軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57 未来の騎士たち

***

早朝、男装して騎士候補生の制服を身に着けたリーシェは、まだ誰も居ない訓練場に到着した。

静まりかえった訓練場は、清廉な空気に満ちている。候補生の訓練が始まるまでは、あと一時間半ほどだ。

(部屋を抜け出すのに細心の注意を払ってたら、いつもより五分遅くなっちゃったわね)

何しろ今日からは、隣の部屋にアルノルトがいる。この時間はまだ寝ているだろうが、少しの物音で気付かれてもおかしくはなかった。

(掃除を終えたら柔軟をして、てきぱき自主鍛錬を始めないと。――よし!)

気合いを入れて箒を掴み、訓練場の地面を掃く。壁際に立て掛けてある木剣の整頓をし、それから柔軟運動に入った。

体の筋を伸ばしていると、訓練場に人影が見える。

「フリッツ!」

「!」

これも毎朝の光景だ。昨日までと同じように彼を呼んだのだが、フリッツはリーシェが呼びかけた途端、びくりと肩を跳ねさせた。

その顔に浮かぶのは、なんだか引き攣った笑みである。

「お、おはようルー」

「おはよう。どうしたのフリッツ、何かあった?」

「え!? ああいや! 実は昨日、あんまり眠れなくてさ!」

フリッツは照れくさそうに言って、がしがしと頭を掻く。

それにしたって心配だった。彼は遠いシウテナの港町から皇都に来て、訓練をしながら慣れない生活を送っているのだ。ちょっとしたことで体調を崩す可能性だってある。

「顔色はそんなに悪くないけど、熱はどう? 食欲は?」

「朝からしっかり食べたし、熱っぽい感じもないな」

「じゃあ、目の下を指で押さえてみてくれる?」

「お。こうか?」

粘膜の色を見てみるが、カイルと違って貧血ということもなさそうだ。とはいえ、もう少し詳しく診ておきたい。

「――フリッツ、ちょっとごめん」

「おわ!?」

フリッツの手首を取り、太い血管のある位置に指を二本そっと当ててみる。その結果が芳しくなかったので、リーシェは顔をしかめた。

「……なんか、すごく脈が速いね」

「っ、あー!!」

フリッツは大慌てで身を引くと、やっぱりぎこちない笑みを浮かべる。

「城門からここまで走ってきたんだよ、訓練のついでに!」

「え? そうなの?」

「そうそう! ってことで、眠れなかっただけで元気はいっぱいだ。俺はなんともないから訓練を始めようぜ!」

「うーん……」

「それに、眠れなかったのは体調が悪いせいじゃなくて」

「じゃなくて?」

首をかしげると、フリッツはリーシェをじっと見たあと、困ったように顔を両手で覆った。

「…………俺、好きな奴が出来たかもしれない……」

「へええー! おめでとう!!」

午後は皇都の観光をしていると言っていたから、そこで出会った相手だろうか。なんにせよ、新しい人間関係を育むのは素晴らしいことだ。

「良かったねフリッツ。昔、僕の知り合いが言ってたよ。『惚れた相手がいる騎士は、強くなるのも早い』って!」

「そ、そうか……」

リーシェの祝福を受けて、フリッツは妙に複雑そうな顔をする。これはとある国の騎士団長の言葉なのだが、少々胡散臭かっただろうか。

そんなことを考えていると、訓練場の入り口に人の気配が近付いてくる。

(この時間にフリッツ以外の人が来るなんて、初めてだわ)

毎朝の自主訓練をしているのは、リーシェとフリッツのふたりだけだ。

やがて姿を現したのは、騎士候補生の青年だった。

「ルーシャスお前、本当にいつも朝練してたのかよ……」

「スヴェン。おはよう」

彼は昨日、訓練中にリーシェへ悪態をついてきた候補生だ。

リーシェの挨拶には答えずに、スヴェンは押し黙る。その様子を見たフリッツが、リーシェの前に歩み出た。

「よおスヴェン。お前がこんな早い時間に来るなんて、初めてだな」

「お、お前が昨日の帰り際、『ルーシャスは毎朝、誰よりも早く来て訓練してる』なんて反論してくるからだ!」

「事実だっただろ? ルーが俺たち全員に手合わせで勝ったのも、こうやって努力してるからなんだよ」

ふたりのやりとりを聞いて、昨日の訓練後にあった出来事をなんとなく察する。リーシェを庇ってくれたらしきフリッツは、そんな素振りをおくびにも出さずいてくれたのだ。

「ありがとう、フリッツ」

「友達なんだから当然だろ。さあルー、今日の訓練を始めようぜ」

「……ごめんね。少しだけ待ってて」

リーシェはスヴェンに向き直り、尋ねてみる。

「スヴェンも一緒に訓練しない?」

「え!?」

その言葉に、フリッツとスヴェンが目を丸くした。

「お、お前なに言ってるんだよ! 俺を誘うなんて、お前になんの得があるんだ!?」

「得?」

「そうだ。俺なんか放っておいた方が、お前にとっては好都合だろ」

不思議なことを言われたので、リーシェは首を捻る。

「騎士が強くならなきゃいけない理由は、国で一番の剣士になるためじゃないでしょ?」

「な、なに……?」

「護りたい人を護るためだ。だからこそ、みんなが成長しなくちゃ意味がないんだよ。自分だけが強くなったって、ひとりが護れる数には限りがあるんだから」

スヴェンははっと目を見開き、リーシェを見つめた。

今世のリーシェは騎士ではない。けれど、かつての人生で教わったことはいまもしっかり覚えている。

「それにスヴェン。君は昨日の訓練のあと、ここに残って自主鍛錬をしたんじゃない?」

「ど、どうしてそれを?」

「今朝の地面の状態が、訓練後に見たときとは違ってたから」

掃き掃除のときに箒で均しておいたが、恐らくは誰かと手合わせをしたのだろう。土の跡がそれを物語っていたし、スヴェンの手首には小さな痣が出来ている。

「訓練場を使える時間は限られているし、みんなで鍛錬した方が効率も良いよ。だから、一緒にどうかな?」

「……俺は、お前と鍛錬しようと思ってここに来たわけじゃない」

スヴェンはぐっと拳を握り締め、深呼吸をしてから口を開く。

「もう一度俺と手合わせしろ、ルーシャス」

「……あのなあスヴェン」

フリッツが、呆れたような顔をして言った。

「昨日ルーが勝ったのは実力で、まぐれじゃないんだぞ。お前は認めたがらないけど……」

「分かってる!」

「!」

それは、振り絞るような声だった。

「俺とルーシャスには実力差がある。本当はそのくらい、昨日こいつに負けた瞬間に、ちゃんと理解してるんだ……! だから必死で考えた。他の奴らにも、俺に足りないものは何か聞いて回った! 俺がルーシャスに勝つには、少しでも強くなるにはどうしたらいいかって……」

「スヴェン……」

スヴェンはもう一度深呼吸をしてから、リーシェに向かってこう告げる。

「お前の方が実力は上だ! そのことは分かった上でもう一度、手合わせを申し込みたい。どう努力すればお前を超えられるか、それを知るために!」

「――……」

スヴェンの肩は少し震えている。顔だって赤く、泣きそうだ。悔しさや緊張や恥ずかしさといった、色んな感情が入り交じっているのが見て取れる。

こうしてリーシェに頼むのは、とても勇気がいっただろう。それでも彼はリーシェに向けて、懇願する。

「お願いだ、ルーシャス。俺にもう一回機会をくれ」

「……ルー」

「……」

振り返ったフリッツに頷いたあと、リーシェはにこりと笑って答えた。

「いいよ。やろう」

「え!?」

そんな風に言い切ると、信じられないという表情を向けられる。

「そ、そんな簡単でいいのか!? 俺は昨日、お前を馬鹿にしたんだぞ!?」

「フリッツに迷惑を掛けたくなかっただけで、そのこと自体はなんとも思ってないよ」

「それに、お前の朝練の時間が潰れるわけで……」

「平気。それに、僕の方も試してみたいことがあるんだ」

慌てふためくスヴェンの言葉を聞きつつ、訓練場の壁際に立て掛けてある木剣を取りに行く。

そこには、昨日も使った通常の木剣のほか、その半分しかない木製の短剣もあった。

「ちなみに、君が考えた方法っていうのを聞いてもいい?」

「……ルーシャスは強いけど、力は殆ど無い。だから腕力で圧して、攻撃を防がれないようにしようと……」

「確かにその戦術で来られると、ちょっと辛いものがあるかな」

リーシェは苦笑しつつ、通常の長さの木剣を二本、短いものを二本選んで両手に抱えた。

「フリッツ。もし良ければ、君も手合わせに参加してくれない?」

「ああ、もちろんだ! ルーと手合わせなんて、俺の方から頼みたいくらいだよ」

「ふふ、良かった。そう言ってもらえると嬉しい」

「お、おう……」

ほっとして笑うと、フリッツが何故か困ったような顔をした。不思議に思いつつ、彼に木剣を一本手渡し、スヴェンにも差し出す。

「お前、本当に手合わせしてくれるのか……?」

「もちろんだよ。でも、僕からもひとつだけ注文を付けたいんだ」

「注文?」

「うん」

リーシェは頷いて、二本の短い木剣を、両手に一本ずつ握り込む。

そして、微笑んだ。

「ひとりずつ僕と手合わせじゃなく、ふたりで連携して戦って欲しい」

「な――……」

「ふたりで!?」

フリッツとスヴェンは声を上げたあと、それぞれに顔を見合わせた。

「ルー。つまりは二対一ってことか?」

「そう。付き合ってくれる?」

フリッツに尋ねると、すぐさま頷いてくれた。

「お前が『試したいこと』のためなんだよな。分かった、それでいいよ」

「は、話を進めるなよフリッツ! ルーシャスひとりに対して俺たちふたりなんて、そんな卑怯なことは出来ない!」

「あのなあスヴェン、数や力で挑めばルーに勝てるかもってのが間違いだぞ」

スヴェンは戸惑っていたものの、フリッツが乗り気なのを悟ると、覚悟を決めたように木剣を構えた。

二本の木剣を手にしたリーシェは、右の剣先でスヴェンを示し、彼らに告げる。

「いつでもどうぞ」

「――行くぞ!」

最初に踏み込んできたのは、スヴェンの方だった。

大ぶりだが、力強い動きだ。彼は木剣を振り被ると、渾身の力で斬りかかってくる。

「力任せに振るんじゃ駄目だ」

「!」

リーシェは一歩身を引いて、その一撃をかわした。

スヴェンはすかさず次を振りかぶり、リーシェの肩口を狙ってくる。それを左手の剣で弾くと、それだけで彼の体勢が崩れた。

「く……っ」

スヴェンは息を吐き、木剣を握り直した。焦っているようだが、いまので剣を落とさなかったのはすごい。

「攻撃のとき、剣に重心を預けるのは良くないよ。当たっても体勢を保ちにくいし、避けられたらもっと最悪だ」

「やあっ!」

「仕掛けるときは、必ず次の攻撃のことを考える」

説明しつつ、左の剣でスヴェンの一撃を止める。

かあん、と木剣のぶつかる音が響いた直後、別の気配が襲いかかって来た。

リーシェは右手の剣を構え、頭上でその攻撃を受け止める。

「うわっ、さすがだなルー!」

明るい声で言ったフリッツに微笑みつつ、スヴェンとフリッツを押しやった。そのまま木剣の切っ先を返し、スヴェンの懐に踏み込む。

柄をみぞおちに叩き込もうとしたが、スヴェンはそれを剣で払った。

「いい動きだよ、でも惜しい!」

「……!」

リーシェは体を翻し、そのままフリッツに斬りかかる。フリッツは木剣でそれを防ぐが、リーシェの攻撃は止まらない。

そちらが封じられたのであれば、もう一方に切り替えるだけだ。受け止められた左の剣でフリッツを押さえつつ、右手で木剣を繰り出した。

「スヴェン! 受け止めるな、避けろ!」

「ぐっ!」

「その調子! スヴェンはフリッツの動きを良く見て、フリッツもスヴェンと呼吸を合わせる!」

リーシェの言葉に反応し、ふたりは動きながら視線を合わせる。同時に斬りかかってきたのだが、それだけでは足りない。

「もう少しだよ。自分がいま相手の立ち位置にいたら、どこを狙って攻撃したい?」

「あ……」

「そうか、確かに……!」

先に叫んだのは、スヴェンの方だった。

「フリッツ、下だ!」

「分かった!」

その言葉を合図にし、フリッツがすかさず腰を落とす。地面すれすれの位置までしゃがみこみ、リーシェの足を木剣で払おうとした。

それを跳躍でかわした瞬間、スヴェンが正面から突っ込んでくる。リーシェは両手を掲げ、交差した木剣で頭上で受け止めると、着地と同時に上半身を捻った。

リーシェの回転に引っ張られ、スヴェンがフリッツの前へ体を投げ出す形になる。

フリッツはそれを護るように手を伸ばし、腕を掴んでスヴェンの体勢を立て直させると、すかさずふたりで斬りかかってきた。

左右の剣で受け止める。その衝撃を感じつつも、リーシェは思わずわくわくしていた。

(すごい、格段に良くなった……!)

これまで個別に挑んできていたふたりだが、連携を意識した途端に動きが変わった。

本人たちにも自覚があるのだろう。リーシェに剣を受け止められた状態でも、彼らの瞳は活き活きとしていた。見るからに、手合わせが楽しくて仕方ないという顔だ。

「フリッツ、次の一撃で押し切るぞ」

「ああ、やってやる!」

「良い判断だよ。――でも、残念!」

リーシェは短く息を吐き、そこからふわりと身を引いた。

「あ!?」

突然手応えがなくなったことに動揺し、彼らの体勢が崩れる。

リーシェはその隙をつき、フリッツの剣に打ち込むと、そのまま切っ先をぐるりと回した。

絡みつくような動きに抗えず、フリッツが木剣から手を離す。そのまま剣を遠くに弾き飛ばすと、続いてスヴェンの間合いに入った。

「うぐ……!」

左手の木剣を振り下ろせば、水平に構えた木剣に防がれる。だが、上からの衝撃に耐えられるよう構えた剣は、反対に下からの攻撃に弱い。

右手の剣で跳ね上げるようにすると、スヴェンの手からも木剣が離れる。くるくると宙で円を描いた剣は、地面に落ちてから転がった。

「はあっ、はあ、は……」

木剣から手を離した場合、続行は不可能だとみなされる。

手合わせはこれで終了だ。

ふたりはどこか呆然としていた。リーシェは両手の剣をひゅんっと振ってから、彼らに微笑みかける。

「昨日の手合わせで感じた通りだ。君たちふたりとも、戦闘の相性が良いんだよ」

「お、俺とフリッツが……?」

「そう。ふたりが組んだところを見てみたかったから、早速こんな機会が来て嬉しいな」

恐らくだが、このふたりはどちらも才能がある上に、剣術の捉え方が似ているのだ。そうでなければ、リーシェが多少助言したくらいであんなに動けない。

ふたりが一緒に騎士になれば、きっとめきめき強くなるだろう。そんな未来を想像し、リーシェはにこにこした。

だが、フリッツとスヴェンはやっぱりぽかんとしている。

「る、ルーシャス。『試したいこと』って、お前自身の技とか戦法じゃなくて、俺たちのことだったのかよ」

「そうだよ? すごく楽しかったから、明日もまたやりたいな!」

そう言うと、スヴェンはなんだか渋い顔をした。

「……お前って……」

「ふ、はははっ!」

スヴェンとは反対に、フリッツがおかしそうに笑い始める。

「それじゃ、明日も朝練に集合だなスヴェン! ルーに勝てるよう、ふたりで作戦会議もしようぜ」

「くそ……! 来るよ、ルーシャスよりも早く来てやる! お前が何時に来て柔軟始めてるのかは知らないけど、次は絶対に負けないからな!」

(本当は柔軟の前に掃除もしているけど、ただの習慣だし黙っておこう……)

そんなことを考えていると、スヴェンが俯いて、絞り出すような声で言った。

「……悪かった。その、色々と」

「言ったでしょ。なんとも思ってないって」

「!」

改めて告げると、スヴェンは少し泣きそうな顔をする。

「――っ、そのうちお前に勝ってやるからな」

「うん。でも負けないよ」

「くそ!」

そんなやりとりをして笑っていると、なんだか妙に視線を感じる。振り返ってみれば、フリッツがじっとリーシェを見つめていた。

「フリッツ? どうかした?」

「……え!? あ、いやなんでもない!! ただなんというか、ルーはよく笑うなって思って……!!」

「そうかな、ありがとう。フリッツこそ、いつも笑顔で朗らかだよ」

本当はリーシェももっと笑顔でいたいのだが、気を抜くと心配事が思い出される。ふたりには気付かれないようにしつつ、そっと意識を訓練場の入り口に集中した。

いまのところ誰の気配もないが、それは時刻がまだ早いせいだろう。

(ローヴァイン伯が来るのはもうすぐだわ。……今夜のためにも、この訓練中にしっかりと『情報収集』しておかないと!)

きたる夜会に向けて、リーシェは人知れず気合いを入れるのだった。