作品タイトル不明
108 差し出されたもの
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それから、アルノルトによって部屋へと運び込まれたリーシェは、強制的に休養を取らされた。
アルノルトは普段なら、リーシェの望みを大抵は聞いてくれる。
だが今回は、「ちょっとお片付けを手伝いに」だとか、「ミリアさまの体調を確認したいのですが」と言ってみても、許してくれない。
仕方がないので大人しく休み、体力が回復した翌日の午前中、アルノルトと揃ってシュナイダーからの話を聞いた。
「元より教団の枢機卿は、いくつかの派閥に分かれていました」
シュナイダーはグレーの髪を、今日も几帳面に後ろへと撫で付けている。
目元には随分と疲れが見えた。昨日からいまに至るまで、相当な苦労があったことが窺える。
「ミリア殿を隠し育て、その存在をガルクハインに秘匿しようとする派閥。そして大司教のように、ガルクハインを恐れ、ミリア殿の存在を消すべきだと考える派閥です」
痛ましい事実に、リーシェは眉根を寄せる。
「ミリアさまを害そうと考える人たちが、複数存在していたということですね」
「はい。ですが、それは極めて少数派でもあります。女神の血を引く巫女姫は、我々にとっての信仰対象ですから」
その言葉に、少なからず安堵した。
だが、目の前にいるシュナイダーの言葉を、手放しに信用してもいいという訳ではないだろう。それは、隣に座るアルノルトも同意見だったようだ。
「信仰対象だという割には、あの巫女に囮めいた真似をさせていたようだが?」
アルノルトは、リーシェと同じ長椅子に腰を下ろし、その肘掛けに頬杖をついている。
傍らには、彼の剣が立てかけられていた。本来ならば、廊下で控えているオリヴァーに預けておくべきものだ。
「巫女を守る気があるのなら、大司教の手が及ぶ場所に連れ出すべきではなかった。巫女を隠し育てる派閥が多数派なのであれば、巫女を公の場に出さないような方針で進めるなど、容易なことだったはずだろう」
アルノルトの言う通りだ。
大司教の企みについて、補佐であるシュナイダーが察知していたのであれば、そもそもがこんな事態にならないように動くべきだった。
「巫女を隠し育てる派閥と、排除すべきだという派閥。――貴様がどちらに属しているのか、分かったものではないな」
「私は、そのどちらでもありません」
「ほう?」
アルノルトは、どうでもよさそうにシュナイダーを見る。
シュナイダーは、膝の上に乗せた両手の指を組み、前に身を乗り出すようにして言った。
「私の策が、ミリア殿を危険な目に遭わせるものであったことは確かです。しかし、大司教は早急に排除すべきでした。その為には、『大司教が巫女姫を排除したがっており、それを実行しようとしている』事実を証明せねばならなかった。それには、決定的な証拠が必要です」
「……そのために、ミリアさまを大司教さまに襲わせて、それを多くの修道士に目撃させたと?」
リーシェの問いに、シュナイダーは俯く。
「正直なところ、この状況でガルクハイン皇太子が大神殿を訪れたのは、誤算としか言いようがなかった」
それは、シュナイダーの本心だったのだろう。
「大司教は私たちの敵ですが、同時にあなた方も敵でした。大司教の目論見を暴こうとも、ガルクハイン皇太子に巫女姫の存在が知られれば終わりですから」
「……それであのとき、レオを私のところに向かわせたのですか?」
「リーシェさまに武術の心得があるだろうということは、あの子から報告を受けておりましたので。……まさか、我が『孤児院』で最も優秀な子供が、容易く負けてしまうとは思いませんでしたが」
そして彼は、「あの子もまだまだですね」と苦笑した。
その口ぶりを聞くに、レオの言っていた『父親代わりではない』という言葉は本当らしい。どちらかといえばシュナイダーの様子は、教え子を見守る師のようだ。きっと大司教は、孤児院がそういった訓練機関だったということは、知らなかったのだろう。
「レオが、罠の仕掛けられた森に出入りしていたのは何故ですか?」
「大司教の仕掛けた罠の位置を把握し、報告させる為です。大司教が禁足とした森に、私は容易に立ち入れませんから」
レオのような幼い子供であれば、単なる悪戯で看過される。シュナイダーの言わんとすることは、分からない話ではない。
だが、素直に受け入れられるかどうかは別だ。
「……大司教さまは、お転婆なミリアさまが森に入り込むかもしれないことを想定し、事故に見せ掛けて殺すための罠を用意したと思われます。そして事実ミリアさまは、あの森で危険な目に遭われた。そうなる可能性があると分かった上で、罠を放置させたのですか」
「危険な目に遭う直前に、レオがお守りするはずでした。……あれが目を離した結果、ミリアさまは森に入り込み、その身を危険に晒してしまった」
シュナイダーは、静かな目でリーシェを見る。
「――万が一のことがあれば、私はこの手でレオを罰し、私自身の命をもってして女神に詫びていたでしょう」
「…………」
リーシェはぐっと眉根を寄せる。
リーシェの知っている未来において、レオは生死を彷徨う折檻を受け、片目を失っているのだ。
クルシェード教団の幹部にも、シュナイダーという男はおらず、大司教の座には別の人物が就いていた。あれはきっと、シュナイダーの言う「万が一」が起きた結果なのだろう。
「御託はいい」
アルノルトが、低い声でシュナイダーに告げる。
「お前が答えるべきは、どういうつもりで今回の状況を作り出したのかという点だ。巫女を生かす気があるのかどうか、父帝への接し方も含めてな」
「私などの考えを、お耳に入れてくださるので?」
「白々しい。どうせお前が次の大司教になるのだろう?」
「それは、アルノルト殿下のお心次第です」
その言葉に、アルノルトは眉を顰めた。
「先ほど申しましたように、教団にはいくつかの派閥があります。巫女姫をガルクハインから隠し育てるか、ガルクハインに知られる前に排除するか。……私は当然ながら前者でしたが、今はそうではありません」
「シュナイダーさまの、お考えは?」
「あなた方と、協力関係を結びたいのです」
リーシェが目を丸くすると、シュナイダーはふっと息を吐いて苦笑した。
「ガルクハイン国、ならびに皇帝陛下ではなく、アルノルト・ハイン皇太子殿下と。……そして近々その妃殿下となられる、リーシェさまと」
「それは……」
「皇帝陛下に、ミリア殿の存在を隠し通していただきたい。そして私が大司教となった暁には、アルノルト殿下に出来る限りの御恩を返します」
予想もしていなかった申し出だ。
そもそもが、リーシェがこのタイミングで大神殿を訪れたのは、ミリアとの接点を結ぶためだった。
世界的な権威を持つクルシェード教団、その巫女姫となるミリアと関係性が出来ていれば、戦争回避の一助になるかもしれない。
いずれ来る未来のように、アルノルトが教会を焼き払い、ミリアを殺そうとする未来が回避できるかもしれないと、そう願ったのだ。
(……私の知るこれまでの人生で、アルノルト殿下と教団は敵対していた。この協力関係が実現すれば、きっと未来は変化する。……だけど……)
隣のアルノルトをちらりと見上げる。
「『協力関係』だと?」
想像していた通りに、アルノルトは心底不快そうな表情でシュナイダーを見ていた。
「己の立場を見誤っているようだな、シュナイダー? 貴様らがどう願おうと、俺はすでに巫女の存在を認識している」
「……仰る通りです」
「教団の力など、俺にとってはどうでもいい。対して、貴様らにとってこれは命懸けの極秘事項だ。――悠長な申し出をしている暇があるのなら、もっと深く頭を下げることだな」
「アルノルト殿下」
リーシェは眉を下げるものの、アルノルトはこちらを一瞥もしない。
シュナイダーは顔色を青くして、アルノルトを見上げた。
「私めの命運は、アルノルト殿下のお心次第だと申し上げました」
シュナイダーは、アルノルトに首を差し出すかのように一礼する。
「この頭を下げることで受け入れてくださるのであれば、たとえ体から離れ、地に落とされようと構いません。何卒、お願い申し上げます」
「……震えている分際で。お前たちの女神とやらは、そんなお前を助けはしないぞ」
「私にとっての信仰とは、女神からの救いを求めるのではなく、人生をかけて女神に尽くすこと。この命で女神の御子を救えるのであれば本望です」
「――……」
そんなシュナイダーを見下ろして、アルノルトが何かを言いかけた、そのときだった。