作品タイトル不明
564.ランドルフ様の契約書
領地の管理に出ていた公爵様も戻られ、ユーリア様と腕を組んでいる。ランドルフ様は元気に走って、起きたばかりのレオンと手を繋いだ。二人で遊びに行くと言い出したので、温室にしなさいと伝える。
マーサとベルントが監視役で同行した。跳ねるように走る二人を見て、賑やかになりそうねと頬を緩める。ユーリア様の希望で、まずはローザの部屋に向かった。夜中に泣き出すことも減り、最近は空中に手を伸ばす仕草が見られる。
ベビーメリーを飾ったので、気になるのでしょうね。手足をばたつかせる赤子に、ユーリア様が目を細めた。
「可愛いわ。やっぱり女の子がいいわね。着飾る楽しみがあるもの……お嫁に出したくはないけれど」
「おやおや、君は僕に嫁いで後悔しているのかい?」
「そう聞こえました? 母親目線では、幸せになると知っていても、手元に置きたいのよ……男の子も、ね」
ユーリア様の本音がちらり。やっぱり寂しいと思う。でも決断されたのは、公爵様とユーリア様、何よりランドルフ様だもの。私達が口出しできない。
「成長して旅立つのは、男の子のほうが早い気がするわ」
「本当に、そう思います」
つい先日、エルヴィンやユリアンが決断したように。貴族の男の子は親離れする年齢が早い。令嬢なら結婚まで家にいてくれる。レオンも早いのかしら。今から心配になってしまう。
客間へ案内するフランクは、そつない所作で扉を開けた。この客間は初めて? 深い紺色の壁紙は、銀の縦ラインが入っている。いいえ、違うわね。よく見たら白いラインだった。細いストライプが数え切れないほど入って、光って見えるの。
全体に白木の家具が並び、ソファーの座面は柔らかな空色だった。不思議と落ち着くわ。商談などに向いているのかも。
「単刀直入に、息子をお預けしたい。条件は通常の慣例に従い、期間は……本人次第でいいだろうか」
「問題ありません。フランク、作成した契約書を出してくれ」
用意した書面を手渡し、公爵様が一枚ずつ確認する。互いに知らなかったが通用しないから、署名前にしっかり確認するのがマナーだった。イルゼがお茶を入れ、リリーが運んでくる。香りの高い紅茶に、私はジャムを沈めた。
苺の果肉をしっかり潰し、味わって飲む。ユーリア様は苺を多めに入れた。甘党だったかしら? 小さな違和感だけれど、追求は不要ね。味わいながら、スカートに巻く絹の形状で盛り上がった。正方形もいいけれど、長方形も便利だもの。最近は巻くことを前提に、四角以外の形も出てきたとか。
「さすが、ケンプフェルト公爵閣下だ。契約書に指摘する点はありません。よろしくお願いします」
署名したバルシュミューデ公爵様の言葉に、ユーリア様が微笑んだ。私を見て「宝を預けますね」と仰ったので、大切にお預かりしますと返して頷く。新しい日常が始まるわ。