軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21 全部新しくしちゃいましょう(◆アニメ3話ここまで)

「……やり方が、分からなかったことです」

少しずつ思い出しながらといった調子で、彼女はぽつぽつと挙げ始めた。

「家が落ちぶれてからこのお城に来るまでのあいだに、シャツやシーツは洗ったことがありました。……だけど、初めて見るドレスや軍服をどんな風に洗濯したらいいのかは、ぜんぜん分からなくて」

「ええ。それは、当然だわ」

「先輩たちは忙しそうに走り回って、『教えている暇はないから。私の仕事を見ながら覚えて』と言われて。分からないところを聞きたくても、なんだか訊きにくくて……」

「そうね。ほかには?」

「覚えることが、本当にたくさんありました。布の材質によって、使う石鹸や洗濯板が違ったり。掃除場所によって道具を使い分けていたり。道具の種類だけでなく、それぞれが仕舞われている場所も複雑で……だけど、一度教わったことを再び質問するのは許されませんでした」

新人たちが、驚いたように顔を見合わせる。その理由がリーシェには分かっていた。

ディアナがいま言ったことは、新人である彼女たちを困らせ、仕事を遅らせている原因と同じなのだ。

道具の場所が分からずに探し回り、誰かに聞こうにも聞きにくく、忙しそうにされて萎縮する。そういう困りごとを、すべての新人が抱えているのである。

「……でも!! 私はその状況で、ちゃんと一人前に育ちました! このお城に来た翌日には、前の日に教わった内容をこなせていたはずです。彼女たちと違って!」

「あなたと新人さんたちのあいだで、大きな違いはひとつだけだわ」

反論してきたディアナに、リーシェは言って聞かせる。

「それは、彼女たちに読み書きが出来ないという点よ」

「あ……!」

ディアナが目を丸くすると同時に、エルゼが俯いた。

一般庶民の識字率は、どこの国も似たようなものだ。特に女性ともなると、費用を掛けてまでそういった教育をする家はほとんどない。

商家に生まれたディアナは、文字を知っていたから対処することが出来た。彼女と仲の良い周囲の侍女も、恐らく近い境遇なのだろう。

しかし、多くの侍女はそうではない。

「仕事の説明は、言葉で一度聞かされるだけ。それを自分で記録することも、あとから読み返すことも出来なかったら――それでも、あなたは今のように仕事をこなせた自信がある?」

「そ、それは……」

ディアナが無意識にか、エプロンのポケットに手をやった。彼女はそこに、その日のさまざまな予定を書いたメモを仕舞い、仕事にきちんと役立てている。

だからこそ、自分が『字を読み書きできる』という事実にどれだけ助けられているか、理解しているはずだ。

そして、その手段を使えない侍女たちがどれほど大変な思いをしているかも、気がついてみれば容易く察せられるだろう。

「彼女たちはみんな、あなたと同じくらい一所懸命にやっているわ。そのことを、昔のあなたを思い出しながら、考えてあげて」

「あの頃の私と、同じ……」

ディアナは力が抜けたように、ぺたんと座り込んだ。

「……ごめん、なさい……」

「ディアナ先輩?」

「みんな、ごめんなさい。私、自分が何も持ってない人間になったと思ってた。家の財産もなくなって、家族の後ろ盾もなくて、ひとりで生きていかなくちゃって! 私がゼロからここまで出来るようになったんだから、新人のあんたたちが出来ないのは甘えてるって……!」

ディアナは肩を震わせて、両手で顔を覆う。

「でも違った! 私は決して、ゼロになったわけじゃなかった! これまで教わってきたことは、私の中に今でもちゃんと残っていたんだわ。なのに、自分が恵まれてたってことも分からなくて。調子に乗って、なんてこと言っちゃったんだろう……!」

「ディアナさん……」

「ごめんなさい。本当に、ごめん……」

新人たちは、真っ向からの謝罪に驚きながらも、座り込んだ彼女に駆け寄った。

「そんなことないです、ディアナさん。私たちこそ、頼りなくてごめんなさい」

「リーシェさま。ディアナさんは怖かったけど、仕事はいつも的確でした! 他の先輩たちもそうです。だからどうか……」

「いいの。私は侍女に選ばれなくて当然だわ。だってこんな……」

「ディアナ」

彼女にそっと手を伸べて、リーシェは微笑んだ。

「言ったでしょう。あなたには、お願いしたいことがあると」

「え……?」

「私はこの離城を、新人侍女たちの教育の場にしたいの」

そう言うと、その場の侍女たちがざわめいた。彼女たちばかりでなく、オリヴァーも目を丸くしている。

「経験がない人たちは、ここで侍女の仕事を覚えてもらうわ。もちろん『目で見て学べ』なんて方法じゃなく、丁寧な説明を受けながら。分からないことは何度だって、覚えられるまで繰り返し訊ける体制を作るの。侍女としての技能をしっかり身に付けたら、皇族の方々が住まう主城に栄転よ」

ディアナやエルゼたちがぶつかった問題は、他の城や貴族家でも起きているものだ。

日々の仕事をしている者は、新しく来た者に教える時間が取れない。新人たちは仕方なく、それぞれのやり方で技術を身につけるか、仕事にならなくて脱落していく。

もしかすると、そうやって辞めた者だって、きちんと教えられてさえいれば能力を発揮することが出来たかもしれないのに。

また、独学や見よう見真似で知識を得た者が、何か決定的な間違いを犯している可能性もあるのに。

しかし、どこかできっちり教育されれば、その問題も解消される。

それを、リーシェの城で行えばいいのだ。

「ディアナが言っていたように、一度得た技能は失われないわ。読み書きも、仕事の仕方も、そして仕事の覚え方も。それが身に付けば、どこに行っても通用する武器になる。ひとつの職場を追い出されそうになったときも、いままでとは別の人生を生きなきゃいけなくなったときも、必ず役に立つのよ」

先ほど、この城で不採用になると怯えていた侍女たちは、リーシェの言葉に目を輝かせた。

「だから新人の二十名は、私付きの侍女になってもらうわ。――そしてディアナ。あなたたちには、教える私の補佐をお願いしたいの」

「私が、リーシェさまの補佐!?」

「今後この離城に来た侍女には、一日一時間ほど字の勉強をしてもらうつもりよ。ディアナたちにはその先生役や、勉強に使う教材作りをしてほしいの。字が読めるようになったときに使える、侍女の仕事の教本もね」

「私たちが先生役で……教材や、教本作りを……?」

ディアナはぽかんと口を開ける。

想像もしたことがなかった選択肢を与えられて、頭がついてこないといった様子だ。リーシェは、そっと懐に忍ばせていたディアナのメモを取り出す。

「これ。見せてもらったわ」

「な、なぜリーシェさまがそれを?」

その質問には口を閉ざしておく。今日の午前中、主城の掃除をする侍女に混ざり、メモを探してきたことは言えない。

「要点が的確にまとめられているし、字も綺麗で分かりやすい。見聞きして覚えたことをこれほど上手く書き表す才能があるなら、教材作りは適職だと思うわ」

「……っ」

本心からそう告げると、これまで狼狽えていたディアナの顔が、赤く染まった。

「私を、そんな風に褒めてくださるんですか……? あんな失礼なことを言ったのに」

「なんのことだか」

ディアナはぎゅっとくちびるを噛みしめ、リーシェが差し伸べた手を取ってくれる。

立ち上がると、深々と頭を下げて言った。

「これからも、全力で頑張ります」

「頼りにしているわ」

リーシェはそれから、エルゼたち新人侍女に向き直る。

「みんなも、しばらく覚えることが多くて大変だと思うわ。辛くなったら、いつでも言ってね」

「……はい……!」

***

従者のオリヴァーが主城に戻ると、執務室の机に向かった主君のアルノルトが、こちらを見もせずにこう言った。

「リーシェの侍女は決まったか」

「そのことですが、我が君」

オリヴァーは、主人の元に歩を進める。

「覚えていらっしゃいますか。以前この城で、『新しい使用人がすぐ退職してしまい、人手不足に陥りやすい』ことが問題になりましたよね」

「……ああ。離職率低下のために、給金を上げて対応した件だな。それでも現状は、当時より多少マシになったという程度だが」

「リーシェ様がいずれ、恒久的に解決なさるかもしれません」

その報告に、アルノルトが書類から顔を上げた。

「侍女の中から教材作りの才能がある者を見出し、その者を中心に新人教育の体制を作ると宣言されました。しかも、『身に付けた技能は永遠の財産になる』という説明で、習う側の新人たちを魅了して」

「……」

「侍女たちは感動し、大いに喜んでいましたよ。新人と元々いた侍女とで派閥があったはずなのに、今日はお互い手を取り合ってね」

「……は。なるほどな」

アルノルトは満足そうに笑い、再びペンを動かし始める。

「さては予想通りですか? さほど驚いてらっしゃらないご様子ですけど」

「予想など出来るものか。まあ、何か愉快なことをしでかすだろうと期待はしていたが」

「あまり露骨に面白がっては、未来の奥方に失礼ですよ……」

オリヴァーは肩を竦めたあとで、ぽつりと漏らす。

「ですが、私も楽しんでしまいそうです。あの方が、これからどんなことを成し遂げて下さるのかを」

「オリヴァー」

アルノルトは目を伏せ、普段より僅かに低い声で言う。

「リーシェは、皇族の利や国益のために連れてきた妻ではない」

「……」

溜め息をついたあと、オリヴァーは「承知しました」と返事をし、主君の手伝いを再開したのだった。

***

そのころ、離城にある中庭の片隅では。

「――よいしょ、っと!」

当のリーシェが、鍬を振りかぶって地面を耕していた。