軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

225 これを探していたのです

***

『明日の件で、ちょっとだけおねだりしたいことがあるのですが……』

『――――……』

昨日のリーシェは馬車の中で、アルノルトにそんなことを切り出したのである。

『ドレスの試着に行く前に、運河周辺の状況について確認したく』

他には誰も居ないことを分かりつつも、アルノルトの耳元に手を当てて、こしょこしょと内緒話でこう告げた。

『私をアルノルト殿下の騎士見習いとして、同行させていただけないでしょうか』

『……』

体を離して小首をかしげると、アルノルトは顰めっ面をしてリーシェを見る。

『……なぜ』

『攫われた女性たちが運び込めてしまう一因には、船の積荷改めが十分でないことが挙げられます。恐らくはこの運河を取り締まるお役人の方々に、不正を働いている人がいるはず。アルノルト殿下もそれは疑っていらっしゃいますよね?』

恐らくアルノルトは、オリヴァーにその調査も命じているはずだ。

『私たちがこの運河に来ている以上、その役人さんは少なからず警戒しているでしょう? その警戒心が、囮作戦に悪影響を及ぼす可能性もありますよね』

『罪人が最も忌々しい動きを取るのは、自分に疑いの目が迫り、捕えられる危険が増したときだからな』

『そしてその逆、最も油断してくれるのは、「逃げ切った。相手よりこちらの方が上だ」と判断したときです』

そういった緩みを招いておけば、彼らが追い詰められたと感じることもないだろう。しかし、アルノルトは依然として苦い顔のままだった。

『理由を尋ねたのはその点ではない。……何故お前が騎士のふりをする?』

『アルノルト殿下の近衛騎士の皆さまは、見るからに練度が高過ぎます。優秀そうな方々が、怪しい点を見逃すのは不自然ですので』

近衛騎士たちに演じてもらうよりも、『見習い』という身分で不慣れそうなリーシェが確認をし、その所為で見落としてしまったという形の方が説得力も増すだろう。

騎士だった人生では、犯罪者を捕らえて取り締まる任務だって経験している。

あまり強そうに見えないリーシェとヨエルのふたり組は、相手のそういった油断をたくさん利用してきた。

『ちょうどお忍びで街を歩く用に、男の子の鬘や靴などは持参していますし。制服の上着はどなたかのものを仮縫いして、サイズを詰めさせていただければと……騎士さまたちだとご迷惑だと思うので、ラウルに借ります!』

『……』

『私は能力が無いものの、有力貴族の子息であり、アルノルト殿下は仕方なく近衛騎士に入れている。そういった設定でいかがでしょう』

『…………お前』

アルノルトは目を眇め、淡々とリーシェに向かって尋ねた。

『先ほどの意趣返しをしているだろう』

『ふふ、ちっとも! 「従者のふりをなさっているアルノルト殿下、楽しそうだしちょっと意地悪だったなあー」なんて、全然思ってなどいません!』

『…………』

にこーっと笑ってそう言ったリーシェに、アルノルトは深く溜め息をついた。

とはいえ、意趣返しという言葉が彼から出てきた時点で、間違いなく意地悪の自覚はあるはずだ。

***

「――アルノルト殿下。こちらの入港記録、さっそく確認し終わりました!」

「…………」

少年姿に変装したリーシェは、きりっとした表情でアルノルトに報告した。

頭には茶色の鬘を被り、少年らしい印象になる化粧を施して、歩き方や振る舞いも男の子に近付けている。

シャツの中には革のベストを着込み、厚底の靴を履いて、身長や体型の誤魔化しにも対応済みだ。

この街にリーシェをよく知る者はいない。

昨日の客船内で出会った支配人たちも、昨晩のあの雰囲気で記憶していれば、いまの男装姿を結び付けることはないだろう。

アルノルトの姿は目立つが、そもそも皇太子が訪れている場所には、限られた人物しか近付けないものだ。

よってリーシェは、誰にも男装を疑われることなく、煉瓦の倉庫街を歩き回っていた。

「隊長さん、押収済みの積荷も見ていいですか?」

リーシェはきらきらと目を輝かせ、初任務に張り切る少年騎士のふりをする。

すると、この運河の警備を行っている騎士隊長は、微笑ましいものを見守るように頷くのだ。

「ああもちろんだ。どうぞ自由に」

「はい! アルノルト殿下、僕にお任せ下さいね!」

元気いっぱいにそう言ったあと、冷静に視線を巡らせる。

(――身を隠し、獲物を隠す狩人の立場なら)

美しい煉瓦造りの倉庫街で、適した場所はいくつも見付けられた。

人の心理上、物を隠したくなるところ。ここに隠れれば安全だと思える場所。そんな候補に上がるのは、普通の人が思っている以上に少ない。

(罪人を追い、隠された物を暴く騎士の立場なら――……)

辺りをぐるりと見回したリーシェは、とある木箱に目を付けた。

(あれだわ)

リーシェがととっと駆け寄ったのは、倉庫の外へ無造作に積まれている木箱のひとつだ。

アルノルトがリーシェを観察し、同時に騎士隊長のことを探っている。リーシェもそれを感じながら、辺りの気配を探っていた。

(隊長さんが息を吐く音。……あれは、安堵の音……)

リーシェが近付いたその木箱に、後ろ暗いものが隠れていない現れだ。

リーシェたちが本当に探し物をしている状況であれば、騎士隊長の反応は失敗を意味していただろう。

けれどもいまは、それでいいのだ。

(――私が見付けたかったのは、あなたが仕掛けているこの『罠』だもの)

リーシェとアルノルトの計算通りであることを、騎士隊長が知ることはきっと無い。