作品タイトル不明
743.二人のデートより優先
お茶の間に、ティール侯爵が同席した理由がわかった。出勤前に話を聞いて、その場で欠勤を決めたそうよ。大急ぎで休みを届け出て、承諾の返答の前に出かけてしまったとか。
「……休めないのは困る」
ぼそっと付け足した侯爵のセリフに、ふふっと笑った。男の人のこういうところ、本当に可愛いわ。子供みたいな振る舞いをして、許されると思っているんだもの。ハンナ様もやれやれと言った表情で、私と視線が合ったら笑みが深くなった。
「ヘンリック様、パン以外にもお土産を買っていきましょう。きっと待っているわ」
誰がと言わなくても伝わる。レオン、ラルフ、ローズ、ディ、今は四人もいるんだもの。ディはまだお土産の蒸しパンは無理なので、三人に食べてもらうとして。果物か野菜を買ったら、ディも汁くらい楽しめるかも。
「果物でしたら、この先に贔屓の店があります」
ハンナ様の提案で、その店へ移動することにした。ユリアーナ達と鉢合わせしないよう、お店の人に見張りを頼む。店員というより、店長が出てきて対応してくれた。仰々しくなって申し訳ないわ。
美味しかったと伝え、蒸しパンを屋敷へ配達するよう手配した。帽子を被って外へ出る私の隣で、ヘンリック様もモノクルを確認する。私達の変装に、ハンナ様が向けた眼差しはやや温い。きっと「若いから頑張ったのね」くらいに思われていそう。
ハンナ様の案内で、果物をたくさん選び買い込んだ。多すぎて食べられないでしょうけれど、選ぶ楽しみもあるわ。それに屋敷の使用人達の夕飯が豪勢になるはずよ。日持ちしない果物から先に、皆で味わえたら素敵ね。
せっかくなので服を選びに行くと話すティール侯爵夫妻と別れ、私達は公園へ向かった。
「そういえば、出会ってすぐ結婚だったのでデートしていませんね」
「……すまない」
「叱ったつもりはありませんわ。拗ねてもいません。初デートなら楽しみましょう」
腕を組んで、公園の花を眺める。ところどころに飲食の屋台が出ていて、覗くのも楽しかった。護衛の騎士がぞろぞろ付いてくるので、二人きりの感覚はない。
「屋敷の庭のほうが綺麗だ」
「当然よ、ティムやハンスが手入れをする庭は自慢だもの」
顔を見合わせて笑顔になった。結局、二人とも同じ結論に達したのね。こうして二人のデートをしても、気になるのは子供達のこと。フランクとイルゼが揃っていて、不手際があるとは思わない。ただ、子供達の気持ちのケアは別だった。
「帰ろうか」
私より先に「帰る」と言い出した夫に、私は満たされた気持ちで同意した。