軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

227 ずっと気になっているのです

「節穴の調査をすることで油断を誘う作戦も、隊長さんの反応を見ていれば上手く行きそうですし。これでここに来た初日、女性たちを保護したことによって高まっている奴隷商人たちの警戒心が、少しは薄れるといいのですが……」

「船で逃げられると厄介だからな。この国にはそれを追う手段がない」

(やっぱりガルクハインとして、海上戦が不得手なことはしっかり意識していらっしゃるのだわ)

リーシェたちが歩く裏路地の傍を、大きな船が一隻進んでゆく。リーシェはそれを見上げ、積まれた木箱に書かれた文字に目を留めた。

「あ。ご覧ください殿下、シウテナから来た船のようですよ!」

シウテナは、ガルクハインの北にある港町だ。知っている地名に目を輝かせつつ、リーシェは友人のことを思い出す。

(フリッツは元気かしら。領主であるローヴァイン閣下のお供で、故郷のシウテナに帰っているという話だったけれど)

騎士候補生として男装したリーシェがローヴァインに指導され、フリッツと一緒に訓練を受けていたのは、今からおよそ一ヶ月半ほど前のことだ。

今日まで色々な出来事があったお陰で、あれから随分と時間が経ったような気がする。

(私の正体を隠して出会ってしまったから、フリッツとは中々会えないけれど)

そのことを残念に思いつつ、リーシェはアルノルトを振り返った。

「ローヴァイン閣下はお元気でしょうか。きっとシウテナの領主として、お忙しくしていらっしゃるのでしょうね」

「さあな」

「まあ、興味がなさそうなお返事。ローヴァイン閣下のことを、騎士教育ではあんなに評価していらしたのに」

「その能力については認めるが」

アルノルトの声音に、それまでには無かった冷たさが混じる。

「あの男を、俺の臣下だと思ったことは一度もない」

「――――……」

未来でローヴァインを惨殺するアルノルトは、心底から突き放すようにそう言った。

「それは」

リーシェは、サイズを調整してもまだ大きく感じる上着の袖口をきゅっと握りつつ、アルノルトに尋ねる。

「ローヴァイン閣下が、お父君に属するお方だからですか?」

「何を言う」

アルノルトは挑むようなまなざしで、笑うように目を眇めた。

「お前はとうに、気が付いているんだろう」

(……!)

心臓がどくりと跳ねたのを、アルノルトに気付かれていないようにと祈る。

(落ち着いて。……私が未来を知っていることを、指摘なさった訳ではないわ)

自分自身に言い聞かせながら、リーシェは静かに息を吐き出した。

俯き、『初任務に逸る騎士見習い』らしい振る舞いのふりをして、アルノルトよりも先を歩きながら答える。

「ずっと気に掛かってはいるのです。以前起きたミシェル先生の一件で、ミシェル先生を捕らえようとなさったのは、ローヴァイン閣下でした」

リーシェが思い返すのは、騎士候補生のふりをして訓練に参加したのち、錬金術師ミシェルの起こそうとした騒動を止めた際のことだ。

「ローヴァイン閣下はあのとき、それが皇帝陛下のための行動であったように振る舞っていらっしゃいます。ですがアルノルト殿下の推測では、ローヴァイン閣下はミシェル先生のことを、皇帝陛下に隠したがっていたのですよね」

アルノルトは首肯の代わりに目を眇める。

彼がそう考えた理由は分からないが、だからこそあのときアルノルトは、ローヴァインにこう警告したのだ。

『聞く耳は持たない。早急に下がれ。――これ以上騒げば、父の耳にも入りかねないぞ』

リーシェが過去の人生で耳にしたローヴァインの噂は、『ガルクハイン皇室の忠実な臣下』というものだった。実際に会った現在の感想でも、彼の誠実さは本物に見える。

けれどもローヴァインの動きには、やはり引っ掛かるものがあるのだった。

(未来の皇帝アルノルト・ハインは、自らの悪行を諌めたローヴァイン閣下を惨殺する。そのお話と目の前にいるアルノルト殿下には、どうしても落差がありすぎる)

そこから浮かび上がる推測に、リーシェはくちびるを結ぶ。

(アルノルト殿下が、未来で本当に排除したのは……)

煉瓦造りの倉庫街で、その細い路地を曲がった。

ちょうどそのときリーシェの上で、大きな鐘の音が鳴る。

「……!」

見上げた先にあったのは、運河のほとりに建つ教会だった。

青空に向かって聳え立つ尖塔の先で、金色の鐘が揺れている。その屋根の頂に寄り添うのは、滑らかな大理石の彫刻によって生み出された、美しい女神の姿だ。

(クルシェード教の、女神像)

リーシェはゆっくりと瞬きをして、その女神を見詰める。

(アルノルト殿下の嫌うもの。女神の血を引くという巫女姫さま、そのお方こそがアルノルト殿下の母君で……)

「――――……」

その瞬間、リーシェは思わず息を呑む。

アルノルトが後ろから手を伸ばし、リーシェの双眸を手のひらで覆って、目隠しをするように抱き込まれたからだ。

真っ暗になった視界の中、リーシェの耳元に息が触れる。

「――あれは、俺に必要なものではない」

「……」

その言葉を、女神のことなのかと錯覚した。

そうではないと分かったのは、アルノルトが次にこう続けたためだ。