軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天秤

宿に戻った俺たちはまず着替えを済ませることにした。

今、俺は市民に紛れ込みやすい服装をしている。

肌着や下着類も、替えられる時に替えておくべきだ。

「しばらく部屋を出てた方がいいか?」

「いえ、問題ありません」

「わかった」

互いに背を向けて着替え始める。

二種類の衣擦れの音。

音の感じが違った。

俺の方が荒っぽい感じがある。

こういうトコでも性格って出るのかもな……。

セラスより少し早く俺は着替え終えた。

「じゃ、荷物をまとめるか」

セラスがベルトを締め終える。

「はい」

俺たちは次に荷物をまとめた。

留守番だったピギ丸をローブ下に巻きつける。

「プユ〜♪」

微笑ましげな顔をするセラス。

「ピギ丸殿は本当にトーカ殿がお好きなのですね」

「ピユッ」

「俺の方もピギ丸は好きだぞ」

「ピッ! ピュゥゥ〜♪」

背負い袋を担ぐ。

荷物も少しばかり増えてきたな。

いずれ専属の荷物持ちでも考えるべきか。

「さて……準備はできた。あとは予定通り、大門前の橋でしばらくあいつを待つ」

俺たちは手続きを済ませて宿を出た。

まだ時間帯的に行き交う人の数は多い。

夜風は幾分ひんやりとしていた。

が、程よい涼しさとも言える。

キュルルゥ〜

「う」

今の音……。

セラスの腹の虫か?

気まずそうに視線を逸らすセラス。

「これはその、お恥ずかしいところを」

「そういや夕食がまだだったな」

俺たちは大通りに出た。

屋台で軽い夕食を買う。

でかい都市はこういう点が便利だ。

夜でも普段から屋台が出ている。

さすがに24時間のコンビニとまではいかないが。

買ったのは棒状の肉が刺さった串もの。

つくね串っぽい。

「あむっ」

かぶりつく。

「ん?」

味つけが薄い。

ま、今は腹が膨れればいいか。

食べながら橋を目指す。

「はむっ……先ほどこの串を買ってる時も、思ったのですが」

少しずつ食べているセラスが話しかけてきた。

「あなたが演技をしている時、ふと知らない人間が目の前にいるような錯覚に陥ることがあります。あっという間にその場の風景に溶け込んで、目立たなくなると言いますか……」

叔父夫婦を思い出す。

「見破られる演技は、できなかったからな」

俺は”優しい三森灯河”を演じていた。

そう――叔父夫婦に見破られないように。

見破られたら気を遣わせてしまう。

俺にはそれがわかっていた。

無理をして”イイ子”を演じている。

叔父夫婦が勘づけば気に病んだだろう。

自分たちが気を遣わせてしまっている、と。

だから”無理をしていない自分”も演じる必要があった。

「必要に迫られて、会得したものなのですね?」

「……ああ」

口端に肉カスをつけているセラスを見る。

「逆におまえは目立ちすぎるかもな」

「や、やはりそうでしょうか? 私なりに風景に溶け込んだり、気配を消す努力はしているつもりなのですが……」

光の精霊による変化。

元の姿からは大きく離れられない。

要は変化してもその美しさを完全に隠せない。

結果、人目を惹いてしまう。

美しさ以外にもセラスは異性を惹きつける要素が多い。

情報収集中も男から何度か誘いを受けたそうだ。

まあ、なんというか。

セラスにモブ要素はない。

「当人の努力じゃどうにもならないこともあるし、何ごとも完璧にとはいかないだろ。たとえば、そういうところも」

俺は自分の口端に指を添えてみせた。

肉カスがついているのを教えるために。

「あ」

ハッとするセラス。

彼女は懐から白い布を取り出した。

次いで、俺の方へ距離を詰めてくる。

ん?

「気が回らず失礼いたしました……ここをお拭きすればよろしいのですね?」

俺の口端を拭こうと手をのばすセラス。

俺はセラスの腕を掴んだ。

「?」

「俺の方じゃない」

「我が主の方ではない……? あ――」

ようやく気づいたらしい。

「あの――」

「貸せ」

布をひったくって、セラスの口端についた肉カスを取ってやる。

「ぅ……申し訳ございません」

息をつく。

なんというか、

「変なところでニブいよな……」

大門前の橋が見えてきた。

辺りのひと気は少ない。

セラスと橋の脇に寄る。

一応、大門から死角になっている場所に位置取った。

衛兵に見られるのを避けるためだ。

荷物を一度おろし、懐中時計を見る。

リミットまであと四時間ほど……。

「愚直で信念が強い善人ってのも、意外とやりづらいもんだな」

愚直な分、やりやすい側面もあるが。

何よりイヴは……。

「我が主は、彼女を魔群帯に同行させたいのですね?」

隣に立つセラスが聞いた。

「最強の血闘士だしな……ただそれ以上に、別の面でイヴを仲間に引き込むメリットが大きいと考えてる」

そう、

「今後のことを、考えるなら」

「いずれにせよ私は、あなたの決定に従うまでです」

血闘場の方角を見やる。

「生き残ったとしても、イヴ・スピードはどの道モンロイから逃げ出す決断をするしかなくなるはずだ」

問題はそれが”いつ”かだ。

血闘前?

血闘中?

血闘後?

「どこかの時点で、イヴは現実を知る」

が、明日になればもうアウトだ。

どのタイミングであっても。

明日になれば俺たちの介入は難しくなる。

イヴを救うこと自体はできるかもしれない。

しかしその場合、王都内で騒ぎを起こすことになる。

俺の読みでは明日、イヴは王都から出られない。

つまり救うなら王都内で行動を起こすことになる。

結果、俺の存在を女神に知られる危険性が出てくる。

今のところそれは避けたい。

禁忌の魔女の居所。

クソ女神に存在を悟られるリスク。

この二つを天秤にかけた。

そして俺は、後者を避ける方を選んだ。

だから日づけが変わった時点でイヴを置いてモンロイを発ち、そのまま魔群帯を目指す。

タイムリミットは、指定した時刻まで。

このあたりが妥協点だ。

あとは――イヴ次第。

セラスが俯く。

「彼女が血闘士として自由の身を得て、例の娘と平和に暮らせる未来はないのでしょうか」

「ないな」

俺は断じた。

「話を聞く限りじゃイヴを所有してるズアン公爵はクソ野郎で決まりだろう。明るい未来なんざ待ってるわけがねぇよ。真性のクズってのは、善人にとっちゃ毒にしかならねぇ」

クズの毒性はよく知ってる。

「真性のクズは善人をとことん喰らい尽くす。骨までしゃぶり尽くそうとする……使い物に、ならなくなるまで」

だから叔父さんは兄である俺の父親と縁を切った。

それでも父親は俺を叔父さんに押しつけた。

哀れな子どもを見捨てられない性格だと知っていたからだ。

セラスの表情に陰がおりた。

「幸せな結末は、ないのでしょうか」

「ない」

俺はクズと断じた相手を信用しない。

希望的観測など、持たない。

「イヴ・スピードが愚直な善人である限り、幸せな結末は訪れない。そう――」

毒を持った誰かがその毒をもって、今現在イヴを蝕んでいる毒を制さない限りは。

時間が経つにつれて、視界を行き交う人の数は少なくなっていった。

人は夜眠るようにできている。

ネットで以前そんな話を目にした。

「彼女、来るでしょうか?」

「さあな……実のところ、俺も確信はない」

イヴの人間性。

イヴに関する情報。

イヴを取り巻く人間。

イヴを取り巻く環境。

俺たちの態度……。

「できることは、やったつもりだ」

最善は尽くした。

あとは、どちらの目が出るか。

これまでだって、賭けばかりだった。

廃棄遺跡で魂喰いとやり合った時も。

シビトと相対した時も。

絶対などなかった。

確実などなかった。

だから今回も、賭けになる。

勝つか負けるか。

天秤がどちらへ、傾くか。

「ただまあ――」

鼻を鳴らす。

「勝算がなけりゃあ、わざわざここで待ちやしねぇさ」

ポツポツと灯りの消えていく通りを眺めながら、俺たちはその時を待った。