作品タイトル不明
9-2.(カールハインツ)父と同じ轍は踏まない
今日作るお菓子は、当日の予行演習だ。つまり全部食べるのだろう。日持ちしないから仕方ないか。そう思っていたら、焼き菓子の一部は保存が可能らしい。伸ばした生地を平らにする作業をひたすらやらされて、二の腕が痛い。あと、手のひらも。
長い棒を転がすだけと甘く見たツケなのか。同じように作業した料理人は平気そうで、コツを聞いたら「慣れることです」と笑顔で返された。毎日やれば痛みもなく上手にできるのか? だとしたら、私には無理だな。料理人は美味しい料理を作り、私は難しい書類を処理する。適材適所だ。
「あとは焼くだけよ。休憩しましょうか」
お母様達も焼く作業は任せるらしい。火加減はもちろん、火傷の危険もある。熱い鉄板をひっくり返したり、うっかり握ったり。そんな事態になれば、料理人が罰せられる。理不尽だがそれが決まりだった。
いっそ変えてしまうのはどうだろう。部署はどこが担当だ? 理不尽をそのまま放置しても利益はない。そんな考えが浮かんだ。無言で考え込む私に、お母様が何度も声を掛ける。
「カール、もう! カールったら!! 行くわよ」
腕を掴まれて、はっと我に返った。声は何となく聞こえていたが、夢中になっていた。これは悪い癖だ。お母様はルイーゼと手を繋ぎ、ローレンツはおばあ様に腕を貸す。となれば、私は大人しく一人で歩くしかないか。ぼんやりしていた罰だな。
「かぁいそうだから、手を繋いであげても……いいわ」
大人の口調を真似たルイーゼが、そっと手を握る。指先だけをきゅっと掴んで、私の顔色を窺った。その仕草に、自然と笑みが浮かぶ。可愛いと思うが、それ以上に遠慮がちなのが気になる。私からも握り返すと、ほっとした表情になった。
どうやら接する時間が少なすぎて、近寄りがたい存在と思っているようだ。それでも嫌われてはいないのだろう。手を繋ぎ直せば、嬉しそうに大きく腕を揺らした。合わせる私に、お母様が幸せそうに微笑む。お父様はこんな簡単なこともしなかった。私は同じ轍は踏まない。
「さあ行こうか、休憩だ」
「うん!」
ご機嫌で先頭に立つルイーゼに従い、厨房を後にする。もちろん、労いとお礼も伝えた。真似るようにルイーゼやローレンツも挨拶する。おばあ様と腕を組んだローレンツは、立派な騎士の振る舞いでエスコートした。
なぜだろう、鼻の奥がツンとして涙が出そうだ。おかしいな、悲しくないのに……。階段を登る間に感情を制御しよう。可愛い妹が気に病まないように。