作品タイトル不明
702.子供は突然熱を出すもの
夜にもう一度紙芝居を読んで聞かせ、ヘンリック様は何やら感動していた。仕事の説明でも活用できそうだと言い出し、仕事場へ持っていくつもりね。見本ならいいけれど、仕事で本当に役立つのかしら?
昨夜相談し忘れた、お茶会の招待リストを手渡す。目が覚めたばかりで、ぼんやりしていた私はうっかり足を踏み外した。ベッドから転げ落ちたけれど、足首も捻っていない。
「大丈夫か?!」
「ごめんなさい、ぼんやりしていたわ。全然平気よ」
ほっとした顔のヘンリック様が回り込み、手を貸してくれた。立ち上がってお礼を言ったところで、扉がノックされる。
「大変です! バルシュミューデ公爵令息様が!!」
声がリリーやマーサではない。おそらく二人は子供達の世話をしているのね。声をかけた侍女の後ろから、窘める声が聞こえた。
「扉を開ける前に叫んではいけません。私が先に伺いましょう」
イルゼの声だわ。気になって寝着の上にガウンを羽織った。扉を内側から開ければ、イルゼと項垂れる侍女がいた。まだ若いわね。きっと気持ちが逸ってしまったのよ。
「きつく叱らないで。緊急事態を知らせようと急いでくれたのだから」
「奥様、これは私の管轄にございます」
イルゼがぴしゃりと退けた。公爵家の使用人が相応しい振る舞いを出来なければ、笑われるのは侍女長や家令だわ。私が軽い同情心で口を挟んではいけない。申し訳ないことをした。謝りたいけれど、侍女がいる前では無理ね。こういうとき、主従関係が邪魔をするの。
「イルゼ、何があった?」
後ろからヘンリック様も顔を見せ、侍女は一礼して戻っていった。速足で戻り、イルゼからの指示を伝えるのね。走っているように見えないのに、かなり速いわ。
「バルシュミューデ公爵令息ランドルフ様の体調が思わしくなく、お知らせに参りました」
「ラルフが? 疲れかしら……」
ラルフは人一倍気を遣う子だった。レオンを立てて、ローズの相手もこなし、さらに大人にも一歩引いて振る舞う。ユーリア様の教育がよほど厳しかったのかも。公爵家の次男として、恥をかかないよう育てた。少し甘えられるようになったばかりだった。
「すぐに……っ!」
「先に着替えてからお越しください。くれぐれも、お二人とも寝着で廊下に出られませぬように」
釘を刺されてしまい、そのまま飛び出そうとした私は静かに扉を閉めた。二人とも? 後ろを振り返ると、ヘンリック様がバツの悪そうな顔をしている。どうやら私に続いて飛び出そうとしたみたい。
「急ぎましょう!」
「そうだな」
寝室の両側にあるそれぞれの個室へ向かい、大急ぎで身支度を整えた。手伝う侍女によれば、リリーはランドルフに付き添っているらしい。では、レオンやローズはマーサが面倒を見ているのね。
ラルフは発熱しており、病がうつる可能性を考慮して部屋に隔離された。きっと心細いはずよ。急いで向かわないと!