作品タイトル不明
194 演目のおしまい
舞台に三名の敵が上がってくる。これで最後だと分かっているのは、リーシェたちだけではない。
残された彼らは、決死の覚悟を持っていた。
自分たちがここで死んでも、任務を果たすという強い意志だ。強固な殺気が伝わってきて、肌の表面が痺れる。
(この三人は命懸けで、何が何でも私たちを殺すつもりだわ。ここで倒したどの敵よりも、頑なな意思を持っている。……だけど)
リーシェは剣を握り直し、彼らの隙を冷静に探った。
そして、アルノルトの言っていたことを理解するのだ。
(――ここにいる敵の誰よりも、容易く倒せるとすぐに分かる)
自分の命を守ることを、なにひとつ考慮してないからだ。
命を懸けた行動となるだけで、これだけ動きが変わることに驚いた。勢いはあるものの、ひとつひとつの動作に繊細さがない。
どうあってもこちらを斬ろうという、その凄まじい剣捌きの裏側に、この状況下では大きすぎる隙が生まれていた。
リーシェはそれを利用して踏み込むと、敵の頬にごく浅い傷を作る。攻撃はそれだけで十分で、すぐに身を返して回避した。
倒れた敵に重なるのは、アルノルトが同じように傷を付けた敵だ。残されたひとりが、標的である『歌姫』姿のリーシェに向け、勢いをつけて斬りかかってきた。
その敵を、アルノルトが鮮やかに一閃する。
「――……」
頽れた敵は、悲鳴のひとつすら上げなかった。
音楽の演奏が大きくなり、観客が固唾を飲んでいる。
アルノルトは短く息を吐くと、剣についた僅かな赤色も厭うように血振るいをし、黒色の剣を鞘におさめた。
白い花びらが、雪のように柔らかく降り落ちる。
そして、一拍を置いたあと。
「……っ、素晴らしい!!」
ひとりの声をきっかけに、客席にいたすべての観客たちが、拍手をしながら立ち上がった。
「なんという趣向の演目なんだ……!! 台詞も歌もないというのに、剣技だけでここまで惹き付けられるとは!!」
「瞬きをするのも惜しかったわ! 夢中になりすぎて、時間を忘れちゃった!」
「男性の役者は一体どなたなの? あんなに美しい男の人は、見たことがないわ!」
アルノルトが、心底面倒くさそうに眉根を寄せる。リーシェは自分も剣をおさめると、アルノルトの傍でつんと袖を引いた。
「アルノルト殿下。どうやら観客の皆さまは、舞台の出し物だと思っていらっしゃるようです」
「この状況でか? 冗談だろう」
「お芝居だと最初に思い込めば、何が起きても演出に見えるものですよ。観客の皆さまが動揺なさる想定でしたから、すべてが終わってから説明する予定だったものの……」
観客たちは誰ひとり、戦闘に怯えた様子はない。立ち上がり、興奮気味の表情で拍手をしてくれている。
「このまま演目ということにすれば、誤魔化せるかもしれません。ということで、演じ切りましょう」
「演じる?」
「はい。なにか演目の終わりのような振る舞いをすれば、自然に舞台を去ることが出来ます」
照明が落ちたあとは、倒れた敵を騎士たちが回収してくれる手筈になっている。斬られた役が暗闇に紛れ、舞台袖に退場することは、演劇や歌劇では日常的な演出だ。
「クライマックスといえば、そうですね……。たとえば主役たちが抱擁を交わして、永遠の愛を誓い合う…………という訳には、いかないので」
ここはふたりで手を繋ぎ、客席に一礼をするのが確実だろうか。リーシェがそんな提案をする前に、アルノルトが溜め息をつく。
「――わかった」
「へ?」
そしてアルノルトは、リーシェの腰を両手で掴んだ。
かと思えば、ふわりとリーシェの体が浮く。アルノルトがリーシェを抱き、掲げるように持ち上げたのだ。
その状況を理解した瞬間、リーシェは頬が一気に熱くなった。
「ぎゃわあっ、で、殿下……!!」
抗議しようとするも、下手に動くと重心を崩す。咄嗟に伸ばしてしまった手は、アルノルトの肩口に置くしかない。
アルノルトに抱き上げられたリーシェの姿に、観客たちは惜しみない喝采を送った。『演目』を貫き通せそうで何よりだが、この状況はあまりにも恥ずかしい。
アルノルトはリーシェを見上げると、その動揺を見透かしたように笑うのだ。
「……先ほどまで、凛として剣を握っていた人間と、同一人物には思えないな」
「~~~~っ!!」
真っ赤になってしまったであろう顔が、ヴェールで隠せていて本当によかった。
アルノルトはリーシェを舞台に降ろすと、手を取って甲に口付けた。
観客は再び湧くが、アルノルトは平然としてリーシェと手を繋ぐ。
「行くぞ。……ここまでやれば、十分だろう」
「うぐう……!!」
悔しいが反論はやめておく。リーシェがアルノルトの手を握り返すと、拍手の音が再び膨れ上がった。
アルノルトに手を引かれ、やっとの思いで舞台を去る。
板の上に散った白い花びらが、花嵐のように揺れていた。照明が消えたあとも、しばらくのあいだ拍手は止まず、それを聞きながら気まずい気持ちになる。
(……でも、何とかなってよかった。それもこれも、アルノルト殿下が居て下さったからこそ……)
そんな風に思いながら、暗い舞台袖の階段を下りる。
そして、リーシェが危なくないように導いてくれるアルノルトのことを、リーシェはじっと見つめるのだ。
「…………」