軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208 かつての先輩のその記憶

ヨエルは貴族家の末っ子であり、入団以来ずっとこの隊の最年少だったらしい。

『ルーシャスって呼ぶのが面倒臭い』という理由から、リーシェのことを『ルー』の愛称で呼ぶようになった彼は、意外にも面倒見の良い一面を見せるようになるのである。

『なに、しょぼくれた顔して。もしかしてまた厄介ごとにお節介で首突っ込んでるの? うわ、面倒臭い……。面倒臭いけど、その所為でお前が朝の手合わせに来ないのやだから、仕方ないけど俺も手伝ってあげる……』

リーシェが、『他の隊のお部屋で泊まり込みの宴会に誘われたので行って来ます』とヨエルに告げると、それも何故だか心配してくれた。

『……だめ。お前はどんなに遅くなっても、この部屋のこの寝台で寝なきゃ駄目。危ないから』

『危ないとは? それに、深夜に出入りするとヨエル先輩の眠りを邪魔してしまいますが……』

『だーめ、ちゃんと帰っておいで。……じゃなきゃ、俺を朝起こす人がいなくなるでしょ』

(あのヨエル先輩が、睡眠よりも私を心配して下さるなんて……)

ヨエルの発言に対しては、もしかしてリーシェが女だと気付いているのかもしれないと、なんとなく不安になったりしたこともある。

(……ううん。だとしたらいくらなんでも、表情に出たり、接し方が変わったりするわよね……?)

『ルー。返事は?』

『は、はい! 分かりました!』

時々そんな疑念に至りながらも、やはり考え過ぎだったと安堵することを繰り返しながら、最初の一年は過ぎて行った。

『ルー、なにそれ夕飯? 訓練に夢中になってたら食堂が閉まってたって? ……待って、いくらなんでも茹でた芋に塩だけは無い。はあ仕方ない、俺が作ってやるからこっちおいで……』

そう言って、ヨエルの作った食事を食べさせてもらったこともある。

『お前が今度の遠征に選ばれたの? ……俺も行こうかな。だってルーがいないと、俺は朝どうやっても起きられないし』

目覚まし役としては信頼されていた自負があり、現にヨエルは朝、必ずリーシェに起こしてもらいたがった。

『これから先に部屋を変わることがあっても、ルーは絶対に俺と同室だからね。俺は起こしてもらって遅刻せずに済むし、お前は時々俺に剣術を教えてもらえるし。ね、それでいいでしょ?』

『はい! ですが出来ることならヨエル先輩、時々じゃなくて毎日教えていただきたいのですが!』

『えー……それはやだ。面倒臭い』

『ヨエル先輩!!』

そんな日々を送りつつ、六度目の人生が二年目を迎えたころ、ヨエルが眠そうに口にしたのだ。

『ガルクハインの動きがおかしいって、ルーの言ってた通りになった』

ヨエルの表情は、心なしかいつもより物憂げだ。

『……ガルクハインの皇太子が、父親を殺して皇位を簒奪したんだって』

(……やっぱり、この人生でも……)

***

「――ただいま戻りました、アルノルト殿下」

皇族用の屋敷に到着したリーシェは、荷解きもせずに執務室のアルノルトを訪ねると、まずは手短に状況を告げた。

「船に囚われていた女性たちの解毒が完了したので、あとはこの街のお医者さまにお任せしています。皆さま明日にはお話が聞けると思いますので、事情聴取はそれ以降に」

「そうか」

「リーシェさま、我が君の行動にお付き合いいただき申し訳ありません。護衛を放置してご自身が積極的に動くことはおやめくださいと、何度も申し上げているのですが」

「い、いいえオリヴァーさま、滅相も……」

アルノルトはまったく取り合っていない様子だが、リーシェとしては少し耳が痛い。

「それに、女性たちの応急処置もありがとうございます」

「いえ! 偶然にも、手持ちの薬草でなんとかなる薬で良かったです」

もちろん『偶然』は嘘なのだが、にっこり笑って顔には出さない。それでもすぐに真摯な気持ちで、目の前のアルノルトに告げる。

「断片的なお話しか聞けませんでしたが、状況は明らかです。……あれはどう見ても、海賊の人攫いによる人身売買」

「……」

アルノルトの青い瞳を見据えたまま、リーシェは尋ねた。

「アルノルト殿下は最初から、この街でこの事件が起きていることをご存じでしたよね?」

「――――……」

それに今気が付いたかのような振る舞いは、果たして上手く出来ているだろうか。

かつてのリーシェは商人だった。商いに関する駆け引きのために、さまざまな人を騙してきたと思っている。けれどもアルノルトのことだけは、騙せるかどうか自信がない。

(アルノルト殿下の目的が、この人身売買に関する調査であることは、最初から分かっていたわ)

青い瞳を見つめながら、リーシェはそっと考える。

(だって、私も同じだもの)

ウェディングドレスを仕上げるために、ベゼトリアの職人を選んだのも。

素材が不足することを分かっていながら、敢えてその糸での刺繍にこだわったのも。

すべてはアルノルトに怪しまれない理由で、この時期のベゼトリアの街に来るためだ。

リーシェはここで、重大な目的を果たさなくてはならない。

(この人身売買を止めなくては。……戦争のための『重要な武器』が、アルノルト殿下に渡ってしまう――……)