軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

244 この次も

(お母君や、生まれたばかりのご弟妹を手に掛けることを強いられて。……その出来事すらも当たり前のように、ご自身の罪として認めていらっしゃる)

リーシェから見れば、それは紛れもないやさしさだ。

「……ご幼少の砌、多くの血が流れた、その日々が」

涙の雫はまだ、零れていない。

リーシェは声が震えるのを堪えながら、ゆっくりと紡ぐ。アルノルトは、リーシェが拙く刻む言葉の先を、穏やかに待ってくれていた。

「殿下にとっての、婚姻なのですね……」

「…………」

彼の父は、戦争で世界中を侵略した。

そうしていっときの和平と引き換えに、幾人もの花嫁を人質として差し出させた。

生まれた赤子の殆どが殺され、妃たちの怨嗟の声が渦巻く中で育ったアルノルトは、青い瞳でその光景を見据えてきたのだ。

「だからこそあなたは、妃ではなく私という人間を尊重し、自由と望みを与えて下さる……」

アルノルトは、緩やかにリーシェの髪を撫でた。

「そうではない」

「……?」

その指が、リーシェの耳や頬にも触れる。

アルノルトの首筋に顔を埋めていたリーシェが顔を上げると、互いの視線が重なった。海の色をした瞳が、リーシェをずっと穏やかに見詰めてくれていたのだ。

「俺はただ、好ましいだけだ」

アルノルトはリーシェの後ろ頭に手を回し、改めて抱き寄せる。

「お前の自由が」

耳元で囁く掠れた声音は、貝殻から聞く美しい潮騒のようだ。

「――誰もが望む最善のために、あらゆるものを巻き込んで手を引く、その強さが」

「……っ」

アルノルトはいつもそうだった。

リーシェがこうありたいと思う生き方を、当たり前のように肯定してくれる。

彼自身はそれが難しいであろう人生の中で、リーシェが何度人生を繰り返しても大切にしたいと望むもの、リーシェが選んだ生き方を大切にしてくれるのだ。

(……たとえ、私と敵対しようとも)

コヨル国との同盟を否定した際、あるいは聖国で大司教さまを殺めようとした際ですら、リーシェが足掻くことを禁じることはなかった。

(強くて、やさしいお方)

アルノルトは今も、花嫁としてこの国にやってきたリーシェのことを、自身の目的に巻き込んだと考えているだろうか。

(……この人に恋をしていると、伝えたら……)

よぎった思考を、リーシェはすぐさま押し殺す。

(――いいえ、だめ)

恐らくは、それでもアルノルトの考えは変わらない。

締め付けて重い枷となり、歩みの邪魔にだけはなりながらも、決して止めることは出来ないはずだ。

「……私の願いを、ひとつだけ」

叶えて欲しいとは口にしない。

それでもアルノルトに告げたくて、リーシェは紡いだ。

「もしもこの先。私が、たとえば二十歳になる頃に、命を落とすことがあったとして――……」

「聞きたくない」

アルノルトの声が、リーシェの言葉を遮る。

まるで我が儘を言うかのような物言いも、リーシェの話すことを拒むような声色も、アルノルトが普段見せることはないものだった。

けれどもリーシェは、それを叶えない。

(ごめんなさい)

アルノルトが願ってくれたのに、その先を告げる。

自らの命がとても脆いことを、リーシェは痛いほど知っていた。

「……たとえ、死んでも」

これまでのすべての人生で、リーシェが殺される理由となった男だ。六度目は直接手に掛けられた、そのときの痛みを思い出しながら祈る。

「その次の人生も、アルノルト殿下のお嫁さんになりたいです……」

「――――……」

珊瑚色の髪を梳いてくれていたアルノルトの指が、息を呑むかのように止まった。

(この人生も、生き延びたいという願いが叶わなかったとして)

リーシェは、指輪を嵌めた方の手でアルノルトの手を取って、互いの指同士をきゅうっと繋ぐ。

(そのまま私の命が終わるのではなく。また繰り返すことが、出来たとしたら)

これまでのリーシェは、死んであの日に戻る度、たくさんの可能性に胸を躍らせてきた。

積み重ねてきた日々を失って、また始まりに戻ったのだとしても、目の前に広がる景色の全てが選択肢なのだと感じていたのだ。

けれどもリーシェはもう、七回目の人生で与えられた、このたったひとつを願ってやまない。

(……八回目の人生も。九回目の人生も、十回目も)

他を選ぶことは、もう二度と出来ない。

そのことを、不自由だとすら思わなかった。

「アルノルト殿下の、お傍に居たい」

「……リーシェ」

これから先のどんな人生にも、アルノルトが居てほしい。

こうして手を繋ぎたいと、そう望んでしまいながら、祈りを重ねる。

「お願い、殿下……」