軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地獄と悪魔

少し前、俺はイヴと白足亭に辿り着いた。

例の少女が女主人に大声で威圧されていた。

カッとなったイヴが女主人を殴りつけた。

蹴りもお見舞いした。

少女を連れてイヴは店を出た。

あのままセラスと合流するだろう。

上手くやれば誰が攫ったかわからないよう少女を連れ出すこともできたかもしれない。

しかし激昂したイヴは、踏み入って女主人を殴りつけた。

まあ、気持ちはわからなくもない。

それに――

「…………」

俺自身の問題もある。

「あ、あたしが約束を守るはずがないだって……?」

今、目の前には尻餅をついた白足亭の女主人がいる。

手前まで行って、俺は女主人を見おろした。

「おまえは公爵に聞かれたらすぐに本当のことを話すさ。長い目で見て肩入れして得するのはどっちだ? 自分を殴りつけて姿を消した豹人か? 今後も”お得意様”になるであろう、公爵サマか?」

「ぐっ」

「そしておまえは義理堅い性格じゃない。目の前の長いモノに巻かれるタイプの人間――どうだ? 図星だろ?」

「ぬぐ、ぐ……そもそもアンタ、い、一体なんなんだ? 何モンだ?」

女主人は活路を見い出そうとしていた。

会話で時間を稼ぎ、逃げ道を探そうとしている。

存在しない抜け道を。

「俺が何者かだって? 圧倒的な善人に決まってるだろうが。おまえにひどい扱いを受けていた女の子をここから救い出したんだぞ? 正義の味方に、決まってる」

女主人が青筋立った。

コケにした答えだと理解したのだ。

「ア――アンタねぇ!? こんなことしてタダで済むと思ってんのかい!? あの子はズアン公爵さまが引き取る予定になってた子なんだよ! つまりアンタは、あのお方に逆らったんだ! もうアンタらは終わりさね! あの小汚い獣もなぁ! ぶひゃひゃひゃ! ざまあみろ! けどまあ、今ならまだ許してやろうかねぇ? 今からでもあの子をあたしに返してあの獣と王都を立ち去るなら、アンタの存在だけは黙っててやるよ!」

「あの子の反応で、すぐにわかった」

「あぁ……? なんの話だ?」

「怒鳴りつける時に身近なものを叩きつけてでかい音を出すと、気分がいいんだよな?」

「…………」

「しかも、前置きなく急にやりやがる。相手を怯えさせるために」

「…………」

「それが続くと、されてる側は大きな音にひどく敏感になってくる……音がするたび、怒鳴りつけられた記憶がフラッシュバックするようになる。自分がまた何か悪いことをしたのかと、不安になってくる」

まず音に驚き委縮する。

直後には周りの人間の顔色をうかがう。

よくわかる。

俺も、同じだったから。

そう――この女には既視感がある。

あいつらと、似ている。

実の親どもと。

「あの反応を見て、普段からおまえがあの子をどう扱ってたかはよーくわかった。前後のテメェの反応と照らし合わせれば、ほぼ確定で間違いねぇだろ」

「う――うるさいうるさいうるさぁぁああい! だ、だからなんだってんだい!? テメェにゃ関係ねぇ話だろうがぁ!」

「気に入らねぇんだよ」

「な、に?」

「あの子にあれだけのことをしといて、テメェが今後も何ごともなかったかのようにのうのうと暮らしていくと思うとな……俺にはどーも、それが気に入らねぇ」

「ん、だとぉ……ッ!?」

「ま、口封じの意味合いもあるがな……あの子を攫ってイヴが逃げたと推測はされるだろうが、唯一の目撃者のおまえを殺せば確定にはならない」

確定と未確定の差は意外と馬鹿にならない。

未確定の場合”他の可能性”が残り続ける。

「ぐぅぅぅ……っ! あ、あたしはアンタらがもう終わりだって話をしてんだよ! 言った通りアンタをあの恐ろしい公爵から救えるのはあたしだけだ! ほれほれ!? あたしに許しを請うかどうか、ハッキリしな!?」

息をつく。

「もうハッキリしてるだろ」

「あ?」

「終わるのは、おまえの方だ」

キョロキョロ店内を見渡すおかみ。

目の前の男に交渉は通じない。

それを悟った顔だった。

女主人が大口を開ける。

「ぎぃぃゃぁぁ――」

「【パラライズ】」

「――ぁ、ぐ……ぁ?」

叫び出そうとした女主人を麻痺させる。

続けて、

「【ダーク】」

「あ? な……ん、だ……? 目の前が……暗、く……?」

さらに非致死設定で、

「【ポイズン】」

この三つの重ねがけは可能。

「あ、ぐっ……ぐ、ぁ……ぐ、ぐる……じっ……」

客はいない。

他の人間の気配もない。

今の白足亭には女主人と俺しかいない。

「外の誰かに助けを呼ぼうとでも思ったか?」

声が発される位置で俺の顔の位置がわかるのだろう。

ギョロついた目が俺を睨め上げた。

時に目は言葉以上に感情を語る。

渾然一体とした感情。

困惑。

焦燥。

恐怖。

「バ、バケ……モ、ノ……がッ!」

「そいつはお互いさまだろ」

振り向いて扉を見る。

「いたぶって殺してやりたいところだが……あいにく、それほど時間がないんでな」

俺は腰から短剣を抜いた。

本来は素材用のものだが。

女主人の喉もとに刃をあてる。

ビクッと反応する女主人。

何がのどに添えられたかを、理解したのだ。

「大した偽装にゃならねぇだろうが、物取りの犯行って 体(てい) にさせてもらう」

女主人はガタガタ震え始めた。

深い闇の中で命の危機が迫ってくる……。

俺はその恐怖を知っている。

あの廃棄遺跡の中で知った。

「恐ろしいもんだろ……視界を奪われた状態で、いつ殺されるかわからないってのは」

「ぐ、ぎっ……ぎぃぃっ……こんな、ごとじて……アン、タ…… 地(ち) の 獄門(ごくもん) 、行きに……なる、よ……ッ?」

「…………」

「だけど、ねぇ……アタシを、見逃せば…… 天(てん) の 救門(きゅうもん) に……行げ、る……ッ」

地の獄門。

天の救門。

こっちの世界でいう天国と地獄みたいなもんか。

最後は死後の世界を持ち出してきたようだ。

意地でも助かりたいらしい。

が、

「馬鹿かおまえ」

これだけ好き勝手やって、

目的を果たすために手段を選ばず、

己の復讐に他人を巻き込んで、

個人の判断で、あれもこれも蹂躙して。

この女が今持ち出した交渉は無意味だ。

覚悟はもう、決まっている。

天国や地獄の概念が前の世界と同じかはわからないが――

「地獄行きに決まってるだろうが」

そう、

「俺も、おまえも」

すべきことを終えた俺は、白足亭をあとにした。