幹を盾にしようとも」

雲間から月が顔を出した。

共に姿を現したのは、セラス・アシュレイン。

彼女は蠅の被り物をしていた。

口角を緩めるムアジ。

「蠅の剣士、ですか……あの蠅王の伝説に登場する彼の配下を思わせますね。まあ、あちらは女剣士ではありませんでしたが」

セラスの剣はすでに抜き放たれている。

黙したままでいると、ムアジが口を開いた。

「何者かは知りませんが、豹人と少女を素直に我々へ引き渡すのなら、命までは取らぬと約束しましょう」

ムアジが両手を広げる。

「いえ、どころかアシントの一員として歓迎しましょう。佇まいでわかります。あなたは腕の立つ戦士のようです。さぞ名のある戦士なのでしょう」

セラスは剣を握り直す。

「出された提案を、断ると言ったら?」

「呪いによる苦しみを与えます。生きていることを後悔するほどの、残酷な苦しみを」

「…………」

「我々の呪いは強力ですよ? あの五竜士でさえ我々の呪いには抗えなかった」

「本当にあなたたちが五竜士を?」

「そうです。呪いの前には”人類最強”とて無力――さて、どうでしょう? ここで苦しみの果てにその命を散らすよりは、我々の一員となる方が賢明かと思いますが」

セラスは構えを緩めた。

推し量る目でムアジを見る。

しばらくして、彼女は口を開いた。

「わかりました」

ムアジの糸目が角度を増す。

「実に賢い選択です」

「この数相手に勝てるとは思えませんし、私たちが見つかって捕まるのも時間の問題でしょう」

「現実を見据えて先を読む力もある。素晴らしい才能をお持ちだ」

「ですが一つ、条件があります」

「聞きましょう」

「イヴと少女の身の安全を約束してください」

「今の我々はあなた方を追っている公爵家に強い影響力があります。約束は、必ずや果たしましょう」

「……いいでしょう。では、豹人と少女のところへ案内します」

踵を返す。

「全員、私についてきてください」

セラスが歩き出す。

先頭のアシントが続こうとした。

すると、

「 な(・) る(・) ほ(・) ど(・) 、 そ(・) う(・) い(・) う(・) こ(・) と(・) で(・) す(・) か(・) 」

ムアジが、

「待ちなさい」

配下を止めた。

「ムアジ様……?」

セラスは足を止めた。

「…………何か?」

「あなたは豹人たちを素直に引き渡すつもりはない。そうですね?」

セラスは問いに答えなかった。

答えず、反転。

剣を構える。

「なぜ、気づいたのですか……?」

「あなたの言葉に違和感があったのです。あなたは先ほど”全員”と口にしました。ですが、全員を引き連れて行く必要がありますか? 付き添いなど数人で問題ないはずです。なのにあなたは、我々”全員”を林の中へ連れて行こうとした」

セラスは唇の端を噛んだ。

ムアジが続ける。

「いえ、実際は林の中へ引き込む必要すらないのかもしれません。たとえば、そう――」

片目を開くムアジ。

「何かの 射(・) 程(・) 距(・) 離(・) 内(・) へ引き込めさえすれば、それでよかった……とか?」

「……くっ」

「ですが逆に考えれば、その罠はこの距離では無意味ということ……全員、距離を取って攻撃態勢を取りなさい」

ムアジが手を上げて指示する。

「そのまま攻撃態勢を維持。いつでも、矢を射れるようにしておいてください」

矢がセラスへ向けられる。

彼女はやや挑戦的に、微笑した。

「お得意の呪いで、殺すのではないのですか?」

微笑みを返すムアジ。

「今ここにいるアシントは” 呪士(じゅし) ”と呼ばれるワタシ直属の特別な部隊でしてね」

「呪士?」

「特別にお教えしましょう。彼らは、暗殺者ギルドの意思を継ぐ者たちなのです」

セラスはその名を知っていた。

「暗殺者、ギルド……」

「おや? 名に覚えがあるようですね? これは珍しい」

「わたしは古い文献を漁るのが趣味でして。しかし、暗殺者ギルドはもう存在していないはずです。なぜなら――」

「そうです、暗殺者ギルドはかつて異界の勇者によってほぼ根絶やしにされました。根源なる邪悪を倒し、主目的を失った勇者たちは、暗殺者ギルドを次なる”邪悪”としたのです」

微笑みを絶やさずムアジが続ける。

「勇者たちは大陸中の暗殺者ギルドを次々と潰して回りました。その後も暗殺者ギルド員の者は勇者やその子孫から追われ、投獄され、殺されていきました。そして時代を経るにつれ、暗殺者ギルドの存在も忘れ去られていった……」

セラスもそれは知識として知っていた。

「あなたたちは、暗殺者ギルドを復活させるつもりなのですか?」

「いえいえ、我々はかつて暗殺者ギルドが担っていた仕事を代替わりするだけです。呪術師集団として。ただし――」

「やり口は、暗殺者ギルドの手法と同じ……」

「そういうことになります」

王都モンロイの酒場でアシントと揉めた男の父親。

彼は泡を吹きながら倒れて意識不明になった。

あれは、呪いではなく――

「あなたたちの武器は毒物、ですか」

「ご明察です」

暗殺者ギルドとくればまず思い浮かぶのは毒物。

「ただし我々は、容易に毒だと見破れぬ高度な毒物を有しています。種類も豊富ですよ? 痺れを及ぼす程度のものから、即効性の致死毒まで。しかしこれらの高度な毒は、少ないながらも生き残った暗殺ギルド員の子孫が持っていた特殊な調合法でしか、作れませんが」

足もとを靴底で擦りつつムアジが続ける。

「そして何より、痕跡を残さぬよう始末するのは……暗殺者ギルドの最も得意とするところです」

痕跡の残らぬ高度な毒物による暗殺。

それがアシントの使う”呪術”の正体だった。

ただし毒物は所持自体を禁じている国が多い。

表立っての流通も禁止されている。

ある二国は特に毒物の所持、使用を厳しく禁じている。

ヨナト公国と、アライオン王国。

この二国は毒物を”邪なるもの”として認定していた。

所持者、使用者は厳罰に処される。

「毒殺後、その痕跡を消した上で、あなたたちは自分たちの暗殺の成果を”呪術”として喧伝していた……」

用いるのは毒物と判明しにくい特別製の毒。

当然、気づかれずに毒物を体内へ侵入させるすべも心得ているだろう。

そして暗殺者の技術によって痕跡を消すのは、お手のもの。

これらが揃って”呪い”は完成する。

毒物は所持や使用が各国で禁じられている。

ゆえに彼らは名を”呪い”と変えてそれを用いる。

この”呪い”という概念は厄介だ。

存在を証明できない不確かな概念。

だが、逆に不存在も証明できない。

「そうして舞い込んだのが、例の黒竜騎士団の一件でした。特に五竜士の死は――」

セラスは、ムアジの言葉を先回りして言った。

「人知を超えた呪い以外では、説明できない」

「素晴らしい理解力です。そうです。ゆえに我々は、あえて黒竜殺しを名乗った。呪いの存在を、人々に信じ込ませるために」

確かに五竜士殺しには説明のつかない点がある。

”誰が彼らを殺したのか?”

セラス・アシュレインが彼らに勝てたとは思われていないだろう。

どころか一般的には、すでに死んだと思われているほどだ。

現状、彼らを殺せた者を誰も思いつけていない。

皆が納得のいく該当者がいないのだ。

当時、現場に居合わせた者以外には何もわからない。

であれば――

呪いの力かもしれないと思っても、おかしくはない。

「しかし、五竜士を殺した者があなたたちのウソを知って接触してくるとは考えないのですか?」

蛇のようにムアジが目を吊り上げる。

「わかっていないようですねぇ? その者が五竜士に勝てたのも、我々の”呪い”のおかげなのですよ?」

「…………」

どこまで行ってもこれは水掛け論にしかならない。

呪いのおかげで勝てた。

逆に、呪いの力でないと証明する手立てはない。

これは、五竜士を殺した当人でさえ証明不可能とも言える。

ある意味、無敵の論理。

「呪いの不存在など誰も証明できない。 呪(・) い(・) の(・) 力(・) か(・) も(・) し(・) れ(・) な(・) い(・) 。その不確かな状態が続く限り、どうあっても我々の勝利なのです。証拠がない限り、この世では言い張った者が勝つのですから」

「本物の五竜士殺しにあなたたちが狙われるとは、考えないのですか?」

「ふふ、仮にそんな者が現れても隙を見て暗殺しますよ。実を言うと、五竜士相手でも我々なら勝てたと思っているのです。確かにシビト・ガートランドは戦闘能力こそ最強だったかもしれません。ですが、本当はこの世において最強にふさわしいのは暗殺者なのです。正々堂々と戦う必要などありません。策や毒を用いて殺すことに長けている者こそ、実は、最も強き存在なのですよ」

「……あなたたちの目的は、なんなのですか?」

「暗殺は金になります。そして、貴族の世界では邪魔者を殺したい願う者も多い。我々は最終的にズアン公爵家を足がかりに、国の中枢へ喰い込むつもりです」

「邪魔者となる相手を、暗殺で排除しながら?」

「はい。最後はこの国を、我々が手に入れます」

「裏からウルザを操る、と」

「そうなる予定です」

(公爵家へより取り入るためにイヴを捕らえ、功績を上げたいわけですね……ここも、トーカ殿の読み通り……)

「ところで――」

ムアジが問うた。

「他の仲間はどこに?」

「イヴと少女以外は、私一人です」

セラスはそう答えた。

が、ムアジは信じなかった。

「たった一人で我々を相手にするとは、さすがに考え難いですがねぇ」

セラスは頭を回転させた。

「…………」

顔へ手をやる。

一瞬、アシントが攻撃へ移ろうとした。

しかしムアジが制する。

セラスは蠅の被り物を脱ぎつつ、

「あなたたちを私一人で相手にできると思うに足る理由を、説明しましょう」

変化を、解除。

「私が、あの五竜士と対峙して生き残った者だからです」