軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

142 剣と弓矢と

オリヴァーの発言の真意を聞きたいが、いまはラウルを追わなければならない。彼が向かった場所に、きっとハリエットもいるはずだ。

「オリヴァーさま。このことはまだ、アルノルト殿下には内密にしておいていただけますか」

リーシェの願いに、従者である彼は戸惑いを見せる。

「……本来であれば、迅速に我が君へと報告しなくてはならないことですが……」

「分かっています。ですが、『アルノルト殿下は、ハリエットさま誘拐事件が起きたことをご存知なかった』とした方が、ファブラニアの不当な要求を跳ねのけやすいはず」

もちろん、ファブラニアにハリエット誘拐の賠償を要求されたって、ガルクハインがそれに屈することはないだろう。

けれど、安心材料は多い方がいい。

ファブラニアがガルクハインに贋金を流そうとしたことにも、ハリエットを殺そうとしている目的にも、ガルクハインを攻撃したいという意思が見えるのだ。

「この件を知っていたのは私だけで、アルノルト殿下には何もお伝えしなかった。――その筋書きであれば、ガルクハインにとって不都合な流れになった際も、私ひとりを切り捨ててくだされば事足ります」

「……リーシェさま……」

オリヴァーであれば、きっと分かってくれるだろう。

そう信じて真っ直ぐに彼を見ると、オリヴァーは目を伏せて一礼した。

「騎士たちが彼を見付ける前に、ご移動手段の手配をして参ります」

「……ありがとうございます!」

退室したオリヴァーは、きっと迅速に動いてくれるだろう。

有り難く感じると共に、心の中でそっとアルノルトに詫びる。

(勝手な行動をした上に、従者さまをお借りしてごめんなさい……)

小さく息を吐き、リーシェは室内を見回した。

ここはラウルの使っていた部屋で、彼の性分は分かっている。夏場で使用しない暖炉に目をつけて、下から煙突の中を見上げた。

(――やっぱり)

そこには案の定、弦の外れた弓が隠されている。

若干の煤を手早く拭い、弓を曲げて弦を張った。矢筒も同様に隠されており、矢もたっぷりと入っている。

弓矢を確保したリーシェは、続いて自室のある四階に戻り、寝室に置いていたトランクを開けた。

そこからローブを引っ張り出し、ドレスの上からそれを羽織る。そのあとで、立て掛けてあった黒色の剣を手に取った。

これは一昨日、アルノルトから借りた剣だ。

アルノルトが数年前に使っていたものであり、いまの剣に替えてからは、予備として残されていたと聞いている。

男性の身長と腕力に合わせた造りのため、リーシェが扱うにはやはり重い。

それでも、一昨日使った帯剣ベルトを装着し、剣と矢筒をそこに据えた。

弓だけはローブの中に隠せないため、左手に持ったまま階下に向かう。

ちょうどそのとき、オリヴァーも準備が終わったらしく、階下から声が聞こえてきた。

「発見の狼煙が上がりました。駿馬の用意が出来ましたので、どうぞこちらへ」

「はい、オリヴァーさま!」

城内に配置された警備の騎士たちが、弓を手にしたリーシェを見てぎょっと目を丸くする。

気にせずオリヴァーと合流して、エントランスではなく裏口に向かった。

「東の空をご覧ください。街外れの区画から昇っている、青色の狼煙です」

「ありがとうございます。まさか、これほど早く見つかるだなんて……」

厩舎の方に駆けつつも、リーシェは真っ青な空を見上げた。

オリヴァーの指示の的確さや、包囲網を巡らせた騎士たちのお陰だろう。

しかし、その中に僅かな引っ掛かりも感じてしまい、僅かに俯いた。

(やっぱり、ラウルの目的は……)

真っ直ぐに走ろうとしたリーシェの背中に、オリヴァーの声がする。

「リーシェさま、馬のご用意は右手の厩舎に!」

「え!? ですが、あちらは確か皇族用の――」

オリヴァーに言われた右手を見遣って、リーシェは思わず立ち止まった。

そこには、淡い金色に輝く美しい馬と、その手綱を引く男の姿があるではないか。

「っ、アルノルト殿下……!!」

「…………」

アルノルトはリーシェのことを見て、呆れたように眉根を寄せる。

「……お前は一体、何をしている」

「殿下こそ、どうしてこちらに……」

オリヴァーには口止めを頼んだはずだ。

けれども慌てて振り返ると、銀髪の従者はにこっと微笑む。

それを見て、リーシェはすべてを理解した。

確かに先ほどのオリヴァーは、アルノルトに黙っていてほしいと言うリーシェに対し、一言も承知とは返さなかったではないか。

(『従者さまをお借りしてごめんなさい』なんて、烏滸がましかったんだわ……!)

オリヴァーは、リーシェの頼みを聞いてくれたのではなく、アルノルトの命令下で動いていたのだ。

「説教は後だ、早く乗れ。あの男をこれから追うんだろう」

「……アルノルト殿下。あなたのお力を借りてしまうと、これが国同士の問題であることが決定付けられてしまいます」

すると、当然のことのように言葉が返される。

「自分の妻が巻き込まれている時点で、いまさら看過出来るはずもない」

「……っ」

やはり、アルノルトは事情を把握している。

こうなれば問答の意味はなく、ここで時間は消費できない。

リーシェは諦めて踏み台を使い、繊細な装飾の施された鞍へと跨った。

アルノルトは自身も馬に乗ると、リーシェの後ろから手綱を取る。抱き込まれるのと似た体勢になり、思わぬ近さになってしまった。

それを意識しないようにしつつ、鞍の持ち手を掴む。

アルノルトは手綱を握ると、何らかの意志を込めた視線を従者に送った。

「オリヴァー」

「はい、行ってらっしゃいませ。……リーシェさまも」

オリヴァーにお礼を言おうとしたものの、リーシェたちを乗せた馬が、アルノルトの合図によって進み始めた。

賢く、よく訓練された馬なのだろう。乗っているこちらに負担が掛からないよう、それでいて軽やかに、ぐんぐんと速度を上げてくれる。

城から離れ、街に向かって緑の丘をくだる中で、リーシェはそっと口を開いた。

「……ハリエットさまをお守り出来ず、申し訳ありません」

「……」

たとえば昨晩のうちに、ハリエットの抱えた葛藤に気が付けていれば。

そうすれば、ハリエットに身の危険が及ぶ可能性も、それをガルクハインの責にされるようなこともなかっただろう。

(ハリエットさまも、怖い思いをなさっているはず……)

たとえ怪我ひとつなく救い出せたとしても、攫わせてしまった時点で失態だ。

俯いたリーシェの後ろで、アルノルトがこう言った。

「お前の職務は、シグウェル国王女の護衛騎士ではない」

それだけ聞けば、何処か突き放すような言葉である。

けれども違うと知っていた。アルノルトはリーシェを諭すように、淡々と紡ぐのだ。

「この国における、お前の立場を言ってみろ」

「……アルノルト殿下の、婚約者です」

「そうだ。そしておおよそ一月後には、皇太子妃となるな」

大きな手が、馬の邪魔にならないように手綱を握りながら、言葉を続ける。

「――お前に出来ることは、自身の剣をもって、王女を危険から守ることだけか?」

「……!」

その言葉に、リーシェは目を丸くした。

リーシェがハリエットの騎士であったなら、出来るのは彼女を守ることだけだっただろう。

けれどもそうではない。

アルノルトの言ってくれた通り、剣だけではなく別の力で、ハリエットの力になれることもあるかもしれない。

それに気付いたリーシェは、振り返ってアルノルトの青い瞳を見上げる。

そして、はっきりと口にする。

「……いいえ」

「分かれば良い」

柔らかな肯定に頷いて、リーシェはローブのフードを被った。

ここから狼煙の場所へ向かうには、港の市街を突っ切る必要があるのだ。

珊瑚色の髪は目立つため、このままフードで隠しておきたい。顎の下でリボンを結び、風で脱げてしまわないようにしておく。

そして、道中の懸念は他にもあった。

「アルノルト殿下。あちらは追跡への対策として、道中に罠を仕掛けている可能性があります」

「では、最短距離は避ける。……敵の武器に心当たりはあるか」

「弓矢かと。足止めを計るため、鏃に痺れ薬などが塗られているかもしれません」

リーシェは言い、ラウルの部屋で弓矢を見つけたのだと補足した。

「カーティス殿下の『影』だった人物は、私にいくつかの情報をくれました。ラウルという彼の通称や、彼が複数の部下を従えていることです」

実際は、今世のラウルから教わったことなど数少ない。

けれどもこんな風に話しておけば、リーシェが知りすぎていることへの疑問も減るだろう。

そのために昨日、アルノルトがラウルに気付いていると分かった時点で、ラウルの名を口にしておいたのだ。

「お前の指示で、騎士たちは『上着を脱いでから街に出た』と聞いた。弓兵の的にならないための対策か」

「はい。ですが私たちは、城を出た時点からあちらに観測されているはずです」

狩人たちは単眼鏡を覗き、確実にこちらを観察している。このまま彼らの射程に入れば、すぐさま矢が飛んでくるだろう。

しかし、アルノルトは平然と口にした。

「矢が来たら、剣で叩き落とせば良いだけのことだろう」

(……とんでもない所業を、なんでもないことのように仰るわ……)

とはいえリーシェは知っている。

大神殿で先日起きた騒動の際、アルノルトは実際にその剣で、すべての矢を落としてしまったのだ。

ヴィンリースの港町は、すでに目前へと迫っていた。

路地に入るため、馬の速度が落とされたとき、リーシェとアルノルトは同時に反応する。

「――殿下!」

「ああ」

左手に手綱を持ったまま、アルノルトが剣を抜き払った。

ぱきんと乾いた音がして、空中の矢が真っ二つに折れる。

直後に風を切ったもう一本も、アルノルトは迷わずに返し斬った。

無駄がない上に的確な、凄まじい剣速だ。

(本当に、なんて方なの……!)

しかし、いまの数秒で気が付いた。

アルノルトは、リーシェを庇いながら剣を振るおうとしている。

矢からだけでなく、リーシェを馬上から振り落としてしまわないよう、さまざまな配慮をしてくれていた。

(アルノルト殿下は完璧だけれど、狩人のみんなだって凄腕だもの。このままでは確実に、私という荷物を利用して、殿下もろとも崩しにくる……)

リーシェは短く息を吐くと、アルノルトを振り返った。

「アルノルト殿下」

肩に掛けていた弓を下ろしながら、彼にねだる。

「手綱をお持ちの方の腕で、私のことを、ぎゅうっとしていていただけますか」

「………………は?」

アルノルトの眉根が寄せられたが、リーシェは構わずに身を捩る。

そして、美しい金色の毛並みをした馬の首筋を撫で、その耳元にお願いした。

「ごめんね、殿下のお馬さん。変な乗り方をしてしまうけれど、なるべくあなたが走る邪魔にならないように気を付けるから、ちょっとだけ許してね」

「おいリーシェ。何を……」

リーシェは馬の鞍に片手を突き、腰を浮かせると、その鞍へ片膝をつくようにした。

当然不安定な体勢のため、ぐらりと体が大きく揺れる。アルノルトが咄嗟に腕を回し、リーシェの腰を抱き止めてくれた。

「っ、何をしている……!」

「殿下、もっとです」

鞍の上で膝立ちになり、後ろにいたアルノルトの方を向く格好で、リーシェは矢筒から矢をつがえた。

「もっと、ぎゅっとして。……私の体を、 殿下(あなた) にくっつけて」

「――……」

リーシェがやろうとしていることに、アルノルトは深い溜め息をつく。

そのあとに、リーシェの腰を強く抱き寄せてくれた。

馬上でアルノルトと向かい合い、抱き抱えられた状態になったリーシェの体幹は、これで随分と安定する。

矢が飛んできた方角の屋上へ、リーシェは迷わずに狙いを定めた。

「このまま、いまのペースで走らせてください」

「……分かっている」

狩人たちが身を隠しそうな場所は、方角さえ分かればすぐに読める。

あちらの殺気が増幅した。片目を瞑り、呼吸を止めて、ぎりぎりと弦を引き絞る。

次の瞬間、リーシェは建物の屋上に向け、まっすぐに矢を射った。

「が……っ」

短い悲鳴が上から聞こえ、辺りがすぐさま静まり返る。

ちりちりとした殺気が消えたことに、アルノルトも当然気が付いたのだろう。

「当たったか」

「殺傷力が低い矢ですから、恐らく死んではいないはずです」

狩人たちはみんな、急所となり得る場所に防具を着けている。この矢の鏃は小さいもので、防具の革を貫通することはない。

狙った狩人が沈黙したのは、鏃の痺れ薬が原因だろう。

「私はこのまま弓矢を使い、遠方の敵を排除します。殿下は、……っ」

飛ばされた殺気に息を呑む。

それと同時、アルノルトが剣を翻した。

刃がリーシェの目前を掠め、剛速の矢を弾き落とす。リーシェを狙ったのであろう矢は、石畳の上にばらばらと落ちた。

「こちらに来る矢のことは考慮しなくていい。自分の手元に集中していろ」

「ありがとう、ございます……!」

不安定な馬上で、片手にリーシェを抱えているにもかかわらず、アルノルトの剣は揺らがない。恐らくは、馬上での戦闘も慣れているのだろう。

手綱捌きも的確な上に、この馬も主人の意を汲んでいる。その安定感に身を預け、リーシェは次の矢をつがえた。

アルノルトは剣を、リーシェは弓を手に、ヴィンリースの港町をじぐざぐに突き進む。

「後方西、敵の弓兵を落としました。次、東の二名を封じます!」

「分かった。……三分十秒後に裏路地へ入る。速度を落とすのは二分後だ」

「では殿下、路地を抜けた先の海側にご注意ください。恐らくは、海面の反射を利用して来るかと!」

お互いに報告と指示を投げ合いながら、それぞれの役割をこなしていく。

アルノルトは矢を落とし、リーシェが敵を射ながら、どんどん狼煙に近付いていった。

「殿下、あの建物の右手に回り込めますか」

「問題ない。――上方を」

「お任せ下さい。出来るだけ、速度をそのままに!」

リーシェが望んだ通りのことを、アルノルトは的確にこなしてくれた。

そして同じようにリーシェの方も、アルノルトの望むまま弓を操る。

(すごい……。まるで、お互いの心が読めるみたい)

思わずそんなことを考えてしまい、リーシェは無意識に下を見た。

リーシェを支えてくれているアルノルトが、それに気付いてリーシェを見上げる。

そして、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべ、挑むような声音で尋ねてきた。

「――今度はどうしたい?」

「〜〜〜〜……っ!!」

ぞくぞくと、ある種の高揚が背中を駆け登る。

アルノルトが一緒に戦ってくれるのなら、なんでも出来そうな気がしてしまった。戦場には危険な感覚を振り払い、リーシェはなんとか冷静に言う。

「……狼煙の昇っている教会まであと僅かですが、依然として最短距離は危険です。少々遠回りになりますが、このまま見通しの良い道を」

「分かった。――とはいえ、教会の扉は固められているだろう」

その見解については、リーシェも同様の考えだった。正面からの突破には、それなりの時間が掛かるはずだ。

「到着したら、正面以外の経路から侵入しますので」

「……正面以外?」

アルノルトが怪訝そうに繰り返したが、リーシェは矢を射るのに集中する。

(絶対にハリエットさまをお助けしないと。……それに、ラウルの考えについても……)

***