作品タイトル不明
512.新しい音も欲しい
翌日から、早速新しいピアノ教師が宛てがわれた。ユリアンは夢中で弾き、小さな癖を指摘されては直していく。
隣でシンバルを叩きたいレオンを説得し、別の部屋で使用人達の楽器練習に参加した。プロを目指して練習するピアノの横で、シンバルを叩いたら迷惑よね。レオンには「上手になって驚かせましょうね」と伝えた。ご機嫌で叩いて、皆に褒められている。
ローザリンデの世話は乳母がいるため、私も積極的にハープの練習に励んだ。ムーンハープに変えたので、膝の上に置いて弾くことができる。シンバルの音が途絶え、レオンが走ってきた。両手に楽器を持っているので、転んだら危ないわ。ハープを置いて両手で受け止める。
「レオン、来てくれて嬉しいわ。次から、走るときは楽器を置いて頂戴ね。転んだら痛いでしょう?」
「……んん、うん」
首を傾げたが、すぐに頷く。お返事はいいけれど、理解していないわ。手にしているシンバルを回収し、レオンの手に軽く当てた。
「これ、強くぶつかると痛いのよ。レオンが痛いのは嫌だわ」
「いたいたい?」
「ええ、レオンの手が痛いと、私の心が痛くなるわ」
まだ難しいわね。そう思ったけれど、レオンは真剣に考え込んだ。シンバルを見て、一つ頷く。
「ばーん、しない」
「音楽はいいの。走る時だけよ」
シンバルが痛いと勘違いさせたかしら。説明が難しい。私の能力では無理かも。
「奥様、失礼致します。音を出さない時は、誰かに預けるよう伝えてはいかがでしょう」
「そうね、ありがとう」
洗濯を担当する下女の進言に、なるほどと納得する。それなら短いから、レオンも理解しやすいわ。彼女はたくさんの弟妹がいるらしく、子供の相手も慣れているみたい。
「レオン、ばーんしないときは机に置くの。できる?」
「うん!」
今度は一回で理解した。たくさんの条件をつけて教えるのは、まだまだ早い。一つずつゆっくり覚えている最中だものね。
黒髪を撫でれば、猫のように目を細めて嬉しそう。そういえば、なぜ走ってきたのかしら。
「んとね、ぼくも、それ……すゆ」
レオンの視線が向かう先は、ムーンハープだった。音が出る他の楽器にも興味があるのかも。椅子から立って、長椅子へ移動する。レオンも隣に乗り上げた。並んで座り、私は膝の上にハープを置く。
以前の大きなハープは弦が太かった。こちらは小型で細い弦だから、指を切る心配は少ない。いくつか弾いて見せて、レオンの動きを待った。恐る恐る手を伸ばし、指二本で弦を弾く。ぽんと軽い音がしたら、頬が緩んだ。
「もっといいわよ」
遠慮なく弾いて。そう伝え、レオンが満足するまでハープを支えた。自分の練習にはならないけれど、楽しいわ。少しすると、またシンバルを鳴らし始めた。本当にこの音が好きなのね。