軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100 暖かい目覚め

***

「んん……」

ふわふわと、温かな気持ちの目覚めだった。

眠っているあいだ、ガルクハインに来てからの夢を見たような気がする。

アルノルトと離宮のバルコニーで話したり、アルノルトと一緒に夜会に出たりと、つい先日あった出来事の夢だ。

リーシェにとって、『過去の人生ではない夢』を見るというのは久しぶりのことだった。

起きなくてはいけないのが名残惜しくて、手近にあるものへ額をすり寄せる。なんだかよく分からないが、この場所はとっても収まりがよかった。

体を包まれていて暖かい。とくとくと、鼓動の音がして安心する。

瞼がとろけて眠り込みそうだが、少しだけ体が重い。

「……?」

昨晩のだるさは消えている。

毒の後遺症ではなさそうだ。不思議に思いながら身じろいで、ゆっくりと目を開けながら上を見る。

そして、すべての状況を把握した。

「………………」

寝台の中で、眠ったアルノルトに抱き締められている。

「――!?」

その瞬間、絶叫しそうになったのを辛うじて抑えた。

(なっ、な、な……っ)

どうやらお互いに向き合う恰好で、同じ上掛けにくるまっていたらしい。アルノルトは、リーシェの頭を抱き込むような形で寝息を立てている。

アルノルトの口元は、リーシェの前髪あたりに埋められているようだ。

(ど、どうして殿下と同じ寝台に!?)

枕を使っているのはアルノルトだけで、リーシェは彼の腕を枕にしてしまっている。それに気付いて慌てるも、混乱しすぎて動けない。

そして、事の発端を思い出す。

(…………私が駄々を捏ねた所為だわ!!)

夕べのことを思い出し、リーシェはさあっと青褪めた。

(お部屋に戻って寝てくださいって言ったのに、『ひとりで置いておけない、一晩傍にいる』と仰るから。……『どうしてもこの部屋に居てくださるなら、寝ずの番じゃなく、せめてここで寝てください』って我が儘を……)

昨夜はぐしゅぐしゅに泣いてしまい、頭もぼんやりしていた所為で、そのままとんでもないことを言ってしまった。

あのときのアルノルトは絶句していたが、リーシェがまた泣きそうになった所為で、渋々「分かった」と頷いてくれたのだ。

だが、とんでもないことをしてしまった。

(薬師だったくせに、私はなんということを……!! なんとしてもお部屋に戻っていただいて、おひとりでゆっくり寝てもらわないといけなかったのに……)

結局リーシェに付き合わせてしまったのだから、あまりにも申し訳なさすぎる。

そうっと身を離し、アルノルトを見上げて眉を下げた。

(……私が抱き枕で、寝心地が悪くなかったかしら……)

きっと普段のアルノルトなら、リーシェが動いた時点で目を覚ましていたはずである。

けれど、彼は目を閉じたままだ。

リーシェの介抱をさせた所為か、やはり毒薬による影響があったのかは分からないが、この眠りによって少しでも回復できているといい。

そんなことを祈りながら、アルノルトの寝顔を見つめる。

(眠っていると、ちょっとだけ幼く見えるんだわ)

アルノルトは、白いシャツのボタンを上からふたつほど外している。

寛げられた襟元から、普段は隠されている鎖骨と喉仏、それから首筋が覗いていた。

リーシェがどうしても気に掛かるのは、首筋に残っている無数の傷跡だ。

(……誰よりも、お母さまに憎まれていたと仰っていた)

この傷は、彼の母によるものなのだろうか。

触れたいような気もするが、許可なく不躾なことは出来ない。

だからぼんやりと見つめていると、アルノルトの手が何かを探すように動いた。

「……」

そのあとで、緩やかに目を開ける。

覚醒しきっていない青色の瞳が、窓からの朝陽に透き通った。普段なら見惚れているところだが、いまは状況が状況だ。

「……お、おはようございます……」

「…………」

アルノルトは、緩慢な瞬きをひとつする。

そのあとでリーシェに手を伸ばし、珊瑚色の前髪を梳くようにした。

リーシェの頬をくるみ、目を閉じると、ふたりの額をこつりと重ねる。

これは恐らく、熱の有無を確かめられているのだ。

分かっているにもかかわらず、アルノルトが寝起き特有の気怠さを纏っている所為で、必要以上に緊張してしまう。

「殿下、あの」

「……体の具合は」

まだちょっとだけ眠そうな、掠れた声で尋ねられる。

額を重ねたまま、お互いの睫毛が触れ合うほどの距離で、リーシェは慌てて返事をした。

「だっ、大丈夫です。お陰さまですっかり元気です、元気……!!」

「……」

目を開いたアルノルトが眉根を寄せたので、『元気』は言い過ぎたかと反省する。

気まずくなり、急いで体を起こそうとしたら、アルノルトに腕を掴まれた。

「ひゃ」

「いいから、まだ寝ていろ」

再び寝台の海に沈み、アルノルトの隣へと引き戻される。そういうわけにもいかないような気がしたが、有無を言わせない雰囲気だ。

リーシェは仕方なく、寝転んだまま問い掛ける。

「殿下こそ、お体に変調は?」

「……何も」

アルノルトはそう答えながら、リーシェの首筋に手を触れさせた。

恐らくは、包帯の結び目を解こうとしているのだろう。

リーシェは大人しく身を任せながらも、質問を続ける。

「昨日はありがとうございました。……あの、ミリアさまは……」

「命を狙われている可能性があることは、オリヴァーを通して公爵に伝えてある」

ほっとした。アルノルトならきっとそう動くと思っていたが、改めて聞かされると安心できる。

「あの子供本人にも、父親の傍を離れないようにと俺から告げた。深夜に一度オリヴァーから報告を聞いたが、大人しく公爵の元にいるようだ」

「ミリアさまが、私の居場所をアルノルト殿下に伝えてくださったのですか?」

「そうだ。レオから話を聞いて、森に向かう最中に鉢合わせた」

しゅる、と衣擦れの音がした。

アルノルトはリーシェの包帯を解きながら、聞いておきたかったことを的確に説明してくれる。

ただし、お互いに寝転んだままだ。

「レオにも巫女の子供にも、お前たちが森に入ったことは伏せるよう言い含めてある。教団の人間に知れたところで、騒ぎになるだけで無意味だからな」

「何から何まで、ありがとうございま……、ふひゃ」

肌の表面にアルノルトの指が触れ、ぞわぞわした。

「こら。暴れるな」

「だって、くすぐった……ふっ、ふふ! 殿下、待……っ!」

「だから、暴れるなと言っている」

叱られて必死に堪えたのだが、ややあって包帯が取り除かれた。

そうなってから気が付いたのだが、包帯くらいは自分で解ける。しかし、アルノルトが真剣な表情で傷口を観察しているようなので、いまさらそれには言及できなかった。

「傷は治り始めているようだな。これなら痕にもならないだろう」

別段、そんなことを気にはしないのに。

騎士の人生では、あちこち傷だらけになったものだ。

けれどもそれを言わず、リーシェは自分でも傷口を探ってみる。

すると、アルノルトはじっとリーシェの目を見つめてきた。

「瞼も腫れていないな」

「……アルノルト殿下が、丁寧に涙を拭ってくださったので……」

気恥ずかしい心境で答えるが、アルノルトはそれに満足したらしい。

「巻き直すか。新しい包帯を用意させる」

「あ。大丈夫です、殿下」

上半身を起こした彼に続き、リーシェも一緒に起き上がった。

「血が止まっているようなので、このままにしておこうかと。大した傷ではない以上、包帯をしていた方が大仰なので」

「……巻いておいた方がいいと思うが」

「え?」

「赤くなっている。包帯を巻いて、隠した方が無難だろう」

そんな指摘に首を傾げる。

「この毒、傷口の炎症は引き起こしにくいはずなのですが……」

「……」

なにせ、『見た目にまったく毒死の痕跡が残らない』からこそ選ばれる暗殺毒だ。

それとも、リーシェが想定していた以外の毒まで混ざっていただろうか。しかし、そうであれば解毒剤がこんなに効いているはずもない。

師匠仕込みの解毒剤と、それを飲ませてくれたアルノルトのおかげで、リーシェはほとんど復調しているのだ。

だが、アルノルトは否定する。

「傷口の話ではなく」

「っ、んん?」

指でなぞられ、それがくすぐったくて身を竦める。アルノルトが触れたのは、傷口ではなくてその周辺だ。

そうして彼は、しれっとした調子でこう言い切る。

「俺が口付けて、肌を吸った跡が、赤く残っている」

「――――――……」

ぽかんとした。

ひょっとしていま、割ととんでもないことを言われなかっただろうか。

恐らくは、毒を吸い出してもらったときの話だろう。しかし、そのためにアルノルトにされたことを改めて思い出して、リーシェは絶句する。

「お前の肌が白いせいで、余計に目立つな」

「……ひえっ!?」

一拍置いて、ぶわっと頬に熱がのぼった。

慌てて上掛けを手繰り寄せ、絶対に赤面しているであろう顔を隠す。アルノルトがどういう表情をしているかなんて、いまは絶対に知りたくない。

(そもそもが昨日、解毒剤を飲まされるときに口移しされなかった!?)

本当に熱があった昨日より、遥かに体が熱い気がした。ぐるぐると頭が混乱する中、リーシェはかろうじて声を出す。

「あ、あの! 前から気になっていたのですけれど!!」

「なんだ」

(……『女性の扱いが、妙に手慣れていませんか』とは聞けない……!!)

普通はこういうものなのだろうか。聞きたいけれども聞くのが怖くて、そう思う理由が我ながら分からない。

「リーシェ」

渦巻く感情に戸惑っていると、アルノルトが口を開いた。

「何故、俺への伝令をレオに託した」

「……」

ぴたりと混乱を押しとどめ、顔を隠していた上掛けを下にずらす。

「……私がすぐに向かわなければ、ミリアさまに万が一のことが起きてしまうと思ったからです」

「そうではない」

目が合ったアルノルトには無表情だが、リーシェを逃がすつもりなどなさそうだった。

夕べも色々と怒られたが、まだまだ手加減されていたのだと知る。

「あれが信頼に足る存在だと、本気で思っているわけではないだろう?」

「――……」