軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

212 なんだか妙に危ういです

「…………」

ヨエルは胡乱げな顔をしたあと、アルノルトに抱えられたリーシェのことを指差す。

「……『妃殿下』?」

「まだ婚約者の身の上ですってば!」

ヨエルに対しても説明しつつ、リーシェは内心で大慌てだった。

何しろ、恋心を自覚した相手であるアルノルトが傍にいるばかりでなく、その腕に軽々と抱き上げられているのだ。

(殿下にこんなにくっついていたら、どきどきしすぎて息が出来なくなっちゃう……!)

まだ声が出るうちに、リーシェは小声で訴えた。

「で、殿下……!」

「……」

降ろして欲しい気持ちが伝わったのか、その右腕にリーシェを乗せていたアルノルトは、左手でリーシェの背中を支えながら片膝をつく。

ただ手を離すだけでも良いはずなのに、リーシェを気遣った丁寧な降ろし方だ。

「怪我は無いな?」

「う……」

離れ際、リーシェを労わるようなまなざしを向けながら、アルノルトが念を押した。

(ヨエル先輩が私に詰め寄っているのを見て、手早く引き離そうとして下さったんだわ。だから突然の抱っこだったのね……)

急に抱き上げられて心臓に悪かったが、リーシェのためにそうしてくれたのだ。アルノルトを安心させるために、こくこくと頷いた。

「だ、大丈夫です! この方はこう見えて紳士的で、危ないことはありませんでした! 何も! 大丈夫です、やさしい人ですし安全です!」

「…………………………」

アルノルトが僅かに目をすがめる。

その海のような青色を持つ瞳が直視出来ず、リーシェは大急ぎで話を進めることにした。

「こ……こちらの方はヨエルさまと仰って、やはりシャルガ国の騎士さまのようです」

「……」

(興味がなさそうなお顔だわ……)

一方のヨエルはといえば、アルノルトの全身を真剣に観察するように、じいっと一心に見詰めていた。

かと思えば、いきなり視線の矛先をリーシェに切り替える。

「……ねえ君。さっきの『交渉』は?」

「交渉?」

「そ、その件は場を改めて……!!」

アルノルトが目を眇めたので、リーシェは大慌てでヨエルに手振りを示した。アルノルトがここで即座に断れば、ヨエルの協力を得ることが難しくなる。

「それよりもヨエルさま、顔色が」

「……」

元々が色の白いヨエルだが、いまは輪をかけて青白い。リーシェの言葉を聞いたヨエルは、思い出したように額を押さえた。

「……気を抜くとぐるぐるして、気持ち悪……」

「大丈夫ですか!?」

蹲ったヨエルを見遣りもせず、アルノルトは淡々と口にした。

「目覚めても、使い物になるのはまだ先のようだな。リーシェ、一度上の部屋に戻るぞ」

「お、お待ちを。ヨエルさまを床から引き上げて、寝台に寝ていただきますので」

「……」

アルノルトは溜め息をついたあと、ヨエルの傍に行こうとしたリーシェを手で制する。そのあとで、ヨエルの腕を雑に掴んだ。

「立て」

(アルノルト殿下が、他の方のお世話を……!)

その振る舞いにびっくりする。アルノルトがやさしい人であるのは知っているが、敢えて露悪的な行動ばかり取るため、こんな光景は珍しい。

「う……」

ヨエルはゆっくりと顔を上げて、アルノルトのことを間近に見詰める。

その瞬間、金の瞳の瞳孔が、まるで猫のように開かれたような気がした。

「……あなたが一歩を踏み出す動きだけでも、全部に無駄がないって分かる」

「……」

そう言ったヨエルこそ、これだけでアルノルトの力を見抜いたということだ。

ヨエルはその上で、淡々と言った。

「あなたが俺たちの国に攻め込んできたら、きっと俺も含めてひとたまりもなく、全員殺されるんでしょうね」

「――――……」

アルノルトは、その言葉にも興味を示さない。

ヨエルの腕から手を離すと、寝台に向けてとんっと押す。ヨエルはふらつくように寝台に座り、大きく息をついた。

「……ね。リーシェ妃殿下」

(……ヨエル先輩……)

彼のくちびるは、楽しそうに微笑んでいる。

(騎士人生のヨエル先輩は、後輩である私に目を掛けてくださっていた。けれど今回の人生では、あのときのような関わり方をすることは出来ないわ。……アルノルト殿下の婚約者として接するヨエル先輩が、こんなにも危うい存在だなんて)

人間関係というものは、立場が変われば変化してしまう。

繰り返す人生において、かつての顔見知りに再会して関わる度、リーシェはそのことを思い知らされるのだった。

ここにいるヨエルは、リーシェのよく知る『先輩』でありながらも、いまは他国の騎士なのだ。

「『交渉』のこと、約束だからね。……絶対」

「……」

そう言ってヨエルは、自らぽすんと寝台に倒れ込むと、あっというまに寝息を立て始めた。

「リーシェ」

リーシェが僅かに緊張していたことを、鋭いアルノルトは察しただろうか。

リーシェは小さく息をつき、彼のことを見上げる。