軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108 差し出されたもの

***

それから、アルノルトによって部屋へと運び込まれたリーシェは、強制的に休養を取らされた。

アルノルトは普段なら、リーシェの望みを大抵は聞いてくれる。

だが今回は、「ちょっとお片付けを手伝いに」だとか、「ミリアさまの体調を確認したいのですが」と言ってみても、許してくれない。

仕方がないので大人しく休み、体力が回復した翌日の午前中、アルノルトと揃ってシュナイダーからの話を聞いた。

「元より教団の枢機卿は、いくつかの派閥に分かれていました」

シュナイダーはグレーの髪を、今日も几帳面に後ろへと撫で付けている。

目元には随分と疲れが見えた。昨日からいまに至るまで、相当な苦労があったことが窺える。

「ミリア殿を隠し育て、その存在をガルクハインに秘匿しようとする派閥。そして大司教のように、ガルクハインを恐れ、ミリア殿の存在を消すべきだと考える派閥です」

痛ましい事実に、リーシェは眉根を寄せる。

「ミリアさまを害そうと考える人たちが、複数存在していたということですね」

「はい。ですが、それは極めて少数派でもあります。女神の血を引く巫女姫は、我々にとっての信仰対象ですから」

その言葉に、少なからず安堵した。

だが、目の前にいるシュナイダーの言葉を、手放しに信用してもいいという訳ではないだろう。それは、隣に座るアルノルトも同意見だったようだ。

「信仰対象だという割には、あの巫女に囮めいた真似をさせていたようだが?」

アルノルトは、リーシェと同じ長椅子に腰を下ろし、その肘掛けに頬杖をついている。

傍らには、彼の剣が立てかけられていた。本来ならば、廊下で控えているオリヴァーに預けておくべきものだ。

「巫女を守る気があるのなら、大司教の手が及ぶ場所に連れ出すべきではなかった。巫女を隠し育てる派閥が多数派なのであれば、巫女を公の場に出さないような方針で進めるなど、容易なことだったはずだろう」

アルノルトの言う通りだ。

大司教の企みについて、補佐であるシュナイダーが察知していたのであれば、そもそもがこんな事態にならないように動くべきだった。

「巫女を隠し育てる派閥と、排除すべきだという派閥。――貴様がどちらに属しているのか、分かったものではないな」

「私は、そのどちらでもありません」

「ほう?」

アルノルトは、どうでもよさそうにシュナイダーを見る。

シュナイダーは、膝の上に乗せた両手の指を組み、前に身を乗り出すようにして言った。

「私の策が、ミリア殿を危険な目に遭わせるものであったことは確かです。しかし、大司教は早急に排除すべきでした。その為には、『大司教が巫女姫を排除したがっており、それを実行しようとしている』事実を証明せねばならなかった。それには、決定的な証拠が必要です」

「……そのために、ミリアさまを大司教さまに襲わせて、それを多くの修道士に目撃させたと?」

リーシェの問いに、シュナイダーは俯く。

「正直なところ、この状況でガルクハイン皇太子が大神殿を訪れたのは、誤算としか言いようがなかった」

それは、シュナイダーの本心だったのだろう。

「大司教は私たちの敵ですが、同時にあなた方も敵でした。大司教の目論見を暴こうとも、ガルクハイン皇太子に巫女姫の存在が知られれば終わりですから」

「……それであのとき、レオを私のところに向かわせたのですか?」

「リーシェさまに武術の心得があるだろうということは、あの子から報告を受けておりましたので。……まさか、我が『孤児院』で最も優秀な子供が、容易く負けてしまうとは思いませんでしたが」

そして彼は、「あの子もまだまだですね」と苦笑した。

その口ぶりを聞くに、レオの言っていた『父親代わりではない』という言葉は本当らしい。どちらかといえばシュナイダーの様子は、教え子を見守る師のようだ。きっと大司教は、孤児院がそういった訓練機関だったということは、知らなかったのだろう。

「レオが、罠の仕掛けられた森に出入りしていたのは何故ですか?」

「大司教の仕掛けた罠の位置を把握し、報告させる為です。大司教が禁足とした森に、私は容易に立ち入れませんから」

レオのような幼い子供であれば、単なる悪戯で看過される。シュナイダーの言わんとすることは、分からない話ではない。

だが、素直に受け入れられるかどうかは別だ。

「……大司教さまは、お転婆なミリアさまが森に入り込むかもしれないことを想定し、事故に見せ掛けて殺すための罠を用意したと思われます。そして事実ミリアさまは、あの森で危険な目に遭われた。そうなる可能性があると分かった上で、罠を放置させたのですか」

「危険な目に遭う直前に、レオがお守りするはずでした。……あれが目を離した結果、ミリアさまは森に入り込み、その身を危険に晒してしまった」

シュナイダーは、静かな目でリーシェを見る。

「――万が一のことがあれば、私はこの手でレオを罰し、私自身の命をもってして女神に詫びていたでしょう」

「…………」

リーシェはぐっと眉根を寄せる。

リーシェの知っている未来において、レオは生死を彷徨う折檻を受け、片目を失っているのだ。

クルシェード教団の幹部にも、シュナイダーという男はおらず、大司教の座には別の人物が就いていた。あれはきっと、シュナイダーの言う「万が一」が起きた結果なのだろう。

「御託はいい」

アルノルトが、低い声でシュナイダーに告げる。

「お前が答えるべきは、どういうつもりで今回の状況を作り出したのかという点だ。巫女を生かす気があるのかどうか、父帝への接し方も含めてな」

「私などの考えを、お耳に入れてくださるので?」

「白々しい。どうせお前が次の大司教になるのだろう?」

「それは、アルノルト殿下のお心次第です」

その言葉に、アルノルトは眉を顰めた。

「先ほど申しましたように、教団にはいくつかの派閥があります。巫女姫をガルクハインから隠し育てるか、ガルクハインに知られる前に排除するか。……私は当然ながら前者でしたが、今はそうではありません」

「シュナイダーさまの、お考えは?」

「あなた方と、協力関係を結びたいのです」

リーシェが目を丸くすると、シュナイダーはふっと息を吐いて苦笑した。

「ガルクハイン国、ならびに皇帝陛下ではなく、アルノルト・ハイン皇太子殿下と。……そして近々その妃殿下となられる、リーシェさまと」

「それは……」

「皇帝陛下に、ミリア殿の存在を隠し通していただきたい。そして私が大司教となった暁には、アルノルト殿下に出来る限りの御恩を返します」

予想もしていなかった申し出だ。

そもそもが、リーシェがこのタイミングで大神殿を訪れたのは、ミリアとの接点を結ぶためだった。

世界的な権威を持つクルシェード教団、その巫女姫となるミリアと関係性が出来ていれば、戦争回避の一助になるかもしれない。

いずれ来る未来のように、アルノルトが教会を焼き払い、ミリアを殺そうとする未来が回避できるかもしれないと、そう願ったのだ。

(……私の知るこれまでの人生で、アルノルト殿下と教団は敵対していた。この協力関係が実現すれば、きっと未来は変化する。……だけど……)

隣のアルノルトをちらりと見上げる。

「『協力関係』だと?」

想像していた通りに、アルノルトは心底不快そうな表情でシュナイダーを見ていた。

「己の立場を見誤っているようだな、シュナイダー? 貴様らがどう願おうと、俺はすでに巫女の存在を認識している」

「……仰る通りです」

「教団の力など、俺にとってはどうでもいい。対して、貴様らにとってこれは命懸けの極秘事項だ。――悠長な申し出をしている暇があるのなら、もっと深く頭を下げることだな」

「アルノルト殿下」

リーシェは眉を下げるものの、アルノルトはこちらを一瞥もしない。

シュナイダーは顔色を青くして、アルノルトを見上げた。

「私めの命運は、アルノルト殿下のお心次第だと申し上げました」

シュナイダーは、アルノルトに首を差し出すかのように一礼する。

「この頭を下げることで受け入れてくださるのであれば、たとえ体から離れ、地に落とされようと構いません。何卒、お願い申し上げます」

「……震えている分際で。お前たちの女神とやらは、そんなお前を助けはしないぞ」

「私にとっての信仰とは、女神からの救いを求めるのではなく、人生をかけて女神に尽くすこと。この命で女神の御子を救えるのであれば本望です」

「――……」

そんなシュナイダーを見下ろして、アルノルトが何かを言いかけた、そのときだった。