作品タイトル不明
745.お兄ちゃんが二人
「ローズ、お父様とお母様よ」
安心させるように声をかけたのに、泣き声は変わらない。こちらに手を伸ばす様子もなかった。マーサに頭を撫でられながら、大泣きしている。
「お嬢様が起きた時に、転がってしまったようで」
マーサが申し訳なさそうに説明してくれたのは、転がった先で頭をぶつけたこと。ベッドの四隅にある装飾柱に当たったらしい。仕方ないわね。苦笑いした私より早く、ヘンリック様がローズへ手を伸ばした。マーサから受け取って抱き上げ、頬を寄せる。
泣きじゃくりながら、ローズはヘンリック様にしがみついた。痛かった、びっくりした、怖かった。様々な感情が混じって涙の止まらない娘を、ヘンリック様は抱きしめたまま動かない。慰め方としては、 あ(・) り(・) ね。心音を聞けば落ち着くし、下手に言葉をかけないほうが感情を整理しやすいかも。
大人が「痛かったね」と繰り返せば、子供はその言葉をそっくり覚える。発育に必要だけれど、嫌な思い出をしっかりと記憶してしまう。
首を傾げたレオンを手招きし、ラルフの手も掴んで引き寄せる。一緒にベッドへ腰かけた。私を中心に座る二人に「ディを撫でてあげて」と微笑む。同じ部屋で寝ていた姉が泣き出して、きっと驚いたと思うわ。
「奥様、失礼いたします」
マーサがディを運び、私の腕に預ける。ずっしりと重さを感じるようになった末息子は、目を開けていた。まん丸で大きな目が、ぱちぱちと瞬く。反射なのか、私の顔を見て笑った。
「かぁいいね」
「本当です」
二人がそっと手を伸ばし、ゆっくりと触れる。レオンの小さな手はディの頬に当てられ、ラルフは小さな手を握った。包むようにして握る手の指が、ぎゅっと丸まった。ラルフの親指を握り込んだディが「あぶぅ」と声を立てる。
「これはどうしたら?」
「痛くなければ、そのままがいいわ」
羨ましそうなレオンが、空いている左手に人差し指を乗せた。きゅっと握るのは、赤ちゃんの特性ね。嬉しそうに笑ったレオンが「ほら」と得意げに訴える。
「レオンのことが大好きなのよ。ラルフもお兄ちゃんの一人だと思ったのね」
「お兄ちゃん……」
繰り返したラルフの表情が、擽ったそうに見える。そういえば、彼って末っ子……あ、違うわ。実家の母君ユーリア様は、女の子を出産したのよ。やっぱり、屋敷から通ってもらう方向で調整しましょう。そうしないと、大切な家族の絆が育まれない。妹に対しても同じように、可愛いと接してくれるように。
貴族の慣習も大事だけれど、良い方向へ変化するなら変えてもいいはずよ。