作品タイトル不明
752.不安で繋がる言葉たち
ラルフと話をしないといけないわ。明後日にはバルシュミューデ公爵邸に帰るのですもの。明日は一日忙しいから、今夜聞いておきましょう。
ヘンリック様に事情を説明し、ラルフの部屋に向かうと……扉の向こうから声がする。こういったお屋敷って立派な一枚板の扉が使われているけれど、必ず声が漏れるように設計された。その理由は、護衛対象の声が聞こえるように、らしいわ。
窓から賊が侵入した場合、外に声が聞こえなければ助けも届かない。客間は外から様子を窺って、お茶出しのタイミングを図ったりするの。当主夫婦の寝室だって、ノックしていいかどうか判断する基準になるわ。子供部屋も当然、同じ理屈で声が漏れ聞こえる。
「あんね……これ」
レオン? 何をしているのかしら? 気になって扉に張り付いていたら、通り過ぎる侍女に怪訝な顔をされた。人差し指を唇に当てて「しぃ」と示したら、微笑んで一礼する。去っていく背中を見ながら、もう一度耳を澄ませた。
「あげる」
何かをプレゼントしているみたい。
「ぼく、ねるね」
帰ると言われて、私が慌てた。隣がレオンの部屋だから、廊下を通るわ。一応、間に扉もあるけれど……念のために! 向かいにある客間へ飛び込む。大急ぎで扉を閉めて、背を預けた。
扉の音はしない。そっと覗いてみて、しばらく待った。間にある扉を使ったのかも。ゆっくりと廊下に出て、ラルフの部屋の扉をノックした。まだレオンがいれば、反応でわかるわ。
「はい……あっ……」
「ラルフ、お話したいのよ」
お話を聞きたいのだと示したら、遠慮しそうだから。私のほうで話があると伝えた。招き入れられた部屋の荷物は、窓際のテーブルに寄せられている。もう片づけを始めていたのね。
「明後日帰るでしょう? その前にこの屋敷で過ごして感じたことを教えてほしいわ。今後のために必要なの」
これからもケンプフェルト公爵家の嫡男側近よ。だからラルフの意見が聞きたい。微笑んで腰かける。ベッドを選んだのは、ラルフが眠る支度を終えていたから。ベッドに寝転がるよう伝えて、その脇に座った。距離が近いから、内緒話も出来るわ。
「……レオンに言わないで」
「もちろんよ」
前置きしたラルフが、零したのは不安。側近候補から外されるのではないか? そうなったら実家にも居場所がなくなる。次男だからいずれ外へ出ないと。母は妹に夢中で、もう俺のことは要らないかもしれない。
こぼれ出る言葉は、すべて不安の糸で繋がっていた。帰す前に話す時間を作って正解だったわ。