軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78 未来の宝石(◆アニメ最終回ここまで)

「は、い……」

必死の思いで頷いた。

アルノルトは、それだけで少し満足したように目を細める。

リーシェの手を離さずに、左手だけで指輪の箱を開けた。彼の大きな手はとても器用で、容易く指輪を取り出せたらしい。

その間も、リーシェはいっぱいいっぱいだ。

(さっきの、キスは)

跪いて手の甲へ口付けるのは、ガルクハイン王侯貴族の求婚作法だと聞いたことがある。

だが、以前アルノルトがリーシェに結婚を願い出た際は、跪いて手を取っただけだった。

もしかして、あの夜をやり直してくれたのかもしれない。

(私が、結婚にまつわる儀式に対して、『憧れがある』と話したから……?)

そうだとしたら。

――先ほどの、『触れてもいいか』という問い掛けが、二度目の求婚だということになってしまう。

(どうして顔が熱いの……!!)

考えすぎだとは分かっているが、リーシェはぎゅうっと両目を瞑った。

指輪を嵌めやすくするためなのか、アルノルトがリーシェの手首に指を添える。その瞬間、心臓がますますうるさくなって途方に暮れた。

(単純に、手が触れ合ってるだけなのに)

こんなもの、握手とそれほど変わらないはずだ。

そのはずが、どうしてここまで動揺してしまうのだろう。

(……最初から、指一本触れないでくださいなんて言わなければよかった……)

そんな後悔で、いっそ泣きそうになってしまう。

こうしてわざわざ撤回することが、こんなにも恥ずかしいことだなんて想像もしていない。

くちびるを結んでふるふる震えていると、アルノルトが呆れたような声で言った。

「こら。息を止めるな」

「と、とめてないです」

本当は、ほとんどそれに近い状況になってしまっている。嘘をつき通せる気はしないが、正直に言うのも憚られた。

「呼吸の仕方を、忘れそうなだけで……」

「――ふ」

(笑った……!!)

人をこんなに動揺させておいて、あんまりではないだろうか。以前にもこんなことがあったような気がしたが、文句を言う余裕はなかった。

薬指の先に、冷たい指輪が触れたからだ。

「っ」

ぞくりとした。自分の体が熱くなっている証明に感じられて、ますます恥ずかしくなる。

アルノルトは、以前リーシェの手に触れた際の温度を覚えているだろうか。

(どうか、あのときより熱いことに気付かないで)

アルノルトはそのままどこか恭しい手付きで、リーシェの指に指輪を通し始める。

リーシェが目を閉じてしまっているせいか、その時間はやたらと長く感じられた。

永遠に続くかとも思われたものの、それはやがて、先ほどアルノルトが口付けた所でぴたりと止まる。

「ぷは……っ」

両目を瞑ったまま、一度に息を吐き出した。

「呼吸の仕方は思い出せたか」

「ど、どうにか……」

「……今度は、目の開け方が分からなくなったらしい」

楽しむように言い当てられて、ますます瞼を開けられなくなった。

心臓がどきどきと早鐘を刻み、どんな顔をしたらいいかさえ分からない。表情を隠すように俯くと、アルノルトの手がこちらに伸びてくる気配がする。

「んっ」

瞼に触れられて肩が跳ねた。

アルノルトはリーシェの睫毛のラインを、親指の腹で緩やかになぞる。

まるで涙を拭うかのように。

あるいは、深く眠った幼い子供を起こすかのように。ごくごくやさしい触れ方で、まなじりまでを辿ってゆく。

「リーシェ」

「……」

名前を呼んでくれる声も、幼子をあやすみたいに柔らかい。

だからこそ、リーシェも恐る恐る目を開けることが出来る。

そしてアルノルトは、リーシェが顔を真っ赤にしているのを見て、まるで大事なものでも眺めるかのように目を細めるのだ。

「出来たぞ」

ゆっくりと手が離されるのを、何故だか少しだけ名残惜しく感じた。

それでもアルノルトに促され、自分の手元へと視線を落としたリーシェは、薬指を見て無意識に声を漏らす。

「……わあ……」

そこに輝くのは、青いサファイアを戴いた指輪だった。

きらきらと金色に輝くリングは、金の蔦を編み込んで作られたかのようだ。

リングは二本のアームで作られ、波にも似た曲線を描いて組み合わさり、華やかなのに上品な美しさを形作っている。これほどの意匠を実現するのに、どれほど繊細な技術が要求されるのだろう。

石座の周りには、小さなダイヤの粒が散りばめられていた。

星屑にも似たその輝きは、中央に据えられた石を守っているみたいに健気で、とても可愛らしい。

(綺麗。可愛い。それに、なによりも……)

中央の石座には、どんな人の視線も惹きつけるようなサファイヤが輝いている。

寒い国の透き通った海を凍らせたような、深くて美しい青色だ。

左手を目の前に翳し、差し込む陽の光に反射させて、リーシェは大事に呟いた。

「……殿下の瞳と、本当におんなじ色」

そう思うと、不思議な喜びが湧き上がってくる。

宝石店の店主であるあの老婆は、『宝石はお守りなの』と微笑んでいた。彼女の言葉を実感しながら、リーシェはその喜びを噛みしめる。

「この指輪をつけているだけで、なんでも出来そう……」

「……」

だが、次の瞬間にはっとした。

アルノルト本人は、自分の目の色を嫌っているのだ。

その色で選んでしまった指輪を見て、どんな顔をするのだろうか。

「どうですか。殿下」

リーシェは眉を下げ、恐る恐る膝の上に手を置いた。

こうして手の甲を上にすれば、アルノルトからもよく見えるだろう。すると目の前に跪いたままのアルノルトは、リーシェの手元へと視線を落とす。

「ああ」

どこか無防備な声色の返事だ。

アルノルトは再びリーシェの手に触れる。

先ほどのように指を絡めたあと、指輪をはめた薬指の付け根を、確かめるように緩くなぞった。

くすぐったさと、痺れにも似た感覚が走る。リーシェはわずかに身を竦めたけれど、絡まった手を解くようなことはしない。

アルノルトは、目を伏せるように微笑んでこう言った。

「……想像以上に、気分がいいな」

「!」

返事を聞いて、息を呑む。

(私も)

浮かんできた言葉を封じるように、リーシェはくちびるをきゅうっと結んだ。

(――あなたが、そんな風に笑うのを見ると、何故だかとても嬉しい気持ちになる……)

そして、少しだけ泣きそうにもなるのだと気が付いた。

「リーシェ?」

そのまま口にすることは憚られて、そうっと首を横に振る。その代わり、困った心境になりながらこう答えた。

「……アルノルト殿下におねだりしたいことが、また増えてしまいました」

「言ってみろ」

甘やかすようなその返事に、心臓の奥がとくとくと疼く。

「今ならなんでも聞いてやる」

「……っ」

すぐ傍で見つめられた上、こんな風に囁かれて、先ほどまでの動揺が再来した。

普段だって、国政にまつわること以外なら、リーシェが望めば殆どのことは叶えてくれる。

どう考えても甘え過ぎだが、ここまで散々わがままを通している身だ。リーシェは声が震えないように気を付けながら、願いを告げる。

「……そのうち、殿下と一緒に旅がしたいです。旅先の案内人でしたら、私がちゃんと務めますから」

「旅?」

「はい。この世界にある、さまざまな美しいものを見るための旅を」

今すぐでなくとも構わない。

けれど、どうしても約束がしたかったのだ。

「蛍や花火だけじゃなくて。――あなたにとって、綺麗で美しいと思えるようなものを、もっとたくさん探しに行きたい」

「……」

アルノルトは静かに目を細める。

それはまるで、眩しいものを見るかのような仕草だった。

執務室に差し込む陽の光が、彼の青い瞳をいっそう透き通ったものに見せる。

その色に、何度でも見惚れてしまいそうだ。

「お前のお陰で、ひとつは増えたぞ」

「え」

思わぬ返事を渡されて、リーシェはぱちりと瞬きをする。

「それは一体?」

「さあな。お前が自力で分からないうちは、教えないでおくとしよう」

「ず、ずるい……!」

絶対に答えてほしかったのに、アルノルトは指を解いて立ち上がった。

リーシェは抗議の意味を込め、上目遣いに見上げて顰めっ面をする。

「常人が、あなたからの謎掛けに勝てるとお思いですか」

「リーシェ。常人というものは、得体の知れない薬品を、嫁ぎ先の空で爆発させたりはしない」

「うっ」

そういう問題ではないはずなのだが、突かれると痛い部分である。

渋々諦めると、アルノルトは面白がるような笑みを浮かべたあと、リーシェの頭に手を置いた。

「別に、それほど難しくない問題だと思うが」

「……!?」

ぽんぽんと頭を撫でられて、リーシェは何も言えなくなってしまう。

戯れのような触れ方だって、平常心を保てなくなるからやめてほしい。

どうしてここまで掻き乱されるのかを不思議に思いつつも、リーシェは俯いた。

膝に重ねた手の薬指には、海色の宝石が光っている。

(……いつか、私がこの色をどれだけ綺麗だと思っているのかが、アルノルト殿下にも伝わるといいのに)

手始めにこの指輪は、今夜の夜会にも着けていくことにする。

カイルたちの出立を見送り、両国の素晴らしい未来を願う場で、きらきらと美しく輝くことだろう。